生還
正気を取り戻した地竜。
しかし、ザインたちにとってそれは決して味方になったことを意味しなかった。
崩れ始める大洞窟。
迫り来る地竜。
絶体絶命の状況で、ザインは杖を失ったノアに告げる。
「俺に全力のバフをかけて」
三人は無事、地上へ戻ることができるのか――。
「全員逃げろ!!」
ザインの声が響いた。
同時に。
地竜が前脚を振り上げる。
「走って!!」
三人が一斉に駆け出した。
直後。
ドゴォォォォン!!
背後で地面が砕けた。
「っ……!」
衝撃が背中を叩く。
ザインは振り返らない。
イリスも。
ノアも。
ただ走る。
「グォォォォォォォォ!!」
咆哮。
地竜が追ってくる。
「ちょっと!」
イリスが叫んだ。
「なんで追ってくるのよ!」
「知らないよ!」
「あなた正気に戻したんでしょう!?」
「正気に戻したから追ってきてるんでしょ!」
「どういうことよ!」
「俺たち侵入者だから!」
「最悪じゃない!!」
ドンッ!
地竜が岩壁へ身体をぶつける。
巨大な岩が崩れ落ちた。
「右!」
ザインが叫ぶ。
三人が通路へ飛び込む。
直後。
背後を岩が塞いだ。
「……っ」
ノアが息を切らしながら振り返る。
「これで……!」
ドゴォン!!
岩が。
吹き飛んだ。
「嘘でしょ!?」
イリスの顔が引きつる。
地竜が。
崩れた岩を踏み砕きながら現れる。
「全然止まってない!」
「走ってください!」
「走ってるわよ!」
三人はさらに速度を上げる。
だが。
問題があった。
「……ザインさん!」
「何!?」
「この道……!」
ノアが周囲を見る。
「僕たち、どこに向かってるんですか!?」
「出口!」
「その出口がどこか分からないんです!」
「……。」
ザインが一瞬黙った。
「ノアは!?」
「僕も分かりません!」
「地図は!?」
「ここは地図に載ってません!」
「……まずいね!」
「今気付いたんですか!?」
「二人とも!」
イリスが叫ぶ。
「喋ってる暇があるなら考えなさい!」
ザインが走りながら周囲を見る。
分かれ道。
右。
左。
どちらも。
暗闇。
「ノア!」
「はい!」
「村から来た時の魔力!」
「え?」
「追ってきたんでしょ!」
「……!」
ノアが気付く。
村人たちの魔力。
それを追って。
ここまで来た。
なら。
「逆に辿れば……!」
「出口に近づける!」
「やってみます!」
ノアが走りながら意識を集中させる。
残された。
僅かな魔力。
「……左です!」
「左!」
三人が曲がる。
地竜も。
追ってくる。
ドゴン!
ドゴォン!
巨体が通るたび。
洞窟が揺れる。
「次!」
「真っ直ぐ!」
「了解!」
走る。
「次は右!」
曲がる。
少しずつ。
来た道を。
逆に辿っていく。
「これなら……!」
ノアが言った。
その時。
ミシッ。
「……?」
ザインが上を見る。
天井。
亀裂。
「まずい」
「何?」
「上!」
イリスが見る。
亀裂が。
広がっている。
「地竜が暴れすぎて……!」
ノアの顔色が変わる。
「洞窟が崩れ始めてます!」
「嘘でしょ!?」
ドゴォォォン!!
背後。
地竜が壁を破壊した。
その瞬間。
天井が崩れた。
「走れ!!」
三人が駆ける。
背後から。
次々と。
岩が落ちる。
洞窟そのものが。
崩れ始めていた。
◇
「はっ……はっ……!」
ノアの呼吸が荒くなる。
足が。
重い。
ザインとイリスに比べ。
明らかに遅れている。
「ノア!」
ザインが速度を落とす。
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫です……!」
「大丈夫じゃないでしょ!」
「走れます!」
ノアは走る。
だが。
地竜は。
止まらない。
距離が。
少しずつ。
縮まっている。
「グォォォォォォッ!!」
「……っ!」
咆哮。
背後から。
巨大な顎。
「ザイン!」
イリスが叫ぶ。
ザインがノアの腕を掴む。
「跳んで!」
「えっ!?」
三人が横へ飛ぶ。
直後。
地竜の牙が。
先ほどまでノアがいた場所を通過した。
「……!」
ノアが地面を転がる。
「ノア!」
「だ、大丈夫です!」
立ち上がる。
しかし。
地竜が。
すぐそこまで来ている。
「……このままじゃ」
ザインが呟く。
逃げ切れない。
イリスの炎でも。
止められない。
ザインが戦っても。
まともに傷すらつけられない。
なら。
「……ノア」
「はい?」
「俺にバフをかけて」
「……え?」
「全力で」
ノアが。
ザインを見る。
「無理です!」
「やって!」
「無理です!!」
ノアも。
声を上げた。
「杖がないんです!」
「……。」
「さっきだって失敗しました! 杖なしじゃ魔力をまともに制御できない!」
背後。
地竜が迫る。
「だったら杖なしでやれ!」
「そんな無茶な!」
「やるしかないでしょ!」
「できないんです!!」
「うるせぇ!!」
「……っ!」
ノアが。
固まった。
イリスも。
一瞬。
ザインを見た。
ザインが。
怒鳴った。
いつも。
どこかマイペースで。
どんな状況でも。
ほとんど声を荒らげない男が。
「死にてぇのか!!」
「……!」
「出来るかどうかじゃない!」
ザインが叫ぶ。
「やるしかないんだよ!!」
地竜が。
再び咆哮を上げる。
「イリス!」
「……何よ!」
「時間稼いで!」
「本当に人使いが荒いわね!」
イリスが振り返る。
両手を。
地竜へ。
「少しくらい止まりなさいよ!!」
炎が。
爆発した。
巨大な火柱。
地竜の進路を塞ぐ。
「グォォォォッ!」
「ノア!」
「……!」
ノアは。
自分の手を見る。
杖はない。
いつもなら。
杖へ魔力を流す。
杖が。
魔力を集める。
整える。
自分は。
それに形を与えるだけだった。
でも。
今は。
ない。
「……くそっ!」
両手を。
ザインへ向ける。
「知りませんからね!!」
「いいから!」
「――我が身に宿りし魔力よ!」
魔力が。
集まる。
「我が意に従い――」
散る。
「っ!」
失敗。
「もう一回!」
「分かってます!」
ノアが。
再び魔力を集める。
「我が意に従い、彼の者へ――」
魔力が。
また。
崩れる。
「なんで……!」
いつもなら。
出来る。
何百回も。
使ってきた。
強化魔法。
なのに。
「ノア!!」
「分かってますよ!!」
考える。
魔力を。
どう集める。
どう整える。
どう流す。
違う。
分からない。
そんなこと。
今まで。
杖に任せてきた。
「くそ……!」
炎の向こう。
地竜が。
イリスの炎を突き破る。
「もう無理よ!」
イリスが叫ぶ。
「来る!」
死ぬ。
このままでは。
全員。
ここで。
「……。」
ノアが。
ザインを見る。
考えるな。
杖がどうとか。
制御がどうとか。
そんなこと。
どうでもいい。
今。
必要なのは。
一つだけ。
目の前の男を。
強くする。
もっと。
もっと。
今までで。
一番。
「……行け」
魔力が。
集まる。
「行け……!」
今度は。
散らない。
手の中に。
留まる。
「行けぇぇぇぇぇ!!」
魔力が。
爆発した。
「……!」
ザインの身体を。
光が包む。
全身。
脚。
腕。
身体の奥。
力が。
溢れる。
「……できた」
ノアが。
呟いた。
杖は。
ない。
それでも。
「でき……た……」
視界が。
揺れた。
「……あれ」
力が。
抜ける。
「ノア?」
ザインが見る。
ノアの身体が。
傾いた。
「……。」
「ノア!」
倒れる寸前。
ザインが。
抱き止めた。
「おい!」
「……。」
返事がない。
「ノア!」
イリスが駆け寄る。
ノアの顔を見る。
「大丈夫。気を失ってるだけ」
「なんで急に!?」
「魔力よ」
「……。」
「全部使ったんでしょうね」
ザインが。
ノアを見る。
「……全部」
自分の身体を見る。
溢れるほどの。
力。
試験の時以上。
いや。
比較にならない。
「……。」
ザインは。
ノアを抱え上げた。
「イリス」
「何?」
「来て」
「……は?」
ザインが。
イリスへ手を伸ばす。
「ちょっと待ちなさい」
「早く!」
「まさか私まで――」
ザインが。
イリスの身体を抱え上げた。
「ちょっ!?」
片腕に。
ノア。
もう片方に。
イリス。
「ザイン!?」
「暴れないで!」
「誰が暴れるわよ! 下ろしなさい!」
「走るより速い!」
「だからって――」
地竜の咆哮。
「……。」
イリスが黙った。
「しっかり掴まって」
「……落としたら燃やすわよ」
「分かった」
「本当に分かってる!?」
ザインが。
姿勢を低くする。
脚へ。
力を込める。
「行くよ」
地面を。
蹴った。
ドンッ!!
「きゃあああああっ!?」
地面が爆ぜた。
ザインの身体が。
弾丸のように。
洞窟を駆け抜ける。
「はっや――!」
イリスが。
ザインへしがみつく。
「ちょっと! 速すぎる!」
「俺もびっくりしてる!」
「制御しなさいよ!」
「頑張ってる!」
岩。
右。
避ける。
左。
壁。
蹴る。
方向転換。
「ちょっ――!」
イリスの声が。
後ろへ置いていかれる。
地竜が。
追ってくる。
だが。
距離が。
開いていく。
「……。」
ザインは。
自分の身体を見る。
ノアのバフ。
凄まじい。
でも。
「……これ」
速すぎる。
試験の時も。
そうだった。
ノアの強化を受けた時。
想像以上の力が出た。
だが。
今は。
それ以上。
「ザイン! 前!」
「!」
巨大な岩。
避ける。
ザインが地面を蹴る。
三人の身体が。
岩を飛び越える。
着地。
そのまま。
走る。
「道分かるの!?」
「なんとなく!」
「なんとなく!?」
「魔力を逆に辿ってた時の道は覚えてる!」
「最初からそう言いなさい!」
ザインは。
走る。
走る。
ひたすら。
走る。
背後。
洞窟が。
崩れていく。
地竜の巨体が。
壁を破壊する。
天井が落ちる。
岩が。
通路を塞ぐ。
それでも。
ザインは止まらない。
「出口……!」
遠く。
僅かな。
光。
「ザイン!」
「見えてる!」
出口。
あそこまで。
「グォォォォォォォォ!!」
背後。
地竜。
そして。
ドゴォォォォォン!!
巨大な崩落。
「走って!!」
「走ってる!!」
出口が。
近づく。
十歩。
五歩。
三歩。
「――っ!」
ザインが。
最後に。
地面を蹴った。
三人の身体が。
宙へ。
光の中へ。
飛び出した。
直後。
ドゴォォォォォォォン!!
背後で。
洞窟が。
崩れた。
「うわっ!」
ザインが地面を転がる。
それでも。
両腕の二人だけは。
離さない。
何度か。
地面を転がって。
ようやく。
止まった。
「……。」
「……。」
静かだった。
ザインは。
空を見る。
青い。
「……外」
イリスも。
空を見る。
「……生きてる?」
「多分」
「多分って何よ……」
「ノアは?」
ザインが。
腕の中を見る。
眠るように。
気を失っている。
イリスが。
ノアへ手を伸ばす。
「大丈夫」
「本当?」
「魔力を使い切っただけよ」
「……よかった」
ザインは。
大きく息を吐いた。
そして。
ゆっくり。
身体を起こす。
振り返る。
洞窟の入口。
大量の岩が。
崩れ落ちている。
「……。」
村人たちは。
もういない。
助けるために。
来た。
でも。
助けられなかった。
フィルも。
逃がした。
「……ザイン」
イリスが呼ぶ。
「うん」
「戻りましょう」
「……うん」
ザインは。
ノアを背負った。
眠ったまま。
反応はない。
「重い?」
イリスが聞く。
「全然」
「……でしょうね」
二人は。
歩き始めた。
ギルドへ。
◇
ギルドの扉が。
勢いよく開いた。
「ギルド長は!?」
ザインの声に。
中にいた冒険者たちが。
一斉に振り向いた。
「ザ、ザインさん!?」
受付嬢が。
目を見開く。
服は。
ボロボロ。
顔にも。
細かな傷。
隣のイリスも。
同じ。
そして。
ザインの背中には。
意識を失ったノア。
「ノアさん!?」
「大丈夫。魔力切れ」
イリスが答える。
「それより」
ザインが言う。
「ギルド長に話がある」
いつもの。
どこか気の抜けた声ではない。
「今すぐ」
「……!」
「わ、分かりました!」
受付嬢が。
奥へ走っていく。
◇
俺たちは。
洞窟で起きたことを。
全て話した。
村人たちのこと。
洞窟の生態系が。
完全に変わっていたこと。
異常な魔物たち。
地竜。
そして。
フィル。
人間を。
魔人へ変える実験。
そのために。
村一つが。
使われたこと。
「……。」
ギルド長は。
何も言わなかった。
ただ。
黙って。
俺たちの話を聞いていた。
やがて。
「……確認する」
低い声。
「そいつは、自らを魔人だと言ったんだな」
「うん」
「名前は」
「フィル」
「……。」
ギルド長の表情が。
僅かに。
変わった。
「分かった」
立ち上がる。
「この件はこちらで預かる」
「……。」
「お前たちは休め」
ザインが。
何か言おうとする。
だが。
「特に」
ギルド長が。
ザインの背中を見る。
「そいつを早く休ませてやれ」
「……うん」
「それと」
三人を見る。
いや。
眠っているノアを含めた。
三人を。
「今回の件は」
ギルド長の声が。
低くなる。
「他言するな」
「……。」
ザインと。
イリスが。
顔を見合わせた。
「理由は?」
ザインが聞く。
「今は話せん」
「……。」
「だが」
ギルド長は。
真っ直ぐ。
ザインを見る。
「魔人が動いているとなれば」
一拍。
「ギルドだけで処理できる話ではない」
ザインは。
何も言わなかった。
「分かった」
それだけ。
答えた。
ザインは。
背中のノアを背負い直す。
「行こう」
「ええ」
二人は。
部屋を出る。
扉が。
閉じる。
「……。」
ギルド長は。
一人。
残った。
そして。
小さく。
呟いた。
「……魔人か」
その声は。
静かな部屋の中へ。
消えていった。
第16話をお読みいただきありがとうございます!
村人たちを救うことはできなかったものの、三人はなんとか大洞窟から生還しました。
そして、杖を失ったノアが極限状態で見せた初めての杖なし魔法。
本人もまだどうやって成功したのか分かっていませんが、この経験はきっと今後の成長へ繋がっていくはずです。
これにて、村人失踪事件はひとまず決着。
ザイン、イリス、ノアの冒険者としての日々は、再び動き始めます。
次回もよろしくお願いします!




