約束
獣王国での一件を終え、ザインたちは救出した獣人たちと共に王都へ帰還します。
全てを救うことはできなかった。
それでも、確かに救えた命もありました。
そして今回の働きを通して、ザインたちと獣王国の関係にも一つの変化が訪れます。
第41話「約束」、よろしくお願いします。
獣王都の門が見えてきた。
ザインは先頭を歩きながら、その光景を黙って見つめていた。
背後には第1軍の仲間たち。
レグルスをはじめとした獣王国の騎士たち。
そして、洞窟から救出した獣人たちが続いている。
誰もが疲れ切っていた。
怪我をした者は肩を借り、歩くことのできない者は背負われている。
それでも――帰ってきた。
生きて。
門の前には大勢の獣人が集まっていた。
行方不明者の家族たちだ。
ザインたちの姿が見えると、一斉にざわめきが広がった。
「……あっ!」
誰かが声を上げた。
「父ちゃん!」
小さな獣人の少年が人混みから飛び出した。
「おい、待ちなさい!」
母親らしき女性の制止も聞かず、少年はザインたちの横を駆け抜けていく。
救出された獣人の一人が顔を上げた。
「……!」
「父ちゃん!」
少年が飛びつく。
男はよろめきながらも、その身体を受け止めた。
「……ただいま」
「父ちゃん……!」
泣き声。
それを皮切りに、待っていた者たちが次々と駆け出した。
「あなた!」
「姉さん!」
「兄ちゃん!」
あちこちで名前が呼ばれる。
抱き合う者。
泣き崩れる者。
何度も無事を確かめるように身体へ触れる者。
ザインは少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
「……」
隣にガレスが立つ。
「よかったっすね」
ザインは答えない。
「副団長?」
「……ああ」
少し遅れて答えた。
「よかった」
目の前で、一人の女性が帰ってきた娘を抱き締めている。
その顔には涙と笑顔が入り混じっていた。
ザインはそれを見つめる。
『よかった……』
脳裏に小さな声が蘇った。
みんなが助かったことを知って、安心したように笑った顔。
ザインは目を伏せた。
「……行くぞ」
「え?」
「報告しなきゃ終わらねぇだろ」
ガレスは何かを言いかけた。
だが、やめた。
「……はい」
ザインは王城へ向かって歩き出した。
◇
「――以上が、確認された被害の全容となります」
王城。
玉座の間にレグルスの声が響いた。
ザインたちはその後方に並んでいる。
玉座に座る獣王は、先ほどから一言も発していなかった。
「拉致された民の大半は救出。しかし……」
レグルスが一瞬言葉を止める。
「既に実験を施されていた者も、複数確認されました」
獣王の指が玉座を強く掴んだ。
「……実験とは」
低い声。
「どのようなものだ」
レグルスがザインを見る。
ザインは黙っている。
代わりにレグルスが答えた。
「獣人の肉体を人為的に変質させ、魔物に近い存在へ作り替えていたものと推測されます」
玉座の間の空気が変わった。
「我が民を……魔物へ変えたと?」
「……はい」
獣王の周囲から魔力が漏れ出す。
近くにいた騎士たちが息を呑んだ。
「アストラ教団……」
獣王が低く呟く。
「我が国の民を攫い、そのようなことを……」
レグルスは続ける。
「そして、今回救出できた者の多くは、ザイン殿たちの協力があったからこそ救えた者です」
ザインが顔を上げた。
「俺らの話は別にいいだろ」
「よくない」
即答だった。
「そう?」
「ザイン殿は最も危険な実験体を自ら引き受け、我々全員を捕虜の救出へ向かわせました」
「いや、それが一番手っ取り早かっただけだって」
「結果として、我々は救出に専念することができた」
ザインは頭を掻いた。
「……真面目だなぁ」
「報告だからな」
「はいはい」
獣王が二人を見る。
レグルスは一度ザインへ視線を向けると、再び獣王へ向き直った。
「陛下」
「なんだ」
「私は当初、彼らを信用しておりませんでした」
ザインが横を見る。
「そうだったの?」
レグルスがザインを見る。
「当然だ」
「普通に接してたじゃん」
「職務だからな」
「へぇ」
「今言うことか?」
ダリオが後ろから小さく突っ込む。
レグルスは咳払いした。
「……ですが」
その表情から僅かな緩みが消える。
「今は違います」
ザインがレグルスを見る。
「少なくとも私は、彼らを信用に値する者たちだと考えております」
玉座の間が静かになった。
ザインは何も言わなかった。
レグルスとも、出会ってからそれほど長いわけではない。
それでも。
共に戦った。
それだけで十分だったのかもしれない。
獣王がザインを見る。
しばらく。
その鋭い目がザインを見定めるように向けられていた。
やがて。
「ザイン」
「……ん?」
ザインが僅かに目を見開いた。
初めてだった。
この王から名前で呼ばれたのは。
獣王は玉座から立ち上がった。
「此度の働き」
ザインたちを見る。
「獣王国を代表し、礼を言う」
ザインは少し黙った。
そして。
「……おう」
「副団長」
リナが小声で呼ぶ。
「なんだよ」
「もう少し言い方があるでしょう」
「ありがとう?」
「軽い!」
獣王の眉間に皺が寄る。
ザインは慌てて手を振った。
「いや、違う違う。ちゃんとありがたく受け取ってるから」
「貴様は本当に一言多いな」
「よく言われる」
「副団長!」
リナの声が響く。
ガレスが笑いを堪えている。
ダリオは既に横を向いていた。
獣王は大きく息を吐いた。
だが。
その表情は以前ほど険しくなかった。
「我は人間が好きではない」
ザインが頷く。
「知ってる」
「今も、その考え自体が変わったわけではない」
「そう簡単に変わるもんでもないだろ」
獣王がザインを見る。
「……だが」
僅かな間。
「少なくとも、お前たちは別だ」
ザインの表情から軽さが消えた。
「此度の一件で理解した」
「お前たちは信用に値する」
ザインは獣王を見る。
そして小さく笑った。
「そりゃどうも」
獣王もそれ以上は言わなかった。
「そこでだ」
「ん?」
「褒美を取らせる」
ザインが首を傾げた。
「褒美?」
「此度の働きには、それだけの価値がある」
獣王は再び玉座へ腰を下ろす。
「望むものを言え」
「……」
ザインは黙った。
「金でも構わん。武具でもよい。我が国で用意できるものであれば可能な限り応えよう」
ザインは腕を組む。
考える。
そして。
「……特にないな」
「何?」
獣王が眉をひそめた。
「いや、急に言われても思いつかねぇ」
「王から褒美を取れる機会だぞ」
「そう言われてもなぁ」
後ろからガレスが呟いた。
「もったいな……」
ザインが振り返る。
「じゃあお前、何欲しい?」
「金」
「即答すんな」
「金はいくらあっても困らないっすよ」
「それはそうだけど」
ダリオが呆れたように言う。
「お前はもう少し遠慮を覚えろ」
「ダリオは欲しくないの?」
「……金」
「お前もじゃねぇか!」
ガレスが笑う。
「仲良しかよ」
「うるせぇ」
張り詰めていた玉座の間の空気が、僅かに緩んだ。
ザインも笑う。
そして。
「……あ」
何かを思いついたように獣王を見る。
「じゃあ、一個だけ」
「言え」
ザインは一度、自分の後ろを見る。
ガレス。
ダリオ。
ジグ。
リナ。
そしてレグルス。
それから再び獣王へ向き直った。
「今後」
少し考えながら言葉を続ける。
「俺を含めて、俺の仲間が困るようなことがあったらさ」
獣王が黙って聞いている。
「その時、助けてくれると嬉しい」
「……」
「それでいいよ」
獣王は何も言わなかった。
ザインが首を傾げる。
「ダメ?」
「いや」
獣王はゆっくり立ち上がった。
「分かった」
その声には、先ほどまでとは違う重さがあった。
「獣王の名において約束しよう」
ザインの眉が僅かに上がる。
「お前。そして、お前が仲間と認めた者が窮地に立った時」
獣王はザインを真っ直ぐ見据えた。
「我ら獣王国は、その力となろう」
「……」
ザインが瞬きをする。
「なんか思ってたより話デカくなったな」
レグルスが横から言う。
「王との約束だからな」
「先に言えよ」
「今更だ」
「マジかよ」
獣王が僅かに口元を緩めた。
「後悔したか?」
ザインは少し考える。
「いや」
首を横へ振った。
「こっちの方がいい」
獣王が頷く。
「ならば決まりだ」
「おう」
それだけだった。
ザイン自身は、この約束が使われる日など想像していなかった。
ただ。
金よりも。
武器よりも。
自分の大切な者たちが困った時に助けてくれる者がいる。
それで十分だった。
◇
王城の廊下を歩く。
ようやく。
本当にようやく。
今回の任務が終わった。
ガレスが大きく伸びをする。
「終わったぁ……」
「城ん中でデカい声出すな」
「だって副団長、やっと終わったんすよ?」
「そうだな」
ダリオが肩を回す。
「俺はもう寝る」
ザインが振り返る。
「奇遇だな。俺もだ」
「何時間寝るつもりです?」
リナが聞く。
ザインは即答した。
「一日」
「寝すぎです」
「じゃあ半日」
「それでも寝すぎです」
「じゃあ何時間なら許してくれんの?」
「普通に寝てください」
「普通って何時間だよ」
「知りませんよ!」
ザインが笑う。
久しぶりだった。
何も考えずに笑ったのは。
「とりあえず帰ったら――」
その時だった。
――ゴォォォン!!
ザインの言葉が止まった。
重い音。
鐘とは違う。
低く。
王城全体を震わせるような音。
――ゴォォォン!!
二度目。
廊下を歩いていた獣人たちの顔色が変わる。
レグルスも足を止めた。
ザインが見る。
「……なんだ?」
「緊急警笛だ」
レグルスの声から、先ほどまでの柔らかさが消えた。
「緊急?」
――ゴォォォン!!
三度目。
直後。
王城の空気が一変した。
騎士たちが走り出す。
扉が開く。
命令が飛び交う。
「通信室へ!」
「陛下へ報告!」
ザインたちも顔を見合わせる。
「……嫌な予感しかしねぇな」
ガレスが呟いた。
「同感」
ザインは踵を返した。
「戻るぞ」
「ですよねぇ……」
ガレスの声が少し遠い。
ザインたちは再び玉座の間へ戻った。
既に獣王も立ち上がっていた。
そこへ通信担当の兵士が駆け込んでくる。
「陛下!」
「報告せよ!」
「緊急信号を受信!」
兵士が息を整える。
「発信元は――エルフ王国!」
獣王の表情が変わった。
レグルスも目を見開く。
「エルフ王国?」
ザインが聞く。
レグルスが短く答えた。
「我が国と長く友好関係にある国だ」
「状況は!」
獣王の声が飛ぶ。
兵士が答える。
「正体不明の武装集団が国境を突破! 現在、複数の地域で交戦中とのこと!」
「規模は」
「不明! ただし王都周辺にまで敵勢力が到達しているとの報告があります!」
玉座の間がざわつく。
獣王の顔が険しくなる。
「騎士団を――」
「陛下!」
兵士が遮った。
「まだあります!」
「言え!」
「敵の行動について、不可解な点があると!」
ザインが兵士を見る。
「不可解?」
「はい!」
兵士が続ける。
「敵はエルフを無差別に殺害しているわけではありません!」
ザインの目が細くなる。
「戦闘可能な者には攻撃を加えておりますが……」
一瞬。
兵士が言葉を詰まらせる。
「多くのエルフを――生け捕りにしているとのことです!」
「……」
ザインの表情が消えた。
ジグが横を見る。
リナも気付いた。
ガレスの笑顔も消える。
ダリオが低く呟く。
「……まさか」
ザインの頭に洞窟が浮かぶ。
拘束された獣人。
実験器具。
変えられてしまった者たち。
そして。
『僕みたいになる前に助けてあげて』
小さな声。
ザインが口を開いた。
「……俺も行く」
獣王がザインを見る。
「ザイン」
「エルフの国に行くんだろ?」
「そうだ」
「なら俺も行く」
ザインは後ろを振り返った。
第1軍の仲間たちを見る。
「ただし」
少し間を置く。
「お前らはここに残っててもいいぞ」
ガレスが眉を上げた。
「は?」
「連戦だ」
ザインは全員を見る。
「俺らは本来、ここで任務終了だった」
「だから無理して付き合う必要はねぇ」
「俺だけ行く」
一瞬の沈黙。
ガレスがため息をついた。
「副団長」
「ん?」
「俺らが残ると思って言ってます?」
「一応聞いてる」
「じゃあ行きます」
即答。
ダリオも肩をすくめた。
「今さら副団長一人で行かせる方が面倒だ」
ジグも頷く。
「同行します」
リナも。
「私も行きます」
ザインは四人を見る。
「……疲れてんだろ?」
ガレスが笑った。
「副団長もでしょ」
「まあな」
「じゃあ同じっすよ」
ザインは少しだけ黙った。
それから笑う。
「……だと思った」
獣王がそのやり取りを見ていた。
そして。
「ザイン」
「ん?」
「先ほど」
獣王がザインを見る。
「困難に陥った時には助けてほしい、と言ったな」
ザインが一瞬考える。
「ああ」
「ならば」
獣王が一歩前へ出る。
「今は、その言葉に甘えよう」
ザインが目を瞬かせた。
数秒。
そして笑った。
「約束した直後に使われるとは思わなかったけどな」
「不満か?」
「まさか」
ザインは腰の剣へ手を置いた。
「行こう」
獣王が即座に命令を飛ばす。
「緊急援軍を編成!」
「第一、第二騎士団より即応可能な者を選抜!」
「転移施設を起動せよ!」
騎士たちが一斉に動き出す。
「はっ!」
レグルスもザインたちの横へ並んだ。
ザインが見る。
「お前も?」
「当然だ」
「休めねぇな、お互い」
「それはこちらの台詞だ」
ザインが笑った。
◇
武器。
治療薬。
食料。
必要最低限の物資だけが次々と運び込まれていく。
王都郊外。
巨大な転移魔法陣。
獣王国とエルフ王国を繋ぐ、緊急時のための転移施設。
その周囲には、既に選抜された騎士たちが集まっていた。
ザインは剣の状態を確認する。
問題ない。
身体も動く。
疲労はある。
だが。
まだ戦える。
「副団長」
ガレスが隣へ来た。
「なんだ」
「俺ら今日、寝れます?」
ザインは黙った。
少し考える。
「……諦めろ」
「ですよねぇ……」
ダリオが後ろから笑う。
「帰ったら一日寝るんじゃなかったのか?」
「予定変更だ」
「半日?」
「二日に増やす」
「増えてんじゃねぇか」
リナが呆れる。
ザインは小さく笑った。
そして。
魔法陣が光り始める。
ザインの表情が変わった。
先ほどまでの軽さが消える。
その先には。
また戦場がある。
また誰かが助けを待っている。
ザインは剣の柄を握った。
「行くぞ」
第1軍がザインの後ろへ並ぶ。
レグルス。
獣王国の騎士たち。
魔法陣の光が強くなる。
本来ならば。
この日、ザインたちの任務は終わるはずだった。
帰国し。
仲間のもとへ戻り。
ようやく身体を休めるはずだった。
だが。
その休息が訪れることはなかった。
ザインたちはそのまま――
次なる戦場、エルフ王国へと向かった。
獣王との間に交わされた、一つの約束。
ザイン自身は何気なく望んだものでしたが、この約束が今後どのような意味を持つことになるのか。
そして、ようやく任務を終えて休める――はずでした。
エルフ王国から届いた緊急信号。
獣王国で起きた事件とよく似た敵の行動を知り、ザインたちは再び戦場へ向かいます。
休む間もなく始まる、次なる戦い。
次回より、舞台はエルフ王国へ。
引き続きよろしくお願いします!




