調査対象者
王都を襲った謎の集団を退け、ザインはレオニスと共に王城へ。
そこでようやく、道端で一緒に飯を食べていた男の正体を知ることになる。
そして、今回の襲撃について情報を整理する中で浮かび上がった一つの名前。
――《昇華教団アストラ》。
彼らは一体、何を目的に王都を襲ったのか。
王城が近づくにつれて、人の数が増えてきた。
負傷者を運ぶ兵士。
慌ただしく走り回る騎士。
各所から集められた物資を運び込む者たち。
街での戦闘自体はほとんど収まっている。
だが、まだ終わったわけじゃない。
むしろ、ここからの方が大変なのかもしれない。
「……でかいなぁ」
王城を見上げる。
「初めて見るのか?」
「ラウゼンに来ること自体初めてだからね」
「そうか」
「レオニスはよく来るの?」
「……まあな」
「へぇ」
やっぱり軍の偉い人なんだろうな。
城に普通に入ろうとしてるくらいだし。
「陛下!!」
門を潜った瞬間。
兵士の一人がこちらへ駆けてきた。
「……ん?」
誰か偉い人でも来たのか?
振り返る。
誰もいない。
「ご無事でしたか!」
「ああ。心配をかけた」
「捜索隊を出そうとしていたところです!」
「必要ない。それより負傷者を優先しろ。城内の空いている部屋も使って構わん」
「はっ!」
兵士が走り去る。
「……」
横を見る。
レオニスが普通に歩き出している。
「……ん?」
まあいいか。
そのまま城内へ入る。
中も外と変わらず慌ただしい。
兵士だけじゃない。
文官らしき人たちまで大量の書類を抱えて走り回っている。
「レオニス!」
聞き慣れた声。
「あ」
廊下の向こうからアーヴェルが歩いてきた。
「アーヴェル!」
「ザイン。無事だったか」
「うん。そっちも大丈夫だった?」
「ああ。主要区画の制圧はほぼ完了した。今は残党の捜索に――」
アーヴェルの視線が俺の隣へ移る。
そして、姿勢を正した。
「レオニス陛下。ご無事で何よりです」
「アーヴェル殿。救援、感謝する」
「いえ。我が国とラウゼンの関係を考えれば当然のことです」
……。
…………。
「ザイン?」
「……ちょっと待って」
レオニスを見る。
「何だ?」
「……陛下?」
「ああ」
「…………」
アーヴェルを見る。
「この人、王様?」
「そうだが」
「…………マジ?」
「お前……知らなかったのか?」
「聞いてないよ!」
レオニスを見る。
「レオニス!」
「ああ」
「王様なの!?」
「そうだ」
「言ってよ!」
「聞かれなかったからな」
「普通聞かないでしょ!?」
アーヴェルが額に手を当てた。
「お前は……」
「いや俺悪くないよ!?」
「何をした」
「何もしてない!」
「本当か?」
「一緒に飯食ったくらい!」
「……飯?」
「あと普通に呼び捨てにしてた」
「……」
アーヴェルが黙る。
「その顔やめてよ!」
「ザイン」
「何!」
「後で話す」
「なんで!?」
レオニスが小さく笑った。
「構わん」
「陛下」
「今は呼び名などどうでもいい」
その一言で、レオニスの表情が変わった。
「まずは今回の襲撃について整理する」
さっきまで一緒に道端で飯を食っていた男。
だが今は違う。
一国の王。
「会議室へ行こう」
「ああ」
アーヴェルもすぐに表情を戻す。
俺も二人の後を追った。
……王様だったのか。
マジかよ。
◇
「現時点で確認されている被害は以上です」
広い会議室。
中央の長机には王都の地図が広げられている。
レオニス。
アーヴェル。
俺。
シグ。
それからラウゼン側の将軍や文官たち。
俺たち以外の直属組は、引き続き救護と王都の警戒に回っている。
「死傷者数については現在も確認中です。ただ――」
ラウゼンの将軍が地図を指す。
「エルグラン第一軍の到着があと少し遅れていれば、被害は数倍に膨れ上がっていた可能性があります」
「そうか」
レオニスが地図を見る。
「王都の外は?」
「襲撃は確認されておりません」
「つまり、狙われたのは王都だけか」
「現状では、そのようです」
アーヴェルが腕を組む。
「妙だな」
「うん」
俺も地図を見る。
確かに変だ。
「何が目的だったんだ?」
「分からん」
「城を取ろうとしたとか?」
「王城への侵攻は確認されているが、主力ではない」
「じゃあレオニス狙い?」
「俺を積極的に狙っている様子もなかった」
「金とか?」
「国庫には近づいてすらいない」
「……」
なんだそれ。
「じゃあ本当に、ただ暴れただけ?」
「そう見える」
「一番意味分かんないじゃん」
アーヴェルが頷く。
「そこが一番気味が悪い」
国を奪うわけでもない。
王を殺すわけでもない。
何かを盗むわけでもない。
それなのに大国の王都を襲った。
「ただ――」
レオニスが口を開く。
「奴らについて、一つ心当たりがある」
「知ってるの?」
「正確には、今回の襲撃者と関係している可能性が高い集団を知っている」
レオニスが椅子へ深く腰掛ける。
「《昇華教団アストラ》」
「アストラ……?」
聞いたことがない。
だがアーヴェルは知っているらしい。
僅かに眉を動かした。
「魔人信仰の連中か」
「ああ」
「何それ」
「知らないのか?」
「知らない」
「……お前、副団長だよな?」
「戦うのが仕事だからね」
「少しは情勢も勉強しろ」
「必要になったらアーヴェルが教えてくれるし」
「お前な……」
レオニスが僅かに笑った。
「簡単に説明しよう」
「助かる」
「アストラは、魔人を人間の上位存在として崇拝する集団だ」
「魔人……」
その言葉を聞いた瞬間。
四年前の光景が頭を過った。
洞窟で出会った男。
フィル。
そして。
イリスの屋敷で戦ったレオンハルト。
身体を黒く染めながら。
人間とは思えないほどの魔力を放っていた姿。
「……」
嫌な感じがする。
「以前までは、危険思想を持つ宗教集団という認識だった」
レオニスが続ける。
「魔人こそが人の完成形であり、人は魔人へ至ることで次の段階へ進む。そのような思想を唱えていた」
「それだけ?」
「ああ。少なくとも表向きはな」
アーヴェルが続ける。
「だが、ここ数年で状況が変わった」
「何が?」
「各国で奴らとの関連が疑われる事件が増えている」
「例えば?」
「禁術に関する資料の盗難。魔道具の強奪。人間の失踪。研究施設への襲撃」
「……結構やってんじゃん」
「証拠がない」
「証拠?」
「いずれもアストラの犯行と断定できる証拠が残されていない」
レオニスが頷く。
「以前は思想を唱えるだけの集団だった。だが、最近になって急速に過激化している」
「で、今回もそいつらかもしれないってこと?」
「ああ」
「何か証拠は?」
「ない」
「ないの?」
「だから心当たりだと言った」
「なるほど」
そりゃそうか。
「ただし」
レオニスの目が鋭くなる。
「戦闘中、何人かが同じ言葉を口にしていた」
「同じ言葉?」
「ああ」
一拍。
「――人は昇華する」
「……」
人は昇華する。
アストラ。
昇華教団。
「分かりやすいな」
「そういうことだ」
その時。
「報告があります」
それまで黙っていたシグが口を開いた。
会議室の視線が集まる。
「襲撃者の遺体を複数確認しました」
「何か分かった?」
シグが俺を見る。
「先ほどもお伝えした通り、保有する魔力量が通常の人間と比較して異常に高い」
「ああ」
「ですが、それだけではありませんでした」
「……?」
「肉体そのものに異常があります」
空気が変わる。
アーヴェルがシグを見る。
「詳しく」
「筋肉、骨格、内臓。いずれも通常の人間とは僅かに異なる特徴が確認されています」
「魔法による身体強化ではないのか?」
ラウゼン側の将軍が尋ねる。
「その可能性は低いかと」
「なぜだ?」
「死亡後も変化が残っています」
「……」
俺は腕を組む。
「じゃあ……身体そのものが変わってるってこと?」
「現時点では断定できません」
「でも普通の人間じゃない」
「はい」
やっぱり。
戦っている時に感じた違和感。
身体と力が噛み合っていない。
まるで――。
自分の身体じゃない力を、無理矢理使っているような。
「人は昇華する……か」
レオニスが呟いた。
誰も答えない。
「生存者は?」
アーヴェルが尋ねる。
「一名だけ捕らえています」
ラウゼン側の将軍が答えた。
「他は?」
「抵抗が激しく、生け捕りにはできませんでした」
「その一人は話せる状態か?」
「負傷はしていますが、命に別状はありません。ただ、何を聞いても口を開きません」
「……そうか」
「私が」
シグが立ち上がる。
「シグ?」
「少し話を聞いてきます」
「……ほどほどにな」
「善処します」
「今日二回目だぞ、それ」
「そうでしたか?」
「絶対覚えてるだろ」
「では」
「聞けよ!」
シグが会議室を出ていく。
レオニスが小さく笑った。
「面白い部下だな」
「優秀なんだけどね」
「それは見れば分かる」
「急に横にいるのだけ何とかしてほしい」
「諦めろ、ザイン」
アーヴェルが言う。
「なんでだよ」
◇
会議はさらに続いた。
各区画の被害。
残党の捜索。
国境の警戒。
周辺国への連絡。
そして。
「俺は明日、エルグランへ戻る」
アーヴェルが言った。
「明日?」
「ああ。今回の件はラウゼンだけの問題ではない。国王へ直接報告する」
「そっか」
「第一軍の主力も連れて帰る」
「うん」
「ザイン」
「ん?」
「お前はここに残れ」
「……俺?」
自分を指差す。
「ああ」
「なんで?」
「ラウゼン王都の復興支援と警護だ」
「俺だけ?」
「直属の五人も残す」
「なるほど」
「今回の襲撃が一度で終わる保証はない。第一軍全体を駐留させることはできないが、副団長とその直属部隊ならば十分な戦力になる」
「どれくらい?」
「分からん」
「えぇ……」
「文句を言うな」
「いや、着替えそんな持ってきてないよ?」
「そこか?」
「大事でしょ」
「必要な物資は本国から送らせる」
「それならいいけど」
そこで。
ふと思い出した。
「……物資」
「どうした?」
「いや」
考える。
今回必要になるのは俺たちの着替えだけじゃない。
街の復興。
食料。
医薬品。
生活用品。
それに――。
「イリスに頼むか」
「イリス?」
レオニスが尋ねる。
「知り合い。こういう時めちゃくちゃ頼りになる」
「ヴァレンシュタイン家か」
アーヴェルが言った。
「そう」
「確かに適任だな」
「でしょ?」
四年前。
あの事件の後。
イリスは家へ戻った。
そして今では、当主としてヴァレンシュタイン家を率いている。
元々、国内外に多くの繋がりを持つ家だった。
貴族。
商人。
各国の有力者。
それらを利用したヴァレンシュタイン家独自の情報網は、騎士団のそれとはまた違う。
俺もこの四年間。
困った時には何度かイリスを頼っていた。
「物資も頼めるし……」
「ザイン」
アーヴェルが少し呆れた顔をする。
「ヴァレンシュタイン家を何だと思っている」
「便利」
「お前……」
「冗談だって」
「半分本気だろ」
「まあ」
「否定しろ」
レオニスが笑っている。
「それに」
俺は少し真面目になる。
「アストラについても調べてもらおう」
「ほう」
「イリスん家の情報網なら、他の国で何か変なことが起きてないか分かるかもしれない」
アーヴェルが頷いた。
「いい判断だ」
「でしょ?」
「珍しくな」
「一言多いよ」
レオニスが立ち上がる。
「ならば頼む」
「うん」
「我が国からも正式な依頼として必要な費用は負担しよう」
「あー、その辺はイリスとノアが何とかしてくれると思う」
「ノア?」
「イリスのところで働いてる。昔からの仲間」
「なるほど」
レオニスが少し考える。
「随分と信頼しているのだな」
「まあね」
それはそうだ。
四年前。
一緒に死にかけた仲だ。
今更、遠慮するような関係でもない。
◇
会議が終わった頃には、すっかり日が暮れていた。
俺は城の一室を借りていた。
机。
紙。
ペン。
「……さて」
椅子に座る。
『イリス、ノアへ』
……。
何て書こう。
とりあえず。
『しばらくラウゼンに残ることになった』
そのまま続ける。
『復興用の物資がかなり必要になりそうだから、手配できるものがあれば頼みたい』
それから。
『あと、《昇華教団アストラ》って連中について調べてほしい』
ペンが止まる。
少し考える。
『今回の襲撃に関わってる可能性が高いらしい。最近、他の国でも変なことが起きてないか知りたい』
最後に。
『急ぎで悪い。よろしく!』
「……よし」
完璧。
多分。
ノアが見れば必要なものは全部分かるだろう。
手紙を折り畳む。
明日の朝、伝書鳩で送ればいい。
コンコン。
「ん?」
珍しい。
ちゃんとノックされた。
「どうぞ」
扉が開く。
シグだった。
「……シグ?」
「はい」
「普通に入ってきた」
「ノックしました」
「できるじゃん」
「報告があります」
「無視?」
シグの表情を見る。
いつもと変わらない。
だが。
僅かに空気が違った。
「捕虜?」
「はい」
「何か喋った?」
「少しだけ」
俺は椅子へ座り直した。
「何て?」
「意味は不明です」
「うん」
シグが口を開く。
「『見た』と」
「見た?」
「はい」
「何を?」
「尋ねました」
「答えは?」
「『十分だ』と」
「……」
なんだそれ。
「他には?」
「あなたについて」
「俺?」
「はい」
「なんて?」
「『想定以上だ』と」
「……何が?」
「そこまでは」
シグが首を振る。
「その後、《国斬り》という言葉を口にしました」
「……またそれ?」
なんなんだよ。
「俺、あいつと喋ったっけ?」
「いえ」
「だよね」
「ただ、あなたが戦っていることは把握していたようです」
「……」
気持ち悪いな。
「それで?」
「さらに聞こうとしたのですが――」
その時。
ドクン。
「……ん?」
何か。
空気が揺れた。
シグが振り返る。
次の瞬間。
顔色が変わった。
「伏せてください!」
「え――」
ドォォォォォォン!!
轟音。
城全体が揺れた。
「っ!?」
窓が震える。
机の上の物が床へ落ちる。
「何!?」
立ち上がる。
シグは既に廊下へ飛び出していた。
「シグ!」
追う。
階段を駆け下りる。
兵士たちも走っている。
煙。
地下から。
「地下牢!?」
「はい!」
さらに下へ。
焦げ臭い。
階段を下りた先。
「……っ」
壁の一部が吹き飛んでいた。
牢の鉄格子がひしゃげている。
瓦礫。
煙。
そして。
さっきまで捕虜がいたはずの場所。
そこには――。
何も残っていなかった。
「……何が起きた」
後ろからレオニス。
アーヴェルもいる。
シグが牢へ近づく。
「魔力の暴走です」
「暴走?」
「はい」
シグが残っている痕跡を確認する。
「捕虜の体内から、急激に魔力が膨張したものと思われます」
アーヴェルが眉を寄せる。
「自爆か」
「意図的だったかは分かりません」
「口封じ……?」
俺が呟く。
誰も答えない。
レオニスが壊れた牢を見る。
「捕らえられた時点で発動する術式を仕込まれていた可能性もある」
「そこまでやるのかよ……」
「分からん」
アーヴェルが俺を見る。
「だが、一つだけ確かなことがある」
「何?」
「奴らは何かを隠している」
「……」
もう一度。
牢を見る。
『見た』
『十分だ』
『想定以上だ』
そして。
《国斬り》。
「……なんなんだよ」
意味が分からない。
俺の何を見た。
何が十分だった。
何が想定以上だった。
答えを知っていたはずの男は、もういない。
ただ。
一つだけ。
妙な感覚が残っていた。
今回の襲撃。
俺たちは偶然、ここへ救援に来た。
そのはずなのに。
「……」
まるで。
最初から。
俺が戦うことを待っていたような――。
そんな。
嫌な感じだけが残っていた。
お読みいただきありがとうございます!
レオニス、普通に王様でした。
一緒に戦って、瓦礫を運んで、道端で飯まで食べた後にようやく知るザイン。
たぶん知らなかったのは本人だけです。
そして今回、本格的に名前が登場した《昇華教団アストラ》。
王都を襲いながら、国を奪うでも、王を狙うでもない。
さらに捕虜がザインについて意味深な言葉を残した直後、謎の爆発。
彼らが何を目的としているのかは、まだザインたちにも分かりません。
そしてザインは、しばらくラウゼンに残ることになりました。
困った時はイリスとノア。
四年経っても、この辺りは変わりません。
次回、ラウゼンでの復興と駐留生活へ。
そして久しぶりの面々も……?




