四年後
第一章から四年後――。
それぞれの道を歩み始めたザインたち。
十六歳だったザインも二十歳となり、王国騎士団での日々を過ごしていました。
第二章、開幕です!
王国騎士団に入団してから、四年が経った――。
長かったような気もするし、あっという間だったような気もする。
色々あった。
本当に、色々あった。
十六歳だった俺も、今では二十歳。
そして何をどう間違えたのか――。
「ザイン副団長、おはようございます!」
「おはよう~」
すれ違った騎士に軽く手を上げ、そのまま廊下を歩く。
王国騎士団第一軍。
王国に存在する十の騎士団、その中でも最前線を任されることの多い、いわゆる花形だ。
俺は現在――その第一軍で、副団長なんてものをやっている。
「副団長」
「ん?」
後ろから声をかけられ、振り返る。
そこにいたのはダリオだった。
俺より年上で、身体も俺より一回りデカい。
本人曰く、俺の部下らしい。
いや、実際そうなんだけど。
「本日の訓練ですが、予定通り第三訓練場でよろしいですか?」
「あー……そうだった。今日俺だっけ?」
「はい」
「忘れてた」
「だと思いました」
ダリオが真顔で答える。
ひどくない?
「ザイン副団長!」
今度は廊下の向こうから女の声。
大量の書類を抱えたリナが、小走りでこちらへ向かってくる。
「おはようございます!」
「おはよう~。それ何?」
「副団長の確認待ちの書類です!」
「……俺の?」
「はい!」
「そんなあんの?」
「三日分です!」
「…………」
「ザイン副団長?」
「明日やる」
「昨日も聞きました!」
「じゃあ明後日」
「増えてます!」
そのやり取りを見ていたダリオが小さく息を吐いた。
「おいおい、朝っぱらから何やってんだ、国斬り」
「やめろって、その呼び方」
背後から笑い声。
ガレスだ。
第一軍でもかなり長くいる古参で、俺が入団した頃から知っている。
だからなのか、副団長になった今でも遠慮というものが一切ない。
「いいじゃねぇか。格好いいだろ、《国斬り》」
「どこがだよ」
「他国じゃ有名人だぞ?」
「勝手に呼んでるだけだろ」
「国内じゃ英雄様。国外じゃ国斬り。いやぁ、出世したなぁザイン」
「だからやめろよ~」
笑いながらガレスの肩を軽く押す。
四年もいれば、この程度の弄りには慣れる。
……慣れた、はずだ。
「英雄様、ねぇ……」
自分でも聞こえるか聞こえないかくらいの声が漏れた。
「……そんなんじゃねぇよ」
一瞬。
頭の奥に何かが浮かびそうになる。
土。
血の臭い。
折れた剣。
そして――。
「ザイン副団長」
「うおっ!?」
真横から突然声がして、思わず飛び退いた。
いつの間にか男が立っていた。
黒い服。
ほとんど表情の動かない顔。
シグだ。
「団長がお呼びです」
「……シグ」
「はい」
「普通に来てくれない?」
「普通に来ました」
「絶対嘘だろ。さっきまでいなかったじゃん」
「いました」
「どこに?」
「後ろに」
「怖ぇよ!」
リナが小さく笑う。
ダリオは慣れているのか無反応。
ガレスに至っては腹を抱えて笑っていた。
「朝から元気ですね」
さらにもう一人。
ミレイアが呆れた顔でこちらへ歩いてくる。
「おはよう、ミレイア」
「おはようございます。ところでザイン副団長」
「ん?」
「昨日、右腕を怪我したと聞きましたが」
「ああ。もう治ったよ」
「見せてください」
「いや、本当に――」
「見せてください」
「……はい」
怖い。
素直に腕を差し出す。
ミレイアは俺の袖を捲り、傷が完全に塞がっているのを確認すると、ようやく手を離した。
「……本当に治ってますね」
「だから言ったじゃん」
「ザイン副団長の場合、信用できません」
「俺、副団長なのに信用なくない?」
「そういうところです」
「どういうところ?」
誰も答えてくれなかった。
なんなんだよ。
「副団長」
「あ、そうだった」
シグに言われて思い出す。
団長に呼ばれてたんだった。
「じゃ、ちょっと行ってくる」
「訓練は?」
「戻ってきたら!」
「書類は?」
「……戻ってきたら」
「今、間がありましたよね?」
「気のせい気のせい。じゃ!」
リナから逃げるように歩き出す。
背後から、
「絶対ですよー!」
と聞こえてきたが、聞こえなかったことにした。
◇
第一軍団長室。
扉の前まで来て、そのまま開ける。
「来たよ~」
「ノックをしろ」
部屋の奥。
大量の書類が積まれた机の向こうに、一人の男が座っていた。
アーヴェル・グランツ。
二十八歳。
王国騎士団第一軍団長。
そして四年前、俺をここへ連れてきた張本人だ。
「したよ」
「してない」
「心の中で」
「出ていけ」
「ごめんって」
適当に椅子を引いて座る。
アーヴェルが眉間を押さえた。
「……四年前はもう少し素直だった気がするんだが」
「気のせいじゃない?」
「俺はお前を騎士団へ入れたことをたまに後悔する」
「じゃあ辞めよっか?」
「それは困る」
「どっちだよ」
アーヴェルがため息を吐く。
こんなやり取りも、もう何度目か分からない。
「で、何?」
「まずこれだ」
一通の封筒が机の上を滑ってきた。
受け取る。
やたら豪華だ。
「……何これ」
「お前宛てだ」
「誰から?」
「西方の小国の王族だ」
「なんで?」
「《国斬り》を一目見てみたいそうだ」
「捨てといて」
「王族からだぞ」
「じゃあ丁寧に捨てといて」
「捨てるな」
なんだよ。
俺にどうしろっていうんだ。
「こういうの最近多くない?」
「諦めろ。お前の名前はもう国内だけのものじゃない」
「頼んでないんだけどなぁ」
「英雄様は大変だな」
「……」
英雄。
その言葉だけは、どうにも慣れない。
「……やめろって」
「ザイン?」
「そんなんじゃねぇよ……俺は」
自分の手を見る。
二年前。
戦争。
撤退。
俺一人が残って――。
そこから先が、ない。
何度思い出そうとしても。
俺の記憶は途中で途切れている。
そして次に覚えているのは――。
「ザイン」
アーヴェルの声で我に返った。
「……ああ。悪い」
「無理に思い出す必要はない」
「分かってるよ」
椅子の背もたれに身体を預ける。
「で? わざわざ呼んだのって、この手紙だけ?」
「いや。もう一つ――」
その時だった。
バンッ!!
団長室の扉が勢いよく開いた。
「団長!!」
一人の騎士が飛び込んでくる。
アーヴェルの表情が変わった。
さっきまで俺とくだらない話をしていた男の顔ではない。
第一軍団長の顔。
「何事だ」
「ラウゼン王国より、緊急伝令です!」
「ラウゼン?」
思わず俺も身体を起こした。
ラウゼン王国。
この国と長く友好関係にある大国だ。
「何があった」
「王都が――」
騎士が息を整える。
「正体不明の武装集団による襲撃を受けています!」
「……襲撃?」
アーヴェルが立ち上がった。
「規模は」
「不明です! ただ、既に王都守備隊だけでは抑えきれないとのこと!」
「……は?」
思わず声が出た。
ラウゼンは小国じゃない。
大国だ。
当然、王都を守る戦力だって相応のものがある。
それが――。
「抑えきれない?」
「はい!」
「敵の所属は?」
「不明!」
「目的は」
「それも不明です!」
「……ザイン」
「うん」
嫌な感じがする。
アーヴェルも同じらしい。
数秒だけ考え――。
「第一軍を動かす」
「了解」
即答した。
さっきまでの手紙のことなんて、もう頭には残っていなかった。
「先行部隊を編成する。俺とお前も出る」
「分かった」
「直属の連中を連れていけ」
「うん」
「十分で準備しろ」
「了解」
立ち上がる。
扉へ向かう。
「ザイン」
「ん?」
振り返る。
アーヴェルが俺を見ていた。
「油断するな」
「誰に言ってんの」
笑って返す。
アーヴェルも僅かに口元を上げた。
「そうだったな」
「じゃ、行ってくる」
「ああ」
◇
「悪い! 急ぎになった!」
第一軍の詰所へ戻るなり声を上げる。
既に五人ともこちらを見ていた。
シグから伝わったのか?
……多分そうだな。
「ラウゼン王国が襲われてる」
「ラウゼンが?」
ガレスの表情から笑みが消える。
「詳しいことはまだ分かってない。王都守備隊でも抑えられてないらしい」
「大国の王都守備隊が……」
リナが息を呑む。
「第一軍で救援に向かう。俺たちも先行部隊だ」
「了解」
ダリオが即答した。
相変わらず早い。
「準備は?」
「既に」
「さすが」
「副団長が呼ばれた時点で済ませました」
「俺より優秀じゃん」
「否定はしません」
「そこ否定してよ」
ガレスが笑う。
「で、今日は昼飯抜きか?」
「帰ってから食おうぜ」
「無事に帰ってこられたら、ですけどね」
ミレイアが淡々と言った。
「怖いこと言うなよ」
「誰に言ってると思ってるんです?」
「俺?」
「あなたです」
「なんで!?」
「一番怪我して帰ってくるからです」
「最近は減ったじゃん」
「最近は、ですね」
「はいはい。気をつけますよ」
剣を腰に差す。
「シグ」
「はい」
「着いたら先行して敵の情報を集めてほしい」
「承知しました」
「無茶はすんなよ」
「善処します」
「お前がそれ言うと怖いんだよな……」
俺が言えたことじゃないか。
「じゃあ――」
全員を見る。
ダリオ。
リナ。
ガレス。
ミレイア。
シグ。
この四年間。
色んな奴と出会った。
色んな奴と戦った。
そして今では、こいつらが俺についてきてくれている。
「行こうか」
五人が頷いた。
◇
ラウゼン王国へ向かう道中。
先行部隊の空気は重かった。
情報が少なすぎる。
誰が。
何のために。
どれほどの戦力で。
何一つ分かっていない。
「妙ですね」
リナが呟いた。
「何が?」
「ラウゼン王国ですよ。そこまでの戦力が、どうやって王都まで……」
「だよなぁ」
俺もそれが引っかかっていた。
国境を突破して軍隊が侵入したなら、もっと早く情報が入ってくるはずだ。
「二年前の戦争が終わってから、大規模な軍事衝突はありませんでした」
ダリオが言う。
「各国もまだ戦力を立て直している最中です。新たな戦争を始める余裕がある国が存在するとは思えません」
「……戦争、ね」
小さく呟く。
また頭の奥がざわつく。
『行け!!』
誰かに叫んだ。
いや。
俺だ。
『俺が残る!!』
大勢の足音。
遠ざかっていく仲間。
そして。
――何人いる?
――千近い。
そこまでは覚えている。
その先は。
「ザイン副団長?」
「……ん?」
「大丈夫ですか?」
リナがこちらを見ていた。
「ああ。大丈夫」
「顔色が――」
「ほんとに平気」
笑ってみせる。
リナは少し心配そうだったが、それ以上は聞かなかった。
忘れろ。
今は関係ない。
目の前の仕事に集中しろ。
◇
そして――。
「……見えたぞ」
ガレスの声。
遠く。
地平線の先。
最初に見えたのは――黒煙だった。
「……おい」
誰かが呟いた。
近づくにつれて、その全貌が見えてくる。
ラウゼン王国王都。
大陸でも有数の巨大都市。
その街が――。
燃えていた。
「……嘘」
リナが息を呑む。
外壁の一部が崩れている。
街の至るところから煙が上がっている。
魔法が飛び交う光が、ここからでも見える。
王都から逃げ出す人々。
逆方向へ走る兵士。
負傷者。
泣き叫ぶ子供。
「……思ってたより酷いな」
さっきまでの軽い気分が、一瞬で消えた。
「ザイン」
隣からアーヴェルの声。
「うん」
分かってる。
剣の柄に手を置く。
「ダリオ、ガレス」
「おう」
「はい」
「俺と正面から入る」
「了解」
「リナ、後ろから援護頼む」
「はい!」
「ミレイアは負傷者優先。戦える奴まで無理に治す必要ない。まず死にそうな人から」
「分かりました」
「シグ」
返事がない。
「……シグ?」
周囲を見る。
いない。
「先ほど先行しました」
ダリオが答えた。
「……早ぇな」
まあいい。
あいつなら俺が言わなくても必要な情報を持ってくる。
「アーヴェル」
「なんだ」
「俺ら先行するよ」
「ああ。好きに暴れろ」
「それ団長が言っていいの?」
「今だけだ」
「了解」
剣を抜く。
久しぶりだ。
この感覚。
身体の奥へ。
周囲に存在する魔素を取り込んでいく。
足。
腕。
背中。
全身へ。
「行くぞ!」
地面を蹴った。
◇
「なんだこいつら……!」
ラウゼン兵の一人が剣を構えながら後退する。
目の前には、見たこともない装備の集団。
どこの国の紋章もない。
何者なのか分からない。
ただ――強い。
「くそっ!」
再び敵が迫る。
その時。
ドンッ!!
凄まじい音と共に、何かが戦場へ降り立った。
「……?」
砂埃が舞う。
その中から、一人の青年が歩いてくる。
黒髪。
一本の剣。
そして胸元には――。
王国騎士団第一軍の紋章。
「第一軍……?」
ラウゼン兵の顔に希望が浮かぶ。
「エルグラン王国の援軍だ!!」
歓声。
だが。
襲撃者の中に、一人だけ。
青年の姿を見た瞬間、動きを止めた男がいた。
「……待て」
隣にいた仲間が振り返る。
「どうした?」
「……あいつ」
「なんだ?」
「黒髪……剣……第一軍……」
男の顔から血の気が引いていく。
「おい?」
「嘘だろ……」
「だから何なんだよ!」
「知らないのか……?」
震える指が青年を指す。
「二年前……たった一人で……」
声まで震えている。
「敵軍を――」
青年がゆっくり剣を構えた。
男が後ずさる。
そして。
「《国斬り》だ……!」
その言葉が周囲へ伝わっていく。
「国斬り……?」
「まさか……」
「あの?」
「なんでここに……!」
ざわめきが広がる。
青年――ザインにも、その声は届いていた。
「……ったく」
ザインは小さく息を吐いた。
「ほんと、その呼び方嫌いなんだけどな」
剣を握る。
さっきまで笑っていた青年の目から、緩さが消えた。
「まあいいや」
一歩。
地面を踏み締める。
「行くぞ」
次の瞬間。
ザインの姿が――消えた。
お読みいただきありがとうございます!
第二章、開幕です!
第一章から四年。
ザインも二十歳になり、まさかの第一軍副団長になっていました。
新しい仲間たちに、《国斬り》という聞き慣れない異名。
そして二年前に起きた戦争。
この四年間でザインに何があったのかは、これから少しずつ明らかになっていきます。
そして、平穏な日々を破るラウゼン王国への襲撃。
四年前とは比べものにならないほど大きな世界で、ザインたちの新しい物語が始まります。
第二章もよろしくお願いします!




