援軍
休息を取る間もなく、エルフ王国へと向かったザインたち。
転移先で待っていたのは、既に始まっていた戦闘でした。
獣王国で起きた事件と、酷似する敵の行動。
そして、決して人間に好意的とは言えないエルフたち。
新たな国、新たな戦場。
第42話、よろしくお願いします!
光が視界を覆った。
足元から浮き上がるような感覚。
一瞬だけ身体の感覚が遠のき――次の瞬間。
ザインの靴底が硬い地面を踏んだ。
「……着いた?」
目を開く。
最初に飛び込んできたのは、巨大な木々だった。
太い幹。
空を覆うほど広がった枝葉。
その隙間から差し込む光が、淡く地面を照らしている。
獣王国とはまるで違う。
空気そのものが澄んでいるように感じた。
ザインは周囲を見回す。
石造りの転移施設。
その周囲には、ザインたちと共に転移してきた獣王国の騎士たちが次々と姿を現している。
「ここがエルフ王国か」
「そうだ」
隣に立ったレグルスが答えた。
「転移施設は王都から少し離れた場所に設けられている。本来であれば、ここから先方の案内を待つのだが――」
ドォォン!!
遠くから轟音。
ザインたちが一斉に顔を上げた。
森の向こう。
煙が上がっている。
続けて。
ドンッ!
別方向。
今度は魔法らしき光が木々の隙間から見えた。
ザインが眉を寄せる。
「……案内待ってる場合じゃなさそうだな」
「そのようだ」
レグルスの声も低くなる。
ザインは剣へ手をかけた。
後ろではガレスたちも既に武器を構えている。
「副団長」
ジグがザインの隣へ来る。
「複数箇所から戦闘音がします」
「ああ」
ザインは耳を澄ませる。
近い。
遠くでも戦っているが、一つだけ明らかに近い音がある。
金属同士がぶつかる音。
怒号。
そして魔法の爆発。
「まず近いところから行く」
「了解」
ザインが走り出す。
「行くぞ!」
第1軍が続く。
レグルスも獣王国の騎士たちへ手を上げた。
「我々も続け!」
「はっ!」
一行は森の中へ駆け込んだ。
◇
「くっ……!」
剣が弾かれた。
銀髪の男が後方へよろめく。
尖った耳。
緑と白を基調とした軽装。
エルフ。
男の周囲では、同じ装備を身につけた仲間たちが戦っていた。
対するのは黒い装束を纏った集団。
十数人。
その胸元には見覚えのある紋章が刻まれている。
「やっぱりお前らかよ」
声。
黒装束の男が振り返った。
「――?」
次の瞬間。
ザインの剣が男の武器を弾き飛ばした。
「なっ!?」
ザインは身体を回す。
蹴り。
男が地面を転がる。
「貴様!」
別の男がザインへ剣を振り下ろす。
ザインは身体を半歩ずらした。
剣が目の前を通過。
その腕を掴む。
引く。
「うおっ!?」
体勢を崩したところへ柄を叩き込む。
男が倒れる。
ザインは周囲を見る。
「……アストラ教団」
間違いない。
獣王国で何度も見た装備。
ザインの表情が険しくなる。
「本当に同じ奴らだったか」
「副団長!」
ザインが振り返る。
ガレスがザインの横を駆け抜けた。
「右!」
「見えてる!」
ザインは剣を上げる。
飛んできた魔法を横へ弾く。
爆発。
煙が広がる。
その中からガレスが飛び出した。
「おらぁっ!」
大剣が振り下ろされる。
教団員が慌てて防御。
だが。
「ぐっ!?」
そのまま押し切られた。
「相変わらず馬鹿力だな」
ザインが言う。
「褒めてます?」
「半分くらい」
「残り半分は!?」
「馬鹿」
「ひでぇ!」
ザインが笑う。
その背後。
「副団長!」
リナの声。
ザインが横へ跳ぶ。
直後。
火球がザインのいた場所を通過した。
教団員へ直撃。
「ぐあっ!」
「助かった!」
「戦闘中に遊ばないでください!」
「遊んでねぇよ!」
「遊んでました!」
ザインが次の敵へ踏み込む。
剣。
一撃。
二撃。
敵の武器を弾き、そのまま地面へ転がす。
横を見る。
ダリオが二人を相手にしている。
ジグは後方から状況を見ながら指示。
獣王国の騎士たちも次々と戦闘へ加わった。
「獣王国騎士団! エルフ側を援護しろ!」
レグルスの声。
「負傷者を下げろ!」
「はっ!」
突然現れた援軍により、戦況は一気に傾いた。
教団員たちも異変に気付く。
「増援だ!」
「撤退しろ!」
一人が叫ぶ。
ザインがそちらを見る。
「させるか!」
地面を蹴る。
逃げようと背を向けた男へ一気に追いつく。
「な――」
ザインは男の襟を掴んだ。
「どこ行くんだよ」
「離せ!」
「嫌だね」
ザインはそのまま地面へ叩きつける。
「ぐっ!」
男の手から武器が落ちた。
ザインはその武器を蹴り飛ばす。
「ジグ!」
「はい!」
「こいつ生け捕り!」
「了解!」
ジグがすぐに動く。
残った教団員も、獣王国騎士団と第1軍によって次々と制圧されていく。
数分後。
戦闘音が止んだ。
「……終わったか」
ザインが剣を軽く振る。
ガレスがその場へ座り込んだ。
「疲れたぁ……」
「お前さっきからそればっかだな」
「そりゃ疲れますよ!」
「まだ始まったばっかだぞ」
「聞きたくなかった!」
ダリオが呆れた顔で横を通る。
「座るな。まだ安全か分からん」
「一分だけ」
「駄目だ」
「三十秒」
「駄目だ」
「ケチ」
ザインは二人を横目に、剣を鞘へ戻した。
その時。
「……貴様ら」
声。
ザインが振り返る。
先ほど戦っていたエルフたち。
その先頭に、銀髪の男が立っている。
肩を負傷している。
それでも剣を握ったままザインたちを見ていた。
「ん?」
ザインが首を傾げる。
銀髪の男の視線がザインへ向く。
そして。
その眉が僅かに動いた。
「……人間?」
ザインは自分を見る。
「そうだけど」
男の表情が険しくなる。
ザインも気付いた。
明らかに歓迎されていない。
「なぜ人間がここにいる」
「なんでって……」
ザインは後ろを見る。
レグルス。
獣王国の騎士たち。
それから再び男を見る。
「助けに来た」
「……」
「エルフ王国から緊急信号が来たんだろ?」
ザインは周囲を見る。
負傷しているエルフ。
倒れている者もいる。
「で、状況は?」
「……何?」
「王都はどうなってる」
ザインが聞く。
「敵はどれくらいいる?」
「どこが襲われてる?」
「攫われた奴は?」
銀髪の男の表情が険しくなる。
「貴様に話す必要はない」
「……は?」
ザインの眉が動く。
男は剣を下ろす。
「先ほどの援護については礼を言おう」
「なら――」
「だが」
男が遮った。
「これは我らエルフの問題だ」
ザインが黙る。
「獣王国の援軍ならば理解できる」
男がレグルスたちを見る。
「我が国と獣王国は長きにわたり友好関係を築いてきた」
そして。
再びザインを見る。
「だが、人間の力を借りる理由はない」
ガレスの表情が変わる。
ダリオも眉をひそめた。
リナが何か言おうとする。
だが。
ザインが手で止めた。
銀髪の男は続ける。
「人間如きに助けられたとあっては、我らエルフの――」
「んなことどうでもいい!」
ザインの声が響いた。
男の言葉が止まる。
周囲のエルフたちもザインを見る。
ザインは男を睨んでいた。
「……なんだと?」
「人間とかエルフとか、今どうでもいいって言ってんだよ!」
ザインが一歩近づく。
男も剣へ手をかける。
「貴様――」
「今どこが襲われてる!」
ザインの声が重なる。
「敵は何人いる!」
「……」
「攫われた奴は!」
「貴様、誰に向かって――」
「いいから言え!!」
森に声が響いた。
一瞬。
誰も喋らなかった。
ザインは男を見る。
怒っていた。
ただ。
目の前のエルフに腹を立てているわけではない。
ザインの頭には、別の光景があった。
暗い洞窟。
変わり果てた獣人。
そして。
小さな身体。
『みんなを助けて』
ザインは拳を握る。
「大事な仲間を……」
銀髪の男を見る。
「これ以上失いたくねぇだろ!!」
「……」
男の目が僅かに揺れた。
ザインは続ける。
「俺らはさっきまで獣王国で同じ奴らと戦ってた」
「獣人が攫われてた」
「そいつらが何されてたか、俺は見てきた」
ザインの声が低くなる。
「だから聞いてんだよ」
「……」
「助けられる奴がいるなら、今すぐ助けに行く」
「それだけだ」
銀髪の男は何も言わなかった。
その時。
「彼の言っていることは事実だ」
レグルスが前へ出た。
銀髪の男がそちらを見る。
「……レグルス?」
「久しいな、エリオン」
「なぜ、お前が……」
「陛下の命により援軍として来た」
エリオンと呼ばれた男がレグルスを見る。
「では、本当に獣王国の……」
「ああ」
レグルスはザインたちを見る。
「そして彼らはエルグラン王国の騎士だ」
「エルグラン……」
エリオンの目が再びザインへ向く。
レグルスが続ける。
「我が国でも、数多くの民が行方不明となった」
「……」
「調査の結果、アストラ教団によって拉致されていたことが判明した」
エリオンの顔が変わる。
「アストラ教団?」
「目の前に転がっている者たちと同じ集団だ」
レグルスは倒れた教団員を見る。
「そして」
少し間を置く。
「攫われた我が国の民は、実験に利用されていた」
「実験……?」
エリオンの表情から険しさが消える。
「何の」
レグルスは答えなかった。
一瞬だけ。
ザインを見る。
ザインも黙っている。
代わりにレグルスは短く告げた。
「……聞かない方がいい」
エリオンが息を呑む。
「だが、多くの民を救出することはできた」
レグルスがザインを見る。
「彼らのおかげでな」
「……」
「私はこの者たちと共に戦った」
「少なくとも」
レグルスはザインの横へ立つ。
「私は彼らを信用している」
エリオンがザインを見る。
ザインは肩をすくめた。
「だってさ」
「……貴様はもう少し黙っていられないのか?」
レグルスが言う。
「今いい感じだった?」
「台無しだ」
「悪い」
エリオンはしばらくザインを見ていた。
そして。
大きく息を吐く。
「……分かった」
ザインの表情が変わる。
「話す」
「最初からそうしてくれ」
「貴様……」
「副団長」
リナが袖を引っ張る。
「はい」
ザインが黙った。
エリオンは額へ手を当てた。
「……本当に信用できるのか?」
レグルスが即答する。
「戦闘に関してはな」
「おい」
「人柄については保証できん」
「おい!」
ガレスが吹き出す。
「副団長、言われてますよ」
「聞こえてるよ!」
張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩んだ。
エリオンはザインを見て。
ほんの僅かに口元を緩めた。
だが。
すぐに表情を戻す。
「状況を説明する」
ザインたちも真剣な顔へ戻った。
「襲撃が始まったのは数時間前だ」
エリオンは地面へしゃがむ。
枝を一本拾い、土へ簡単な地図を描く。
「最初に襲われたのは国境付近の集落」
線を引く。
「ほぼ同時に三ヶ所」
「三ヶ所同時?」
ジグが聞く。
「ああ」
「陽動の可能性は?」
「我々もそう考えた」
エリオンがさらに地図へ印をつける。
「だが、その後も各地で同時に襲撃が発生した」
印。
また印。
そして。
中央。
「現在は王都周辺でも戦闘が起きている」
ザインが地図を見る。
「敵の数は?」
「把握できていない」
「多い?」
「少なくとも小規模ではない」
ザインが舌打ちする。
「それと」
エリオンがザインを見る。
「緊急信号でも伝わっていると思うが……奴らの目的が分からん」
「生け捕りか」
エリオンが頷く。
「そうだ」
「戦闘になれば殺すことを躊躇している様子はない」
「だが、可能な限り我々を拘束しようとしている」
ザインとジグが目を合わせる。
「同じですね」
「ああ」
ザインが答える。
エリオンが聞く。
「獣王国でも?」
ザインが頷く。
「多分、目的も同じだ」
「目的?」
「……まだ分かんねぇ」
ザインは立ち上がった。
「ただ」
剣の柄へ手を置く。
「捕まったらろくなことにならねぇのは分かってる」
エリオンも立ち上がる。
「王都まで案内する」
「頼む」
一行が移動を始めた。
◇
王都へ近づくにつれ。
状況は悪化していった。
煙。
爆発。
木々の間を走るエルフたち。
遠くでは魔法が飛び交っている。
ザインが走りながら周囲を見る。
「右!」
前方。
数人のエルフが教団員と交戦している。
「援護する!」
ザインたちが向かう。
だが。
さらに先。
別の場所でも戦闘。
左側からも爆発音。
ガレスが顔をしかめる。
「多すぎません?」
「……ああ」
ザインが足を止めた。
「副団長?」
ジグが見る。
ザインは周囲を見渡す。
右。
左。
正面。
どこでも戦っている。
このまま全員で動けば。
一ヶ所は助けられる。
だが。
その間に別の場所が落ちる。
「……ダメだ」
ザインが呟く。
「このまま一ヶ所ずつ回ってたら間に合わねぇ」
レグルスがザインを見る。
「どうする」
ザインは即座に決めた。
「分かれる」
「副団長?」
リナが聞く。
ザインは全員を見る。
「ジグ!」
「はい!」
「お前はダリオと組め!」
「了解!」
「ガレス、リナ!」
「はい!」
「分かりました!」
ザインはレグルスを見る。
「獣王国の騎士も分けられるか?」
「問題ない」
「なら各班につけてくれ」
レグルスが頷く。
ザインは全員へ声を張る。
「各自、襲われてるエルフを見つけたらその場で合流!」
「一緒に敵を迎え撃て!」
「そこが片付いたら次へ行け!」
ガレスが大剣を肩へ担ぐ。
「了解!」
「ジグ!」
「はい」
「状況が変わったらすぐ知らせろ!」
「承知しました」
ザインは全員を見る。
疲れている。
それは分かっている。
獣王国で戦い。
洞窟へ入り。
休む間もなくここへ来た。
それでも。
誰一人として嫌そうな顔をしていない。
ザインが剣を抜く。
「一人でも多く生き残らせるぞ!」
「了解!!」
全員が散開した。
エリオンがその光景を見る。
「……」
ザインが振り返る。
「お前も行くぞ」
「貴様に命令される筋合いはない」
「じゃあ来なくてもいいけど」
「行かないとは言っていない!」
「面倒くせぇな!」
「貴様が言うな!」
二人も走り出す。
その途中。
エリオンが懐から小さな石を取り出した。
淡い緑色に光っている。
ザインが横目で見る。
「なんだそれ」
「通信石だ」
「便利だな」
エリオンが石へ魔力を流す。
淡い光が強くなる。
そして。
声を張った。
「全騎士及び戦闘可能な者へ通達!」
エルフ王国各地。
戦っていた者たちの通信石が一斉に光る。
『緊急信号を受け、獣王国より援軍が到着した!』
森の中。
集落。
王都。
各地で戦うエルフたちが声を聞く。
『獣王国騎士団を味方と認識せよ!』
エリオンが一瞬だけザインを見る。
ザインも気付く。
「……」
エリオンは前を向いた。
『さらに――』
僅かな間。
『エルグラン王国の騎士団が同行している!』
ザインの眉が上がる。
『人間だが、彼らも我々の援軍だ!』
『敵と誤認するな!』
ザインが笑う。
「人間だが、は余計じゃね?」
「黙れ!」
通信を切らずに怒鳴った。
『エリオン隊長!?』
通信石の向こうから声。
ザインが吹き出す。
「お前、隊長だったの?」
「後で話す!」
エリオンは咳払いする。
そして。
改めて通信石へ告げた。
『各自、到着した援軍と共闘!』
『負傷者及び民間人の保護を最優先!』
『敵に捕らわれた者がいる場合、可能な限り奪還せよ!』
エリオンが剣を抜く。
『我が国を脅かす敵を――』
前方。
教団員たちが見えた。
その向こうで、エルフたちが戦っている。
エリオンが叫ぶ。
『排除せよ!!』
通信が切れた。
ザインが走る速度を上げる。
「行くぞ、エリオン!」
「貴様に言われずとも!」
二人が同時に地面を蹴った。
教団員がこちらを見る。
「増援――」
最後まで言わせない。
ザインが一気に距離を詰める。
剣が走る。
エリオンもその横を抜けた。
二人の攻撃が同時に敵陣へ突き刺さる。
遠くでは。
ガレスたちが。
ダリオたちが。
リナたちが。
獣王国の騎士たちが。
それぞれ見知らぬエルフたちと合流し、戦い始めていた。
種族も。
国も。
何もかも違う者たちが。
この瞬間だけは。
同じ敵を前に、肩を並べていた。
エルフ王国の反撃が始まった。
人間如きに助けられたくない。
そんなエルフたちの誇りも、今は命より優先するものではありません。
ザインたちの参戦をきっかけに、獣王国・エルグラン王国・エルフ王国が初めて同じ戦場で肩を並べることになりました。
そして、各地へ散った第1軍の面々。
果たして彼らは、どんなエルフたちと出会うことになるのでしょうか。
エルフ王国の反撃は、ここからです。
次回もよろしくお願いします!




