獣王国の洗礼
今回から舞台は獣王国へ。
人間に対して友好的とは言えない国で、ザインたちは調査を開始することになります。
まずは街で起きている行方不明事件について話を聞くことに。
そして獣王との謁見では、思わぬ一悶着が――。
ザインたちは獣王国でどのような扱いを受けるのか。
それでは、第37話「獣王国の洗礼」をどうぞ。
獣王国。
その名の通り、この国に暮らす者の多くは獣人だった。
犬の耳を持つ者。
猫の耳を持つ者。
角を持つ者。
鳥の羽を持つ者。
同じ獣人という括りであっても、その姿は様々だった。
ザインたちは、その街を歩いていた。
「……すげぇな。」
ダリオが周囲を見回す。
「何が?」
リナが尋ねる。
「いや、人間の国じゃ絶対見ねぇ光景だろ。」
「まあ、それはそうね。」
街は活気に溢れている。
露店からは香ばしい匂いが漂い、道を行き交う獣人たちの声が響いていた。
しかし。
ザインたちが歩くたびに、その空気が僅かに変わる。
視線。
明らかな警戒。
中には露骨に顔をしかめる者までいる。
「……やっぱり歓迎されてませんね。」
ガレスが小さく呟く。
「仕方ないだろ。」
ザインは気にする様子もない。
「俺たちは人間だ。」
その隣を歩くレグルスが苦笑する。
「この国では、珍しい光景ですよ。」
「人間が?」
「はい。」
「獣王国の外から人間が来ること自体は珍しくありません。」
レグルスは周囲を見渡す。
「ですが、あなた方のように堂々と街中を歩く人間は、あまり見ませんね。」
ダリオが笑う。
「じゃあ俺たち、結構目立ってる?」
「かなり。」
「そりゃどうも。」
「褒めてませんよ。」
レグルスが笑った。
ザインも小さく笑う。
その時だった。
一人の獣人が、ザインたちの前を横切った。
その顔には、明らかな疲労が滲んでいた。
「……。」
ザインの足が止まる。
「どうしました?」
レグルスが振り返る。
ザインは先ほどの獣人を見ていた。
「……何かあったんじゃないか?」
「え?」
「顔がそういう顔だった。」
レグルスは少し考える。
「確かに……。」
ザインたちは、その獣人へ声を掛けた。
「悪い。」
「少し聞きたいことがある。」
獣人が警戒したように振り返る。
「……人間か。」
「そうだ。」
「何の用だ?」
ザインは敵意を見せずに尋ねた。
「最近、この辺りで何か事件があったか?」
獣人の表情が曇る。
「……。」
「無理に答えなくてもいい。」
「ただ、俺たちは今回、獣王国周辺で起きている事件を調べに来ている。」
その言葉に。
獣人が僅かに目を見開いた。
「……事件なら。」
「何だ?」
「弟が……帰ってこない。」
ザインの表情が変わる。
「いつからだ?」
「数日前だ。」
「最後に見た場所は?」
「街の外れだ。」
「何をしていた?」
「仕事へ向かっていた。」
獣人は拳を握る。
「それから、戻ってこない。」
ザインは黙って聞いていた。
「他にも同じような人間……いや、獣人はいるか?」
「いる。」
即答だった。
「俺の知っているだけでも、何人もいる。」
レグルスが顔を曇らせる。
「……何人も?」
「そうだ。」
「家族が帰ってこない。」
「友人が帰ってこない。」
「仕事仲間が消えた。」
獣人は唇を噛む。
「だが、誰も何も分からない。」
「魔物に襲われた形跡もない。」
「争った跡もない。」
「ただ……。」
「突然、いなくなる。」
ザインは周囲を見る。
先ほどまで自分たちへ向けられていた視線。
その中に。
不安が混じっていることに気付いた。
「……他の人にも聞いてみよう。」
ザインが言った。
⸻
それから、ザインたちは街の人々へ話を聞いて回った。
最初は警戒されていた。
人間に自分たちの事情を話したくない。
そう考える者も少なくなかった。
だが。
行方不明者の話になると、少しずつ口を開く者が増えていった。
「姉が帰ってこない。」
「友達が三日前からいない。」
「息子が仕事から戻らなかった。」
「狩りに出たまま帰ってこない。」
話を聞けば聞くほど。
ザインの表情は険しくなっていった。
「最後に見た場所は?」
「街の外れです。」
「夜だった?」
「いや、昼間です。」
「何か変わった様子は?」
「……それが。」
獣人の女性が考え込む。
「妙な集団を見たって言ってました。」
ザインの目が細くなる。
「集団?」
「はい。」
「何人くらいだった?」
「分かりません。」
「どんな奴ら?」
「それも……。」
女性は首を傾げる。
「黒っぽい服を着ていた、と。」
ザインは黙る。
次の獣人へ話を聞く。
「何か見てないか?」
「森へ向かう連中なら見た。」
「どんな奴らだ?」
「黒い服だった。」
また。
その次も。
「人じゃないみたいな雰囲気だった。」
「何人いた?」
「分からない。」
「どこへ行った?」
「街の北側。」
さらに別の証言。
「夜中に森へ入っていく連中を見た。」
「服装は?」
「黒。」
「顔は?」
「分からない。」
「武器は?」
「……見えなかった。」
ザインは腕を組む。
ガレスが呟いた。
「……似てますね。」
「ああ。」
リナも頷く。
「証言が妙に一致してる。」
ダリオが腕を組む。
「黒い服の集団。」
シグが静かに口を開いた。
「複数。」
「森へ向かう。」
ザインは答えなかった。
ただ、聞いた証言を頭の中で整理していた。
そして。
「もう一つ。」
ザインが顔を上げる。
「全員に共通している。」
「何です?」
ガレスが尋ねる。
「目撃された場所だ。」
地図がない。
それでもザインは街の構造を思い出していた。
「全員、街の外れから森へ向かっている。」
レグルスの表情が変わった。
「……。」
「どうした?」
ザインが聞く。
「いえ。」
レグルスは少し考えてから答えた。
「その方向は。」
「獣王国の北西部へ続いています。」
⸻
「話は聞いた。」
低い声が謁見の間に響いた。
獣王。
その巨体から放たれる威圧感は、これまでザインが会ってきたどの人物とも違っていた。
ザインたちは王の前に並んでいる。
「人間が我が国へ来ることを、私は歓迎していない。」
獣王は率直だった。
「過去に我々が人間から受けた仕打ちは、そう簡単に消えるものではない。」
誰も口を挟まない。
「だが。」
獣王の視線がザインへ向く。
「我々の民が消えている。」
「その調査において、お前たちの力が必要だというのであれば、協力はしよう。」
ザインは一礼した。
「ありがとうございます。」
「勘違いするな。」
獣王の声が鋭くなる。
「信用したわけではない。」
「分かっています。」
ザインは淡々と答える。
「目的が同じなら、それで十分です。」
獣王は僅かに目を細めた。
その時。
「陛下。」
横から声がした。
一人の獣人騎士が前へ出る。
鋭い眼。
鍛え抜かれた身体。
腰には剣。
その視線は、明らかにザインへ向いていた。
「本当に、この人間どもを信用するおつもりですか?」
「信用しているとは言っていない。」
「ですが、同行を許すと?」
「そうだ。」
獣人騎士がザインを見る。
「……人間。」
ザインは何も言わない。
「この国へ来て。」
「我々の民を調べる?」
「随分と勝手な話だな。」
ザインは少しだけ息を吐いた。
「俺たちは調査をしに来ただけだ。」
「それが気に入らないなら、獣王に言ってくれ。」
「俺に言われても困る。」
その言葉が。
騎士の逆鱗に触れた。
「貴様……!」
騎士が剣へ手を伸ばす。
レグルスが慌てて前へ出ようとする。
「待ってください!」
だが。
ザインが手を上げた。
止める。
「大丈夫だ。」
騎士が剣を抜いた。
「人間の騎士が。」
「我々の国で。」
「その態度か!」
踏み込む。
速い。
ガレスたちが目を見開いた。
「速っ……!」
剣がザインへ迫る。
ザインは動いた。
身体を僅かに傾ける。
刃が頬の横を通過する。
次の一撃。
横薙ぎ。
ザインは後ろへ下がる。
さらに。
突き。
身体を捻る。
剣先が服を掠めた。
それでもザインは剣へ手を掛けない。
「なぜ抜かない!」
騎士が叫ぶ。
ザインは答えない。
また避ける。
「逃げるだけか!」
剣が振り下ろされる。
ザインが横へ移動する。
床へ剣が叩きつけられた。
「……。」
ザインは騎士を見る。
「もういいだろ。」
「ふざけるな!」
また来る。
ザインは避ける。
また。
避ける。
また。
避ける。
何度繰り返しても。
一度も反撃しない。
獣王は黙って見ている。
騎士の息が荒くなる。
「なぜ……!」
「なぜ剣を抜かない!」
ザインは答えた。
「ここで抜く必要がないからだ。」
「俺はお前を傷つけるために来たんじゃない。」
その言葉が。
逆に騎士を苛立たせた。
「ならば!」
騎士が踏み込む。
今までとは明らかに違う速度。
ザインの目が僅かに細くなる。
剣が迫る。
ザインは身体を滑らせる。
騎士の腕を取った。
「――なっ!?」
身体を捻る。
騎士の体勢が崩れる。
だが、獣人騎士はすぐに立て直した。
強い。
ザインの目が変わる。
「……なるほど。」
今度は組み合う。
拳。
肘。
肩。
体重移動。
騎士が力で押し込む。
ザインは受け流す。
腕を絡める。
足を払う。
騎士が倒れる。
それでも立ち上がる。
また来る。
ザインは避ける。
掴む。
崩す。
抑える。
それでも騎士は諦めない。
「くっ……!」
「まだやるのか?」
「当然だ!」
ザインは小さく息を吐いた。
「……ったく。」
次の瞬間。
騎士が踏み込む。
ザインは真正面から受けた。
腕を掴む。
身体を反転させる。
その勢いを利用して――。
ドサッ!
騎士の身体が床へ落ちる。
ザインが背後から腕を制した。
「終わりだ。」
「離せ!」
「嫌だ。」
「貴様……!」
ザインは懐からロープを取り出した。
ガレスが目を丸くする。
「……ロープ?」
ダリオが笑いを堪える。
「副団長、それ持ち歩いてるんですか?」
「こういう時のためだ。」
「絶対嘘でしょ。」
ザインは無視した。
手際よく騎士を縛る。
腕。
身体。
足。
最後に結び目を確認する。
「よし。」
「貴様ぁ!!」
床に転がされた騎士が叫ぶ。
ザインは立ち上がった。
そして。
何事もなかったかのように獣王へ向き直る。
一礼。
「失礼いたします。」
振り返る。
直属部隊を見る。
「おまえら行くぞ。」
「はい!」
四人がザインについていく。
レグルスも慌てて頭を下げる。
「……失礼します。」
そして謁見の間を出た。
扉が閉まる。
しばらく。
誰も口を開かなかった。
獣王は床に転がされた騎士を見る。
そして。
僅かに口元を緩めた。
「……面白い人間だ。」
⸻
廊下。
ザインたちは歩いていた。
ダリオが堪えきれずに笑う。
「いやぁ……。」
「なんだ。」
「副団長。」
「何だよ。」
「最後、普通にロープで縛るとは思いませんでしたよ。」
「しつこかったからな。」
ガレスが苦笑する。
「しかし、あいつ結構強かったですね。」
ザインは頷いた。
「ああ。」
「強いとは思う。」
レグルスが隣からザインを見る。
ザインは続けた。
「ただ。」
「あいつ自身に殺意があまり感じられなかったからな。」
ガレスたちが黙る。
「実際の戦場では、動きも意識も変わってただろう。」
レグルスが小さく笑った。
「……お優しいことで。」
ザインが眉をひそめる。
「なんだよ。」
「いえ。」
レグルスは笑みを浮かべた。
「あれだけやっておいて、相手の実力を気遣うのかと思いまして。」
「別に。」
ザインは前を向く。
「俺だって殺すつもりで戦ってねぇし。」
レグルスは少しだけ目を細めた。
そして。
「……なるほど。」
小さく呟いた。
その時。
ザインの懐から魔道具が鳴った。
「ん?」
ザインが取り出す。
通信魔法具だった。
声が響く。
『ザイン、聞こえる?』
聞き慣れた声。
イリスだ。
「聞こえてる。」
『よかった。そっちは獣王国に着いた?』
「ああ。」
『こっちから追加の情報が入ったわ。』
ザインの表情が変わる。
『獣王国の北西部、この辺り。』
通信越しに伝えられた場所を、ザインは地図へ記す。
『ここ数日、妙な集団を見たって報告が複数あるの。』
「どんな集団だ?」
『それが、証言がかなり曖昧なのよ。』
『人数もバラバラ。』
『服装だけは、黒っぽかったって証言が多い。』
ザインは先ほど街で聞いた話を思い出す。
「……黒い服。」
『何か知ってる?』
「いや。」
ザインはレグルスを見る。
レグルスも話を聞いていた。
『ただ、近くで行方不明者も出てるみたい。』
ザインの目が鋭くなる。
「分かった。」
『調査をお願い。』
「ああ。」
通信が切れる。
ザインは地図を見る。
北西部。
街の外れ。
森へ続く道。
そして。
複数の目撃情報。
「……繋がったな。」
ガレスが尋ねる。
「行きますか?」
ザインは地図を畳んだ。
「ああ。」
レグルスが頷く。
「案内します。」
ザインは歩き出す。
「頼む。」
獣王国へ来た目的。
その一つが。
今、ようやく形を見せ始めていた。
今回は獣王国へ入り、いよいよ新たな舞台が始まりました。
人間を快く思わない獣人たち。
そんな中でもザインたちに友好的に接してくれるレグルス。
そして、ザインへ真正面から食って掛かってきた獣人騎士。
ザインとしては戦うつもりはなかったのですが、あまりにもしつこかったので、最終的には縛ってしまいました。
獣王国での調査はまだ始まったばかりです。
街で相次ぐ行方不明者。
そして、目撃されている謎の黒い集団。
彼らはいったい何者なのか。
次回から、いよいよ本格的な調査へ入っていきます。
お楽しみに!




