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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
PR
22/61

それぞれの戦い

ついにアルヴェイン邸へ。


イリスのもとを目指すザインたち。


立ちはだかる者たちを前に、それぞれが、それぞれの戦場へ。

静かな廊下を、五人が駆ける。


 ザイン。


 ノア。


 ロイド。


 カイル。


 セレナ。


 アルヴェイン邸へ侵入してから、しばらく経つ。


 だが。


「……やっぱり少ないな」


 ザインが走りながら呟いた。


「警備?」


「ああ」


 セレナが周囲へ視線を走らせる。


「私も思ってた」


 これほど巨大な屋敷だ。


 ましてや明日には婚姻の式が控えている。


 それなのに。


 人が少ない。


 少なすぎる。


「まあ、楽でいいんじゃない?」


 カイルは相変わらず軽い。


「誰にも見つからずにイリスを連れて帰れたら最高だろ」


「だったらいいけどな」


「止まれ」


 ロイドだった。


 五人が足を止める。


「……来るぞ」


 ガチャ。


 ガチャ。


 暗い廊下の奥から。


 重い金属音が響いてくる。


 やがて。


 一人の男が姿を現した。


 巨体。


 全身を覆う重厚な鎧。


 左腕には巨大な盾。


 男はザインたちを見つけると、ゆっくりと盾を構えた。


「侵入者か」


 低い声。


「随分と変わった入り方をしたようだな」


「……バレてんじゃん」


 カイルがロイドを見る。


「お前、痕跡残してないって――」


「残してねぇよ」


「じゃあ何で――」


「後にしろ」


 ザインが剣へ手を掛ける。


 男が巨大な盾を床へ下ろした。


 ゴンッ。


「アルヴェイン家直属護衛隊――ヴァルク」


 ザインが剣を抜こうとした。


 その肩を。


 ロイドが掴む。


「先行け」


「ロイド?」


「ここは俺がやる」


「一人で大丈夫か?」


「ザイン」


 ロイドが前へ出る。


「先輩を舐めんな」


「……。」


 ザインは一瞬だけロイドを見る。


 そして。


「ああ」


 剣から手を離した。


「悪い! 頼んだぞ、ロイド!」


「おう」


 ザインたちが走り出す。


「通さん」


 ヴァルクが動く。


 その瞬間。


 ロイドが床を踏みつけた。


 ズズズズズ……!


「……!」


 床が隆起する。


 巨大な壁。


 ヴァルクとザインたちの間を完全に分断した。


 足音が遠ざかっていく。


「……。」


 ロイドはそれを確認すると。


 両拳を打ち合わせた。


 ゴキッ。


 ゴキッ。


「……武器は持たんのか」


 ヴァルクが問う。


「持ってるだろ」


 ロイドは両拳を見せる。


「二つもな」


 ヴァルクの身体から。


 魔力が溢れる。


「《硬質化》」


 鎧。


 そして肉体。


 その双方へ魔力が巡っていく。


 ゴンッ。


 一歩。


 それだけで。


 床が軋む。


「貴様の拳では、私には届かん」


「そうかよ」


 ロイドが笑う。


 床へ。


 拳を向ける。


「じゃあ――」


 ズズズズズ……。


 ヴァルクの周囲。


 地形そのものが変形を始める。


「試してみようぜ」


 二人が。


 同時に踏み込んだ。


     ◇


 四人。


 ザイン。


 ノア。


 カイル。


 セレナ。


 ロイドが作った壁の向こうから。


 鈍い轟音が響いた。


「……始まったな」


「大丈夫よ」


 セレナが言う。


「ロイドは強いわ」


「ああ」


 ザインは前を見る。


 今は。


 進むしかない。


 長い廊下を抜ける。


 広い吹き抜け。


 中央には上階へ続く大階段。


 そして。


 一人の男が立っていた。


 細身。


 腰には一本の剣。


「……!」


 男の視線が。


 ザインを捉える。


 次の瞬間。


 消えた。


「ザインさん!」


「――!」


 ザインが剣へ手を掛ける。


 だが。


 ガキンッ!!


「……!」


 目の前。


 二本の剣が。


 男の一撃を受け止めていた。


「カイル!」


「先行け」


 双剣で剣を押し返す。


 男が後方へ跳ぶ。


 バチッ。


 カイルの身体を雷が走った。


「こいつは」


 いつもの軽い笑み。


「俺が貰うわ」


「……。」


 ザインは一瞬だけカイルを見る。


 そして。


「ああ!」


 すぐに前を向く。


「悪い! 頼んだぞ、カイル!」


「任せろ」


 三人が階段へ向かう。


 男が追おうとする。


 バチッ――!


 一瞬。


 カイルが進路へ回り込んだ。


「おっと」


 双剣。


「お前の相手はこっちだって」


「……退け」


「嫌だね」


 男が剣を構える。


「アルヴェイン家直属護衛隊――シオン」


「へぇ」


 カイルも構える。


「カイルだ」


「聞いていない」


「冷たいねぇ」


 一瞬。


 静寂。


 そして。


 雷が。


 弾けた。


     ◇


 三人。


 ザイン。


 ノア。


 セレナ。


「この先よ」


 セレナが先導する。


 長い廊下を抜ける。


 その先。


 屋敷の中央に作られた中庭。


 ザインが足を踏み入れた瞬間。


「……!」


 魔力。


 前方。


 一人の女性が立っていた。


 白を基調とした衣服。


 その周囲には。


 既にいくつもの魔法陣。


 女がザインへ手を向ける。


「《魔弾》」


 光。


 一直線にザインへ。


「ザインさん!」


 ザインが剣を抜く。


 その直前。


 ヒュンッ!


 一本の矢。


 魔弾を撃ち抜いた。


 続けて。


 二本。


 三本。


 次々と魔弾を射抜いていく。


「止まらない!」


 セレナの声。


「セレナ!」


「行きなさい!」


 ザインが振り返る。


 セレナは既に。


 次の矢をつがえていた。


「ここは私が止める!」


「……。」


「振り返らない!」


 ザインが唇を噛む。


 そして。


「……悪い!」


 前を向く。


「頼んだ!」


「ええ」


 セレナが笑った。


「任せなさい」


 ザインとノアが走り出す。


 女が二人を追おうとする。


「逃がすと――」


 ヒュンッ!


 矢。


 頬のすぐ横。


 髪が僅かに切れる。


「……。」


「あなたの相手は」


 セレナが。


 風を纏った。


「私よ」


 女の周囲。


 透明な障壁が展開される。


「アルヴェイン家直属護衛隊、エルディア」


「セレナよ」


 風が。


 さらに強くなる。


「覚えなくてもいいけどね」


 セレナが地面を蹴る。


 姿が。


 風と共に消えた。


     ◇


 二人になった。


 ザイン。


 ノア。


 走る。


 ただ。


 走る。


 皆が。


 道を作ってくれた。


 だから。


 止まれない。


「ザインさん!」


「ああ!」


 廊下を曲がる。


 そして。


 ザインが。


 足を止めた。


「……。」


 長い廊下。


 その中央。


 一人の男。


 年齢は五十を越えているだろうか。


 だが。


 立っているだけで。


 空気が違う。


 今までの三人とは。


 明らかに。


「……誰だ」


 ザインが剣へ手を掛ける。


「私の屋敷へ侵入しておいて、その問いは些か無礼ではないかね」


「……!」


 ノアが息を呑む。


 男は。


 静かに名乗った。


「ヴァルディス・アルヴェイン」


 ザインの目が細くなる。


「イリスの……」


「父だ」


「……。」


 ザインが剣を抜く。


「そこ、通してくれ」


「断る」


 即答。


「我が娘に用があるのだろう」


「ああ」


「ならば尚更だ」


 ヴァルディスが。


 片手を上げた。


「ここから先へ通すわけにはいかん」


 魔力。


「ザインさん!」


「《重圧》」


 ズンッ!!


「ぐっ……!」


 ザインの身体が沈む。


 ノアも。


 膝をつく。


「っ……!」


 重い。


 上から。


 巨大な何かに押さえつけられているような感覚。


「……なんだ、これ」


 ザインが。


 脚へ力を込める。


「ほう」


 ヴァルディスが目を細める。


「まだ立つか」


「……こんなところで」


 魔素。


 二十%。


 全身へ。


 均等に巡らせる。


「止まってられるかよ……!」


 ザインが。


 立ち上がる。


「ザインさん……!」


「ノア、待ってろ」


 剣を構える。


 ヴァルディスが。


 僅かに眉を動かした。


「魔力を感じぬと思えば……」


「……。」


「面白い」


 ザインが。


 一歩。


 踏み出そうとした。


 その時。


「――やめとけ」


「……?」


 ザインが振り返る。


 聞き覚えのある声。


 廊下の奥。


 一人の男が。


 こちらへ歩いてくる。


「……は?」


 ノアも。


 目を見開いた。


「ギルド長……?」


「なんで……」


 ザインが呟く。


 ギルド長は。


 二人の横まで歩いてきた。


「勘違いするな」


「……。」


「今の俺はギルド長じゃない」


 いつもの装いではない。


 ギルドの紋章も。


 身につけていなかった。


「ギルドの看板は置いてきた」


 そして。


 ヴァルディスを見る。


「今ここにいるのは、ただのおっさんだ」


「……。」


 ヴァルディスが。


 初めて表情を変えた。


「……お前か」


「久しぶりだな」


 ギルド長が笑う。


「ヴァルディス」


「何年ぶりだ?」


「知らん」


「昔から数えることが嫌いだったな」


「面倒なんだよ」


 ザインが二人を見る。


「知り合いなのか?」


「昔ちょっとな」


「ちょっと、か」


 ヴァルディスが。


 僅かに笑った。


「随分と控えめな表現を覚えたものだ」


「うるせぇ」


 ギルド長が。


 ザインの前へ出る。


「ザイン」


「……。」


「行け」


「でも――」


「お前は何しに来た」


「……!」


「俺とこいつの喧嘩を見に来たのか?」


「違う」


「なら」


 ギルド長は。


 ヴァルディスから目を離さず。


「早く救えるものを救ってこい」


「……。」


 ザインは。


 その背中を見る。


「……分かった」


「それでいい」


「ありがとう」


「礼は帰ってから言え」


「はい!」


 ノアが立ち上がる。


 二人が走り出す。


「通すと思うか」


 ヴァルディスが手を向けた。


 魔力が集まる。


 だが。


「おっと」


 ギルド長が割って入る。


 二つの魔力。


 正面からぶつかる。


 ヴァルディスの術式が。


 霧散した。


「……相変わらずか」


「お前もな」


 ザインとノアが。


 二人の横を通り抜ける。


 足音が。


 遠ざかっていく。


「……。」


 残された。


 二人。


 ヴァルディスが。


 ゆっくりと構えた。


「まさか、この歳になってお前とやり合うことになるとはな」


「俺もだよ」


 ギルド長が首を鳴らす。


「昔から変わらんな」


「お前は変わったな」


「そう見えるか?」


「ああ」


「……そうか」


 ヴァルディスから。


 膨大な魔力が溢れ出す。


 床が。


 軋む。


 空気が。


 重くなる。


「……はは」


 それを見て。


 ギルド長が笑った。


 ギルドで見せる顔ではない。


 一人の冒険者としての顔。


「久々に賑やかな夜だ」


 ギルド長からも。


 魔力が溢れる。


 ヴァルディスが。


 口元を緩めた。


「そうだな」


 ギルド長が構える。


「――派手に行くかッ!」


 二つの魔力が。


 正面から激突した。


     ◇


 ザインとノアは。


 走る。


 背後。


 轟音。


 屋敷全体が僅かに揺れた。


「……!」


 ザインは。


 振り返らない。


 皆が。


 ここまで繋いでくれた。


 ロイド。


 カイル。


 セレナ。


 ギルド長。


 なら。


 自分たちがやることは一つ。


「ノア!」


「はい!」


「急ぐぞ!」


「はい!」


 廊下を駆け抜ける。


 階段を上る。


 そして。


 長い廊下の突き当たり。


 大きな扉。


 ザインが。


 その前で止まった。


「……ここか」


 ノアも。


 息を整える。


「多分……」


「……。」


 ザインが。


 扉へ手を掛ける。


 押した。


 ギィィ……。


 ゆっくりと。


 扉が開いていく。


「……。」


 広い部屋。


 豪華な家具。


 そして。


 窓際。


 一人の男が立っていた。


 レオンハルト。


 その近くに。


「……!」


 ザインの目が。


 大きく開く。


「イリス!」


「……。」


 少女が。


 ゆっくりと顔を上げた。


 ザインを見る。


 ノアを見る。


「……ザイン?」


 掠れた声。


「ノア……?」


「イリスさん!」


 ノアが。


 一歩踏み出す。


 その瞬間。


 イリスの表情が変わった。


「……なんで」


「?」


「なんで……来たの……」


 ザインが眉を寄せる。


「何でって――」


「来ちゃ駄目!」


 イリスが叫んだ。


 身体が。


 震えている。


「早く……!」


 声まで。


 震えていた。


「早く逃げて……!」


「イリス?」


「ザイン……お願い……」


 両手を。


 強く握り締めている。


「もう帰って……」


 ザインには。


 分からなかった。


 どうして。


 そこまで。


 怯えているのか。


 だが。


 イリスには。


 焼き付いていた。


 あの日。


 ギルドで。


 ザインが。


 何もできず。


 一方的に。


 兄に倒された光景が。


「兄様には……」


 イリスが。


 レオンハルトを見る。


 身体が。


 さらに震える。


「勝てない……」


「……。」


「お願い……だから……」


 ザインを。


 見つめる。


「逃げて……」


「イリスさん……」


 ノアが。


 イリスのもとへ向かおうとした。


「やあ」


 声。


 ザインとノアが。


 レオンハルトを見る。


 窓際。


 レオンハルトは。


 笑っていた。


「思ったより早かったね」


「……。」


 ザインが。


 レオンハルトを見る。


「待ってたのか?」


「もちろん」


「……。」


 レオンハルトは。


 まるで。


 突然侵入されたとは思えないほど。


 落ち着いている。


「まあ」


 窓際から離れる。


「そんなところに立っていないで」


 部屋の中央。


 テーブル。


 そこへ向かう。


「折角来たんだ」


 椅子を引いた。


「茶でも飲むかい?」


「……。」


「……え?」


 ノアが。


 ザインとレオンハルトを交互に見る。


「兄様……?」


 イリスも。


 理解できないという顔をしていた。


「……。」


 ザインは。


 レオンハルトを見る。


 数秒。


「……じゃあ」


 歩き出す。


「貰おうかな」


「ザインさん!?」


「ザイン!?」


 ノアとイリスの声が重なった。


「いいじゃないか」


 ザインが椅子へ座る。


「折角淹れてくれるって言ってんだから」


「そういう問題ですか!?」


「そういう問題だろ」


「違うと思います!」


 レオンハルトが。


 小さく笑った。


「面白い男だね、君は」


「よく言われる」


「そうかい?」


「ああ」


「ザイン……」


 イリスは。


 ザインを見つめている。


 震えが。


 止まらない。


 レオンハルトが。


 ザインの向かいへ座る。


 茶器を手に取る。


 静かに。


 茶を注いだ。


「どうぞ」


「ありがとう」


 ザインが。


 茶器を手に取る。


 ズズ……。


「……。」


 レオンハルトも。


 茶を飲む。


 ズズ……。


 静寂。


 ノアは。


 完全に困惑していた。


 そして。


 イリスだけが。


 笑えない。


 カタ……。


 小さな音。


 イリスの手が震え。


 近くの食器へ触れていた。


「イリスさん……」


 ノアが。


 その手を握る。


「……。」


 冷たい。


 ザインが。


 茶器越しに。


 イリスを見る。


「……美味いな」


「そうだろう」


 レオンハルトが答える。


「東方から取り寄せている茶葉でね。母が気に入っている」


「へぇ」


「香りがいい」


「確かに」


「……。」


 イリスの震えが。


 さらに強くなる。


「ザイン……」


「ん?」


「お願い……」


 イリスが。


 小さく。


 首を振る。


「帰って……」


「……。」


「お願いだから……」


 ザインは。


 何も答えなかった。


 もう一度。


 茶を飲む。


「妹は」


 レオンハルトが言った。


「随分と君を気に入っているらしい」


「そう?」


「ああ」


 茶器を傾ける。


「珍しいことだよ」


「……。」


「昔から、他人にここまで執着する子ではなかったからね」


「兄様……」


「何だ?」


 イリスが。


 震える声で。


 言った。


「ザインたちを……帰してください」


「それは」


 レオンハルトは。


 穏やかに答える。


「彼らが決めることだろう?」


「……!」


「君もそう思うだろう?」


 ザインを見る。


「まあね」


「ザイン……!」


 イリスの目に。


 涙が浮かぶ。


 それでも。


 ザインは。


 落ち着いていた。


 怖くないわけではない。


 目の前の男が。


 どれほど強いのか。


 ザイン自身が。


 一番よく知っている。


 あの日。


 何もできなかった。


 蹴られ。


 吹き飛ばされ。


 何度立っても。


 倒された。


 だが。


 あの日から。


 ここへ戻ってくるまで。


 ザインも。


 何もしていなかったわけではない。


「……。」


 レオンハルトが。


 最後の一口を飲む。


 カチャ。


 茶器を置いた。


 ザインも。


 飲み干す。


 カチャ。


 茶器を置く。


「ご馳走様」


 ザインが言う。


「美味かったよ」


「それは良かった」


 レオンハルトが微笑む。


 次の瞬間。


「――!」


 蹴り。


 ザインの顔面へ。


「ザイン!!」


 イリスが叫ぶ。


 だが。


 スッ。


「……!」


 ザインの頭が。


 僅かに横へ動く。


 レオンハルトの脚が。


 そのすぐ横を通過した。


「……え」


 イリスの目が。


 見開かれる。


 レオンハルトも。


 僅かに。


 目を見開いた。


「ほう」


 脚を戻す。


 笑う。


「ちゃんと避けられて偉いじゃないか」


「どうも」


 次。


 二撃目。


 速い。


 脇腹。


 ザインが一歩引く。


 空振り。


 その瞬間。


 ザインが踏み込む。


 拳。


「……!」


 レオンハルトが腕で受ける。


 だが。


 衝撃。


 身体が。


 僅かに後方へ崩れた。


 一歩。


 レオンハルトの足が下がる。


「……。」


 静寂。


 ザインが。


 拳を戻す。


「カウンターまで入れたけど」


 少し笑った。


「褒めてくれる?」


「……。」


 レオンハルトが。


 ザインを見る。


 そして。


「ふっ」


 笑った。


「ははは!」


 楽しそうに。


「いいね」


 上着を脱ぐ。


 椅子の背へ。


 静かに掛けた。


「短期間で随分と変わったじゃないか」


「まあね」


 ザインも。


 剣へ手を掛ける。


「……ザイン」


 イリスの声。


 ザインが。


 そちらを見る。


 震えている。


 まだ。


 怖がっている。


「イリス」


「……。」


 ザインは。


 真っ直ぐ。


 イリスを見る。


「お前」


 一度。


 息を吐く。


「戻りたいか?」


「……!」


 イリスの目が揺れる。


「……。」


「戻りたくないなら、それでいい」


「ザイン……」


「俺たちは帰る」


「……。」


「でも」


 ザインは。


 ただ。


 聞く。


「戻りたいなら、連れて帰る」


「……。」


 イリスが。


 レオンハルトを見る。


「……!」


 それだけで。


 身体が震える。


 怖い。


 怖い。


 ザインたちが。


 傷つけられる。


 また。


 あの日みたいに。


「私は……」


「イリス」


 ザインが呼ぶ。


「兄貴じゃなくて」


「……。」


「俺を見ろ」


 イリスが。


 ゆっくりと。


 ザインを見る。


「お前がどうしたいのか聞いてる」


「……。」


「それだけ教えてくれ」


「……。」


 イリスの唇が。


 震える。


「……戻りたい」


 小さな声。


 ザインには。


 聞こえた。


「……。」


「戻りたい……!」


 涙が。


 頬を伝う。


「私……!」


 今まで。


 押し殺していたものが。


 溢れる。


「みんなのところに帰りたい……!」


「……そうか」


 ザインは。


 剣を抜いた。


「分かった」


 そして。


 笑う。


「じゃあ帰ろう」


「ザイン……!」


 レオンハルトが。


 その様子を眺めていた。


「私の前で」


 ゆっくりと。


 構える。


「随分と勝手な話をするようになったね」


「そう?」


「イリスはアルヴェイン家の人間だ」


「うん」


「明日には婚姻を控えている」


「らしいな」


「君が決めることではない」


「俺も決めてないよ」


「……何?」


 ザインは。


 剣を構える。


「イリスが戻りたいって言った」


「……。」


「だから連れて帰る」


 レオンハルトが。


 目を細めた。


「それだけか?」


「ああ」


 ザインにとって。


 本当に。


 それだけだった。


「……ふ」


 レオンハルトが笑う。


「やはり」


 魔力が。


 その身体から溢れ始める。


「君は面白い」


「そりゃどうも」


 ザインも。


 息を整える。


 皮膚から。


 外気の魔素を取り込む。


 全身へ。


 均等に。


 二十%。


 筋肉。


 骨。


 神経。


 身体の全てが。


 静かに。


 変わる。


「……?」


 レオンハルトが。


 僅かに違和感を覚えた。


 だが。


 魔力はない。


 ザインからは。


 相変わらず。


 何一つ。


 魔力を感じない。


「行くぞ」


 ザインが。


 床を蹴った。


「……!」


 速い。


 レオンハルトが腕を上げる。


 剣。


 受ける。


 衝撃。


「っ!」


 レオンハルトの身体が。


 後方へ押される。


 ザインが。


 追う。


 横薙ぎ。


 避ける。


 ザインが身体を回す。


 そのまま。


 蹴り。


 レオンハルトが腕で防ぐ。


 ドンッ!


「……!」


 また。


 一歩。


 下がる。


「……なるほど」


 レオンハルトの笑みが。


 少しだけ薄くなった。


「確かに変わった」


 踏み込む。


 拳。


 ザインが受け流す。


 蹴り。


 しゃがむ。


 ザインの剣。


 レオンハルトが身を捻る。


 切っ先が。


 服を掠める。


「兄様が……」


 イリスが。


 呆然と呟く。


「押されてる……?」


 あの日とは。


 違う。


 ザインが。


 戦えている。


 レオンハルトと。


 真正面から。


 ガキンッ!


 ザインの剣を。


 レオンハルトが魔力を纏わせた腕で受け止める。


 その瞬間。


 ザインが左拳。


 レオンハルトの頬へ。


「……!」


 レオンハルトが。


 咄嗟に障壁を展開する。


 バキッ!


 ザインの拳が。


 障壁へぶつかった。


「……。」


 ザインが。


 止まる。


 レオンハルトも。


 止まる。


 二人の間。


 薄い魔法障壁。


「……使った」


 ザインが呟く。


「何?」


 ザインの口元が。


 僅かに上がる。


「ようやく」


 拳を引く。


「魔法使ってくれるようになったね」


「……。」


 レオンハルトの顔から。


 笑みが消えた。


 ザインが。


 剣を構える。


 レオンハルトも。


 初めて。


 本当の意味で。


 ザインを敵として見た。


     ◇


 ――同じ頃。


 屋敷の一階。


 鈍い音。


 ドンッ!!


「ぐっ……!」


 ロイドの身体が。


 壁へ叩きつけられた。


 壁に亀裂。


 ヴァルクが。


 巨大な盾を構えたまま。


 ゆっくりと近づいてくる。


「理解したか」


「……。」


「貴様の拳では」


 鎧が。


 魔力を帯びる。


「私には届かん」


「……は」


 ロイドが。


 ゆっくりと立ち上がる。


 口元を拭う。


 そして。


 笑った。


「そうだな」


「……?」


 拳を握る。


「だから面白ぇんだろ」


 ロイドが。


 再び。


 地面へ手を置いた。

最後までお読みいただきありがとうございます!


ザインとレオンハルト、再び対峙。


そして屋敷の各所では、ロイド、カイル、セレナたちの戦いも始まりました。


ここからは彼らの戦いもしっかり描いていきます。


次回、それぞれの戦場がさらに激しく動き出します!

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