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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
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3/61

炎の少女

第3話です。


 今回から新キャラクターが登場します。


 楽しんでいただけたら嬉しいです。


 立ち上る炎は、森のどこからでも見えた。


「おぉ……。」


 ザインは木の枝を軽く蹴り、次の枝へ飛び移る。


 風を切る音。


 葉が揺れる音。


 それらに混じって、遠くから爆発音が響いてくる。


「派手だなぁ。」


 試験開始からまだそれほど時間は経っていない。


 それなのに、あれほどの魔法を放つ受験生がいるとは。


「どんな人なんだろ。」


 興味本位。


 ただそれだけで、ザインは火柱の方向へ進んでいた。


 やがて、焦げ臭い匂いが鼻をつく。


 焼け焦げた木。


 黒く炭化した地面。


 倒れた魔物の死骸。


 どれも一撃で焼き払われたようだった。


「森の人に怒られそうだなぁ。」


 そんな呑気な感想を漏らしながら、最後の一本を飛び越える。


 視界が開けた。


 大きな広場。


 その中央では、一体の巨大な魔物が咆哮を上げていた。


 全長は三メートルを超える。


 漆黒の毛並みを持つ狼型の魔物。


 肩には岩のような突起が連なり、一本一本の牙が剣ほどの長さを持っている。


「おぉ……でか。」


 その巨体と対峙するのは、一人の少女だった。


 長い金髪が炎の光を受けて揺れる。


 杖を掲げると、周囲の空気が震えた。


 次の瞬間。


 無数の炎槍が空中に生まれる。


「──穿て。」


 放たれた炎槍が一斉に魔物へ襲いかかった。


 轟音。


 爆炎。


 巨体が吹き飛ぶ。


 しかし魔物は倒れない。


 煙の中から咆哮を上げ、少女へ突進する。


「へぇ。」


 ザインは木の枝に腰掛けたまま眺める。


「強いな。」


 魔法の威力。


 詠唱速度。


 判断。


 どれを見ても一流だった。


 それでも魔物はしぶとい。


「俺なら斬るかな。」


 ぼそりと呟く。


 少女は再び杖を構えた。


 その時だった。


「……ん?」


 違和感。


 少女ではない。


 魔物でもない。


 広場を囲む木々。


 その一角だけ、鳥が飛び立たない。


 葉の揺れ方も不自然だった。


 ザインは視線をずらす。


 また一人。


 さらに反対側。


 もう一人。


 全部で五人。


 全員が身を伏せ、少女だけを見ている。


「……。」


 魔物を見る目じゃない。


 獲物を見る目だ。


 ザインは静かに立ち上がった。


「ありゃ、魔物狙いじゃないな。」


 少女は気付いていない。


 視線は巨大な魔物だけに向いている。


 それも当然だ。


 あれほどの相手を前にして、周囲まで警戒し続けるのは難しい。


 その瞬間。


 魔物が大きく飛び上がった。


 少女も迎え撃つために魔力を練る。


 そして。


「今だ。」


 小さな声。


 五つの影が同時に飛び出した。


 前。


 左右。


 背後。


 完全な包囲。


「……あー。」


 ザインは頭を掻く。


「それはずるいな。」


 枝を蹴った。


 一直線。


 風を裂きながら落下する。


 少女の背後へ迫る一人。


 振り下ろされる剣。


 だが。


 ──ギィンッ!!


 鋭い金属音。


「なっ!?」


 剣が止められた。


 いつの間にか、黒髪の少年が少女の前に立っていた。


 片手で剣を受け止め、そのまま弾き返す。


 暗殺者が距離を取る。


 残る四人も動きを止めた。


 少女が驚いたように振り返る。


「あなた……。」


 ザインは剣を肩に担いだ。


「大丈夫?」


 その一言に、少女は眉をひそめる。


「何勝手なことしてるの。」


 冷たい声だった。


「助けなんて頼んでない。」


 ザインは少しだけ目を丸くし、


「そっか。」


 とだけ答えた。


 その様子に、少女は一瞬だけ拍子抜けしたような表情を浮かべる。


 だが、その隙を逃す相手ではない。


「二人まとめて殺せ!」


 暗殺者たちが再び動き出した。


 五人の殺気が、一斉に二人へ向けられる。


 ザインは剣を握り直し、小さく息を吐いた。


「さて。」


「ちょっと忙しくなりそうだ。」


五人の暗殺者が一斉に動いた。


 前方から二人。


 左右から一人ずつ。


 最後尾には短杖を構えた魔法使い。


「囲め!」


 掛け声と同時に火球が放たれる。


 ザインは地面を蹴った。


 一つ目を紙一重でかわす。


 二つ目を剣で弾き。


 三つ目を身を沈めてやり過ごす。


 その間にも、剣が休みなく襲い掛かる。


 正面。


 右。


 左。


 息をつく暇もない。


「へぇ……。」


 ザインは思わず笑った。


「ちゃんと強い。」


 先ほど襲ってきた三人組とは比べ物にならない。


 連携も、間合いも、狙いも洗練されている。


 だからこそ面白い。


 剣を受け流し、その勢いで相手の腹を蹴り飛ばす。


 もう一人の剣を柄で逸らし、肘を打ち込む。


 だが、倒し切る前に次の攻撃が来る。


 数が多い。


「今だ!」


 魔法使いの声。


 三つの火球が一直線に飛ぶ。


 ザインは前へ踏み込み、一つをかわした。


 二つ目を斬る。


 三つ目を避けるため身体を捻る。


 その一瞬だった。


 死角。


 音もなく、一人の男が懐へ潜り込む。


 小刀が閃いた。


 ――ドスッ。


 腹部に鋭い痛みが走る。


 男は笑う。


「よし。」


「あとは女だ。」


 興味を失ったように、小刀を引き抜こうとした。


 しかし。


「……ん?」


 抜けない。


 男は眉をひそめ、もう一度力を込める。


 それでも動かない。


「何だ……?」


 ザインがゆっくり顔を上げた。


「まだ……。」


 静かな声。


「終わってねーぞ。」


 男の表情が凍る。


「なっ──」


 ザインは顔をしかめた。


「いてぇーな。」


 左手が男の手首を掴む。


 逃げられない。


「離せ!」


「無理。」


 一閃。


 銀色の軌跡が走る。


 袈裟斬り。


 男は吹き飛び、そのまま地面を転がって動かなくなった。


 ザインは腹に刺さった小刀をちらりと見る。


「……あとで抜くか。」


 そう呟き、再び剣を構える。


「一人。」


 残る四人。


 暗殺者たちの顔から余裕が消えた。


「馬鹿な……。」


「刺したぞ!」


「何で動ける!」


 ザインは肩をすくめる。


「痛いものは痛いよ。」


「でも、終わってない。」


 その頃。


 イリスもまた、大型の魔物と距離を取っていた。


 肩で息をしながら、ちらりとザインを見る。


(刺された……。)


(なのに戦ってる……。)


 一瞬だけ思考が止まる。


 その隙を魔物は見逃さない。


 巨腕が振り下ろされる。


「っ!」


 炎の壁を展開。


 轟音とともに衝撃が全身を揺らした。


 押し切られる。


 このままでは魔力が尽きる。


 ザインは魔物とイリスを見比べながら叫ぶ。


「さっきの炎、もう一回撃てる?」


 イリスは視線を外さず答えた。


「無理。」


「今は魔力が足りない。」


「時間が必要。」


「どれくらい?」


「三十秒。」


 ザインは苦笑する。


「結構長いね。」


 イリスは少しだけ眉をひそめた。


「口を閉じて、早く行きなさい。」


 ザインは肩を竦める。


「はいはい。」


 剣を握り直す。


「撃てるようになったら合図ちょうだい。」


 そう言い残し、ザインは残る四人の暗殺者へ向かって駆け出した。


 四人もまた、剣を構え直す。


 先ほどまでの余裕はない。


 目の前の少年は、常識では測れない。


 ならば。


 四人で殺すしかない。


 森に、再び剣戟の音が鳴り響いた。


 四人。


 数は減った。


 それでも連携は崩れない。


 一人が正面から斬り込み。


 一人が死角へ回る。


 残る二人が魔法と牽制で逃げ道を塞ぐ。


 ザインは剣を振るい、斬撃を受け流す。


 火球が頬を掠めた。


 熱い。


 だが、まだ浅い。


「囲め!」


「逃がすな!」


 四人が同時に踏み込む。


 ザインは身体を沈め、一人の懐へ潜り込んだ。


 柄で鳩尾を打つ。


 振り返りざま、もう一人の剣を受け流す。


 倒す必要はない。


 今は――時間だ。


 それだけ稼げばいい。


 その時だった。


 背中に熱を感じる。


 振り返らなくても分かる。


 イリスだ。


 空気が震え始める。


 魔力が周囲へ溢れ出し、地面の小石が音を立てて浮き上がる。


「まずい!」


 暗殺者の一人が叫ぶ。


「止めろ!」


 二人がイリスへ向かって駆け出す。


「悪い。」


 ザインが進路へ滑り込んだ。


 剣を一閃。


 さらに二撃。


 二人は前へ出られない。


「どけ!」


「今は無理。」


 熱気がさらに増す。


 ザインも思わず後ろを見た。


 イリスの頭上。


 そこには巨大な爆炎の塊が浮かんでいた。


 炎は唸りを上げながら渦を巻き、周囲の木々を焦がしていく。


「おお……。」


 思わず感嘆する。


 そして。


「……ん?」


 炎の塊。


 自分。


 炎の塊。


 自分。


「これって……。」


 一拍置いて。


「ここにいたら俺もやばくね?」


 イリスがゆっくり目を開く。


 ザインへ視線を向け、小さく頷いた。


 それが合図だった。


「こりゃ、まずいっ!」


 ザインは目の前の暗殺者の胸を思い切り蹴り飛ばす。


「ぐあっ!」


 男は仲間を巻き込みながら吹き飛んだ。


 ザインは踵を返し、全力で駆け出す。


「待――」


 暗殺者の声は途中で掻き消えた。


「――燃えなさい。」


 イリスが静かに呟く。


 直後。


 轟音とともに巨大な爆炎が地面へ降り注いだ。


 世界が赤く染まる。


 爆風が森を薙ぎ払い、木々を焼き尽くす。


 地面は砕け、爆心地には巨大なクレーターだけが残った。


 静寂。


 焦げた匂いだけが風に乗って漂う。


 ザインは少し離れた場所で立ち止まり、その光景を眺めた。


「流石に凄いな。」


 素直な感想だった。


 イリスが歩み寄ってくる。


 ザインの姿を見つけると、口元をふっと緩めた。


「あら。」


「生きてたの。」


「危なかったよ。」


 ザインは苦笑する。


「まさか俺ごと吹き飛ばすとは思わなかった。」


 イリスはにっこりと微笑む。


「一応、合図は出したつもり。」


「失礼。」


 ザインは肩をすくめた。


「嫌な奴だね。」


 イリスは笑みを崩さない。


「お褒めにあずかり光栄ですわ。」


「やれやれ。」


 ザインが苦笑した、その時。


 イリスの視線が腹部へ落ちる。


「……その傷。」


「ああ、これ?」


 ザインも腹を見る。


 小刀はまだ刺さったままだ。


「あとで抜こうかと。」


 イリスは小さくため息をついた。


「今、応急処置くらいはしておきなさい。」


「後で倒れられたりしたら迷惑だわ。」


 ザインは一瞬だけイリスを見る。


 そして素直に頷いた。


「了解。」


 腰のポーチから包帯を取り出す。


 小刀を一気に引き抜く。


「っ……!」


 血が溢れる。


 すぐに布を押し当て、手際よく腹へ巻き付けていく。


 その様子を見ながら、イリスはぽつりと呟いた。


「慣れてるのね。」


「魔物狩りしてると、たまにね。」


 包帯を締め終え、ザインは軽く身体を動かす。


「よし。」


「これで大丈夫。」


「本当に?」


「多分。」


「……その『多分』が不安なんだけど。」


 ザインは笑う。


「死なないよ。」


 イリスは呆れたように息を吐いた。


「変な人。」


「よく言われる。」


 少しの沈黙。


 やがてイリスが口を開く。


「私はイリス。」


「ザイン。」


 短い自己紹介。


 それだけで十分だった。


 イリスは森の奥へ目を向ける。


「この試験が終わるまで。」


「一時的に手を組まない?」


 ザインは迷うことなく頷く。


「いいよ。」


「即答なのね。」


「強い人と一緒の方が楽だから。」


 イリスは少しだけ笑った。


「……正直ね。」


「利害は一致してる。」


「じゃあ、よろしく。」


 二人は並んで歩き出す。


 まだ仲間ではない。


 互いを深く知っているわけでもない。


 それでも――。


 この試験を生き残るという、たった一つの目的のために。


 二人は、一時的な同盟を結んだ。



第3話を読んでいただき、ありがとうございました。


 イリスとの出会い、いかがでしたでしょうか。


 ここから二人は試験を通して少しずつ距離を縮めていきます。恋愛よりも、まずは「相棒」と呼べる関係になっていく過程を楽しんでいただけたら嬉しいです。


 少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。


 それでは、第4話でお会いしましょう。

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