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獣王国で相次ぐ行方不明事件。
イリスから届いた情報を頼りに、ザインたちは怪しい集団の目撃地点へと向かいます。
果たして、その先に待っているものとは。
第39話、よろしくお願いします!
獣王都を離れ、ザインたちは深い森の中を進んでいた。
整備された街道はとうに途切れている。
周囲にあるのは、どこまでも続く木々と岩肌だけ。
ザインは歩きながら、手元の地図へ目を落とした。
イリスから送られてきたものだ。
地図にはいくつかの印が付けられている。
そのほとんどが、王都から大きく離れた場所に集中していた。
「この辺りか」
ザインが呟く。
隣を歩いていたレグルスが地図を覗き込んだ。
「ああ。この先で間違いない」
「随分と何もねぇ場所だな」
「だからこそ、我々もほとんど警戒していなかった」
レグルスが周囲を見る。
「集落もない。街道もない。商人すら滅多に通らん」
ザインは地図を畳んだ。
「隠れる側からしたら最高だな」
「皮肉か?」
「感想」
後ろから小さく笑い声が聞こえた。
ザインが振り返る。
「ガレス」
「なんだ?」
「何笑ってんだ」
「別に?」
ガレスは笑ったまま肩を竦めた。
「副団長、こういう時ちょっと楽しそうだなって」
「よし。お前先頭」
「なんでだよ!」
ダリオが吹き出す。
「自業自得だろ」
「お前も笑ってただろ!」
「俺は笑ってない」
「嘘つけ!」
「静かにしろ」
ジグの一言で二人が黙った。
周囲を警戒していたジグがザインを見る。
「目撃地点が近いはずです」
「ああ」
ザインも表情を切り替えた。
「リナ」
「はい」
「周囲の反応は?」
リナが目を閉じる。
微弱な魔力が彼女を中心に広がっていく。
しばらくして、ゆっくりと目を開いた。
「大きな魔力反応はありません。小型の魔物が何体かいるくらいです」
「人は?」
「この辺り、少し魔素が濃いです。細かい反応までは……」
「分かった」
ザインは再び歩き出した。
しばらくして。
ザインが突然立ち止まった。
後ろを歩いていた全員も止まる。
「ここだ」
地図を開く。
怪しい集団が何度も目撃された地点。
その中心に近い。
だが。
何もない。
木。
岩。
草。
人がいた形跡すら見当たらない。
レグルスが周囲を見渡す。
「情報が古かったか?」
「かもな」
ザインはしゃがみ込んだ。
地面を見る。
落ち葉を退かす。
湿った土が現れる。
「……」
「何かあるのか?」
「逆」
ザインが立ち上がる。
「何もなさすぎる」
レグルスが眉を寄せた。
「どういう意味だ?」
「目撃情報は一回じゃないんだろ?」
「ああ」
「複数人が何度もこの辺りを歩いてる」
ザインは周囲を指す。
「なのに足跡もねぇ。折れた枝もねぇ。野営した跡もない」
「つまり」
ジグが言った。
「意図的に痕跡を消している」
ザインが頷く。
「多分な」
ガレスが周囲を見る。
「じゃあ、ここに何かあるってこと?」
「それを探す」
ザインは全員を見る。
「散れ。ただし遠くには行くな」
「何か見つけても勝手に触んなよ」
ガレスを見る。
「なんで俺見て言った?」
「一番触りそうだから」
「否定できねぇな」
「しろよ」
ダリオが呆れる。
部隊が散開した。
ザインはレグルスと共に周辺を調べていく。
ザインの視線は地面を這う。
土。
草。
木。
岩。
その時。
「副団長」
ジグの声。
ザインたちが向かう。
ジグは一本の木の前に立っていた。
「ここです」
木の幹に傷がある。
ザインが指でなぞった。
まだ新しい。
「魔物ではないのか?」
レグルスが尋ねる。
「違うな」
ザインは傷の高さを見る。
「何か運んだ時に擦ったんだろ」
その先を見る。
草が僅かに倒れている。
注意して見なければ分からない程度。
ザインが笑った。
「見つけた」
全員を呼び戻す。
そこから痕跡を追った。
折れた枝。
踏まれた草。
僅かに削れた土。
誰かが通った痕跡は確実に続いている。
だが。
途中で突然消えた。
「……ここまでだな」
レグルスが地面を見る。
ガレスが周囲を確認する。
「引き返した?」
「戻った跡がねぇ」
ダリオが上を見る。
「飛んだとか」
ザインがダリオを見る。
「何人もまとめて?」
「ないな」
「だろ」
リナが首を傾げる。
「転移魔法は?」
「だったら最初から転移すりゃいい」
「確かに」
ザインは周囲を見る。
人間が突然消えるはずがない。
なら。
この場所に何かある。
ザインはゆっくり歩いた。
木。
岩。
岩壁。
そこで止まる。
「リナ」
「はい?」
ザインが正面の岩壁を指した。
「あれ、調べられるか?」
「岩ですか?」
「ああ」
リナが岩壁へ近づく。
手を伸ばした。
魔力を流す。
直後。
「……え?」
リナの手が岩へ沈んだ。
レグルスが目を見開く。
「これは……」
「幻惑魔法です」
リナがさらに魔力を流す。
岩壁が水面のように揺れた。
そして。
消える。
その奥にあったのは。
暗い洞窟。
ガレスが小さく息を吐いた。
「マジかよ」
ザインは洞窟を見つめる。
「大当たりだな」
ダリオが剣へ手を掛けた。
「入るか?」
「待て」
ザインが止める。
「敵の数が分からねぇ」
「でも――」
「攫われた奴らが中にいる可能性が高い」
ザインの声が低くなる。
「俺たちが暴れたせいで人質にされたら終わりだ」
ダリオは剣から手を離した。
レグルスがザインを見る。
「どうする?」
「入口を監視する」
ザインは洞窟周辺へ視線を巡らせる。
「それと別の出入口を探す。これだけ隠してる奴らだ。逃げ道くらい作ってるだろ」
「ジグ、ガレス。向こう側を探せ」
「了解」
「ダリオ、リナはここ」
二人が頷く。
ザインはレグルスを見る。
「俺たちは反対側だ」
「分かった」
二人は洞窟を迂回する。
岩場を進みながら、レグルスが口を開いた。
「ザイン」
「ん?」
「行方不明者についてだ」
ザインが横を見る。
「町で集めた情報を覚えているか?」
「ああ」
行方不明になった獣人たち。
全員が完全に同じ条件ではない。
だが、共通点はあった。
若い者が多い。
健康。
大きな持病を抱えている者はほとんどいない。
そして。
「魔力量も平均以上の者が多かった」
レグルスが言う。
「偶然じゃねぇだろうな」
「やはりそう思うか」
ザインは歩き続ける。
「子供や年寄りがほとんどいない」
「病人もいない」
「金持ちばかりでもない」
ザインが指を一本立てる。
「つまり金目的じゃない」
二本目。
「特定の家柄でもない。恨みでもない」
三本目。
「なのに身体と魔力量には共通点がある」
レグルスの表情が険しくなる。
「選んでいるのか」
「ああ」
ザインが前を見る。
「攫う奴をな」
「何のために?」
「それを調べに来た」
その時だった。
ザインの右手が上がる。
レグルスは即座に口を閉じた。
声が聞こえる。
二人は岩陰へ身を隠す。
少し先。
岩壁の隙間から二人の男が現れた。
黒い外套。
ザインとレグルスが目を合わせる。
「今日の分は?」
男の一人が尋ねる。
「問題ない」
「選別は?」
「まだだ。奥でやってる」
ザインの目が細くなる。
「数が足りないんじゃなかったか?」
「だから追加を探してるんだろ」
「面倒だな」
「仕方ない。上からの命令だ」
二人が歩いていく。
「使えない個体は?」
「知らん」
「また処分か?」
「だから知らんって」
ザインの顔から表情が消えた。
男たちが十分に離れる。
ザインがレグルスへ二本指を見せた。
左右を指す。
レグルスが頷く。
次の瞬間。
ザインが飛び出した。
「――ッ!」
男が振り返るより早く、ザインが口を塞ぐ。
足を払う。
地面へ叩きつける。
もう一人もレグルスに腕を捻り上げられていた。
ザインは男の背中へ膝を置く。
「騒ぐな」
低い声。
「死にたくなけりゃな」
男が暴れる。
ザインが腕をさらに捻る。
「聞こえなかったか?」
動きが止まった。
ザインは外套を探る。
小さな金属製の装飾。
そこに刻まれた紋章。
ザインの目つきが変わった。
「……やっぱりお前らか」
レグルスが見る。
「知っているのか?」
「ああ」
ザインは紋章を男へ見せる。
「アストラ教団」
男の身体が僅かに強張った。
「正解みたいだな」
ザインは男を起こし、岩壁へ押し付ける。
「中に獣人がいるな?」
返事はない。
「何人いる?」
沈黙。
ザインは男を見る。
「質問を変える」
男の胸倉を掴む。
「何人攫った?」
男は答えない。
ただ。
笑った。
ザインの眉が僅かに動く。
「何がおかしい?」
「……遅かったな」
「何?」
男の口元が歪む。
「もう始まってる」
ザインの目が細くなる。
「何がだ」
男は答えない。
その瞬間。
ズン――。
地面が僅かに揺れた。
ザインが振り返る。
洞窟の方角。
そして。
空気中の魔素が動いた。
ザインには分かる。
僅かだが。
周囲の魔素が洞窟へ吸い寄せられている。
「……チッ」
ザインは男をレグルスへ押し付けた。
「戻るぞ」
二人が走る。
洞窟前へ戻ると、リナが岩壁へ手を当てていた。
顔色が変わっている。
「ザイン!」
「何があった?」
「中です!」
リナが洞窟を見る。
「急に大きな魔力反応が発生しました!」
ダリオが剣を抜く。
ザインは一瞬だけ考えた。
人質。
敵の数。
内部構造。
何も分からない。
だが。
――もう始まってる。
ザインも剣を抜いた。
「予定変更」
戻ってきたジグとガレスを見る。
「突入する」
レグルスが捕らえた男を木へ縛り付ける。
「人質は?」
「最優先」
ザインは暗い洞窟を見る。
「行くぞ」
全員が洞窟へ入った。
中は暗い。
リナが小さな光球を生み出す。
岩壁。
湿った地面。
一本道が奥へ続いている。
「足元気をつけろ」
ザインが先頭を歩く。
しばらく進むと。
匂いが変わった。
ザインが眉を寄せる。
「……」
レグルスも気付いたらしい。
「これは……」
ザインは何も言わない。
さらに進む。
やがて。
人工的に掘り広げられた空間へ出た。
岩壁には魔法灯。
机。
器具。
大量の紙。
檻。
そして。
「……なんだよ、これ」
ガレスの声から、いつもの軽さが消えた。
壁際に。
獣人たちがいた。
何人も。
手足を拘束されている。
ザインたちを見て目を見開く者。
怯えて身体を縮める者。
意識を失っている者。
「レグルス」
ザインが言った。
「ああ」
レグルスが前へ出ようとした。
その時。
ドンッ!!
奥の扉が吹き飛んだ。
「――!」
全員が武器を構える。
何かが。
ゆっくりと出てくる。
最初。
ザインにはそれが何なのか分からなかった。
大きい。
ザインより遥かに。
不自然に膨れ上がった身体。
歪んだ四肢。
身体の一部には獣人だった頃の毛が残っている。
だが。
もう獣人とは呼べない。
顔の形すら変わっている。
口元も大きく変形し、言葉を発するための形を残していなかった。
「……魔物?」
リナが呟く。
違う。
ザインには分かった。
以前にも見た。
洞窟。
教団。
人間を材料に作られた魔物。
だが。
あの時とは。
何もかも違う。
目の前のそれから感じる圧力。
魔力量。
肉体。
比較にならない。
レグルスが息を呑む。
「まさか……」
ザインは怪物の身体を見る。
片方の耳。
先端が欠けている。
その特徴。
聞いたことがあった。
町で。
行方不明になった兄を探していた獣人の女性。
――兄は右耳の先が少し欠けています。
ザインの目が止まる。
「……お前」
怪物がザインを見る。
次の瞬間。
地面が砕けた。
「ッ!」
ザインが剣を構える。
速い。
巨体からは想像できない速度。
振り抜かれた腕をザインが剣で受ける。
轟音。
「ぐっ……!」
ザインの身体が後方へ吹き飛んだ。
岩壁へ叩きつけられる。
「ザイン!」
レグルスが叫ぶ。
「来るな!」
ザインが即座に制止した。
瓦礫を払いながら立ち上がる。
腕が痺れている。
「……マジか」
怪物が低い音を漏らす。
言葉ではない。
唸り声とも違う。
喉そのものが正常な機能を失っている。
ザインは剣を握り直した。
強い。
以前の実験体とは比べ物にならない。
そして。
奥を見る。
拘束された獣人たち。
まだ生きている。
「ジグ」
ザインが怪物から目を離さず言った。
「はい」
「全員連れて奥へ行け」
ジグが一瞬だけ止まる。
「しかし」
「まだ助けられる奴がいる」
ザインは怪物を見る。
「そっちを助けろ」
レグルスが剣を握る。
「ザイン」
「お前も行け」
「これは我が国の民だ」
「だからだよ」
ザインが答える。
怪物が身体を震わせる。
「こいつは俺がやる」
「お前は――」
ザインが僅かに振り返る。
「まだ助けられる奴のところに行ってやれ」
レグルスが黙った。
ザインは再び怪物を見る。
「ジグ」
「……了解」
「ガレス、ダリオ、リナも行け」
ガレスがザインを見る。
「死ぬなよ、副団長」
ザインが鼻で笑った。
「誰に言ってんだ」
ジグたちは走り出す。
レグルスも一度だけ怪物を見ると、捕らわれた獣人たちのもとへ向かった。
残ったのは。
ザイン。
そして。
かつて獣人だったもの。
怪物がザインへ向き直る。
ザインは静かに剣を構えた。
「……悪いな」
誰に言ったのか。
自分でも分からない。
怪物が地面を蹴る。
ザインも踏み込んだ。
洞窟の中で。
二つの影が激突した。
ついに辿り着いたアストラ教団の拠点。
そこでザインたちが目にしたのは、かつて獣人だった「何か」でした。
まだ助けられる者たちを仲間に託し、ザインは一人その場に残ります。
次回、ザインVS実験失敗個体。
引き続きよろしくお願いします!




