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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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40/102

救済

ザインの前に立ちはだかった、かつて獣人だったもの。


その一方で、洞窟の奥にはまだ助けを待つ者たちが残されています。


救える命と、もう戻すことのできない命。


ザインたちは、それぞれの「救済」と向き合うことになります。


第40話「救済」、よろしくお願いします。


剣と腕がぶつかった。


耳をつんざくような衝撃音が洞窟内に響き渡る。


「っ……!」


ザインの身体が後方へ押し込まれる。


靴底が地面を削り、二本の跡を残した。


目の前では、かつて獣人だったものが低く唸っている。


巨大化した腕。


歪に発達した筋肉。


身体のところどころに残る体毛。


そして、右耳の欠けた先端。


間違いない。


町で聞いた特徴と一致している。


「……随分変えられちまったな」


返事はない。


怪物の喉が震える。


「ヴ……ァ……」


声ですらない。


空気が擦れるような音だけが漏れた。


次の瞬間。


怪物が踏み込んだ。


速い。


ザインは横へ跳ぶ。


直後、巨大な拳が先ほどまでザインのいた地面へ叩き込まれた。


岩盤が砕ける。


破片がザインの頬を掠めた。


「力だけなら、とんでもねぇな」


ザインが踏み込む。


剣を横薙ぎに振るう。


怪物が腕を上げた。


刃が食い込む。


だが――浅い。


ザインの眉が動いた。


「硬ぇ」


怪物の反撃。


ザインは身を屈める。


頭上を腕が通過する。


風圧だけで髪が大きく揺れた。


ザインはそのまま懐へ入った。


腹部へ蹴り。


巨体が僅かに浮く。


続けて剣を振り上げる。


怪物が後方へ跳んだ。


「……避けた?」


ザインの目が細くなる。


ただ暴れているだけではない。


攻撃を認識している。


怪物が着地する。


ザインを睨む。


「意外と頭も残ってんのか?」


その瞬間。


怪物の身体から魔力が膨れ上がった。


「……は?」


怪物が口を大きく開く。


光。


ザインは反射的に横へ飛んだ。


直後。


魔力の塊が一直線に放たれた。


岩壁へ直撃。


轟音。


洞窟全体が揺れる。


ザインが転がりながら起き上がった。


「おいおい」


崩れ落ちる岩を見る。


「魔法まで使えんのかよ」


怪物が再びザインへ向かってくる。


ザインは剣を構え直した。


先ほどの一撃。


詠唱はなかった。


魔法を理解して使っているようにも見えない。


身体そのものへ組み込まれている。


そんな印象だった。


「……趣味悪ぃな」


怪物が腕を振り下ろす。


ザインは受けない。


横へ。


もう一撃。


後ろへ。


さらに一撃。


ザインは怪物の攻撃を避け続ける。


見る。


肩。


腰。


脚。


視線。


呼吸。


攻撃の直前、右肩が僅かに沈む。


魔法を撃つ前には喉が膨らむ。


単純。


だが速い。


そして圧倒的に重い。


一度でもまともに受ければ、こちらが不利になる。


怪物が踏み込む。


ザインも同時に動いた。


拳を紙一重で避ける。


脇を抜ける。


振り向きざま。


剣を振るう。


怪物の背中が裂けた。


「グァァァッ!!」


初めて明確な咆哮。


ザインは止まらない。


脚。


脇腹。


肩。


硬い場所を避け、動きを止めるための攻撃を重ねる。


怪物が振り返った。


ザインが踏み込む。


――その瞬間。


怪物の口元に光。


「っ!」


近い。


ザインは咄嗟に剣を前へ出した。


爆発。


「ぐっ……!」


ザインの身体が吹き飛ばされる。


岩壁へ激突。


息が詰まる。


「……っつぅ」


立ち上がる。


服の一部が焼けている。


腕から血。


だが。


すぐに傷口が塞がり始めた。


ザインが腕を見る。


「まだいけるな」


怪物が迫る。


ザインは走った。


正面ではない。


洞窟の側面。


岩柱の間を抜ける。


怪物が追う。


ザインは振り返らない。


巨体が岩柱へぶつかる音。


砕ける岩。


それでも追ってくる。


「しつけぇな!」


角を曲がる。


巨大な拳が岩壁を砕いた。


ザインはそのまま細い岩の隙間へ滑り込んだ。


怪物の腕が伸びてくる。


ザインはさらに奥へ。


やがて怪物の腕が届かなくなる。


「……はぁ」


ザインは岩壁へ背中を預けた。


外から怪物の唸り声が聞こえる。


岩を殴る音。


ザインは剣を見る。


刃こぼれはない。


腕も動く。


問題ない。


「硬い。速い。馬鹿力」


そして魔法。


「面倒くせぇ……」


ただ。


倒せない相手ではない。


ザインが目を閉じる。


攻撃の癖。


歩幅。


踏み込み。


魔法を撃つ瞬間。


頭の中で組み立てる。


次は――


「……お兄さん」


ザインの目が開いた。


「……?」


今。


声がした。


ザインはゆっくり横を見る。


誰もいない。


「……お兄さん」


今度ははっきり聞こえた。


下。


ザインが視線を落とす。


岩陰。


何かがいる。


ザインは即座に剣を向けた。


「ひっ……!」


小さな身体が縮こまった。


ザインの動きが止まる。


「……なんだ、お前」


魔物。


そうとしか呼べない姿だった。


身体には獣人だった頃の名残がある。


だが皮膚の一部は変質し、腕も本来の形ではない。


それでも。


小さい。


ザインの腰ほどしかない。


そして何より。


その目。


ザインを見て怯えている。


明確な感情がある。


「待って……」


ザインの眉が寄る。


「お前……」


小さな魔物が震える。


「殺さないで……」


ザインはゆっくり剣を下げた。


「……喋れるのか?」


小さな魔物が頷いた。


「うん……」


ザインは言葉を失った。


今まで見てきた実験体とは違う。


洞窟の外から轟音。


小さな魔物が身体を震わせる。


ザインは入口を見る。


まだ怪物はこちらを探している。


「お前も……あいつらにやられたのか?」


小さな魔物が俯いた。


「みんな……やられちゃった」


ザインの表情が変わる。


「みんな?」


小さな指が洞窟の奥を指した。


「下にいるの」


「いっぱい捕まってる」


「……」


「お父さんも、お母さんも……みんな連れていかれた」


ザインがしゃがむ。


「まだ生きてるのか?」


「うん」


子供が必死に頷く。


「まだ、みんなはそのままだから」


「そのまま?」


「僕みたいになってない」


ザインの目が細くなる。


子供が自分の身体を見る。


そして。


「僕……変になっちゃった」


小さな声だった。


ザインは何も言えない。


子供がザインを見る。


「お兄さん」


「……なんだ」


「みんなを助けて」


ザインの目を見る。


「僕みたいになる前に」


声が震えている。


「助けてあげて」


ザインの手が僅かに動いた。


「お願い……!」


「みんなを助けて!」


その瞬間。


轟音。


岩が砕けた。


ザインが振り返る。


怪物がこちらへ向かっている。


「チッ」


ザインは立ち上がった。


子供を見る。


ここに置いておく。


駄目だ。


戦闘がここまで来る可能性がある。


ザインは剣を鞘へ戻した。


「ちょっと我慢しろ」


「え?」


ザインが子供を抱き上げた。


「わっ!」


「暴れんな。落とすぞ」


「お、お兄さん!?」


「舌噛むから口閉じとけ!」


ザインが走る。


岩の隙間から飛び出す。


怪物が即座にザインを捉えた。


「グァァァァッ!!」


「うるせぇ!」


拳。


ザインが跳ぶ。


子供を片腕で抱えたまま、岩壁を蹴る。


拳が下を通過。


ザインは着地すると再び走った。


横穴。


先ほど通った場所より高い位置にある。


怪物の巨体では入れない。


ザインはそこへ子供を降ろした。


「ここにいろ」


子供がザインの服を掴む。


「お兄さんは?」


ザインはその手を見る。


「俺?」


剣を抜く。


怪物を見る。


「ちょっとあいつ片付けてくる」


「でも……」


ザインが子供を見る。


「大丈夫だ」


ほんの少し笑う。


「仲間も、お前の仲間を助けに行ってる」


子供の目が大きくなる。


「ほんと?」


「ああ」


ザインは前を向いた。


「だから待ってろ」


怪物へ歩き出す。


「すぐ終わらせる」


怪物がザインを見つける。


咆哮。


ザインは剣を肩へ担いだ。


「さて」


一歩。


「続きやろうぜ」


怪物が走る。


ザインも走った。


激突。


拳を避ける。


ザインの剣が腕を斬る。


浅い。


もう一撃。


同じ場所。


怪物が振り払う。


ザインは後方へ跳ぶ。


「やっぱそこだな」


硬い。


だが無傷ではない。


同じ箇所へ攻撃を集中すれば通る。


怪物が魔法を放つ。


ザインは横へ。


着弾。


爆発。


煙。


ザインが煙の中から飛び出す。


怪物の懐。


「そこ!」


剣を振るう。


脚。


怪物の身体が傾く。


ザインが回る。


もう一撃。


怪物が膝をついた。


「グッ……!」


ザインが剣を振り上げる。


首。


これで終わる。


踏み込んだ。


その時。


怪物が右腕を振り上げた。


ザインへの迎撃。


ザインはそのまま行く。


間に合う。


先に首を――


怪物の右腕が止まった。


「……?」


ザインの剣も止まる。


怪物が震えている。


右腕を。


左手が掴んでいた。


自分自身で。


「……お前」


怪物の身体が痙攣する。


ザインを殴ろうとする右腕。


それを必死に止める左腕。


喉から音が漏れる。


「ァ……ァ……」


言葉ではない。


だが。


ザインには分かった。


「……まだいるのか」


怪物の目がザインを見る。


ほんの一瞬。


さっきまでの獣性が消えた。


苦しそうな目。


ザインの剣が下がる。


「……」


怪物が震える。


だが次の瞬間。


目が変わった。


「グァァァァァ!!」


左手が弾かれる。


右腕がザインへ。


ザインは後方へ跳んだ。


拳が地面を砕く。


「……そうかよ」


ザインは剣を握り直した。


怪物が再び立ち上がる。


ザインを見る。


ザインはもう迷わなかった。


「悪かったな」


怪物が走る。


ザインも踏み込む。


「もっと早く気付いてやれなくて」


拳。


ザインは身体を沈める。


紙一重。


怪物の横を抜ける。


ザインの剣が走った。


怪物の身体が止まる。


「……」


ザインは背を向けたまま剣を振る。


刃についた血が地面へ落ちた。


背後。


巨体が崩れ落ちる。


静かになった。


ザインは振り返った。


怪物はもう動かない。


右耳の欠けた獣人。


町で待っている家族がいる。


ザインはしばらく見つめていた。


「……ごめんな」


剣を鞘へ戻す。


「助けられなかった」


返事はない。


ザインは踵を返した。


「お兄さん!」


声。


ザインが顔を上げる。


横穴から小さな魔物が顔を出している。


「終わった?」


「ああ」


ザインが近づく。


「終わった」


子供が少し笑った。


その時。


奥から足音。


ザインが振り返る。


「副団長!」


リナ。


その後ろからシグ、ガレス、ダリオ。


レグルス。


そして――


大勢の獣人たち。


歩ける者。


肩を借りている者。


意識を失い、背負われている者。


それでも。


生きている。


ザインが息を吐いた。


「……やったか」


シグが頷く。


「確認できた生存者は全員救出しました」


「教団員は?」


「抵抗した者は制圧。数名、生け捕りにしています」


「そうか」


ザインの肩から僅かに力が抜けた。


「ミレイアは?」


ザインが辺りを見回す。


リナが答える。


「都で待機してます」


「先に運び込んだ負傷者だけでも手一杯みたいで」


「これだけ連れて帰れば、また忙しくさせちまうな」


ザインが苦笑した。


横から小さな魔物が出てくる。


「……みんな」


救出された獣人たちが止まった。


魔物を見る。


警戒。


困惑。


その中で。


一人の女性が口元を押さえた。


「……あなた」


子供が女性を見る。


「……!」


顔が明るくなる。


「おばちゃん!」


女性の目から涙が溢れた。


「まさか……」


子供が周囲を見る。


たくさんの獣人。


助かった。


本当に。


助かった。


「よかった……」


小さな魔物が笑った。


「みんな……助かったんだ」


ザインはその横顔を見る。


「お前のおかげだ」


子供がザインを見る。


「僕の?」


「ああ」


ザインが軽く頭へ手を置く。


「お前が教えてくれたからな」


子供が嬉しそうに目を細めた。


「……よかった」


その瞬間。


子供の身体が僅かに揺れた。


「……?」


ザインが見る。


「どうした?」


「うぇ……」


子供が腹を押さえる。


「おい?」


「なんか……変……」


膝をついた。


ザインがしゃがむ。


「大丈夫か?」


「副団長?」


リナがこちらを見る。


ザインが子供へ手を伸ばす。


「おい。どこが――」


リナの表情が変わった。


「……え?」


魔力。


子供の身体の中。


急激に膨張している。


あり得ない速度で。


「副団長!」


ザインが振り返る。


「その子から離れてください!!」


「は?」


「早く!!」


ザインが子供を見る。


子供自身も何が起きているのか分かっていない。


身体が震えている。


「お、お兄さん……」


「大丈夫だ。落ち着け」


ザインが手を伸ばす。


「おにい……ちゃん……」


光。


ザインの目が見開かれた。


「――ッ!」


爆音。


衝撃。


ザインの身体が吹き飛んだ。


「副団長!!」


岩壁へ叩きつけられる。


煙が洞窟内を覆った。


耳鳴り。


何も聞こえない。


「……っ」


ザインが身体を起こす。


視界が揺れる。


腕から血が流れている。


そんなことはどうでもいい。


ザインは前を見る。


「……おい」


煙。


「おい……」


立ち上がる。


足元がふらつく。


それでも歩く。


「……おい」


煙が晴れていく。


ザインの足が止まった。


「……」


何も言わない。


ただ。


立っていた。


リナも動けなかった。


ガレスの笑顔は消えている。


ダリオは俯いた。


シグも何も言わない。


レグルスは拳を強く握っていた。


救出された獣人たちから、すすり泣く声が聞こえた。


ザインは動かない。


さっきまで。


ここにいた。


喋っていた。


笑っていた。


『よかった……』


ザインが目を閉じた。


「……」


しばらくして。


踵を返した。


「シグ」


声が低い。


「……はい」


「資料」


「可能な限り回収しています」


「全部持ってけ」


「了解」


ザインは歩く。


「捕まえた奴らもだ」


「はい」


レグルスがザインを見る。


「ザイン……」


ザインは止まらない。


「……帰るぞ」


誰も返事をしなかった。


ザインが振り返る。


疲れていた。


身体ではない。


その顔には、いつもの軽さがなかった。


「……とりあえず、国に帰るぞ」


シグが静かに頷いた。


「了解しました」


ザインは洞窟の出口へ向かう。


誰も喋らない。


ガレスも。


ダリオも。


リナも。


レグルスも。


その後ろを、救出された獣人たちがついていく。


洞窟を出る直前。


ザインは一度だけ振り返った。


暗い洞窟。


そこに残された二つの命。


ザインは何も言わなかった。


前を向く。


そして。


救出した獣人たちを連れ、ザインたちは獣王都への帰路についた。

救出には成功しました。


ですが、全てを救うことはできませんでした。


「みんなを助けて」と頼んだ小さな命。


そして、最後まで自分自身に抗っていた獣人。


教団が行っている実験の残酷さを、ザインたちは改めて目の当たりにすることになりました。


救出した獣人たちを連れ、一行は獣王都へ戻ります。


次回、獣王国での一件はひとまず決着へ。


しかし、ザインたちに休息の時間は――。


次回もよろしくお願いします。

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