約束の期日
大洞窟から無事に生還したザインたち。
ようやくいつもの日常へ戻れる――はずだった。
しかし、ギルドを訪れた一人の男によって、三人の日常は突然終わりを告げる。
大洞窟から生還して、数日が経った。
魔力を使い果たして倒れたノアもすっかり回復し、ザインたちは久しぶりに三人揃ってギルドを訪れていた。
「……なんか、騒がしくない?」
扉の前で、ザインが首を傾げる。
「ギルドなんていつもこんなものでしょ」
イリスは気にも留めず、扉へ手をかけた。
「とりあえず入りましょう」
ノアもその後に続く。
そして。
三人がギルドへ足を踏み入れた瞬間。
「おおおおおおお!!」
「……?」
突然。
ギルド中から歓声が上がった。
「来たぞ!」
「洞窟帰りの三人組だ!」
「お前ら、本当に生きてたのか!」
「地竜に遭遇したって聞いたぞ!」
あっという間に。
三人の周りへ冒険者たちが集まってくる。
「ちょ、ちょっと!」
イリスが顔をしかめる。
「近いんだけど!」
「よく帰ってきたな!」
「深層まで落ちたんだろ!?」
「しかも地竜に追い回されたって?」
「追い回されたっていうか……」
ザインが少し考える。
「まあ、追い回されたね」
「よくそれで生きてんな、お前ら!」
「帰ってきただけなんだけど」
「その帰ってくるのが普通じゃねえんだよ!」
背中を勢いよく叩かれる。
「痛っ」
「地竜から逃げ切った奴がこれで痛がるなよ!」
「痛いものは痛いでしょ」
周囲から笑い声が上がる。
「皆さん、ご心配をおかけしました!」
ノアが深々と頭を下げた。
「なんでノアが代表みたいになってんのよ」
「だって、皆さん心配してくださってたんですよ!」
「そうだけど……」
イリスも。
なんだかんだ言いながら。
少しだけ笑っていた。
洞窟へ向かう前とは違う。
三人を見る冒険者たちの目には。
明らかに親しみがあった。
冒険者になって。
約一ヶ月。
ザインたちは。
いつの間にか。
この場所の一員になっていた。
「そういやノア」
「はい?」
「杖は?」
「……。」
ノアの表情が曇る。
「折れました」
「折れた!?」
「洞窟で下層へ落ちた時に……」
「あー……」
冒険者の一人が同情するように肩を叩く。
「そりゃ災難だったな」
「でも杖なしで魔法使ってたよ」
「ザインさん!?」
「え?」
「杖なしで?」
「マジかよ!」
「ちょっと待ってください!」
ノアが慌てて両手を振る。
「一回だけです! 本当に一回だけ!」
「でも使えたじゃん」
「あれは必死だったからです!」
「じゃあ必死になれば使えるんだ」
「そんな簡単な話じゃありません!」
再び。
ギルドに笑い声が響く。
受付嬢も。
カウンターの向こうから。
楽しそうに三人を見ていた。
いつものギルド。
いつもの喧騒。
ようやく。
日常へ戻ってきた。
――その時だった。
ギィ――。
扉が開く。
「――。」
最初に気付いたのは。
受付嬢だった。
入口へ目を向けた瞬間。
その表情が固まる。
「あちゃー……」
額へ手を当てる。
「来ちゃったか……」
「?」
ザインが振り返る。
一人の男が立っていた。
明らかに。
冒険者ではない。
仕立ての良い衣服。
腰には装飾の施された剣。
立ち姿。
纏う雰囲気。
何もかもが。
この場所にいる者たちとは違っていた。
男が。
ギルド内を見渡す。
そして。
ある一点で。
視線を止めた。
「……。」
イリスだった。
「……兄様」
「兄様?」
ザインがイリスを見る。
先ほどまで笑っていたイリスの表情から。
笑みが消えている。
男が。
ゆっくりと歩いてくる。
周囲の冒険者たちなど。
まるで存在していないかのように。
「随分と楽しんでいたようだな、イリス」
「……兄様。なぜここに」
「なぜ?」
男が眉を上げる。
「まさか」
一歩。
イリスへ近づく。
「本当に逃げ切れると思っていたのか?」
「……!」
「お前がこの街にいることなど、とうに把握していた」
「……いつからですか」
「最初からだ」
「……。」
イリスの顔が強張る。
「では……なぜ今まで」
「時間を与えてやった」
男は当然のように答えた。
「頭を冷やし、自らの立場を思い出すための時間をな」
「……。」
「考える時間を与えてやったに過ぎないことを忘れるな」
イリスの拳が。
強く握られる。
男は周囲を見渡した。
冒険者。
武器。
酒場。
依頼書。
「それをお前は――」
僅かに眉をひそめる。
「こんな下々の集まる場所に入り浸り、冒険者の真似事とは」
「……。」
ギルドが。
静まり返った。
「このような場所に長くいれば、お前まで腐敗してしまうぞ」
「……兄様」
「帰るぞ」
「お断りします」
男の足が止まる。
「何?」
「私は帰りません」
「……。」
「今は冒険者として活動しています」
「冒険者?」
男が。
初めて周囲を見た。
「お前が?」
「はい」
「このような者たちに混じって?」
「……はい」
「何を馬鹿な」
「遊びではありません」
イリスの声が。
僅かに強くなる。
「私は自分の意思で、ここにいます」
「だから何だ?」
「……。」
「お前の意思など聞いていない」
男がイリスへ手を伸ばす。
「帰るぞ」
「離してください」
「イリス」
「帰りません」
「……まだ分からないのか」
男の目が。
細くなる。
「お前は自由になったのではない」
「……。」
「私が自由にさせていただけだ」
「……っ」
「随分と外の空気に当てられたようだな」
男が小さく息を吐く。
「愚かな妹よ」
「……。」
ザインは。
そのやり取りを黙って聞いていた。
家庭の問題。
貴族の事情。
自分には分からない。
だから。
口を出すべきではないと思っていた。
でも。
「……ちょっと」
ザインが口を開いた。
「ザイン?」
「言い過ぎなんじゃないか?」
男の視線が。
初めてザインへ向く。
「俺にはそっちの家庭問題は知らんけど」
ザインは。
男を見る。
「嫌がってんだから、離してやれよ」
「ザイン!」
イリスが叫ぶ。
「ダメよ、離れて!」
「え?」
「これは私の問題よ! あなたは――」
「誰だね、君は」
男が遮る。
「ザイン」
「ザイン……」
男は。
ザインを頭から足元まで見る。
「ふむ……」
僅かに眉を寄せた。
「全く魔力を感じないが」
「ああ」
ザインはあっさり頷く。
「魔力ないからな」
「……魔力がない?」
「うん」
「そうか」
男が。
小さく頷いた。
「では、なおさら理解できんな」
「何が?」
「なぜ君のような者が」
冷たい視線。
「私とイリスの会話に口を挟んでいる?」
「……。」
「身の程を弁えたまえ」
ザインの眉が動く。
「だから、そういう言い方が――」
「ザイン!!」
イリスが叫んだ。
瞬間。
男の姿が消えた。
「――え」
腹部。
凄まじい衝撃。
「がっ――!」
ザインの身体が宙へ浮く。
ドゴォォォン!!
ギルドの壁を。
突き破った。
瓦礫と共に外へ吹き飛び。
地面を転がる。
「ザイン!!」
「……兄様!」
イリスが男を睨む。
「何をなさるのですか!」
「何を?」
「ザインは関係ありません!」
「関係のない者が口を挟んできたのだろう」
「だからといって――!」
ガラッ。
「……?」
瓦礫が動く。
「いっ……てぇ……」
ザインが。
立ち上がった。
腹を押さえ。
自分が突き破った壁を見る。
「……壁壊れてるじゃん」
「心配するとこそこ!?」
イリスが叫ぶ。
「いや……だって」
ザインが男を見る。
「何だ今の」
「ほう」
男の眉が。
僅かに上がった。
「ちゃんと起き上がれて偉いじゃないか」
「……。」
「魔力を持たぬ割には、随分と丈夫らしい」
「褒めてる?」
「褒めているとも」
男が。
イリスから手を離す。
ザインへ向き直った。
「少しだけ」
僅かに笑う。
「遊ぶかい?」
「兄様!」
「心配するな、イリス」
男は穏やかに答える。
「壊しはしない」
「そういう問題ではありません!」
ザインが。
剣を抜いた。
「ザイン! やめなさい!」
「大丈夫」
「何が大丈夫なのよ!」
「今の」
ザインが剣を構える。
「ちょっとムカついた」
「……そうか」
男が。
楽しそうに笑った。
「では、来たまえ」
ザインが地面を蹴る。
一気に間合いへ。
横薙ぎ。
「遅いな」
「……!」
避けられる。
二撃。
三撃。
ザインが次々と剣を振るう。
だが。
一度も。
届かない。
「素直だな」
手首を掴まれる。
「え――」
身体が回る。
ドンッ!!
「ぐっ!」
地面へ。
叩きつけられた。
「ザイン!」
「まだ!」
すぐに立つ。
「ほう」
男が笑う。
「いいね」
ザインが再び踏み込む。
突き。
避けられる。
そのまま横薙ぎ。
いない。
「……!」
「後ろだ」
「っ!」
振り返る。
遅い。
ドッ!!
「がっ!」
拳が腹部へ入る。
身体が浮く。
続けて蹴り。
「――っ!」
ザインが吹き飛ぶ。
「ザイン! もうやめなさい!」
「……まだ」
「無理よ!」
「まだ分かんないだろ」
「分かるわよ!」
ザインは。
剣を地面へ突き立て。
再び立つ。
「あなたじゃ兄様には勝てない!」
「……。」
ザインが。
一瞬。
イリスを見る。
「余所見はいけないな」
「――っ!」
目の前。
男がいた。
ザインが咄嗟に剣を振る。
空を切る。
「力はある」
ドッ!
「ぐっ!」
脇腹。
「速さも悪くない」
ザインが振り返る。
拳。
「っ!」
頬。
「反応も」
ザインが剣を振り下ろす。
手首を掴まれる。
「平民にしては上等だ」
「……っ」
「だが」
ザインの身体が引き寄せられる。
膝。
腹部。
「がっ……!」
「私に届くには――」
そのまま。
投げ飛ばす。
ドォン!!
「少々早すぎるな」
地面へ。
叩きつけられる。
剣が。
ザインの手から離れた。
「……っ」
「まだ立つのか?」
「……当たり前……だろ」
ザインが。
地面へ手をつく。
ゆっくりと。
立ち上がる。
「……。」
男は。
そんなザインを見て。
僅かに目を細めた。
ザインが。
剣を拾う。
「まだ……」
「ザイン!」
イリスが叫ぶ。
「もうやめなさい!」
「……。」
「あなたじゃ兄様には――」
ザインが。
一瞬。
イリスを見る。
「終わりだ」
「――!」
ドッ――。
拳が。
ザインの腹部へ深く入った。
「……っ」
息が。
止まる。
膝が落ちる。
「よく頑張った」
「……。」
「魔力も持たず、私を相手にここまで立っていられたのだ」
ザインの視界が。
揺れる。
「誇っていい」
「……まだ……」
「もういい」
カラン――。
剣が落ちた。
「……イ……リス……」
「ザイン!」
その声を最後に。
ザインの意識は。
途切れた。
◇
「ザイン!!」
イリスが駆け出そうとする。
「さて」
男が。
イリスへ向き直った。
「遊びは終わりだ」
「……兄様」
イリスの周囲に。
炎が浮かぶ。
「私は帰りません」
「まだ言うか」
「何度でも申し上げます!」
炎が。
燃え上がる。
「私は――」
男が消えた。
「……!」
「少し眠っていなさい」
「兄さ――」
トン。
首元へ。
手が触れる。
「……。」
イリスの身体から。
力が抜けた。
炎が消える。
男が。
倒れるイリスを受け止めた。
「……まったく」
眠る妹を見る。
「手のかかる妹だ」
「イリスさん!」
ノアが一歩踏み出す。
その瞬間。
男が。
ノアを見た。
「――っ」
ただ。
それだけ。
何も言わない。
何もしていない。
なのに。
ノアの足が止まった。
身体が動かない。
ザインが。
何もできなかった。
何度立ち上がっても。
何度剣を振っても。
一度として。
届かなかった。
その男が。
今。
自分を見ている。
「……っ」
怖い。
イリスを。
助けなければ。
そう思っているのに。
足が。
動かない。
男は。
やがてノアから視線を外した。
「……はっ」
ノアが。
ようやく息を吐く。
男は。
気を失ったイリスを抱き上げた。
そして。
出口へ向かう。
誰も。
止められない。
やがて。
男が足を止めた。
ギルドの奥。
そこには。
ギルド長が立っていた。
「……。」
「……。」
二人の視線が交わる。
「邪魔したな、ギルド長よ」
ギルド長は。
何も答えない。
「壁の修繕費は後ほど届けさせよう」
それだけ言って。
男は。
イリスを連れ。
ギルドを出ていった。
扉が。
閉じる。
「……。」
静まり返ったギルド。
ノアは。
ようやくザインへ駆け寄った。
「ザインさん!」
返事は。
なかった。
◇
「……っ」
ザインが。
目を開ける。
見慣れない天井。
「……ここ」
「ザインさん!」
横から声がする。
「……ノア?」
「よかった……!」
ノアが大きく息を吐いた。
ザインは身体を起こそうとする。
「いっ……!」
「まだ寝ててください!」
「……。」
身体中が痛む。
そして。
記憶が戻る。
「……イリスは?」
「……。」
ノアが。
俯いた。
「……連れてかれた?」
「……はい」
「そっか」
ザインは。
天井を見る。
「ザイン君」
受付嬢が。
部屋の隅に立っていた。
「大丈夫?」
「痛い」
「でしょうね」
「でも大丈夫」
「どっちなのよ……」
受付嬢がため息をつく。
「ザイン君」
「ん?」
「イリスちゃんから、自分の家について聞いたことある?」
「……貴族ってことくらい」
「やっぱり」
「そんなにすごい家なの?」
「すごいなんてもんじゃないわ」
受付嬢の表情が。
真剣になる。
「イリス・フォン・アルヴェイン」
「……。」
「それが、あの子のフルネーム」
「アルヴェイン……」
「アルヴェイン公爵家。この国で知らない人を探す方が難しいほどの名門よ」
「そんなに?」
「王家との繋がりも深い。国政にも大きな影響力を持ってる」
「……。」
「特に魔法の分野では、アルヴェインの名を知らない者はいないと言っていい」
ザインは。
黙って聞いている。
「そして」
受付嬢が続ける。
「さっきイリスちゃんを連れていった人」
「……あの人」
「レオンハルト・フォン・アルヴェイン」
「レオンハルト……」
「イリスちゃんのお兄さん。そして、アルヴェイン公爵家の嫡男よ」
「……。」
ザインが。
自分の腹を見る。
まだ。
あの拳の感触が残っているような気がした。
「強かった」
「……でしょうね」
受付嬢が。
小さく息を吐く。
「それで」
「?」
「イリスちゃんが家を出た理由」
少しだけ。
間を置く。
「結婚よ」
「……結婚?」
「イリスちゃん、十六歳になったでしょ」
「うん」
「それを機に、家から縁談を言い渡された」
「……。」
「家同士の繋がりを強めるための、政略結婚」
「相手は?」
受付嬢が。
ザインを見る。
「あなた、本当に何も知らないのね」
「?」
「国中に張り紙が出てるわよ」
「そうなの?」
「そうなの? じゃないわよ……」
受付嬢が額に手を当てる。
「王都じゃ今、その話で持ちきりよ」
「へえ」
「へえって……」
「ザインさんらしいですね……」
ノアが苦笑する。
「相手はユリウス・フォン・ヴァルハイト」
「……。」
「ヴァルハイト公爵家の嫡男」
「有名なの?」
「超が付くほどね」
受付嬢が答える。
「アルヴェイン家と同じく、国政に大きな影響力を持つ大貴族よ」
「……。」
「その二つの公爵家が、婚姻によって結びつく」
ザインも。
ようやく。
話の大きさを理解し始める。
「だから国中で騒がれてるのか」
「そういうこと」
「でも」
ザインが聞く。
「イリスは嫌だった?」
「……そうね」
受付嬢は少し考える。
「結婚そのものというより」
「?」
「自分の人生を、勝手に決められることが嫌だったんだと思う」
「……。」
「誰と結婚するか」
「どこで暮らすか」
「これから何をするか」
「全部、家が決める」
ザインは。
何も言わない。
「それが嫌で」
「家を出た」
「そういうこと」
「……。」
「でも」
受付嬢の声が。
少し低くなる。
「逃げられてなんかなかった」
「……。」
「レオンハルト様が言ってた通り。イリスちゃんがこの街にいることは、最初からアルヴェイン家に知られてた」
「ギルドも?」
「知ってた」
「……だから」
「うん」
受付嬢が苦笑する。
「入ってきた時、とうとう来たかって思ったのよ」
「……そっか」
ザインは。
しばらく黙る。
そして。
「いつ?」
「え?」
「イリスの結婚」
受付嬢を見る。
「いつ行われるんだ?」
「……ザイン君」
「教えて」
受付嬢は。
ザインの目を見る。
少し迷い。
答えた。
「二週間後よ」
「……二週間」
「王都の大広間で行われる」
「大広間?」
「国の式典にも使われる場所」
「……。」
「王族や有力貴族も大勢出席する予定よ」
受付嬢が。
真剣な表情になる。
「これは、ただの結婚式じゃない」
「……。」
「国中が注目する、大貴族同士の婚姻よ」
「二週間……」
ザインが。
もう一度呟く。
「ザイン君」
「ん?」
「まさかとは思うけど」
受付嬢が。
ザインを見る。
「何かしようなんて考えてないでしょうね」
「……。」
「今日ので分かったでしょ?」
「うん」
ザインは。
自分の手を見る。
何度。
剣を振った。
何度。
立ち上がった。
でも。
一度も届かなかった。
「今のあなたじゃ、何をしても同じ」
「……うん」
「それに、これは強いとか弱いとかだけの問題じゃない」
受付嬢が続ける。
「国が絡むほどの家同士の婚姻よ」
「……。」
「一介の冒険者が首を突っ込んで、どうにかできる話じゃない」
「分かってる」
「だったら――」
「だから」
ザインが。
身体を起こす。
「ザインさん?」
ベッドから足を下ろす。
「ちょっと! 何してるの!」
「立つ」
「見れば分かるわよ!」
ザインが。
ゆっくり立ち上がる。
「いっ……」
「ほら!」
「大丈夫」
「絶対大丈夫じゃないですよ!」
「二週間」
「……?」
ザインが。
呟く。
「二週間あるんだよね」
受付嬢が。
ザインを見る。
「……ザイン君」
「今の俺じゃ」
ザインは。
拳を握る。
「あの人には勝てない」
「……。」
ノアも。
何も言わなかった。
ザイン自身が。
一番よく分かっている。
力。
速さ。
技術。
何もかも。
足りなかった。
「だから」
床に置かれていた。
自分の剣を取る。
「強くなる」
「……二週間で?」
「うん」
「無茶よ」
「そうかも」
剣を。
腰へ差す。
「でも」
ザインが。
扉へ向かう。
「イリス」
足を止める。
「帰りたくないって言ってたから」
「……。」
「だったら」
ザインは。
静かに言った。
「二週間後までに、迎えに行けるくらいにはならないと」
受付嬢も。
ノアも。
何も言えなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ついに明らかになったイリスの素性と、家を飛び出した理由。
そして、ザインの剣が初めて全く届かなかった相手――レオンハルト。
残された時間は二週間。
ここからザインにとって、大きな転機となる時間が始まります。
次話もよろしくお願いします!




