臆病な少年
第4話です。
ザインとイリス、二人だけの同盟に新たな出会いが。
今回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
試験開始から二日目。
焼け焦げた森を抜け、ザインとイリスは再び深い森の中を歩いていた。聞こえるのは鳥のさえずりと、足元で落ち葉を踏む音だけだ。
しばらく無言が続いたあと、イリスが耐えきれなくなったように口を開いた。
「……ちょっと」
「ん?」
「本当にこっちで合ってるんでしょうね?」
ザインは前を向いたまま首を傾げる。
「知らないよ」
「……は?」
「地図にも載ってない場所だし」
あっさりと返され、イリスのこめかみに青筋が浮かんだ。
「知らないのに歩いてるの?」
「うん」
「どういうことよ」
「進まなきゃ着かないだろ」
あまりにも当然のように言われ、イリスは額へ手を当てる。
「本当に脳筋なんだから……」
「そう?」
「褒めてないわ」
「そっか」
本人はまったく気にした様子もなく、歩き続けていく。イリスは深いため息をついた。
(この人と一緒にいると調子が狂うわ……)
その時だった。
ザインの足が止まる。
「……ん?」
視線が右手の茂みへ向いた。草がわずかに揺れる。
ザインは腰のナイフを抜いた。
「ちょっと、何──」
言い終わる前に、ナイフは一直線に飛んだ。
「ひぃぃぃっ!!」
ガサガサッ!
茂みから一人の少年が転がり出る。年齢はザインたちより少し下だろうか。栗色の髪に、小柄な体格。腰を抜かしたまま震えている。ナイフは少年の服の袖を木へ縫い付けていた。
「あ、ああ……」
少年は涙目になりながら何度も頷く。ザインは近寄り、ナイフを引き抜いた。
「ごめん」
「魔物かと思った」
「い、いえ……」
少年は胸を押さえ、何度も深呼吸する。ようやく落ち着いたところで、ザインが首を傾げた。
「で」
「何してたの?」
少年は視線を泳がせる。言うべきか迷っている様子だった。やがて諦めたように、小さく息を吐く。
「……怖かったんです」
「試験が始まってから、ずっと」
イリスは眉をひそめる。
「怖い?」
「僕……」
少年は自分の服をぎゅっと握った。
「貴族なんです」
その言葉に、イリスが少しだけ反応する。
「……だった、が正しいですけど」
少年は苦笑した。
「兄弟の中で、一番魔法の才能がなくて」
「家には必要ないって言われました」
「だから冒険者になろうと思って、この試験を受けたんです」
一度言葉を切り、俯いたまま続けた。
「でも……」
「魔物を見て、人が戦っているのを見て」
「急に怖くなって」
「ここから動けなくなってしまいました」
沈黙が落ちる。イリスは静かに口を開いた。
「それで?」
「試験が終わるまで隠れているつもりだったの?」
少年は何も答えられず、ただ俯いている。
その様子を見ていたザインが、ぽつりと言った。
「じゃあ」
「一緒に来る?」
少年が顔を上げる。
「……え?」
「一人より三人の方が楽だし」
「でも、僕は……」
「戦えないんです」
ザインは少し考えるように顎へ手を当てた。
「そうなんだ」
それだけだった。
「……え?」
「戦えないなら、その時考えればいい」
「今は一人でいる方が危ないでしょ」
少年は目を見開いた。そんな言葉を掛けられるとは、思ってもいなかった。
イリスは呆れたようにザインを見る。
「そんな簡単に決めるの?」
「だめ?」
「……」
反対したい。けれど、言い返す理由も見つからない。
「好きにすれば」
そう言って肩をすくめた。
少年は二人を何度も見比べる。
「本当に……」
「いいんですか?」
「うん」
「置いていく理由もないし」
少年の目にうっすらと涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……」
「僕、ノアっていいます」
「ザイン」
「イリス」
二人も短く名乗る。
ノアは大事そうに背負っていた鞄を下ろした。
「その……」
「もしご一緒させてもらえるなら」
「これ、役に立つかもしれません」
中から一枚の地図を取り出す。細かな文字や印がびっしりと書き込まれていた。
イリスが目を丸くする。
「これ……全部あなたが?」
「はい」
ノアは照れくさそうに頷いた。
「隠れている間、周りを観察していました」
「西の方には渓流があります」
「向こうから水の音が聞こえたので」
地図の一角を指差す。
「それと、北へ真っ直ぐ向かった受験者が七人」
「東へ向かったのは三人」
「途中で引き返した人が二人いました」
「あと、この辺りには大型の魔物の足跡も」
ザインは地図を覗き込み、感心したように声を漏らした。
「へぇ」
「すごいね」
ノアは一瞬固まる。
「え……」
「こんなに見てたんだ」
「助かるよ」
その一言だけだった。けれどノアは、信じられないものを見るようにザインを見つめる。
家では、一度も褒められたことがなかった。努力しても、勉強しても、魔法の才能がないというだけで価値はないと言われ続けてきた。
だから。
「……ありがとうございます」
その言葉は、少し震えていた。
ザインは地図を返す。
「じゃあ」
「案内お願い」
「は、はい!」
ノアは力強く頷いた。
森の中を、三人が歩き始める。
剣を振るう少年。炎を操る少女。そして、地図を抱えた臆病な少年。
まだ誰も知らない。この出会いが、それぞれの運命を大きく変えていくことを。
第4話を読んでいただき、ありがとうございました!
新たに登場したノア。
戦うことを恐れ、試験開始早々に立ち止まってしまった彼ですが、どうやら何もできない少年というわけではなさそうです。
ザイン、イリス、ノア。
性格も得意なこともまったく違う三人が、ここからどう試験を進んでいくのか。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
ブックマークや評価も、とても励みになります。




