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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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21/102

迎えに行く

突然告げられた、婚姻の日程変更。


残された時間は、あと一日。


ザインとノアが確かめたいことは、ただ一つ。


イリスは――戻りたいのか、戻りたくないのか。


答えを聞くため、二人はギルドへと戻る。

ギルドの扉が勢いよく開いた。


「ノア!」


中にいた冒険者たちが一斉に振り返る。ザインは構わず、ギルド内を見渡した。


「ザインさん!」


奥から声がする。ノアだ。真っ直ぐそのもとへ向かった。


「張り紙見たか!?」


「はい!」


「明日だぞ」


「……はい」


本来なら、あと二日あった。それが突然、明日へ変更された。理由は分からない。だが、考えている時間はない。


「行くぞ」


「はい!」


ノアは迷うことなく答えた。その姿に、ザインが一瞬だけ目を細める。


「……杖は?」


ノアの手に、いつも持っていた杖がない。


「大丈夫です」


「……そうか」


それ以上、ザインは聞かなかった。ノアが大丈夫だと言うなら、それでいい。


「じゃあ――」


「ちょっと待ちなさい!」


鋭い声が飛んできた。二人が振り返る。受付嬢がカウンターから飛び出してきていた。


「あなたたち、どこへ行くつもり!?」


「アルヴェイン家」


「やっぱり!」


受付嬢が額へ手を当てる。


「待ちなさい。絶対に駄目」


「悪いけど、今回は聞けない」


「聞けないじゃないの!」


受付嬢がザインの前へ立つ。


「あなた、自分が何をしようとしてるか分かってる?」


「ああ」


「分かってない!」


受付嬢の声がギルド内へ響く。周囲にいた冒険者たちも、何事かとこちらを見ている。


「あそこはただの貴族じゃないのよ」


「……。」


「アルヴェイン家は国にまで影響力を持ってる。それくらいの家なの」


「知ってる」


「だったら!」


「それでも行く」


「ザイン!」


受付嬢の表情が歪む。


「私だって……」


少しだけ、声が小さくなった。


「私だって、イリスには戻ってきてほしいわよ」


「……。」


「でもね」


受付嬢がザインを見る。


「そう思うことと、あなたたちを行かせることは別なの」


「……。」


「あなたたちは冒険者ギルドの人間なのよ」


ザインたちがアルヴェイン家へ乗り込めば、それは二人だけの問題ではなくなる。


「お願いだから……少し考えて」


「考えたよ」


「だったら――」


「それでも行く」


受付嬢が言葉を失う。その時だった。


「ザイン」


低い声。ギルドの奥から、ギルド長が歩いてきた。


「ノアもだ」


「……。」


「……はい」


ギルド長は二人の前で止まった。


「行くな」


「無理だ」


ザインは即答した。ギルド長の眉が僅かに動く。


「これは忠告ではない」


「……。」


「ギルド長としての命令だ」


ザインは何も言わない。


「アルヴェイン家へ乗り込むことは認めん」


「……。」


「相手が何者か、お前も知ったはずだ」


「ああ」


「ならば分かるだろう」


ギルド長の声が低くなる。


「お前たちの行動一つで、ここにいる全員が巻き込まれる可能性がある」


周囲を見渡せば、何人もの冒険者がこちらを見ていた。受付嬢も。ギルド長も。間違ったことは言っていない。


「……分かった」


ザインが言った。受付嬢の表情が少しだけ緩む。


「ザイン……」


「じゃあ、今日で辞める」


「……え?」


受付嬢が固まった。ギルド長も黙る。


「何を言っている」


「ギルドに所属してるから問題なんだろ?」


「そういう話では――」


「だったら辞める」


「ザイン!」


「ギルドに所属してても、してなくても関係ない」


ザインは真っ直ぐギルド長を見る。


「俺はイリスに聞きに行くだけだ」


「……何をだ」


「戻りたいのか」


ザインは言う。


「戻りたくないのか」


「……。」


「本人に聞く」


ギルド内が静かになった。


「イリスがあの家に残りたいって言うなら、俺は帰る」


「……。」


「でも」


ザインの声が僅かに強くなる。


「あいつが戻りたいって言ったら」


迷いはない。


「連れて帰る」


ギルド長がザインを見つめる。


「……それだけのために、ギルドを辞めると言うのか」


「それだけってなんだよ」


「……。」


「友達を迎えに行くんだ」


ザインにとって、それ以上の理由は必要なかった。


「貴族の事情とか、家のこととか、俺には分からない」


「……。」


「でも、イリスがどうしたいのかくらいは、本人が決めていいだろ」


出口へ身体を向ける。


「だから聞きに行く」


そして。


「戻りたいって言ったら、連れて帰る」


それだけだった。


「……私もです」


隣から声。ザインが振り返る。ノアだった。


「ノア」


「私も本日限りで脱退します」


受付嬢が目を見開く。


「あなたまで……!」


「ごめんなさい」


「……。」


「でも、私も行きます」


ノアも、迷っていなかった。


「イリスさんが戻りたいと言うなら」


ザインの隣へ並ぶ。


「一緒に連れて帰ります」


「……。」


ギルド長は、二人を見ていた。長い沈黙。そして。


「ならば」


その声が、静かなギルド内へ響く。


「今夜、アルヴェイン家へ向かった時点で――お前たち二人をギルドから追放する」


「分かった」


ザインは即答した。


「構わないです」


ノアも続く。


「……馬鹿者どもが」


ギルド長が吐き捨てる。ザインはそのまま出口へ向かおうとした。その時。


「――待てよ」


「……?」


振り返る。壁際に、三人の冒険者がいた。ギルドに入ってから、何かとザインたちの面倒を見てくれていた先輩たちだった。その一人、大柄な男が立ち上がる。


「水臭ぇな」


「ロイド?」


「俺ら抜きで行くつもりか?」


「……。」


ザインが眉を寄せる。


「これは俺たちの問題だ」


「違ぇよ」


ロイドは即座に否定した。


「イリスはお前らだけの仲間じゃねぇ」


「……。」


「あいつは俺らの後輩でもある」


その隣、椅子に座っていたカイルも立ち上がる。


「まあ、そういうこと」


腰には二本の剣。いつもの軽い調子で肩をすくめる。


「それに」


カイルがザインを見る。


「俺らも色々なしがらみが嫌になって、ここに来た口なんだよ」


「……。」


「だからまあ」


少しだけ、いつもの軽い表情が消える。


「あいつがどんな気持ちでここに来たのか、ちょっとくらいは分かる」


「そうね」


三人目、セレナも立ち上がった。背には弓。


「家がどうとか、立場がどうとか」


小さく息を吐く。


「そんなもので、自分の居場所を決められるのは嫌なものよ」


三人を見る。


「でも――」


「でもじゃねぇよ」


ロイドが遮った。


「若い奴らが揃いも揃って苦しそうな顔してんのに」


拳を鳴らす。


「知らんぷりして酒飲めるほど、俺らも腐っちゃいねぇ」


「……。」


「お前ら二人だけ格好つけんな」


ロイドが笑った。


「五人で行くぞ」


「ロイド」


ギルド長の声。


「分かっているのか」


「ああ」


「こいつらと同行するということは、お前たちも同じだ」


「分かってるよ」


ロイドはギルド長を見る。


「悪いな」


カイルも肩をすくめる。


「まあ、そういうわけで」


セレナも何も言わず、弓を背負い直した。そして。


「俺ら三人も」


ロイドが言う。


「今日で辞める覚悟だ」


「……。」


ギルド長は、五人を見る。ザイン。ノア。ロイド。カイル。セレナ。


「……勝手にしろ」


それだけだった。ギルド長は背を向ける。


「ギルド長……!」


受付嬢が声を掛ける。だが、ギルド長は振り返らなかった。


「話は終わりだ」


ザインたちは、そのままギルドを出ていった。扉が閉まる。


「……。」


受付嬢は、しばらく扉を見つめていた。


「……本当に」


小さく。


「五人とも追放するんですか?」


ギルド長は答えない。


「……ギルド長」


「明日の話だ」


「え?」


奥へ歩いていく。


「帰ってきてもいない奴らの処分など、今考えてどうする」


「……。」


受付嬢が、僅かに目を見開く。


「……そうですね」


そして、五人が出ていった扉を見る。


「帰ってきなさいよ……」


小さく、誰にも届かない声で呟いた。


     ◇


同じ頃。アルヴェイン邸の長大な食卓には、豪華な料理が所狭しと並べられていた。磨き上げられた銀食器。高価な食器。美しく盛り付けられた料理。そして。


「さぁ!」


明るい声。


「久しぶりに家族揃ってのお食事ね〜」


イリスの母親が、嬉しそうに笑っていた。


「こうして皆で食卓を囲めるなんて、いつぶりかしら」


「……。」


イリスは答えない。目の前の料理にも、一切手を付けていなかった。


「イリス?」


「……。」


「食べないの?」


母親が首を傾げる。


「あなたの好きだったものも用意させたのよ?」


「……。」


イリスの目は、料理を見ていない。誰も見ていない。ただ、何もない空間を見つめていた。その目に、以前のような光はなかった。


「いつまで不貞腐れているつもりだ」


向かい側で、レオンハルトが口を開く。


「……。」


「食べろ」


イリスは動かない。


「聞こえなかったのか?」


「……。」


「明日には式がある」


レオンハルトは淡々と食事を続ける。


「そんな痩せこけた姿で先方へ渡せば、我がアルヴェイン家の格が落ちる」


「……。」


それでも、イリスは動かなかった。


カチャリ。レオンハルトが食器を置く。席を立つ。そして、イリスの隣へ歩いていった。


「兄様……?」


ようやく、イリスが反応した。


「食べろ」


「……いりません」


「そうか」


レオンハルトはイリスの拒絶を意に介さず、無理に食事を口へ運んだ。


「……っ!」


「食え」


イリスが苦しそうに顔を背けようとする。だが、レオンハルトは許さない。


「俺の言うことが聞けないのか?」


「……。」


「早く食え」


「あらあら」


母親が困ったように笑う。


「レオンハルト。あまり乱暴にしては駄目よ?」


「ならば自分で食べればいい」


「それもそうねぇ」


「……。」


イリスは俯いた。ここへ戻ってから、ずっと。何を言っても、何を望んでも、聞いてもらえない。自分の意思など、この家には、最初から存在していない。


「……。」


ギルドへ帰りたい。また、あの場所へ。


「……ザイン」


誰にも聞こえないほど、小さな声。


「……ノア」


もう一度、会いたい。また三人で。くだらない話をして。依頼へ行って。笑って。


「……。」


でも、イリスは目を閉じた。明日、全てが終わる。そう、思っていた。


     ◇


――その夜。


「……でけぇな」


遠くに見える屋敷を見上げる。アルヴェイン邸。巨大な敷地。高い外壁。正門には、当然のように護衛が立っている。その少し離れた場所、暗闇の中に、五人。ザイン。ノア。ロイド。カイル。セレナ。


「さて」


カイルが屋敷を見る。


「どうやって入る?」


「正面から――」


「却下」


セレナが即答した。


「まだ何も言ってないだろ」


「あなたの顔見れば分かるわよ」


「……。」


「ザインさん……」


「冗談だよ」


「絶対嘘ですね」


「……。」


ロイドが小さく笑った。


「まあ、任せろ」


「?」


ロイドがしゃがみ、地面へ手を置いた。


「少し離れてろ」


魔力が、地面へ流れる。だが、爆発は起こらない。音も、ほとんどない。


ズズズ……。


目の前で、地面が、ゆっくりと沈み始める。


「……。」


土が消えているわけではない。左右へ押し退けられている。圧縮され、形を変え、地下へ向かう道が、静かに形成されていく。


「……すげぇな」


「便利だろ?」


ロイドが笑う。


「俺の魔法は地形を弄ることだからな」


カイルが穴を覗く。


「これ、ちゃんと屋敷に着くんだろうな?」


「知らん」


「おい」


「地下の構造まで見えるわけじゃねぇよ」


「厨房に出たりして」


セレナが言う。


「その時は飯でも食ってから行くか」


「緊張感ないわね」


「腹減ってんだよ」


「行くぞ」


ザインが先へ進む。


「はい」


ノアも続く。


「おい、俺が作った道なんだから俺が先だろ」


「早く言えよ」


「普通分かるだろ」


五人は、地下へ入っていった。最後尾のロイドが、後ろへ手を向ける。通ってきた道が、ゆっくりと閉じていく。


「後ろも戻すのか?」


「ああ」


ロイドが答える。


「穴なんか残したら、侵入経路教えてるようなもんだからな」


「なるほど」


前方の土を変形させ、道を作る。五人が進む。そして、後方を元へ戻す。地上から見れば、五人がここを通った痕跡は、ほとんど残らない。


しばらく、暗い地下を進む。


「……この辺だな」


ロイドが止まった。全員が足を止める。


「多分、屋敷の真下だ」


「多分?」


「文句あるなら戻るか?」


「ない」


「じゃあ黙ってろ」


今度は頭上へ手を向ける。ゆっくり、土。そして、その上の床が、僅かに変形する。小さな隙間。そこから上を見る。


「……。」


しばらく。


「誰もいない」


穴が、少しずつ広がる。


「行けるぞ」


一人ずつ、屋敷内部へ。ザイン。ノア。カイル。セレナ。そして、最後にロイド。五人全員が上がる。ロイドが床へ手を置いた。穴が閉じる。変形していた床が、元へ戻っていく。


「……。」


床を見る。


「分からないな」


「だろ?」


ロイドが立ち上がる。侵入成功。周囲を見渡せば。


「……。」


暗い廊下。静かだった。あまりにも。


「……警備」


ザインが呟く。


「少なくないか?」


「そうね」


セレナも周囲を見る。


「私も思った」


「結婚式前だからじゃねぇの?」


カイルが言う。


「明日の準備で人が出払ってるとか」


「……かもしれないな」


ロイドが答える。


「だが、油断はするな」


「ああ」


暗い廊下の先を見つめる。この屋敷の、どこかに、イリスがいる。


「……。」


剣へ手を掛ける。ノアも、杖のない両手を握る。ロイドが拳を鳴らす。カイルが双剣へ手を添える。セレナが弓を構える。


「行こう」


ザインが言った。


「イリスを連れて帰る」


五人は、静かな屋敷の奥へ、歩き出した。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


ギルドを辞めることになっても、ザインとノアの答えは変わりませんでした。


そして、そんな二人と共に立ち上がったロイド、カイル、セレナ。


五人はついにアルヴェイン邸への潜入を開始します。


イリスが諦めかけている、その夜。


迎えに来た仲間たちは、もうすぐそこまで来ています。


次回、アルヴェイン邸――攻略開始。


次回もよろしくお願いします!

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