兆し
激しい戦いを終え、ザインたちはエルフ王国の王城へ。
数百年ぶりにこの国を訪れた人間たちを、エルフたちはどう迎えるのか。
そして、共に戦った者たちにも少しずつ変化が――。
第45話、よろしくお願いします!
王城へ向かう道中。
ザインたちは、先ほどまでとはまるで違う視線を浴びていた。
「……あの人たちだ」
「援軍の?」
「ああ。獣王国と一緒に来た人間の騎士団だ」
王都の通り。
壊れた建物。
焼け焦げた壁。
まだ戦闘の痕跡は色濃く残っている。
それでも。
道の両脇には、助かったエルフたちが集まり始めていた。
ザインが周囲を見る。
「……なんか見られてんな」
エリオンが隣を歩く。
「当然だ」
「なんで?」
「貴様らが戦っているところを見た者も多い」
「へぇ」
「それだけではない」
エリオンが前を見る。
「人間が、我々のために命を懸けて戦った」
ザインが横を見る。
「そんな珍しい?」
「この国ではな」
「ふーん」
ザインは特に気にした様子もなく歩く。
その時。
「あっ!」
小さな声。
ザインが振り向いた。
道の端。
一人のエルフの少年。
その隣には母親らしき女性。
少年がザインへ向かって大きく手を振っている。
ザインが少し目を丸くする。
「……俺?」
少年がさらに手を振る。
ザインも。
軽く手を上げた。
少年の顔が明るくなる。
ザインが前へ向き直る。
エリオンが横目で見る。
「随分と人気者になったな」
「俺?」
「貴様らだ」
ザインが後ろを見る。
ガレスは既に別のエルフへ手を振っている。
「おー!」
ロディスが呆れた顔でその横を歩く。
「貴様、誰にでも手を振るのか?」
「振られたら返すだろ!」
「全員にか!?」
「当たり前だろ!」
さらにその後ろ。
リナとセリスは、まだ何か言い合っている。
「だから、あの時の結界はもっと早く崩せたんです!」
「結果的に崩れたでしょう!」
「結果論です!」
「細かいわね!」
ジグとアルトは。
「敵が三方向から来た場合ですが」
「北側の地形ならば、樹根を先に展開する」
「やはりそうですか」
ダリオが二人の間を歩いている。
「……お前らまだその話してんの?」
誰も返事をしない。
「なあ!」
ザインが少し笑った。
「馴染んでんなぁ」
「貴様が一番馴染んでいるように見えるがな」
「俺?」
エリオンがため息をつく。
「もういい」
「なんだよ」
そのまま。
一行は王城へ向かった。
◇
巨大な扉が開く。
「獣王国よりの援軍、並びにエルグラン王国第1軍、入城!」
声が響く。
ザインは中へ入る。
高い天井。
白を基調とした石壁。
壁や柱には植物を模した装飾が施されている。
ザインが上を見る。
「……高ぇ」
隣。
リナが即座に反応する。
「副団長」
「何?」
「ちゃんとしてください」
「してるだろ」
「ずっと天井見てます」
「だって高くね?」
「今それどうでもいいです」
ザインが前を見る。
「はいはい」
玉座の前。
一人の女性。
長い銀髪。
淡い緑色の瞳。
白と深緑を基調とした衣装。
王族であることは。
見れば分かった。
その両脇には、複数のエルフ。
そして。
ザインは一人だけ。
かなり年老いたエルフがいることに気付いた。
白髪。
長い髭。
静かな目。
その老人は。
ザインたちが入ってきた瞬間から。
ずっと。
ザインだけを見ていた。
「……?」
ザインが一瞬見る。
だが。
すぐに前へ向き直った。
「皆様」
銀髪の女性が口を開いた。
声は穏やか。
だが。
玉座の間全体へ届く。
「この度の我が国の危機に際し」
まず。
レグルスたちを見る。
「迅速な援軍を送ってくださった獣王国に、心より感謝いたします」
レグルスが一礼する。
「我らは盟友として当然の責務を果たしたまでです」
女性が頷く。
そして。
ザインたちを見る。
「そして」
一拍。
「エルグラン王国第1軍の皆様」
ザインたちが姿勢を正す。
「我が国は、あなた方へ正式な救援要請を出しておりませんでした」
静寂。
「それにも関わらず」
女性の視線がザインへ。
「危険を顧みず、我が民のために剣を取り」
リナ。
ジグ。
ガレス。
ダリオ。
それぞれを見る。
「数多くの命を救ってくださったこと」
女性が。
頭を下げた。
「エルフ王家を代表し、心より感謝申し上げます」
玉座の間が僅かにざわついた。
ザインが。
困った顔になる。
「……えっと」
リナが小声。
「副団長」
「分かってるって」
ザインは女性を見る。
「頭上げてくださいよ」
女性がゆっくり顔を上げる。
ザインは少し頭を掻いた。
「俺らも、頼まれて来ただけなんで」
「しかし」
「それに」
ザインの表情が少しだけ変わる。
「助けられなかった奴もいる」
一瞬。
獣王国の洞窟。
小さな声。
ザインはすぐに前を見る。
「だから」
「礼なら、助かった奴らに言ってやってください」
「生きて帰ってこられてよかったなって」
女性は。
少しだけ目を細めた。
そして。
「……そうですね」
小さく笑う。
「ですが」
「あなた方への感謝が消えるわけではありません」
ザインが肩をすくめる。
「じゃあ、それで」
リナが小さく息を吐く。
「もう少し言い方……」
女性の口元が僅かに緩んだ。
「私はフィリア」
ザインが見る。
「エルフ王国第一王女、フィリア・エルセリアです」
ザインが軽く頭を下げる。
「ザインです」
「知っています」
「そうなの?」
「先ほどから、何度も名を聞いておりますので」
ザインが後ろを見る。
ガレス。
「俺じゃないっすよ」
「まだ何も言ってねぇよ」
ロディスが笑う。
「ガハハ!」
フィリアも僅かに笑った。
張り詰めていた空気が。
少しだけ緩んだ。
◇
「――では」
場所を移し。
王城内部の会議室。
ザインたち。
フィリア。
エリオン。
エルフ側の主要人物。
レグルス。
そして。
ザインが先ほど見た老エルフも。
少し離れた位置に座っていた。
「捕らえた者から得られた情報を整理しましょう」
フィリアが言う。
ザインが腕を組む。
「獣王国でも同じ連中が動いてました」
「具体的には?」
エルフ側の騎士が聞く。
ザインが答える。
「獣人を攫って」
一瞬。
言葉を選ぶ。
「身体を弄ってた」
会議室が静かになる。
「……弄る?」
フィリアの表情が曇る。
レグルスが代わりに説明する。
「身体能力を人為的に強化し」
「結果として、元の姿を失った者も確認されました」
エルフたちの顔が険しくなる。
ザインは続ける。
「で」
机の上。
捕らえた指揮官から聞いた言葉。
「そいつが言ってた」
全員がザインを見る。
「獣人は身体」
一拍。
「エルフは魔力」
静寂。
フィリアの目が細くなる。
「……素材として?」
「多分」
ザインが答える。
リナが片手を上げた。
「おそらく今回の襲撃自体が、目的ではありません」
フィリアがリナを見る。
「どういう意味でしょう」
リナが答える。
「もし国を占領することが目的なら」
「敵は王城、軍事施設、補給路を優先して狙うはずです」
「ですが、今回の行動は違いました」
リナは机の上に広げられた地図を見る。
「複数箇所へ同時に攻撃」
「民間人を含むエルフを可能な限り生け捕り」
「さらに撤退時には、捕虜を優先して運び出している」
セリスが腕を組む。
「つまり」
リナが頷く。
「襲撃そのものが陽動だった可能性があります」
「国全体を混乱させ」
「その隙に、魔力適性の高いエルフを確保する」
フィリアの表情が険しくなる。
「……我々そのものが目的」
「はい」
ザインが椅子へ深く座る。
「趣味悪ぃよな」
「副団長」
リナが見る。
「何?」
「今は真面目なところです」
「俺も真面目だよ」
「本当に?」
「本当に」
フィリアが小さく笑う。
だが。
すぐに表情を戻した。
「既に国外へ連れ去られた者たちについては」
エリオンが答える。
「追跡部隊を編成します」
「敵の撤退経路も一部確認できています」
「分かりました」
フィリアが頷く。
「可能な限り早く」
「ただし」
ザインが口を挟む。
全員が見る。
「急ぎすぎて罠踏むなよ」
エリオンが眉を寄せる。
「言われずとも分かっている」
「ならいいけど」
「貴様は本当に一言多いな」
「今日それ何回目?」
エリオンが黙る。
ザインが笑う。
会議は続いた。
◇
「それでは」
会議が終わる頃。
フィリアが立ち上がった。
「本日は、皆様を我が国の客人としてお迎えしたいと思います」
ザインが顔を上げる。
「客人?」
「はい」
「長い戦闘の後です」
ザインたちを見る。
「今宵くらいは、ゆっくり身体を休めてください」
ガレスの表情が明るくなる。
ザインも。
「飯出ます?」
リナが顔を覆う。
「副団長……」
フィリアが一瞬。
そして。
笑った。
「もちろん」
「王城の料理人に、腕を振るってもらいましょう」
ザインが小さく拳を握る。
「よし」
ガレスも。
「やった!」
エリオンがザインを見る。
「……貴様」
「何?」
「先ほどまで精鋭二十人を相手にしていた男とは思えんな」
ザインが肩をすくめる。
「戦闘と飯は別だろ」
「何の理屈だ」
◇
王城の広間。
長い卓。
料理。
飲み物。
戦いを終えた者たちが。
それぞれ好きな場所へ座っていた。
形式ばった宴ではない。
今回共に戦った者たちを労うための。
ささやかな宴。
「ガレス!」
「ん?」
ロディスが手を上げた。
掌に魔力が集まる。
光。
巨大な大剣。
ガレスのものより。
さらに大きい。
「どうだ!」
ガレスの目が輝く。
「でっけぇ!!」
「ガハハ! 作ろうと思えばこの程度は余裕だ!」
ガレスが近づく。
「ちょっと持たせて!」
「浮気はしないんじゃなかったのか?」
「見るだけ!」
「持つのは見るだけとは言わん!」
ザインが料理を食べながら二人を見る。
「お前らうるせぇぞ」
ガレスが振り返る。
「副団長も見てくださいよ!」
「いいよ」
「興味なさすぎ!」
「俺剣あるし」
ロディスが笑う。
「ガハハ! 上司も同じか!」
「いや」
ザインが自分の剣を見る。
「俺は浮気とかじゃなくて、他の武器使い慣れてないだけ」
ガレスが止まる。
「俺の方が相棒愛強い?」
「知らん」
別の卓。
セリスがリナを見る。
「一つ聞いていい?」
「何です?」
「あなた」
リナの手を見る。
「杖を使わないのね」
リナが首を傾げる。
「はい」
「なぜ?」
「必要ないからです」
セリスが眉を上げる。
「それだけ?」
「それだけです」
リナが片手を上げる。
指先。
小さな魔法陣。
瞬時。
詠唱はない。
セリスが見る。
「それに」
リナが魔法陣を消す。
「持ってると邪魔なので」
「……」
「あと」
「詠唱もしないわね」
「基本は」
リナが頷く。
「時間がもったいないので」
セリスがじっとリナを見る。
「……あなた、本当に人間?」
リナが少し考える。
そして。
ザインを指差した。
「それは副団長に言ってください」
少し離れたところ。
「なんで俺!?」
ザインの声。
セリスが吹き出す。
リナも笑った。
さらに奥。
ジグ。
アルト。
二人は。
机の上に簡単な図を描いていた。
「ここから敵が進入した場合」
「北側を閉じる」
「では東側へ誘導」
「そこへ後衛を配置する」
「同意します」
ダリオが飲み物を片手に二人を見る。
「……なあ」
返事なし。
「宴だぞ?」
二人は図を見る。
「聞いてる?」
「聞いています」
ジグが答える。
「ならなんで戦術会議してんだよ!」
アルトが淡々と言う。
「有益だからだ」
「今!?」
ザインは。
少し離れた場所から。
その光景を眺めていた。
ガレスとロディス。
リナとセリス。
ジグとアルト。
そして。
間に挟まれているダリオ。
「……」
ザインが少し笑う。
つい少し前まで。
知らない国。
知らない種族。
それが。
今では。
普通に笑っている。
「悪くねぇな」
ザインは小さく呟いた。
その時。
「……そなた」
声。
ザインが振り返る。
先ほど。
玉座の間でも。
会議室でも。
ずっとザインを見ていた。
老エルフ。
ザインが首を傾げる。
「俺?」
老人は答えない。
ただ。
ザインをじっと見る。
顔。
瞳。
身体。
腕。
そして。
腰の剣。
「……何ですか?」
老人がゆっくり近づく。
「名は?」
「ザイン」
「ザイン……」
老人がその名を繰り返す。
「今日」
ザインを見る。
「そなたの戦いを見ていた」
ザインが料理を口へ運ぶ。
「そりゃどうも」
「褒めているのではない」
「違うの?」
老人の目が僅かに細くなる。
「奇妙だった」
ザインの手が止まる。
「何が?」
「そなたには」
一拍。
「魔力がない」
ザインの表情が少し変わった。
「……ああ」
「生まれつきか?」
「そうだけど」
「魔法は?」
「使えない」
「一度も?」
「一度も」
老人が黙る。
ザインが少し頭を掻く。
「それなら昔から散々珍しいって言われてきましたよ」
「珍しい……か」
老人が小さく呟く。
そして。
「それだけではない」
ザインが見る。
老人は。
ザインの身体を見る。
「そなたは」
「周囲の魔素を取り込んでいる」
ザインの目が僅かに開いた。
「……そこまで分かるんだ」
老人の表情が変わった。
「知っているのか?」
ザインが自分の胸を軽く指す。
「昔、身体を調べてもらったことがある」
「俺の身体には」
指を動かす。
「普通の人間にはない、すげぇ細い経路があるらしい」
老人が黙る。
「そこから周囲の魔素を勝手に吸って」
「身体を動かしたり、傷を治したりする方に使ってるとかなんとか」
ザインが肩をすくめる。
「詳しくは知らねぇけど」
老人は。
何も言わない。
「?」
ザインが首を傾げる。
「どうしたんですか?」
老人の目。
先ほどまでとは違う。
驚き。
疑念。
そして。
何かを。
確かめたような目。
「……そうか」
ザインの眉が寄る。
「だから何が?」
長い沈黙。
宴の声が。
遠く感じる。
老人はザインを真っ直ぐ見た。
「ザイン」
「はい」
「知りたくはないか?」
ザインの眉が僅かに動く。
「何を?」
老人は。
静かに言った。
「自分について」
一拍。
「そして」
老人の目が細くなる。
「――そのルーツについて」
ザインの表情が止まった。
「……俺の?」
「そうだ」
老人が踵を返す。
「興味があるのなら」
歩き出す。
「明日、私を訪ねなさい」
ザインが老人を見る。
そして。
「ちょっと待って」
老人が止まる。
ザインは。
少しだけ真剣な表情になっていた。
「俺のこと」
一拍。
「何か知ってるんですか?」
老人は振り返らない。
静かに。
答えた。
「少なくとも」
ザインの目が細くなる。
「そなた自身が知っているよりはな」
老人は。
そのまま歩き去っていった。
ザインは。
その場へ残される。
手には料理。
遠くでは。
「だから持たせろって!」
「浮気者が!」
ガレスとロディス。
「あなたはもっと精密制御を――」
「あなたはもっと火力以外を見てください!」
リナとセリス。
いつものような。
騒がしい声。
なのに。
ザインの耳には。
老人の言葉だけが残っていた。
自分について。
そして。
そのルーツについて。
ザインは。
老人が消えた方向を見つめる。
「……なんだよ、それ」
その夜。
ザインの中に生まれた小さな疑問は。
やがて。
自身の存在だけではなく。
六百年前。
この世界から消えた一つの民族と。
エルグラン王国に隠された歴史へと。
繋がっていくことになる。
戦いを終え、少しずつ距離を縮めていく人間、獣人、そしてエルフたち。
しかし、ザインを待っていたのは一人の老エルフでした。
「自分について」
「そして、そのルーツについて」
魔力を持たず、周囲の魔素を身体へ取り込むザイン。
これまで当たり前のように受け入れてきた自身の身体には、一体どんな秘密が隠されているのか。
ここから、ザイン自身も知らない過去へと踏み込んでいきます。
次回もよろしくお願いします!




