それぞれの道
戦いから一夜。
大騒動となった昨夜の出来事は、一つの「事故」として処理されることになりました。
そして、戦いを終えたザインたちにも、それぞれ次の道を選ぶ時が訪れます。
第一章、最終話です。
翌朝。
街は、昨夜の出来事でもちきりだった。
「なあ、昨日の音聞いたか?」
「聞いたどころじゃねぇよ。家まで揺れたぞ」
「貴族街で事故があったらしい」
「事故?」
「魔道具が暴走したんだと」
「……魔道具って、屋敷一つ壊すようなもんなのか?」
「知らねぇよ。貴族様の使うもんなんて分かるか」
市場。
酒場。
大通り。
どこへ行っても、話題は同じだった。
昨夜。
貴族街にある一つの屋敷で、大規模な事故が発生した。
深夜に響き渡った轟音。
遠くからでも分かるほどの揺れ。
そして翌朝。
そこにあったはずの屋敷は、その大部分が崩れ落ちていた。
幸いにも。
屋敷に残されていた者たちは、崩壊が始まった直後に救出されていた。
屋敷にいた当主。
そして。
偶然、現場に居合わせた冒険者ギルドのギルド長。
二人が手分けし、残されていた者たちを救出した。
そして。
事故の原因についても、既に発表されていた。
――屋敷内に保管されていた魔道具の暴走。
それが。
昨夜の出来事の全て。
少なくとも。
表向きは。
さらに。
屋敷の崩壊と同時に、もう一つ。
大きな問題が発生していた。
次期当主。
レオンハルト。
昨夜の事故以降。
その行方は分かっていない。
屋敷を失い。
次期当主まで行方不明。
家の存続すら危ぶまれる状況となったことで、予定されていた婚姻についても白紙となった。
あまりにも突然の出来事。
街には様々な噂が飛び交っていた。
だが。
昨夜。
本当は何があったのか。
それを知る者は。
ほんの僅かしかいない。
◇
「昨夜、貴族街で魔道具の暴走事故があった」
「…………」
ギルド長の部屋。
ザイン。
ノア。
イリス。
ロイド。
カイル。
セレナ。
六人が並んでいた。
正面には。
腕を組んだギルド長。
「屋敷は大規模に損壊」
「…………」
「次期当主、レオンハルトは行方不明」
「…………」
ギルド長が六人を見渡す。
「以上だ」
「……。」
ザインが僅かに眉を寄せる。
「いや」
ギルド長の視線がザインへ向く。
「無理あるだろ」
「ザイン」
「ん?」
「お前たちは何も知らない」
「……。」
「何も見ていない」
「……。」
「分かったな」
「……はい」
短い。
それだけだった。
だが。
冗談で言っているわけではない。
ザインにも分かる。
ギルド長の目は。
いつも以上に真剣だった。
「今回の件は口外するな」
「……。」
「特に」
一瞬。
間。
「レオンハルトに起きたことについては」
ザインの表情が変わる。
ノアも。
イリスも。
何も言わない。
魔人。
レオンハルトが最後に見せた。
あの異様な姿。
あれだけは。
決して外へ漏らしてはいけない。
「向こうも同じだ」
ギルド長がイリスを見る。
「……ええ」
イリスが頷く。
「お父様からも、同じように言われたわ」
「親父さんも?」
「ええ」
イリスの表情が少しだけ曇る。
「昨夜のことは、絶対に口外するなって」
「……そっか」
ザインが頭を掻く。
「じゃあ」
「?」
「俺ら昨日、何してたことになってんの?」
「ギルドにいた」
「六人とも?」
「ああ」
「……。」
ザインが横を見る。
ロイド。
カイル。
セレナ。
ノア。
イリス。
「随分仲良しだな、俺ら」
「今更だろ」
カイルが笑う。
「そういうことにしとけ」
「適当だなぁ……」
「楽でいいじゃねぇか」
ロイドも腕を組んだまま笑う。
「何もなかった。それで終わりだ」
「……まあ、そうね」
セレナも淡々と頷いた。
「その方が面倒がないわ」
「お前ら順応早すぎんだろ」
「ザインさん」
ノアが苦笑する。
「僕たちが何か言って話が大きくなっても困りますから」
「……それもそうか」
「話は以上だ」
ギルド長の声。
全員。
そちらを見る。
「帰っていい」
「おう」
ロイドが立ち上がる。
「腹減ったな」
カイルも続く。
「飯行こうぜ」
「朝からよく食べるわね」
「昨日あんだけ動いたんだから当然だろ」
「それなら私も同じでしょう」
「じゃあ一緒に食えばいいだろ」
「そういう話じゃないわ」
三人が部屋を出ていく。
「ザインさん」
「ん?」
「僕たちも行きましょう」
「おう」
ノア。
イリス。
ザイン。
三人も続こうとする。
「ザイン」
「ん?」
ザインが振り返る。
ギルド長。
「残れ」
「……俺?」
「ああ」
「なんかした?」
「……。」
「なんで黙るんだよ」
「会わせたい者がいる」
「俺に?」
「ああ」
それ以上。
ギルド長は何も言わなかった。
「ザインさん?」
「先行ってていいぞ」
「分かりました」
ノアとイリスが部屋を出る。
扉が閉まる。
「……誰だよ」
「来い」
「はいはい」
ザインは。
ギルド長の後を追った。
◇
ギルド長の私室。
扉。
開く。
「……。」
ザインの足が。
止まった。
一人。
男が座っている。
「……。」
何もしていない。
ただ。
椅子に腰掛けている。
それだけ。
なのに。
(……なんだ、こいつ)
ザインは。
無意識に。
男を見る。
(強ぇな)
根拠なんてない。
魔力を放っているわけでもない。
武器を構えているわけでもない。
それでも。
昨夜。
あれほどの相手と戦ったからこそ。
分かる。
目の前の男。
普通ではない。
「君がザインか」
「……そうだけど」
男が立ち上がる。
ギルド長が。
ザインの横へ。
「王国騎士団」
「……。」
「その最高戦力を集めた部隊を率いる男だ」
「……騎士団?」
ザインが。
もう一度。
男を見る。
「初めまして、ザイン」
「ああ……どうも」
ザインは。
男と。
ギルド長を交互に見る。
「……で?」
「何がだ?」
「なんで騎士団の偉い奴が俺に会いに来てんだよ」
「昨夜の件だ」
ギルド長。
短く答える。
「……昨日?」
ザインが男を見る。
「知ってんの?」
「ああ」
即答。
「……。」
ザインがギルド長を見る。
ギルド長は。
僅かに眉を寄せる。
「今朝、突然現れた」
「……。」
ザイン。
再び。
男を見る。
「なんで知ってんだよ」
「それについては答えられない」
「……。」
「昨夜の件が公になることはない。安心してほしい」
「いや」
ザインが首を傾げる。
「それより、昨日の今日だぞ?」
「ああ」
「……怖ぇな、王国」
ギルド長は。
何も言わない。
ただ。
否定もしなかった。
「王国には王国の情報網がある」
男が言う。
「それ以上については話せない」
「……まあいいけど」
ザインが頭を掻く。
「で?」
「単刀直入に言おう」
男の表情が変わる。
先ほどまでとは違う。
真剣な目。
「ザイン」
「ん?」
「騎士団に入らないか」
「……。」
ザイン。
沈黙。
「……俺?」
「ああ」
「なんで?」
「昨夜の戦闘について報告を受けた」
「……。」
「君がレオンハルトと戦ったこと」
ザインの目が細くなる。
「そして」
一拍。
「彼を退けたことも」
「……マジか」
ザインが。
思わず呟く。
「そこまで知ってんのかよ」
「ああ」
「……。」
昨日。
あの場にいた人間しか。
知らないはずのこと。
それすら。
既に。
王国には届いている。
「その報告を受け」
男が続ける。
「俺が直接ここへ来た」
「……わざわざ?」
「ああ」
「俺一人のために?」
「そうだ」
「……。」
ザインが。
少しだけ。
姿勢を正す。
「そこまでして戦力を集めてんのか?」
「……。」
男は。
一瞬。
黙った。
「ここから先は」
声。
低くなる。
「他言無用で頼む」
「……分かった」
「近頃、国境の情勢が急速に悪化している」
「国境?」
「ああ」
「……。」
「近いうちに」
男がザインを見る。
「大規模な戦争が起こる可能性がある」
「……戦争」
ザインの表情から。
軽さが消える。
「まだ確定ではない」
「……。」
「だが」
男の目。
鋭くなる。
「もし我々の予測が正しければ」
静寂。
「この国の存亡に関わる戦争になる」
「……。」
ザインは。
何も言わない。
「だからこそ、我々には力が必要だ」
「……。」
「出自は問わない」
男が。
ザインを見る。
「必要なのは」
一歩。
「戦える者だ」
「……。」
「昨夜の戦いで、君は十分にそれを示した」
そして。
手。
差し出す。
「君の力を」
ザインの目を見る。
「王国に貸してほしい」
「……。」
ザインは。
その手を見る。
騎士団。
戦争。
国。
どれも。
昨日までの自分には。
縁のなかった言葉。
「……。」
少し。
考える。
「悪い」
ザインは。
手を取らなかった。
「少し考えさせてくれ」
「……。」
「さすがに今すぐ決めろって言われても、分かんねぇ」
「構わない」
男は。
手を下ろす。
「君自身の人生だ」
「……。」
「君自身で決めればいい」
「そっか」
「ああ」
「じゃあ」
ザインは。
扉へ。
「決めたら返事する」
「待っている」
「おう」
ザイン。
部屋を出る。
扉。
閉じる。
「……。」
ギルド長は。
男を見る。
「……早いな」
「何がだ?」
「昨夜の今日だ」
「……。」
「それだけだ」
男は。
僅かに笑う。
「我々にも、仕事がある」
「そうか」
ギルド長は。
それ以上。
聞かなかった。
◇
その日の夜。
ザイン。
ノア。
イリス。
三人は。
ギルドの片隅で。
いつものように。
同じテーブルを囲んでいた。
「ザイン」
「ん?」
「話があるの」
「なんだよ、急に」
イリスは。
少し。
間を置いた。
「私」
ザインを見る。
「家に戻ることにしたわ」
「……。」
ザインの表情が。
僅かに止まる。
「……そっか」
「はい」
ノアが。
心配そうにイリスを見る。
「本当にいいんですか?」
「ええ」
「でも……」
「大丈夫よ」
イリスは。
穏やかに笑う。
「兄様があの状態でしょう?」
「……。」
「屋敷も失った」
「……。」
「このままじゃ、家そのものがどうなるか分からない」
イリスは。
自分の手を見る。
「だから」
顔。
上げる。
「私が継ぐわ」
「……。」
「当主として」
ザイン。
数秒。
黙る。
「……お前が?」
「何よ」
「いや」
「何?」
「……大丈夫か?」
「どういう意味よ!」
「違う違う! 変な意味じゃねぇよ!」
「じゃあどういう意味よ!」
「だって当主だぞ!?」
「分かってるわよ!」
「お前、偉い奴とかできんの?」
「失礼ね!」
ノアが。
小さく。
笑う。
「ノアまで笑わないで!」
「す、すみません」
「まったく……」
イリスは。
小さく。
息を吐く。
「でも」
「……。」
「今度は」
ザインを見る。
「誰かに言われたから戻るんじゃないわ」
「……。」
「私が」
真っ直ぐ。
「戻るって決めたの」
「……。」
ザインは。
イリスを見る。
少し。
笑った。
「そっか」
「ええ」
「なら」
ザインが。
椅子にもたれる。
「いいんじゃねぇの」
「……。」
イリスも。
笑う。
「ええ」
そして。
「それで、ノア」
「はい?」
「あなたも来ない?」
「……僕がですか?」
「ええ」
ノアが。
目を丸くする。
「屋敷はあの状態でしょう?」
「……はい」
「使用人も、これからどうなるか分からない」
「……。」
「やることなんて山ほどあるわ」
「そうでしょうね……」
「あなた」
イリスが。
ノアを見る。
「そういう仕事もできるでしょう?」
「まあ……できますけど」
「なら」
少し。
間。
「私を手伝ってくれない?」
「……。」
ノアの表情が。
変わる。
「昔みたいに働けって意味じゃないわ」
「……。」
「私一人じゃ」
イリスは。
僅かに。
視線を逸らす。
「分からないことも多いから」
「……。」
「あなたがいてくれると」
少し。
照れ臭そうに。
「助かるわ」
「……。」
ノアは。
イリスを見る。
やがて。
柔らかく。
笑った。
「分かりました」
「本当?」
「はい」
ノアが頷く。
「僕でよければ」
「……そう」
イリスの顔が。
明るくなる。
「よろしくね、ノア」
「はい」
ザインは。
二人を見る。
「……。」
「何よ」
「いや」
ザインが。
頭を掻く。
「じゃあ二人ともギルド辞めんのか」
「そうなるわね」
「……そっか」
短く。
それだけ。
「……。」
少し。
沈黙。
イリスが。
ザインを見る。
「……あなたも来る?」
「俺?」
「ええ」
「何しに?」
「護衛」
「護衛?」
「そうよ」
イリスが。
いつものように。
腕を組む。
「私の護衛としてなら、雇ってあげてもいいわよ」
「なんで上からなんだよ」
「これから当主になるのよ?」
「まだなってねぇだろ」
「時間の問題よ」
「もう偉くなった気でいやがる」
「何よ」
「いや」
ザインが笑う。
「お前らしいなと思って」
「……。」
イリス。
少し。
黙る。
「それか……」
「あ?」
「……。」
視線が。
僅かに。
ザインから逸れる。
「なんだよ」
「……私と」
「うん」
「結婚すれば」
「……。」
「あなたも貴族だけど?」
「…………。」
沈黙。
ザイン。
停止。
ノアも。
イリスを見る。
「……。」
イリスの頬が。
ほんの僅かに。
赤い。
「……何よ」
「いや」
ザインが。
眉を寄せる。
「急に何言ってんのお前」
「何よ!」
「護衛から飛びすぎだろ!」
「一つの案として言っただけよ!」
「どんな案だよ!」
「貴族になれるのよ!?」
「別に貴族になりたくねぇよ!」
「なんでよ!」
「知らねぇよ!」
「ふふっ」
二人。
同時に。
ノアを見る。
「ノア!」
「笑うな!」
「す、すみません」
ノアが。
口元を押さえる。
「でも」
笑いながら。
「お二人らしいなと思って」
「どこがよ!」
「どこがだよ!」
三人。
笑う。
昨日まで。
命懸けで。
戦っていたことが。
嘘のように。
いつもの。
三人だった。
「……。」
やがて。
ザインが。
イリスを見る。
「悪い」
「……。」
「俺は行かねぇ」
「……そう」
「ああ」
イリスの顔に。
一瞬だけ。
寂しさが浮かぶ。
だが。
すぐに。
いつもの表情へ戻る。
「理由を聞いても?」
「……。」
ザインは。
昼間のことを。
思い出す。
騎士団。
戦争。
国。
「俺も」
ザインが。
少し笑う。
「ちょっとやりたいことできた」
「何?」
「まだ決めてねぇ」
「何よそれ」
「だから」
ザインが笑う。
「決めたら教える」
「……そう」
イリスも。
それ以上は。
聞かなかった。
「なら、仕方ないわね」
「ああ」
「ザインさん」
「ん?」
ノアが。
ザインを見る。
「どこに行っても」
一瞬。
間。
「また会えますよね?」
「……。」
ザインは。
笑った。
「当たり前だろ」
「……はい」
「別に世界の端まで行くわけじゃねぇんだから」
「そうですね」
「屋敷できたら遊びに行くわ」
イリスが。
ザインを見る。
「……何だよ」
「あなた」
目。
細くなる。
「次は壊さないでよ?」
「俺だけのせいじゃねぇだろ!!」
ノアが。
笑う。
イリスも。
笑う。
ザインも。
笑った。
三人の声が。
夜のギルドに。
響いていた。
◇
翌日。
ザインは。
再び。
あの男の前に立っていた。
「答えは出たか?」
「ああ」
ザインは。
迷わなかった。
「入るよ」
「……。」
「騎士団」
男が。
ザインを見る。
「そうか」
「ああ」
「理由を聞いても?」
「理由?」
「ああ」
「……。」
ザインは。
少し。
考える。
昨日。
同じテーブルにいた。
二人。
イリス。
ノア。
二人とも。
自分で。
次に進む道を決めた。
「まあ」
ザインが。
笑う。
「あいつらも次行くらしいから」
「……。」
「俺も」
男を見る。
「そろそろ次行こうかなって」
「それだけか?」
「それだけじゃダメか?」
「……いや」
男が。
僅かに。
笑う。
「十分だ」
「そっか」
男が。
手を差し出す。
「歓迎しよう」
「おう」
ザインは。
今度は。
迷わず。
その手を取った。
こうして。
イリスは。
自らの家へ。
ノアは。
イリスの隣へ。
そして。
ザインは。
王国騎士団へ。
三人は。
それぞれ。
自分で選んだ道を。
歩き始めた。
◇
暗闇。
どこなのか。
いつなのか。
それすら。
分からない。
ただ。
そこに。
一人の男が。
立っていた。
「……なるほど」
フィル。
その視線の先。
横たわる。
一人の男。
「……。」
あの夜。
屋敷と共に。
姿を消した。
レオンハルト。
「まさか……」
フィルが。
静かに。
目を細める。
「この人間が」
口元。
ゆっくりと。
吊り上がる。
「魔人に到達ですか……」
静寂。
「フフフ……」
暗闇の中。
小さな。
笑い声。
「面白いですね」
フィルは。
ただ。
レオンハルトを見つめている。
何を考えているのか。
何をしようとしているのか。
誰にも。
分からない。
そして。
この時。
それぞれの道へ進んだ彼らは。
まだ。
知らなかった。
再び。
その道が。
交わる日が来ることを。
第一章 完
最後までお読みいただきありがとうございます!
これにて第一章、完結です!
イリスは、自らの意思で家へ戻り当主となる道を。
ノアは、そんなイリスを隣で支える道を。
そしてザインは、冒険者を離れ王国騎士団へ。
三人はそれぞれ違う道を歩むことになりました。
ここまで一緒に旅をしてきた三人なので少し寂しくもありますが、これは別れではありません。
それぞれが自分で選んだ、新しい一歩です。
そして最後。
行方不明となったレオンハルトと、その前に現れたフィル。
ザインたちの知らないところで、一体何が動き始めているのか。
彼らの物語は、まだ終わりません。
ここまで第一章を読んでくださり、本当にありがとうございました!
第二章もよろしくお願いします!




