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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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力の均衡

己の身体を知ったザイン。


次に必要なのは、その力を完全に制御すること。


イリスの婚姻まで、あと七日。


限られた時間の中、ザインは二十%の力を己のものとするため、一人修行へと向かう。

――イリスの婚姻まで、あと七日。


「二割を維持したまま生活しろ」


老人はそう言った。


「歩く時も、食う時も、眠る時もじゃ」


「ずっとか?」


「できる限りな」


ザインは自分の手を見る。全身の皮膚、その奥に存在する、魔素を取り込むための無数の管。意識を向け、ゆっくりと開く。十。十五。二十。


「……これを維持すればいいんだな」


「それだけでは足りん」


「?」


老人は近くにあった細長い板を手に取ると、その中央へ小さな石を置いた。板を右へ傾ける。石が転がる。落ちる寸前で、老人は反対側へ板を傾けた。今度は石が左へ転がる。


「身体を動かせば、重心も動く」


老人は石を落とさないよう、板を細かく傾け続ける。


「腕を振れば、その方向へ。踏み込めば前へ。腰を捻れば左右へ。身体は動くたびに均衡を崩す」


「……。」


「お主はそれを、魔素の出力で補い続けるんじゃ」


右へ傾けば左へ。前へ流れれば後ろへ。一つの部位へ力を掛ければ、それを支える部位へ。


「この石を落とさないように?」


「そうじゃ」


「……面倒だな」


「当たり前じゃ。お主は今まで、それを無意識に身体任せでやっておったんじゃからな」


老人は板を置く。


「最初は一つ一つ意識しろ。どこへ力が掛かったのか。どこへ重心が動いたのか。それを感じ取れ」


「そのうち身体が勝手に調整するようになる」


「そこまでいって、ようやく二割がお主の力になる」


「……なるほど」


ザインは軽く足を踏み出した。それだけで身体が前へ出すぎる。


「おっと」


「ほれ見ろ」


「……これは時間かかりそうだな」


「じゃろうな」


ザインは少し考えてから、腰の剣へ手を置いた。


「だったら、ここじゃなくて実戦でやる」


「なんじゃと?」


「自分の身体がどうなってるのかは分かった」


ザインは立ち上がる。


「でも、この身体をどう使うかは俺が覚えないと意味ないだろ」


「……もう行くつもりか」


「ああ」


老人はしばらくザインを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。


「好きにせい」


「助かった。ありがとう」


「礼などいらん」


ザインは荷物を背負い、扉へ向かう。


「ザイン」


その背中へ老人が声を掛けた。


「二割を超えるなよ」


「分かってる」


「……本当に分かっておるのか?」


「身体が耐えられなくなるんだろ」


「そうじゃ」


老人はザインを真っ直ぐ見る。


「お主の身体は確かに治る。常人とは比べものにならん速度でな」


「だが――治ることと、壊していいことは違う」


「……。」


「忘れるな」


ザインは少しだけ黙った。


「ああ」


そう答えて、村を出た。


     ◇


ザインが向かったのは、人里から離れた山岳地帯だった。魔物が多く生息し、冒険者向けの討伐依頼も出されている場所。ザインはそこで一人、身体と向き合い続けた。


歩く。走る。跳ぶ。剣を振る。食事をする時も。眠る時も。常に二十%。


身体を動かせば重心がずれる。右へ流れれば左へ。前へ傾けば後ろへ。腕へ力を込めれば、それを支える脚と体幹へ。シーソーの板の上に乗せた玉を落とさないように。ザインは絶えず、全身の出力を調整し続けた。


最初は歩くだけでも難しかった。右脚を出す。左へ魔素を回す。――回しすぎる。戻す。――今度は足りない。


「……難しいな」


剣ならさらに複雑だった。踏み込み。腰の回転。背中。肩。腕。そして剣先。一つの動作の中で、重心は絶えず動き続ける。その全てに合わせて、出力を変える。


失敗して、また振る。崩れて、また走る。何度も、何度も繰り返した。


そうして――数日が、あっという間に過ぎた。


     ◇


「……。」


ザインは山道を歩いていた。二十%。だが、もう、それを意識していない。一歩踏み出せば、身体が勝手に出力を調整する。右。左。前。後ろ。重心が動くたび、必要な場所へ必要なだけ魔素が流れる。


「……やっと慣れたな」


ザインは腰の剣へ手を伸ばした。その時。低い唸り声。


「……。」


前方の岩陰から、大型の魔物が姿を現した。四本の太い脚。全身を覆う、岩のような外皮。ザインを見るなり、地面を蹴る。


「速いな」


巨体が迫る。ザインは動かない。直前、半歩、それだけ。巨体がザインの横を通過する。ザインは振り返りざまに剣を抜いた。


踏み込み。腰。背中。肩。腕。全ての出力を動きに合わせて調整する。一閃。


――ガキンッ!


「……硬っ」


剣が弾かれた。浅く傷は入っている。だが、斬れていない。魔物が再びザインへ向き直る。


「二十%じゃ足りないか」


ザインは剣を構えた。老人の言葉が頭をよぎる。


『二割を超えるな』


「……。」


全身を二十%以上にする。それは危険だ。だが、ザインは自分の右腕を見る。


「……待てよ」


剣を振る瞬間。全身を強くする必要があるのか。最後に剣へ力を伝える場所。そこだけなら。


「試してみるか」


魔物が突進してくる。全身は二十%。そのまま、ザインは右腕へ意識を集中させた。右腕だけ、さらに管を開く。二十一。二十五。


「……っ」


右腕だけが重くなる。さらに、三十。


「――!」


瞬間、右腕に凄まじい力が満ちる。同時に、身体の均衡が大きく崩れた。


「っ!」


右腕だけが強すぎる。このまま振れば、自分の身体ごと持っていかれる。左脚。腰。体幹。背中。ザインは瞬時に出力を調整する。右へ傾いた板を、左へ戻す。重心が中央へ戻る。


「――ここ!」


魔物の突進を紙一重で避ける。踏み込む。そして、剣を振り抜いた。


――轟ッ!


先ほどまでザインの剣を弾いていた外皮。その硬い装甲を、剣が一気に斬り裂いた。魔物の巨体が地面へ崩れ落ちる。


「……。」


ザインは剣を下ろした。


「できた」


その直後。


「――っ!」


右腕に激痛が走る。剣を落としかける。


「……やっぱり無傷じゃ済まないか」


ザインは右腕を見る。外から見れば、何も変わっていない。だが、内側。筋肉が明らかに損傷している。許容量を超えた出力。その代償。


「……。」


ザインは目を閉じる。そして、傷ついた右腕へ意識を集中させた。


『細胞一つ一つを意識しろ』


あの男の言葉。ザインの身体は普段から、傷を負えば勝手に修復を始める。なら、それを意識的にやればいい。


「……。」


魔素を、傷ついた場所へ集める。


「っ……」


右腕が熱を持つ。力を出すためではない。修復するために。損傷した筋繊維へ魔素を流す。再生。修復。さらに再生。


「……。」


ザインはゆっくりと指を動かした。握る。開く。先ほどまでの痛みが、急速に引いていく。


「……すごいな」


剣を拾う。握る。振る。まだ僅かな違和感はある。だが、戦うには問題ない。


「……。」


ザインは右腕を見つめた。あの洞窟で、自分の身体に何が起きていたのか。今なら少しだけ分かる。強化。負荷。破壊。再生。それが、凄まじい速度で繰り返されていた。


「これなら……」


そこまで考えて、ザインは首を振った。


『治ることと、壊していいことは違う』


「……分かってるよ」


誰もいない山の中で、ザインは呟いた。


「こんなの、普段から使うもんじゃない」


剣を鞘へ戻す。だが、もし、どうしても力が必要な瞬間が来たなら。


「その時だけだ」


     ◇


その後もザインは、自分の身体を確かめ続けた。全身二十%、それを基準に。


踏み込む一瞬だけ。右脚。三十%。


――ドンッ!


一瞬だけ速度が跳ね上がる。すぐに二十へ戻す。


剣を振る瞬間だけ。右腕。三十%。その出力を支えるために、脚と体幹を瞬時に調整する。出力を上げる。均衡を取る。戻す。必要なら、修復する。


「……。」


何度も繰り返すうち、ザインの動きから、さらに無駄が消えていった。


そして、ザインは最後に、一つだけ試した。


「……二十一」


全身、二十一%。以前なら、この時点で身体へ負荷が現れていた。


「……平気だ」


さらに開いていく。二十二。二十三。二十四。まだ、変化はない。


そして。


「……二十五」


全身の管を、二十五%まで開いた、その瞬間。


「――っ」


身体が一段階変わる。軽い。二十%とは明らかに違う。ザインが地面を蹴った。


――轟ッ!


一瞬で景色が流れる。だが、身体の軸はぶれない。この数日間で叩き込んだ重心制御。それが二十五%の出力にも追いついている。


「……いける」


しかし、長くは続かなかった。時間が経つにつれて、身体の内側が重くなっていく。


「……まだ、これは無理だな」


すぐに二十%へ戻す。ザインは呼吸を整えた。


二十%。常用できる。二十五%。短時間なら。そして、一部分だけなら、その先へも一瞬だけ踏み込める。


「……。」


ザインは自分の手を見る。これで、レオンハルトに勝てるのか。分からない。あの男がどれほどの力を持っているのか、ザインはまだ知らない。だが。


「帰るか」


もう、時間はない。


     ◇


――イリスの婚姻まで、あと二日。


ザインは王都へ戻ってきた。人々の声。行き交う馬車。商人の呼び込み。久しぶりの喧騒の中を、ザインは普通に歩いていた。


二十%。それでも、今では何の違和感もない。歩くたびに変化する重心を、身体が勝手に補正する。誰にもぶつからない。力加減を間違えることもない。


「……。」


ザインはそのままギルドへ向かう。ノアも、きっと今頃、自分にできることをやっている。なら、あとは合流して、イリスを取り戻す。


その時だった。


「急すぎるだろ」


「何かあったのか?」


「アルヴェイン家だぞ。何か事情があるんじゃないか?」


「……?」


ザインが足を止める。


「アルヴェイン?」


道端。壁の前に人だかりができていた。ザインは人々の間を抜ける。壁には、一枚の大きな張り紙。


『アルヴェイン家令嬢』


『イリス・アルヴェイン』


「……。」


ザインの表情が変わった。視線を下へ。


『婚姻の儀 日程変更のお知らせ』


「変更?」


さらに読む。本来なら、あと二日。そのはずだった。だが、そこには、はっきりと書かれていた。


『婚姻の儀は――明日、執り行うものとする』


「……。」


ザインは動かなかった。


「明日……?」


残されていたはずの時間が、一日、消えた。


「……。」


張り紙から目を離す。迷っている暇はない。


「急がないと」


ザインは踵を返す。そして、ギルドへ向かって走り出した。


ここまで読んでいただきありがとうございます!


二十%の力をついに自分のものとしたザイン。


さらに、必要な部位だけ瞬間的に限界を超えるという新たな戦い方も見つけました。


そして、イリスの婚姻まであと二日――のはずが、突如告げられた日程変更。


残された時間は、あと一日。


次回、ザインは再びギルドへ。


イリス奪還に向けて、物語が大きく動き始めます。


次回もよろしくお願いします!

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