迎えに行く
突然告げられた、婚姻の日程変更。
残された時間は、あと一日。
ザインとノアが確かめたいことは、ただ一つ。
イリスは――戻りたいのか、戻りたくないのか。
答えを聞くため、二人はギルドへと戻る。
ギルドの扉が勢いよく開いた。
「ノア!」
中にいた冒険者たちが一斉に振り返る。
ザインは構わず、ギルド内を見渡した。
「ザインさん!」
奥から声がする。
ノアだ。
ザインは真っ直ぐノアのもとへ向かった。
「張り紙見たか!?」
「はい!」
「明日だぞ」
「……はい」
本来なら、あと二日あった。
それが突然、明日へ変更された。
理由は分からない。
だが。
考えている時間はない。
「行くぞ」
「はい!」
ノアは迷うことなく答えた。
その姿を見て、ザインが一瞬だけ目を細める。
「……杖は?」
ノアの手に。
いつも持っていた杖がない。
「大丈夫です」
「……そうか」
それ以上、ザインは聞かなかった。
ノアが大丈夫だと言うなら。
それでいい。
「じゃあ――」
「ちょっと待ちなさい!」
鋭い声が飛んできた。
二人が振り返る。
受付嬢がカウンターから飛び出してきていた。
「あなたたち、どこへ行くつもり!?」
「アルヴェイン家」
「やっぱり!」
受付嬢が額へ手を当てる。
「待ちなさい。絶対に駄目」
「悪いけど、今回は聞けない」
「聞けないじゃないの!」
受付嬢がザインの前へ立つ。
「あなた、自分が何をしようとしてるか分かってる?」
「ああ」
「分かってない!」
受付嬢の声がギルド内へ響く。
周囲にいた冒険者たちも、何事かとこちらを見ている。
「あそこはただの貴族じゃないのよ」
「……。」
「アルヴェイン家は国にまで影響力を持ってる。それくらいの家なの」
「知ってる」
「だったら!」
「それでも行く」
「ザイン!」
受付嬢の表情が歪む。
「私だって……」
少しだけ。
声が小さくなった。
「私だって、イリスには戻ってきてほしいわよ」
「……。」
「でもね」
受付嬢がザインを見る。
「そう思うことと、あなたたちを行かせることは別なの」
「……。」
「あなたたちは冒険者ギルドの人間なのよ」
ザインたちがアルヴェイン家へ乗り込めば。
それは二人だけの問題ではなくなる。
「お願いだから……少し考えて」
「考えたよ」
「だったら――」
「それでも行く」
受付嬢が言葉を失う。
その時だった。
「ザイン」
低い声。
ギルドの奥。
そこから。
ギルド長が歩いてきた。
「ノアもだ」
「……。」
「……はい」
ギルド長は二人の前で止まった。
「行くな」
「無理だ」
ザインは即答した。
ギルド長の眉が僅かに動く。
「これは忠告ではない」
「……。」
「ギルド長としての命令だ」
ザインは何も言わない。
「アルヴェイン家へ乗り込むことは認めん」
「……。」
「相手が何者か、お前も知ったはずだ」
「ああ」
「ならば分かるだろう」
ギルド長の声が低くなる。
「お前たちの行動一つで、ここにいる全員が巻き込まれる可能性がある」
ザインが周囲を見る。
何人もの冒険者がこちらを見ていた。
受付嬢も。
ギルド長も。
間違ったことは言っていない。
「……分かった」
ザインが言った。
受付嬢の表情が少しだけ緩む。
「ザイン……」
「じゃあ、今日で辞める」
「……え?」
受付嬢が固まった。
ギルド長も黙る。
「何を言っている」
「ギルドに所属してるから問題なんだろ?」
「そういう話では――」
「だったら辞める」
「ザイン!」
「ギルドに所属してても、してなくても関係ない」
ザインは真っ直ぐギルド長を見る。
「俺はイリスに聞きに行くだけだ」
「……何をだ」
「戻りたいのか」
ザインは言う。
「戻りたくないのか」
「……。」
「本人に聞く」
ギルド内が静かになった。
「イリスがあの家に残りたいって言うなら、俺は帰る」
「……。」
「でも」
ザインの声が僅かに強くなる。
「あいつが戻りたいって言ったら」
迷いはない。
「連れて帰る」
ギルド長がザインを見つめる。
「……それだけのために、ギルドを辞めると言うのか」
「それだけってなんだよ」
「……。」
「友達を迎えに行くんだ」
ザインにとって。
それ以上の理由は必要なかった。
「貴族の事情とか、家のこととか、俺には分からない」
「……。」
「でも、イリスがどうしたいのかくらいは、本人が決めていいだろ」
ザインは出口へ身体を向ける。
「だから聞きに行く」
そして。
「戻りたいって言ったら、連れて帰る」
それだけだった。
「……私もです」
隣から声。
ザインが振り返る。
ノアだった。
「ノア」
「私も本日限りで脱退します」
受付嬢が目を見開く。
「あなたまで……!」
「ごめんなさい」
「……。」
「でも、私も行きます」
ノアも。
迷っていなかった。
「イリスさんが戻りたいと言うなら」
ノアがザインの隣へ並ぶ。
「一緒に連れて帰ります」
「……。」
ギルド長は。
二人を見ていた。
長い沈黙。
そして。
「ならば」
その声が。
静かなギルド内へ響く。
「今夜、アルヴェイン家へ向かった時点で――お前たち二人をギルドから追放する」
「分かった」
ザインは即答した。
「構わないです」
ノアも続く。
「……馬鹿者どもが」
ギルド長が吐き捨てる。
ザインはそのまま出口へ向かおうとした。
その時。
「――待てよ」
「……?」
ザインが振り返る。
壁際。
三人の冒険者がいた。
ギルドに入ってから。
何かとザインたちの面倒を見てくれていた先輩たち。
その一人。
大柄な男が立ち上がる。
「水臭ぇな」
「ロイド?」
「俺ら抜きで行くつもりか?」
「……。」
ザインが眉を寄せる。
「これは俺たちの問題だ」
「違ぇよ」
ロイドは即座に否定した。
「イリスはお前らだけの仲間じゃねぇ」
「……。」
「あいつは俺らの後輩でもある」
その隣。
椅子に座っていたカイルも立ち上がる。
「まあ、そういうこと」
腰には二本の剣。
いつもの軽い調子で肩をすくめる。
「それに」
カイルがザインを見る。
「俺らも色々なしがらみが嫌になって、ここに来た口なんだよ」
「……。」
「だからまあ」
少しだけ。
いつもの軽い表情が消える。
「あいつがどんな気持ちでここに来たのか、ちょっとくらいは分かる」
「そうね」
三人目。
セレナも立ち上がった。
背には弓。
「家がどうとか、立場がどうとか」
セレナは小さく息を吐く。
「そんなもので、自分の居場所を決められるのは嫌なものよ」
ザインは三人を見る。
「でも――」
「でもじゃねぇよ」
ロイドが遮った。
「若い奴らが揃いも揃って苦しそうな顔してんのに」
拳を鳴らす。
「知らんぷりして酒飲めるほど、俺らも腐っちゃいねぇ」
「……。」
「お前ら二人だけ格好つけんな」
ロイドが笑った。
「五人で行くぞ」
「ロイド」
ギルド長の声。
「分かっているのか」
「ああ」
「こいつらと同行するということは、お前たちも同じだ」
「分かってるよ」
ロイドはギルド長を見る。
「悪いな」
カイルも肩をすくめる。
「まあ、そういうわけで」
セレナも何も言わず、弓を背負い直した。
そして。
「俺ら三人も」
ロイドが言う。
「今日で辞める覚悟だ」
「……。」
ギルド長は。
五人を見る。
ザイン。
ノア。
ロイド。
カイル。
セレナ。
「……勝手にしろ」
それだけだった。
ギルド長は背を向ける。
「ギルド長……!」
受付嬢が声を掛ける。
だが。
ギルド長は振り返らなかった。
「話は終わりだ」
ザインたちは。
そのままギルドを出ていった。
扉が閉まる。
「……。」
受付嬢は。
しばらく扉を見つめていた。
「……本当に」
小さく。
「五人とも追放するんですか?」
ギルド長は答えない。
「……ギルド長」
「明日の話だ」
「え?」
ギルド長は。
奥へ歩いていく。
「帰ってきてもいない奴らの処分など、今考えてどうする」
「……。」
受付嬢が。
僅かに目を見開く。
「……そうですね」
そして。
五人が出ていった扉を見る。
「帰ってきなさいよ……」
小さく。
誰にも届かない声で呟いた。
◇
同じ頃。
アルヴェイン邸。
長大な食卓。
その上には、豪華な料理が所狭しと並べられていた。
磨き上げられた銀食器。
高価な食器。
美しく盛り付けられた料理。
そして。
「さぁ!」
明るい声。
「久しぶりに家族揃ってのお食事ね〜」
イリスの母親が。
嬉しそうに笑っていた。
「こうして皆で食卓を囲めるなんて、いつぶりかしら」
「……。」
イリスは答えない。
目の前の料理にも。
一切手を付けていなかった。
「イリス?」
「……。」
「食べないの?」
母親が首を傾げる。
「あなたの好きだったものも用意させたのよ?」
「……。」
イリスの目は。
料理を見ていない。
誰も見ていない。
ただ。
何もない空間を見つめていた。
その目に。
以前のような光はなかった。
「いつまで不貞腐れているつもりだ」
向かい側。
レオンハルトが口を開く。
「……。」
「食べろ」
イリスは動かない。
「聞こえなかったのか?」
「……。」
「明日には式がある」
レオンハルトは淡々と食事を続ける。
「そんな痩せこけた姿で先方へ渡せば、我がアルヴェイン家の格が落ちる」
「……。」
それでも。
イリスは動かなかった。
カチャリ。
レオンハルトが食器を置く。
席を立つ。
そして。
イリスの隣へ歩いていった。
「兄様……?」
ようやく。
イリスが反応した。
「食べろ」
「……いりません」
「そうか」
レオンハルトはイリスの拒絶を意に介さず、無理に食事を口へ運んだ。
「……っ!」
「食え」
イリスが苦しそうに顔を背けようとする。
だが。
レオンハルトは許さない。
「俺の言うことが聞けないのか?」
「……。」
「早く食え」
「あらあら」
母親が困ったように笑う。
「レオンハルト。あまり乱暴にしては駄目よ?」
「ならば自分で食べればいい」
「それもそうねぇ」
「……。」
イリスは俯いた。
ここへ戻ってから。
ずっと。
何を言っても。
何を望んでも。
聞いてもらえない。
自分の意思など。
この家には。
最初から存在していない。
「……。」
ギルドへ。
帰りたい。
また。
あの場所へ。
「……ザイン」
誰にも聞こえないほど。
小さな声。
「……ノア」
もう一度。
会いたい。
また三人で。
くだらない話をして。
依頼へ行って。
笑って。
「……。」
でも。
イリスは目を閉じた。
明日。
全てが終わる。
そう。
思っていた。
◇
――その夜。
「……でけぇな」
ザインは。
遠くに見える屋敷を見上げていた。
アルヴェイン邸。
巨大な敷地。
高い外壁。
正門には。
当然のように護衛が立っている。
その少し離れた場所。
暗闇の中に。
五人。
ザイン。
ノア。
ロイド。
カイル。
セレナ。
「さて」
カイルが屋敷を見る。
「どうやって入る?」
「正面から――」
「却下」
セレナが即答した。
「まだ何も言ってないだろ」
「あなたの顔見れば分かるわよ」
「……。」
「ザインさん……」
「冗談だよ」
「絶対嘘ですね」
「……。」
ロイドが小さく笑った。
「まあ、任せろ」
「?」
ロイドがしゃがむ。
そして。
地面へ手を置いた。
「少し離れてろ」
魔力が。
地面へ流れる。
だが。
爆発は起こらない。
音も。
ほとんどない。
ズズズ……。
ザインの目の前で。
地面が。
ゆっくりと沈み始める。
「……。」
土が消えているわけではない。
左右へ。
押し退けられている。
圧縮され。
形を変え。
地下へ向かう道が。
静かに形成されていく。
「……すげぇな」
「便利だろ?」
ロイドが笑う。
「俺の魔法は地形を弄ることだからな」
カイルが穴を覗く。
「これ、ちゃんと屋敷に着くんだろうな?」
「知らん」
「おい」
「地下の構造まで見えるわけじゃねぇよ」
「厨房に出たりして」
セレナが言う。
「その時は飯でも食ってから行くか」
「緊張感ないわね」
「腹減ってんだよ」
「行くぞ」
ザインが先へ進む。
「はい」
ノアも続く。
「おい、俺が作った道なんだから俺が先だろ」
「早く言えよ」
「普通分かるだろ」
五人は。
地下へ入っていった。
最後尾のロイドが。
後ろへ手を向ける。
通ってきた道が。
ゆっくりと閉じていく。
「後ろも戻すのか?」
「ああ」
ロイドが答える。
「穴なんか残したら、侵入経路教えてるようなもんだからな」
「なるほど」
前方の土を変形させ。
道を作る。
五人が進む。
そして。
後方を元へ戻す。
地上から見れば。
五人がここを通った痕跡は。
ほとんど残らない。
しばらく。
暗い地下を進む。
「……この辺だな」
ロイドが止まった。
全員が足を止める。
「多分、屋敷の真下だ」
「多分?」
「文句あるなら戻るか?」
「ない」
「じゃあ黙ってろ」
ロイドが。
今度は頭上へ手を向ける。
ゆっくり。
土。
そして。
その上の床が。
僅かに変形する。
小さな隙間。
ロイドが。
そこから上を見る。
「……。」
しばらく。
「誰もいない」
穴が。
少しずつ広がる。
「行けるぞ」
一人ずつ。
屋敷内部へ。
ザイン。
ノア。
カイル。
セレナ。
そして。
最後にロイド。
五人全員が上がる。
ロイドが床へ手を置いた。
穴が閉じる。
変形していた床が。
元へ戻っていく。
「……。」
ザインが床を見る。
「分からないな」
「だろ?」
ロイドが立ち上がる。
侵入成功。
ザインは。
周囲を見る。
「……。」
暗い廊下。
静かだった。
あまりにも。
「……警備」
ザインが呟く。
「少なくないか?」
「そうね」
セレナも周囲を見る。
「私も思った」
「結婚式前だからじゃねぇの?」
カイルが言う。
「明日の準備で人が出払ってるとか」
「……かもしれないな」
ロイドが答える。
「だが、油断はするな」
「ああ」
ザインは。
暗い廊下の先を見る。
この屋敷の。
どこかに。
イリスがいる。
「……。」
剣へ。
手を掛ける。
ノアも。
杖のない両手を握る。
ロイドが拳を鳴らす。
カイルが双剣へ手を添える。
セレナが弓を構える。
「行こう」
ザインが言った。
「イリスを連れて帰る」
五人は。
静かな屋敷の奥へ。
歩き出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ギルドを辞めることになっても、ザインとノアの答えは変わりませんでした。
そして、そんな二人と共に立ち上がったロイド、カイル、セレナ。
五人はついにアルヴェイン邸への潜入を開始します。
イリスが諦めかけている、その夜。
迎えに来た仲間たちは、もうすぐそこまで来ています。
次回、アルヴェイン邸――攻略開始。
次回もよろしくお願いします!




