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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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39/102

選別

獣王国で相次ぐ行方不明事件。


イリスから届いた情報を頼りに、ザインたちは怪しい集団の目撃地点へと向かいます。


果たして、その先に待っているものとは。


第39話、よろしくお願いします!


獣王都を離れ、ザインたちは深い森の中を進んでいた。


整備された街道はとうに途切れている。


周囲にあるのは、どこまでも続く木々と岩肌だけ。


ザインは歩きながら、手元の地図へ目を落とした。


イリスから送られてきたものだ。


地図にはいくつかの印が付けられている。


そのほとんどが、王都から大きく離れた場所に集中していた。


「この辺りか」


ザインが呟く。


隣を歩いていたレグルスが地図を覗き込んだ。


「ああ。この先で間違いない」


「随分と何もねぇ場所だな」


「だからこそ、我々もほとんど警戒していなかった」


レグルスが周囲を見る。


「集落もない。街道もない。商人すら滅多に通らん」


ザインは地図を畳んだ。


「隠れる側からしたら最高だな」


「皮肉か?」


「感想」


後ろから小さく笑い声が聞こえた。


ザインが振り返る。


「ガレス」


「なんだ?」


「何笑ってんだ」


「別に?」


ガレスは笑ったまま肩を竦めた。


「副団長、こういう時ちょっと楽しそうだなって」


「よし。お前先頭」


「なんでだよ!」


ダリオが吹き出す。


「自業自得だろ」


「お前も笑ってただろ!」


「俺は笑ってない」


「嘘つけ!」


「静かにしろ」


シグの一言で二人が黙った。


周囲を警戒していたシグがザインを見る。


「目撃地点が近いはずです」


「ああ」


ザインも表情を切り替えた。


「リナ」


「はい」


「周囲の反応は?」


リナが目を閉じる。


微弱な魔力が彼女を中心に広がっていく。


しばらくして、ゆっくりと目を開いた。


「大きな魔力反応はありません。小型の魔物が何体かいるくらいです」


「人は?」


「この辺り、少し魔素が濃いです。細かい反応までは……」


「分かった」


ザインは再び歩き出した。


しばらくして。


ザインが突然立ち止まった。


後ろを歩いていた全員も止まる。


「ここだ」


地図を開く。


怪しい集団が何度も目撃された地点。


その中心に近い。


だが。


何もない。


木。


岩。


草。


人がいた形跡すら見当たらない。


レグルスが周囲を見渡す。


「情報が古かったか?」


「かもな」


ザインはしゃがみ込んだ。


地面を見る。


落ち葉を退かす。


湿った土が現れる。


「……」


「何かあるのか?」


「逆」


ザインが立ち上がる。


「何もなさすぎる」


レグルスが眉を寄せた。


「どういう意味だ?」


「目撃情報は一回じゃないんだろ?」


「ああ」


「複数人が何度もこの辺りを歩いてる」


ザインは周囲を指す。


「なのに足跡もねぇ。折れた枝もねぇ。野営した跡もない」


「つまり」


シグが言った。


「意図的に痕跡を消している」


ザインが頷く。


「多分な」


ガレスが周囲を見る。


「じゃあ、ここに何かあるってこと?」


「それを探す」


ザインは全員を見る。


「散れ。ただし遠くには行くな」


「何か見つけても勝手に触んなよ」


ガレスを見る。


「なんで俺見て言った?」


「一番触りそうだから」


「否定できねぇな」


「しろよ」


ダリオが呆れる。


部隊が散開した。


ザインはレグルスと共に周辺を調べていく。


ザインの視線は地面を這う。


土。


草。


木。


岩。


その時。


「副団長」


シグの声。


ザインたちが向かう。


シグは一本の木の前に立っていた。


「ここです」


木の幹に傷がある。


ザインが指でなぞった。


まだ新しい。


「魔物ではないのか?」


レグルスが尋ねる。


「違うな」


ザインは傷の高さを見る。


「何か運んだ時に擦ったんだろ」


その先を見る。


草が僅かに倒れている。


注意して見なければ分からない程度。


ザインが笑った。


「見つけた」


全員を呼び戻す。


そこから痕跡を追った。


折れた枝。


踏まれた草。


僅かに削れた土。


誰かが通った痕跡は確実に続いている。


だが。


途中で突然消えた。


「……ここまでだな」


レグルスが地面を見る。


ガレスが周囲を確認する。


「引き返した?」


「戻った跡がねぇ」


ダリオが上を見る。


「飛んだとか」


ザインがダリオを見る。


「何人もまとめて?」


「ないな」


「だろ」


リナが首を傾げる。


「転移魔法は?」


「だったら最初から転移すりゃいい」


「確かに」


ザインは周囲を見る。


人間が突然消えるはずがない。


なら。


この場所に何かある。


ザインはゆっくり歩いた。


木。


岩。


岩壁。


そこで止まる。


「リナ」


「はい?」


ザインが正面の岩壁を指した。


「あれ、調べられるか?」


「岩ですか?」


「ああ」


リナが岩壁へ近づく。


手を伸ばした。


魔力を流す。


直後。


「……え?」


リナの手が岩へ沈んだ。


レグルスが目を見開く。


「これは……」


「幻惑魔法です」


リナがさらに魔力を流す。


岩壁が水面のように揺れた。


そして。


消える。


その奥にあったのは。


暗い洞窟。


ガレスが小さく息を吐いた。


「マジかよ」


ザインは洞窟を見つめる。


「大当たりだな」


ダリオが剣へ手を掛けた。


「入るか?」


「待て」


ザインが止める。


「敵の数が分からねぇ」


「でも――」


「攫われた奴らが中にいる可能性が高い」


ザインの声が低くなる。


「俺たちが暴れたせいで人質にされたら終わりだ」


ダリオは剣から手を離した。


レグルスがザインを見る。


「どうする?」


「入口を監視する」


ザインは洞窟周辺へ視線を巡らせる。


「それと別の出入口を探す。これだけ隠してる奴らだ。逃げ道くらい作ってるだろ」


「シグ、ガレス。向こう側を探せ」


「了解」


「ダリオ、リナはここ」


二人が頷く。


「ミレイアは入口に残って、誰か連れ帰ってきたらすぐ診られるようにしといてくれ」


「分かりました」


ミレイアが小さく頷く。


ザインはレグルスを見る。


「俺たちは反対側だ」


「分かった」


二人は洞窟を迂回する。


岩場を進みながら、レグルスが口を開いた。


「ザイン」


「ん?」


「行方不明者についてだ」


ザインが横を見る。


「町で集めた情報を覚えているか?」


「ああ」


行方不明になった獣人たち。


全員が完全に同じ条件ではない。


だが、共通点はあった。


若い者が多い。


健康。


大きな持病を抱えている者はほとんどいない。


そして。


「魔力量も平均以上の者が多かった」


レグルスが言う。


「偶然じゃねぇだろうな」


「やはりそう思うか」


ザインは歩き続ける。


「子供や年寄りがほとんどいない」


「病人もいない」


「金持ちばかりでもない」


ザインが指を一本立てる。


「つまり金目的じゃない」


二本目。


「特定の家柄でもない。恨みでもない」


三本目。


「なのに身体と魔力量には共通点がある」


レグルスの表情が険しくなる。


「選んでいるのか」


「ああ」


ザインが前を見る。


「攫う奴をな」


「何のために?」


「それを調べに来た」


その時だった。


ザインの右手が上がる。


レグルスは即座に口を閉じた。


声が聞こえる。


二人は岩陰へ身を隠す。


少し先。


岩壁の隙間から二人の男が現れた。


黒い外套。


ザインとレグルスが目を合わせる。


「今日の分は?」


男の一人が尋ねる。


「問題ない」


「選別は?」


「まだだ。奥でやってる」


ザインの目が細くなる。


「数が足りないんじゃなかったか?」


「だから追加を探してるんだろ」


「面倒だな」


「仕方ない。上からの命令だ」


二人が歩いていく。


「使えない個体は?」


「知らん」


「また処分か?」


「だから知らんって」


ザインの顔から表情が消えた。


男たちが十分に離れる。


ザインがレグルスへ二本指を見せた。


左右を指す。


レグルスが頷く。


次の瞬間。


ザインが飛び出した。


「――ッ!」


男が振り返るより早く、ザインが口を塞ぐ。


足を払う。


地面へ叩きつける。


もう一人もレグルスに腕を捻り上げられていた。


ザインは男の背中へ膝を置く。


「騒ぐな」


低い声。


「死にたくなけりゃな」


男が暴れる。


ザインが腕をさらに捻る。


「聞こえなかったか?」


動きが止まった。


ザインは外套を探る。


小さな金属製の装飾。


そこに刻まれた紋章。


ザインの目つきが変わった。


「……やっぱりお前らか」


レグルスが見る。


「知っているのか?」


「ああ」


ザインは紋章を男へ見せる。


「アストラ教団」


男の身体が僅かに強張った。


「正解みたいだな」


ザインは男を起こし、岩壁へ押し付ける。


「中に獣人がいるな?」


返事はない。


「何人いる?」


沈黙。


ザインは男を見る。


「質問を変える」


男の胸倉を掴む。


「何人攫った?」


男は答えない。


ただ。


笑った。


ザインの眉が僅かに動く。


「何がおかしい?」


「……遅かったな」


「何?」


男の口元が歪む。


「もう始まってる」


ザインの目が細くなる。


「何がだ」


男は答えない。


その瞬間。


ズン――。


地面が僅かに揺れた。


ザインが振り返る。


洞窟の方角。


そして。


空気中の魔素が動いた。


ザインには分かる。


僅かだが。


周囲の魔素が洞窟へ吸い寄せられている。


「……チッ」


ザインは男をレグルスへ押し付けた。


「戻るぞ」


二人が走る。


洞窟前へ戻ると、リナが岩壁へ手を当てていた。


顔色が変わっている。


「ザイン!」


「何があった?」


「中です!」


リナが洞窟を見る。


「急に大きな魔力反応が発生しました!」


ダリオが剣を抜く。


ミレイアも入口の岩陰から立ち上がり、緊張した面持ちでザインを見る。


ザインは一瞬だけ考えた。


人質。


敵の数。


内部構造。


何も分からない。


だが。


――もう始まってる。


ザインも剣を抜いた。


「予定変更」


戻ってきたシグとガレスを見る。


「突入する」


レグルスが捕らえた男を木へ縛り付ける。


「人質は?」


「最優先」


ザインは暗い洞窟を見る。


「行くぞ」


「私も」


ミレイアが前へ出る。


ザインが頷いた。


「頼む。誰か助け出したら、真っ先にお前が診ろ」


「はい」


全員が洞窟へ入った。


中は暗い。


リナが小さな光球を生み出す。


岩壁。


湿った地面。


一本道が奥へ続いている。


「足元気をつけろ」


ザインが先頭を歩く。


しばらく進むと。


匂いが変わった。


ザインが眉を寄せる。


「……」


レグルスも気付いたらしい。


「これは……」


ザインは何も言わない。


さらに進む。


やがて。


人工的に掘り広げられた空間へ出た。


岩壁には魔法灯。


机。


器具。


大量の紙。


檻。


そして。


「……なんだよ、これ」


ガレスの声から、いつもの軽さが消えた。


壁際に。


獣人たちがいた。


何人も。


手足を拘束されている。


ザインたちを見て目を見開く者。


怯えて身体を縮める者。


意識を失っている者。


ミレイアが素早く駆け寄り、拘束を確認していく。


「意識のある方から順に外します」


「レグルス」


ザインが言った。


「ああ」


レグルスが前へ出ようとした。


その時。


ドンッ!!


奥の扉が吹き飛んだ。


「――!」


全員が武器を構える。


何かが。


ゆっくりと出てくる。


最初。


ザインにはそれが何なのか分からなかった。


大きい。


ザインより遥かに。


不自然に膨れ上がった身体。


歪んだ四肢。


身体の一部には獣人だった頃の毛が残っている。


だが。


もう獣人とは呼べない。


顔の形すら変わっている。


口元も大きく変形し、言葉を発するための形を残していなかった。


「……魔物?」


リナが呟く。


違う。


ザインには分かった。


以前にも見た。


洞窟。


教団。


人間を材料に作られた魔物。


だが。


あの時とは。


何もかも違う。


目の前のそれから感じる圧力。


魔力量。


肉体。


比較にならない。


レグルスが息を呑む。


「まさか……」


ザインは怪物の身体を見る。


片方の耳。


先端が欠けている。


その特徴。


聞いたことがあった。


町で。


行方不明になった兄を探していた獣人の女性。


――兄は右耳の先が少し欠けています。


ザインの目が止まる。


「……お前」


怪物がザインを見る。


次の瞬間。


地面が砕けた。


「ッ!」


ザインが剣を構える。


速い。


巨体からは想像できない速度。


振り抜かれた腕をザインが剣で受ける。


轟音。


「ぐっ……!」


ザインの身体が後方へ吹き飛んだ。


岩壁へ叩きつけられる。


「ザイン!」


レグルスが叫ぶ。


「来るな!」


ザインが即座に制止した。


瓦礫を払いながら立ち上がる。


腕が痺れている。


「……マジか」


怪物が低い音を漏らす。


言葉ではない。


唸り声とも違う。


喉そのものが正常な機能を失っている。


ザインは剣を握り直した。


強い。


以前の実験体とは比べ物にならない。


そして。


奥を見る。


拘束された獣人たち。


まだ生きている。


「シグ」


ザインが怪物から目を離さず言った。


「はい」


「全員連れて奥へ行け」


シグが一瞬だけ止まる。


「しかし」


「まだ助けられる奴がいる」


ザインは怪物を見る。


「そっちを助けろ」


レグルスが剣を握る。


「ザイン」


「お前も行け」


「これは我が国の民だ」


「だからだよ」


ザインが答える。


怪物が身体を震わせる。


「こいつは俺がやる」


「お前は――」


ザインが僅かに振り返る。


「まだ助けられる奴のところに行ってやれ」


レグルスが黙った。


ザインは再び怪物を見る。


「シグ」


「……了解」


「ガレス、ダリオ、リナ、ミレイアも行け」


ガレスがザインを見る。


「死ぬなよ、副団長」


ザインが鼻で笑った。


「誰に言ってんだ」


シグたちは走り出す。


ミレイアも拘束された獣人の一人を支えながら奥へ向かった。


レグルスも一度だけ怪物を見ると、捕らわれた獣人たちのもとへ向かった。


残ったのは。


ザイン。


そして。


かつて獣人だったもの。


怪物がザインへ向き直る。


ザインは静かに剣を構えた。


「……悪いな」


誰に言ったのか。


自分でも分からない。


怪物が地面を蹴る。


ザインも踏み込んだ。


洞窟の中で。


二つの影が激突した。

ついに辿り着いたアストラ教団の拠点。


そこでザインたちが目にしたのは、かつて獣人だった「何か」でした。


まだ助けられる者たちを仲間に託し、ザインは一人その場に残ります。


次回、ザインVS実験失敗個体。


引き続きよろしくお願いします!

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