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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
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31/61

王女との1日

戦いが終われば、そこには人々の日常があります。


今回は少しだけ剣を置いて、ラウゼン王国の街並みと、人々の暮らしを描く回です。


新キャラクターも登場しますので、ぜひ最後までお楽しみください!



ラウゼン王国襲撃から一週間。


王都は、目に見えて活気を取り戻し始めていた。


崩れた建物は修繕が進み、焼け跡も少しずつ姿を消していく。


市場では商人たちの威勢の良い声が響き始め、子どもたちは広場を元気に走り回っていた。


「副団長、おはようございます!」


「おはよう!」


朝一番。


直属部隊へ挨拶を返しながら、ザインは大きく伸びをする。


「今日は西地区の瓦礫撤去ですね。」


「午前中には終わらせたいね。」


「了解しました。」


それぞれが持ち場へ向かう。


もう復興作業にも慣れたものだ。


そんな時。


「ザイン。」


聞き慣れた声が聞こえた。


「レオニス。」


振り向くと、作業着姿のレオニスがこちらへ歩いてくる。


もちろん両手には木材を抱えている。


「また運んでる。」


「人手が足りん。」


「いや、もう十分いるでしょ。」


「足りん。」


「頑固だなぁ。」


ザインが苦笑する。


そこへ——


「陛下ぁぁぁ!!」


遠くから近衛兵の叫び声が響いた。


ザインは思わず笑う。


「あ、来た。」


「……来たな。」


近衛兵が息を切らしながら駆け寄ってくる。


「陛下! 本日もまたこちらに!」


「何か問題でも?」


「問題しかございません!」


「そうか?」


「そうです!」


「仕事をしているだけだ。」


「それは我々がいたします!」


「なら俺は何をする。」


「公務でございます!」


「後でやる。」


「後では困ります!」


「困るか?」


「困ります!!」


周囲で作業していた住民たちが思わず笑い出す。


もう、このやり取りも日常になっていた。


「レオニス。」


ザインが笑いながら声を掛ける。


「そろそろ諦めたら?」


「俺は諦めている。」


「じゃあ何で運んでるの。」


「民が働いている。」


レオニスはそう言って周囲を見る。


家を修理する大工。


瓦礫を運ぶ兵士。


炊き出しを準備する女性たち。


「王だけ休む理由はない。」


その一言に、近衛兵たちは肩を落とした。


「……本当に頑固ですね。」


「褒め言葉だ。」


「違います。」


ザインは思わず吹き出す。


「二人とも、手が止まっていますよ。」


直属部隊の一人が呆れたように声を掛けた。


「おっと。」


「悪い悪い。」


再び瓦礫を持ち上げる。


「よいしょっと。」


「副団長。」


「ん?」


「子どもたちが待っています。」


「え?」


視線を向けると。


広場の隅から数人の子どもがこちらを見ていた。


「あっ!」


目が合った瞬間。


一斉に走ってくる。


「お兄ちゃん!」


「また来た!」


昨日、一昨日と木剣で遊んだ子どもたちだ。


「今日は勝つからね!」


「それは楽しみだ。」


「約束だよ!」


「仕事終わったらね。」


「うん!」


元気よく走っていく。


レオニスがその様子を眺めていた。


「随分懐かれているな。」


「俺?」


「ああ。」


「なんでだろ。」


「お前が子どもだからじゃないか。」


「失礼だな。」


「精神年齢の話だ。」


「余計失礼。」


二人で笑う。


その空気を切り裂くように、透き通った女性の声が響いた。


「お兄様。」


ザインが振り返る。


そこには、一人の女性が立っていた。


淡い金色の髪。


透き通るような白い肌。


青い瞳。


上品な白と青を基調としたドレス。


その姿は、まさに王族という言葉が似合っていた。


「リシェル。」


レオニスが穏やかに笑う。


「どうした。」


「どうしたではありません。」


リシェルは小さくため息をつく。


「また街へ出られていたのですね。」


「見つかった。」


「昨日も同じことを仰っていました。」


「そうだったか。」


「そうです。」


「覚えていない。」


「覚えてください。」


ザインは思わず笑ってしまう。


本当に兄妹なんだな。


そんな空気が自然と伝わってくる。


リシェルはそこで初めてザインへ視線を向けた。


「あ……。」


少し驚いたように目を見開く。


「まさか……。」


レオニスが口を開く。


「紹介しよう。」


「こちらは俺の妹。」


「リシェル・ラウゼンだ。」


リシェルはスカートの裾を軽く持ち上げ、美しく一礼する。


「初めまして。」


「ラウゼン王国第一王女、リシェル・ラウゼンと申します。」


ザインも慌てて頭を下げた。


「エルグラン王国第一軍副団長、ザインです。」


「お会いできて光栄です。」


リシェルは柔らかく微笑む。


「ザイン様。」


「兄を……そして、この国を救っていただき、本当にありがとうございました。」


「いや、そんな大したことじゃ。」


「いいえ。」


その言葉を優しく遮る。


「ラウゼンには、ザイン様へ命を救われた者が数え切れないほどおります。」


「私も、その一人です。」


ザインは少し照れくさそうに頭を掻いた。


「そう言われると恥ずかしいな。」


「英雄とは、そのようなものなのでしょう。」


「その呼び方も、あんまり慣れなくて。」


「申し訳ございません。」


「いや、謝らなくていいんだけど。」


困ったように笑うザインを見て。


リシェルも小さく微笑んだ。


その時だった。


「陛下!」


また近衛兵が駆け寄ってくる。


「急ぎ王城へお戻りください!」


「今度は何だ。」


「隣国との定例会議のお時間です!」


「ああ。」


レオニスが空を見上げる。


「もうそんな時間か。」


「忘れておられたのですか……。」


「少しだけ。」


「少しではありません。」


ザインは苦笑した。


「行ってきなよ。」


「そうだな。」


レオニスは少し考えた後、リシェルを見る。


「リシェル。」


「はい。」


「時間はあるか。」


「午後は特に予定はございません。」


「なら。」


レオニスはザインへ視線を向けた。


「ザインを案内してやってくれ。」


「……私がですか?」


「王都もだいぶ落ち着いた。」


「せっかく来たんだ。」


「ラウゼンを見てもらえ。」


リシェルは少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になる。


「承知いたしました。」


ザインは少し申し訳なさそうに言う。


「いや、そんな悪いよ。」


「お気になさらないでください。」


「ですが……。」


「私も、ザイン様とお話ししてみたいと思っておりましたので。」


その一言に、ザインは少し照れ笑いを浮かべた。


「じゃあ……よろしく。」


「はい。」


リシェルは上品に一礼する。


その姿を見届けたレオニスは、小さく笑った。


「では、行ってくる。」


「頑張って。」


「お互いにな。」


そう言い残し、レオニスは近衛兵たちと共に王城へ戻っていった。


その背中を見送るリシェルが、小さく呟く。


「本当に……。」


「昔から変わらない人です。」


ザインも思わず笑った。


「うん。」


「俺もそう思う。」


二人は顔を見合わせる。


そしてゆっくりと、復興が進むラウゼン王都の街へ歩き始めた。


ラウゼン王都の大通り。


一週間前まで瓦礫で埋め尽くされていた道も、今では人々が行き交うほどに復旧していた。


「こちらが王都で最も賑わう中央市場です。」


リシェルがゆっくりと歩きながら説明する。


「復興したばかりとは思えないね。」


「まだ完全ではありませんが、商人の皆さんが力を合わせてくださいました。」


市場には活気が戻っていた。


野菜を売る店。


焼きたてのパンの香り。


肉を焼く香ばしい匂い。


「……いい匂い。」


ザインが足を止める。


リシェルが小さく笑った。


「お腹が空きましたか?」


「ちょっと。」


「でしたら、こちらのお店がおすすめです。」


案内されたのは、小さなパン屋だった。


「おばちゃん、一つください。」


「あらまぁ!」


店の女性が目を丸くする。


「英雄様じゃないかい!」


「その呼び方やめてくださいよ。」


「あはは、ごめんごめん!」


パンを受け取り、一口かじる。


「……うまっ!」


「でしょう?」


リシェルが少し得意げに微笑む。


「兄も昔から大好きなんです。」


「レオニスも?」


「はい。公務を抜け出しては買いに来るので、何度父に叱られたことか。」


「想像できるなぁ。」


二人で笑う。


その時だった。


「お兄ちゃん!」


元気な声が響く。


振り向くと、昨日まで一緒に遊んでいた子どもたちが走ってきた。


「また会えた!」


「約束どおり!」


「今日は勝負できる?」


ザインは苦笑しながらパンを飲み込む。


「少しだけね。」


「やったー!」


子どもたちは木の枝を剣代わりに構える。


「みんな一緒に来てもいいよ。」


「ほんと!?」


四人の子どもが一斉に飛び掛かってくる。


「おっと。」


一本の木の枝で軽く受け流す。


「そこ!」


「わぁ!」


「甘い甘い。」


「今だ!」


「後ろが空いてる。」


「えっ?」


気付いた子どもが回り込む。


「お、いい判断。」


ザインは嬉しそうに笑った。


周囲では自然と人だかりができていた。


「副団長、人気ですね。」


直属部隊の一人が遠くから笑っている。


リシェルはその光景を静かに見つめていた。


(この方が……。)


《戦場の悪魔》。


《国斬り》。


他国で恐れられる英雄。


噂では冷酷で、人を寄せ付けない男。


そう聞いていた。


けれど目の前にいるのは——


子どもたちと本気で遊び、笑い合う一人の青年だった。


「まいりました!」


「よし。」


木の枝を返す。


「また今度な。」


「うん!」


「ありがとう!」


元気よく走り去っていく子どもたち。


ザインは手を振って見送った。


「本当に慕われているのですね。」


「そうかな?」


「はい。」


「……自分じゃ分からないや。」


リシェルは少しだけ笑った。


「ザイン様。」


「はい?」


「失礼なことを申し上げてもよろしいでしょうか。」


「どうぞ。」


「もっと怖い方だと思っていました。」


ザインは思わず吹き出した。


「あはは!」


「やっぱり?」


「はい。」


「噂って怖いね。」


「ですが。」


リシェルは少し真剣な表情になる。


「今日お会いして、その印象は全く変わりました。」


「それなら良かった。」


「はい。」


少しだけ沈黙が流れる。


リシェルがゆっくり口を開いた。


「ザイン様。」


「ん?」


「『戦場の悪魔』という異名は……。」


ザインの足が少しだけ止まる。


「嫌いなんだ。」


その一言だけだった。


「そう……ですか。」


「うん。」


少し笑う。


「俺は普通に戦っただけだから。」


「でも周りが勝手にそう呼ぶ。」


「正直、あまり好きじゃない。」


リシェルは何も言わなかった。


ただ、その横顔を静かに見つめていた。


噂だけでは分からない。


英雄にも、悩みがあるのだと。


「さて。」


ザインが空気を変えるように笑う。


「次はどこ?」


「でしたら。」


リシェルも笑顔に戻る。


「兄が一番好きな場所をご案内します。」


しばらく歩く。


街を抜け、小高い丘へ。


そこからはラウゼン王都が一望できた。


夕日に照らされた街並み。


修復中の建物。


煙突から立ち上る煙。


そして、笑顔で歩く人々。


「綺麗……。」


ザインが思わず呟く。


「兄は考え事がある時、いつもここへ来るんです。」


「へぇ。」


「子どもの頃から変わりません。」


その時。


後ろから聞き慣れた声がした。


「いたか。」


レオニスだった。


「会議終わったの?」


「ああ。」


リシェルが苦笑する。


「長かったですね。」


「予想よりな。」


レオニスはザインの隣へ立つ。


三人で街を見下ろす。


しばらく誰も話さない。


風だけが静かに吹き抜ける。


「どうだった。」


レオニスが尋ねる。


ザインは街を眺めながら笑った。


「いい国だね。」


その一言だった。


レオニスは少しだけ目を細める。


「そう言ってもらえるのが、一番嬉しい。」


リシェルも街を見る。


「私も、この国が大好きなんです。」


「伝わったよ。」


ザインは素直に頷いた。


「街も、人も。」


「みんな温かい。」


レオニスが小さく笑う。


「それがラウゼンだ。」


夕日がゆっくりと沈んでいく。


オレンジ色に染まる王都。


その景色を、三人はしばらく黙って眺めていた。


この穏やかな時間が。


どれほど尊いものなのか。


この時のザインは、まだ知らなかった。


第31話をお読みいただきありがとうございました!


今回は戦闘を離れ、ラウゼン王国の日常を中心に描いてみました。


王でありながら民と共に汗を流すレオニス。

そんな兄を支える、しっかり者の妹・リシェル。


そして、英雄としてではなく、一人の青年として街の人々と触れ合うザイン。


第2章では、こうした「守るべき日常」や「国ごとの文化・人々との出会い」も大切に描いていきたいと思っています。


戦争の物語だからこそ、その裏にある平和な日常がより尊く感じられる――そんな作品を目指しています。


次回からは、少しずつ物語が再び動き始めます。


引き続き、よろしくお願いいたします!


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