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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
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侵入者

今回は少し視点を変えて、ザインたちが離れているエルグラン王国のお話です。


獣王国で調査が進む一方、ザインたちの故郷でも小さな異変が起こり始めていました。


まだ、それが何を意味するのかは誰にも分かりません。


それでは、第38話をどうぞ。

「……これでよし、と」


イリスは通信魔道具から手を離した。


淡く灯っていた光が消え、部屋に静けさが戻る。


机の上には、獣王国周辺の地図と数枚の報告書。


ザインたちが向かった地域について集めさせた情報だった。


「ザイン、なんて?」


向かい側から声が飛んでくる。


ノアだ。


「ちゃんと着いてるみたいよ。獣王国に」


「そっか」


ノアは安心したように息を吐いた。


「まあ、あいつがそう簡単にどうにかなるとは思ってないけどね」


イリスは椅子の背もたれへ身体を預ける。


「それに、今回は第一軍の直属部隊も一緒でしょ?」


「うん」


「だったら大丈夫よ」


そう言いながら。


イリスは先ほどまで光っていた通信魔道具へ視線を落とした。


――大丈夫。


ザインなら。


何度もそう思ってきた。


実際、ザインはいつも帰ってきた。


どれだけ無茶な任務でも。


どれだけ傷だらけになっても。


何事もなかったような顔をして。


「……」


「イリス?」


「何?」


「いや」


ノアが少し笑う。


「なんか考えてたから」


「別に」


イリスは報告書をまとめる。


「仕事よ、仕事」


「ふーん」


「何よ」


「なんでもない」


その時だった。


コン、コン。


扉が叩かれる。


「どうぞ」


扉が開く。


入ってきたのは第一軍所属の諜報部員だった。


「失礼します」


「どうしたの?」


イリスは机の上の資料を端へ寄せる。


「報告があります」


男の声が僅かに硬い。


イリスはその様子に気付いた。


「……何かあった?」


「はい」


男が一枚の報告書を差し出した。


「王都外縁部に設置されている魔力結界に、異常な反応が確認されました」


「異常?」


イリスが報告書を受け取る。


王都を囲むように展開された魔力結界。


外敵の侵入を防ぐためだけのものではない。


結界を通過した生物の魔力反応を検知し、異常があれば警備部隊へ知らせる。


軍事国家エルグランの防衛設備の一つだった。


「侵入者?」


「その可能性があります」


「だったら警備隊に――」


「いえ」


男が遮った。


「問題は、そこではありません」


イリスが顔を上げる。


「……どういうこと?」


「検知された反応を照合しました」


「人間、獣人、エルフを含め、現在記録されている各種族の魔力反応と」


男が一度言葉を止める。


「一致しませんでした」


ノアも顔を上げた。


「じゃあ、魔物?」


「その可能性も考えました」


「ですが」


「魔物とも一致しません」


部屋が静かになった。


イリスは報告書へ目を落とす。


「……結界の故障は?」


「確認済みです」


「誤作動?」


「その可能性も極めて低いかと」


「もう一回照合して」


「三度行っています」


即答だった。


イリスの目が細くなる。


「人でもない」


「魔物でもない」


「……じゃあ何なのよ」


「分かりません」


男の表情も険しい。


「ただ」


「形状については、人型に近いと推測されています」


「人型……」


イリスが呟く。


嫌な感じがした。


理由は分からない。


まだ何も起きていない。


結界に妙な反応が一つ引っ掛かった。


それだけだ。


それなのに。


「数は?」


「一体です」


「一体だけ?」


「はい」


イリスは少し考える。


「侵入地点は?」


男が机へ地図を広げた。


「こちらです」


王都の外縁。


そこに印が付けられる。


「侵入後、警備部隊が現場へ向かいました」


「見つかった?」


「いえ」


「痕跡は?」


「現在調査中です」


イリスが地図を見る。


「逃走方向は?」


「それについてですが」


男の指が動く。


侵入地点から。


王都内部へ。


そして――。


その先。


イリスの表情が変わった。


「……ちょっと待って」


ノアも地図を覗き込む。


「これって……」


男が頷く。


「はい」


指が止まった。


その先にあるもの。


エルグラン王城。


「侵入者は王都へ入り、その後、王城方面へ向かった可能性があります」


イリスが椅子から立ち上がった。


「警備隊は?」


「すでに捜索を開始しています」


「城には?」


「連絡済みです」


「門を閉鎖して。城内へ入る人間は全員確認させて」


「はい」


「それと王城周辺の結界を確認。異常があればすぐ報告」


「承知しました」


「待って」


出ていこうとした男をイリスが止める。


「この情報、今どこまで回ってる?」


「警備隊及び諜報部の一部です」


「軍全体には?」


「まだ」


「なら、そのままにして」


男が少し驚く。


「よろしいのですか?」


「正体不明の何かが王都に侵入したなんて話が広がったら、余計な混乱が起きるわ」


イリスは地図を見る。


「まず正体を確認する」


「信頼できる人だけで追って」


「承知しました」


男が一礼する。


「失礼します」


扉が閉じた。


静かになる。


ノアが地図を見ていた。


「……なんだろうね」


「分からない」


イリスは即答した。


「魔物じゃないんでしょ?」


「報告ではね」


「人でもない」


「そうみたい」


「そんなの、いるの?」


「……」


イリスは答えなかった。


世界は広い。


自分たちが知らない種族など、いくらでもいるかもしれない。


未知の魔物かもしれない。


結界が正常に判別できない特殊な魔法を使った人間かもしれない。


可能性はいくらでもある。


だが。


「よりによって……」


イリスの指が地図を叩く。


「王城方面ね」


ノアの表情も険しくなる。


「偶然かな」


「だったらいいけど」


イリスは窓へ目を向けた。


遠く。


街並みの向こうに王城が見える。


いつもと変わらない。


兵士が行き交い。


旗が風に揺れている。


何も起きていないように見えた。


「……」


ふと。


ザインの顔が頭に浮かんだ。


こんな時。


あいつなら何と言うだろう。


考えて。


すぐにやめた。


「……何考えてんのよ、私」


「ザイン?」


「違うわよ」


即答した。


ノアが笑う。


「まだ何も言ってないけど」


「顔に書いてあったのよ」


「へぇ」


「何よ」


「なんでもなーい」


「……ったく」


イリスは再び窓を見る。


ザインは獣王国。


こちらから頼んだ調査を進めている。


こんな正体すら分からない情報だけで呼び戻す必要はない。


何より。


一体だけだ。


エルグランには軍がいる。


王城にも精鋭が揃っている。


自分もいる。


「……こっちはこっちでやるしかないわね」


イリスは呟いた。


その頃。


王都の中心。


巨大な城門を。


一人の男が見上げていた。


外套を纏ったその姿は。


どこから見ても、人間にしか見えない。


城門を行き交う兵士たち。


その向こうに聳える王城。


男はしばらくそれを眺めると。


僅かに口元を緩めた。


そして。


何事もなかったかのように。


人々の中へ紛れていった。

ザインたちが獣王国で動いている一方、エルグラン王国にも正体不明の侵入者が現れました。


人でもない。


魔物でもない。


そして確認された反応は、たった一つ。


今のところ目立った被害はなく、王都もいつも通りに見えています。


……本当に、それだけなのでしょうか。


しばらくザインたちの調査へ戻ります。


エルグランで起き始めた異変についても、頭の片隅に置いていただければと思います。


次回もお楽しみに!

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