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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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41/102

約束

獣王国での一件を終え、ザインたちは救出した獣人たちと共に王都へ帰還します。


全てを救うことはできなかった。


それでも、確かに救えた命もありました。


そして今回の働きを通して、ザインたちと獣王国の関係にも一つの変化が訪れます。


第41話「約束」、よろしくお願いします。


獣王都の門が見えてきた。


ザインは先頭を歩きながら、その光景を黙って見つめていた。


背後には第1軍の仲間たち。


レグルスをはじめとした獣王国の騎士たち。


そして、洞窟から救出した獣人たちが続いている。


誰もが疲れ切っていた。


怪我をした者は肩を借り、歩くことのできない者は背負われている。


それでも――帰ってきた。


生きて。


門の前には大勢の獣人が集まっていた。


行方不明者の家族たちだ。


ザインたちの姿が見えると、一斉にざわめきが広がった。


「……あっ!」


誰かが声を上げた。


「父ちゃん!」


小さな獣人の少年が人混みから飛び出した。


「おい、待ちなさい!」


母親らしき女性の制止も聞かず、少年はザインたちの横を駆け抜けていく。


救出された獣人の一人が顔を上げた。


「……!」


「父ちゃん!」


少年が飛びつく。


男はよろめきながらも、その身体を受け止めた。


「……ただいま」


「父ちゃん……!」


泣き声。


それを皮切りに、待っていた者たちが次々と駆け出した。


「あなた!」


「姉さん!」


「兄ちゃん!」


あちこちで名前が呼ばれる。


抱き合う者。


泣き崩れる者。


何度も無事を確かめるように身体へ触れる者。


ザインは少し離れた場所から、その光景を眺めていた。


「……」


隣にガレスが立つ。


「よかったっすね」


ザインは答えない。


「副団長?」


「……ああ」


少し遅れて答えた。


「よかった」


目の前で、一人の女性が帰ってきた娘を抱き締めている。


その顔には涙と笑顔が入り混じっていた。


ザインはそれを見つめる。


『よかった……』


脳裏に小さな声が蘇った。


みんなが助かったことを知って、安心したように笑った顔。


ザインは目を伏せた。


「私は、このまま負傷者たちと治療院へ向かいます」


ミレイアがザインへ告げた。


助け出した者の中には、教団の実験を受け、容体の安定していない者も多い。


「分かった。こっちは俺たちで済ませる」


ザインは頷いた。


「治療が終わったら、先にラウゼンへ戻ってくれ」


「はい」


ミレイアは一礼すると、負傷者を運ぶ列と共に治療院の方角へ向かった。


「……行くぞ」


「え?」


「報告しなきゃ終わらねぇだろ」


ガレスは何かを言いかけた。


だが、やめた。


「……はい」


ザインは王城へ向かって歩き出した。


◇


「――以上が、確認された被害の全容となります」


王城。


玉座の間にレグルスの声が響いた。


ザインたちはその後方に並んでいる。


玉座に座る獣王は、先ほどから一言も発していなかった。


「拉致された民の大半は救出。しかし……」


レグルスが一瞬言葉を止める。


「既に実験を施されていた者も、複数確認されました」


獣王の指が玉座を強く掴んだ。


「……実験とは」


低い声。


「どのようなものだ」


レグルスがザインを見る。


ザインは黙っている。


代わりにレグルスが答えた。


「獣人の肉体を人為的に変質させ、魔物に近い存在へ作り替えていたものと推測されます」


玉座の間の空気が変わった。


「我が民を……魔物へ変えたと?」


「……はい」


獣王の周囲から魔力が漏れ出す。


近くにいた騎士たちが息を呑んだ。


「アストラ教団……」


獣王が低く呟く。


「我が国の民を攫い、そのようなことを……」


レグルスは続ける。


「そして、今回救出できた者の多くは、ザイン殿たちの協力があったからこそ救えた者です」


ザインが顔を上げた。


「俺らの話は別にいいだろ」


「よくない」


即答だった。


「そう?」


「ザイン殿は最も危険な実験体を自ら引き受け、我々全員を捕虜の救出へ向かわせました」


「いや、それが一番手っ取り早かっただけだって」


「結果として、我々は救出に専念することができた」


ザインは頭を掻いた。


「……真面目だなぁ」


「報告だからな」


「はいはい」


獣王が二人を見る。


レグルスは一度ザインへ視線を向けると、再び獣王へ向き直った。


「陛下」


「なんだ」


「私は当初、彼らを信用しておりませんでした」


ザインが横を見る。


「そうだったの?」


レグルスがザインを見る。


「当然だ」


「普通に接してたじゃん」


「職務だからな」


「へぇ」


「今言うことか?」


ダリオが後ろから小さく突っ込む。


レグルスは咳払いした。


「……ですが」


その表情から僅かな緩みが消える。


「今は違います」


ザインがレグルスを見る。


「少なくとも私は、彼らを信用に値する者たちだと考えております」


玉座の間が静かになった。


ザインは何も言わなかった。


レグルスとも、出会ってからそれほど長いわけではない。


それでも。


共に戦った。


それだけで十分だったのかもしれない。


獣王がザインを見る。


しばらく。


その鋭い目がザインを見定めるように向けられていた。


やがて。


「ザイン」


「……ん?」


ザインが僅かに目を見開いた。


初めてだった。


この王から名前で呼ばれたのは。


獣王は玉座から立ち上がった。


「此度の働き」


ザインたちを見る。


「獣王国を代表し、礼を言う」


ザインは少し黙った。


そして。


「……おう」


「副団長」


リナが小声で呼ぶ。


「なんだよ」


「もう少し言い方があるでしょう」


「ありがとう?」


「軽い!」


獣王の眉間に皺が寄る。


ザインは慌てて手を振った。


「いや、違う違う。ちゃんとありがたく受け取ってるから」


「貴様は本当に一言多いな」


「よく言われる」


「副団長!」


リナの声が響く。


ガレスが笑いを堪えている。


ダリオは既に横を向いていた。


獣王は大きく息を吐いた。


だが。


その表情は以前ほど険しくなかった。


「我は人間が好きではない」


ザインが頷く。


「知ってる」


「今も、その考え自体が変わったわけではない」


「そう簡単に変わるもんでもないだろ」


獣王がザインを見る。


「……だが」


僅かな間。


「少なくとも、お前たちは別だ」


ザインの表情から軽さが消えた。


「此度の一件で理解した」


「お前たちは信用に値する」


ザインは獣王を見る。


そして小さく笑った。


「そりゃどうも」


獣王もそれ以上は言わなかった。


「そこでだ」


「ん?」


「褒美を取らせる」


ザインが首を傾げた。


「褒美?」


「此度の働きには、それだけの価値がある」


獣王は再び玉座へ腰を下ろす。


「望むものを言え」


「……」


ザインは黙った。


「金でも構わん。武具でもよい。我が国で用意できるものであれば可能な限り応えよう」


ザインは腕を組む。


考える。


そして。


「……特にないな」


「何?」


獣王が眉をひそめた。


「いや、急に言われても思いつかねぇ」


「王から褒美を取れる機会だぞ」


「そう言われてもなぁ」


後ろからガレスが呟いた。


「もったいな……」


ザインが振り返る。


「じゃあお前、何欲しい?」


「金」


「即答すんな」


「金はいくらあっても困らないっすよ」


「それはそうだけど」


ダリオが呆れたように言う。


「お前はもう少し遠慮を覚えろ」


「ダリオは欲しくないの?」


「……金」


「お前もじゃねぇか!」


ガレスが笑う。


「仲良しかよ」


「うるせぇ」


張り詰めていた玉座の間の空気が、僅かに緩んだ。


ザインも笑う。


そして。


「……あ」


何かを思いついたように獣王を見る。


「じゃあ、一個だけ」


「言え」


ザインは一度、自分の後ろを見る。


ガレス。


ダリオ。


シグ。


リナ。


そしてレグルス。


それから再び獣王へ向き直った。


「今後」


少し考えながら言葉を続ける。


「俺を含めて、俺の仲間が困るようなことがあったらさ」


獣王が黙って聞いている。


「その時、助けてくれると嬉しい」


「……」


「それでいいよ」


獣王は何も言わなかった。


ザインが首を傾げる。


「ダメ?」


「いや」


獣王はゆっくり立ち上がった。


「分かった」


その声には、先ほどまでとは違う重さがあった。


「獣王の名において約束しよう」


ザインの眉が僅かに上がる。


「お前。そして、お前が仲間と認めた者が窮地に立った時」


獣王はザインを真っ直ぐ見据えた。


「我ら獣王国は、その力となろう」


「……」


ザインが瞬きをする。


「なんか思ってたより話デカくなったな」


レグルスが横から言う。


「王との約束だからな」


「先に言えよ」


「今更だ」


「マジかよ」


獣王が僅かに口元を緩めた。


「後悔したか?」


ザインは少し考える。


「いや」


首を横へ振った。


「こっちの方がいい」


獣王が頷く。


「ならば決まりだ」


「おう」


それだけだった。


ザイン自身は、この約束が使われる日など想像していなかった。


ただ。


金よりも。


武器よりも。


自分の大切な者たちが困った時に助けてくれる者がいる。


それで十分だった。


◇


王城の廊下を歩く。


ようやく。


本当にようやく。


今回の任務が終わった。


ガレスが大きく伸びをする。


「終わったぁ……」


「城ん中でデカい声出すな」


「だって副団長、やっと終わったんすよ?」


「そうだな」


ダリオが肩を回す。


「俺はもう寝る」


ザインが振り返る。


「奇遇だな。俺もだ」


「何時間寝るつもりです?」


リナが聞く。


ザインは即答した。


「一日」


「寝すぎです」


「じゃあ半日」


「それでも寝すぎです」


「じゃあ何時間なら許してくれんの?」


「普通に寝てください」


「普通って何時間だよ」


「知りませんよ!」


ザインが笑う。


久しぶりだった。


何も考えずに笑ったのは。


「とりあえず帰ったら――」


その時だった。


――ゴォォォン!!


ザインの言葉が止まった。


重い音。


鐘とは違う。


低く。


王城全体を震わせるような音。


――ゴォォォン!!


二度目。


廊下を歩いていた獣人たちの顔色が変わる。


レグルスも足を止めた。


ザインが見る。


「……なんだ?」


「緊急警笛だ」


レグルスの声から、先ほどまでの柔らかさが消えた。


「緊急?」


――ゴォォォン!!


三度目。


直後。


王城の空気が一変した。


騎士たちが走り出す。


扉が開く。


命令が飛び交う。


「通信室へ!」


「陛下へ報告!」


ザインたちも顔を見合わせる。


「……嫌な予感しかしねぇな」


ガレスが呟いた。


「同感」


ザインは踵を返した。


「戻るぞ」


「ですよねぇ……」


ガレスの声が少し遠い。


ザインたちは再び玉座の間へ戻った。


既に獣王も立ち上がっていた。


そこへ通信担当の兵士が駆け込んでくる。


「陛下!」


「報告せよ!」


「緊急信号を受信!」


兵士が息を整える。


「発信元は――エルフ王国!」


獣王の表情が変わった。


レグルスも目を見開く。


「エルフ王国?」


ザインが聞く。


レグルスが短く答えた。


「我が国と長く友好関係にある国だ」


「状況は!」


獣王の声が飛ぶ。


兵士が答える。


「正体不明の武装集団が国境を突破! 現在、複数の地域で交戦中とのこと!」


「規模は」


「不明! ただし王都周辺にまで敵勢力が到達しているとの報告があります!」


玉座の間がざわつく。


獣王の顔が険しくなる。


「騎士団を――」


「陛下!」


兵士が遮った。


「まだあります!」


「言え!」


「敵の行動について、不可解な点があると!」


ザインが兵士を見る。


「不可解?」


「はい!」


兵士が続ける。


「敵はエルフを無差別に殺害しているわけではありません!」


ザインの目が細くなる。


「戦闘可能な者には攻撃を加えておりますが……」


一瞬。


兵士が言葉を詰まらせる。


「多くのエルフを――生け捕りにしているとのことです!」


「……」


ザインの表情が消えた。


シグが横を見る。


リナも気付いた。


ガレスの笑顔も消える。


ダリオが低く呟く。


「……まさか」


ザインの頭に洞窟が浮かぶ。


拘束された獣人。


実験器具。


変えられてしまった者たち。


そして。


『僕みたいになる前に助けてあげて』


小さな声。


ザインが口を開いた。


「……俺も行く」


獣王がザインを見る。


「ザイン」


「エルフの国に行くんだろ?」


「そうだ」


「なら俺も行く」


ザインは後ろを振り返った。


第1軍の仲間たちを見る。


「ただし」


少し間を置く。


「お前らはここに残っててもいいぞ」


ガレスが眉を上げた。


「は?」


「連戦だ」


ザインは全員を見る。


「俺らは本来、ここで任務終了だった」


「だから無理して付き合う必要はねぇ」


「俺だけ行く」


一瞬の沈黙。


ガレスがため息をついた。


「副団長」


「ん?」


「俺らが残ると思って言ってます?」


「一応聞いてる」


「じゃあ行きます」


即答。


ダリオも肩をすくめた。


「今さら副団長一人で行かせる方が面倒だ」


シグも頷く。


「同行します」


リナも。


「私も行きます」


ザインは四人を見る。


「……疲れてんだろ?」


ガレスが笑った。


「副団長もでしょ」


「まあな」


「じゃあ同じっすよ」


ザインは少しだけ黙った。


それから笑う。


「……だと思った」


獣王がそのやり取りを見ていた。


そして。


「ザイン」


「ん?」


「先ほど」


獣王がザインを見る。


「困難に陥った時には助けてほしい、と言ったな」


ザインが一瞬考える。


「ああ」


「ならば」


獣王が一歩前へ出る。


「今は、その言葉に甘えよう」


ザインが目を瞬かせた。


数秒。


そして笑った。


「約束した直後に使われるとは思わなかったけどな」


「不満か?」


「まさか」


ザインは腰の剣へ手を置いた。


「行こう」


獣王が即座に命令を飛ばす。


「緊急援軍を編成!」


「第一、第二騎士団より即応可能な者を選抜!」


「転移施設を起動せよ!」


騎士たちが一斉に動き出す。


「はっ!」


レグルスもザインたちの横へ並んだ。


ザインが見る。


「お前も?」


「当然だ」


「休めねぇな、お互い」


「それはこちらの台詞だ」


ザインが笑った。


◇


武器。


治療薬。


食料。


必要最低限の物資だけが次々と運び込まれていく。


王都郊外。


巨大な転移魔法陣。


獣王国とエルフ王国を繋ぐ、緊急時のための転移施設。


その周囲には、既に選抜された騎士たちが集まっていた。


ザインは剣の状態を確認する。


問題ない。


身体も動く。


疲労はある。


だが。


まだ戦える。


「副団長」


ガレスが隣へ来た。


「なんだ」


「俺ら今日、寝れます?」


ザインは黙った。


少し考える。


「……諦めろ」


「ですよねぇ……」


ダリオが後ろから笑う。


「帰ったら一日寝るんじゃなかったのか?」


「予定変更だ」


「半日?」


「二日に増やす」


「増えてんじゃねぇか」


リナが呆れる。


ザインは小さく笑った。


そして。


魔法陣が光り始める。


ザインの表情が変わった。


先ほどまでの軽さが消える。


その先には。


また戦場がある。


また誰かが助けを待っている。


ザインは剣の柄を握った。


「行くぞ」


第1軍がザインの後ろへ並ぶ。


レグルス。


獣王国の騎士たち。


魔法陣の光が強くなる。


本来ならば。


この日、ザインたちの任務は終わるはずだった。


帰国し。


仲間のもとへ戻り。


ようやく身体を休めるはずだった。


だが。


その休息が訪れることはなかった。


ザインたちはそのまま――


次なる戦場、エルフ王国へと向かった。

獣王との間に交わされた、一つの約束。


ザイン自身は何気なく望んだものでしたが、この約束が今後どのような意味を持つことになるのか。


そして、ようやく任務を終えて休める――はずでした。


エルフ王国から届いた緊急信号。


獣王国で起きた事件とよく似た敵の行動を知り、ザインたちは再び戦場へ向かいます。


休む間もなく始まる、次なる戦い。


次回より、舞台はエルフ王国へ。


引き続きよろしくお願いします!

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