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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
序章
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15/102

真相の主

大洞窟の最深部で、ついに地竜と遭遇したザインたち。


圧倒的な力を前に、攻撃はまともに通らない。


しかし、地竜の動きを観察していたノアはある違和感に気付く。


そして三人は、この洞窟で起きていた異変の真相へと辿り着く――。

咆哮が、大洞窟の最深部を震わせた。


「――っ!」


空気そのものが揺れる。ザインは思わず腕で顔を覆った。イリスの炎が激しく揺らぎ、周囲の岩肌から細かな石片が落ちてくる。


目の前にいるのは、地竜。ギルドの資料で、その存在だけは知られていた。この大洞窟の最深部に棲み、これまで幾度となく調査隊の進行を阻んできた魔物だった。


「……これ」


ザインが剣を構える。


「どうする?」


「どうするって……」


イリスが地竜を見上げた。


「逃げられると思う?」


「……無理そう」


地竜は完全に三人を捉えていた。巨大な瞳。荒い呼吸。口元から漏れる唸り声。そして。


「……?」


ザインが僅かに眉を寄せた。何か、おかしい。


地竜が突然、激しく頭を振った。前脚で地面を掻き、苦しむように首を岩壁へ擦りつける。


「なんだ……?」


「来ます!」


ノアが叫んだ。地竜が地面を蹴る。


「散って!」


三人が別方向へ飛ぶ。直後、巨大な前脚が地面へ叩きつけられた。ドゴォォン!!


「うわっ!」


衝撃だけでザインの身体が浮いた。地面を転がり、すぐに立ち上がる。


「……洒落にならないね」


「感想言ってる場合!?」


イリスが叫ぶ。地竜がザインへ顔を向けた。


「ザイン!」


「分かってる!」


巨大な顎が迫る。ザインは横へ跳んだ。牙が目の前を通過する。そのまま、ザインは地面を蹴った。地竜の前脚へ。


「――っ!」


剣を振り抜く。ガキィィン!!


「……!」


腕が痺れた。ザインの剣が、完全に弾かれた。


「硬すぎる……!」


今までの異常個体とは違う。刃が入らない。それどころか、傷一つついていない。


「退いて!」


イリスの声。ザインが地面を蹴る。直後、炎が地竜へ直撃した。ドォォン!! 巨大な爆発。炎が地竜の頭部を包む。


「これなら――」


炎の中から、巨大な影が動いた。


「嘘でしょ……」


地竜が、何事もなかったように顔を出した。鱗が僅かに焦げている。それだけ。


「グォォォォッ!!」


「効いてないじゃない!」


「少しは効いてる!」


「どこがよ!」


再び地竜が暴れ始める。ザインが避ける。イリスが炎を放つ。だが、止まらない。倒せない。それ以前に、まともに傷をつけられない。


「……。」


ノアは二人から離れた場所で、地竜を見ていた。自分には杖がない。先ほど試したように、今の状態では、まともに援護魔法すら使えない。だからこそ、見る。地竜の動きを。


「……?」


まただ。地竜が突然、ザインから視線を外した。頭を激しく振る。何もない岩壁へ牙を突き立て、自ら首を擦りつける。


「なんで……?」


攻撃ではない。ザインたちを狙っているわけでもない。まるで、何かを振り払おうとしている。


ノアは目を細めた。


「……まさか」


魔力。ここまで追ってきた、あの嫌な魔力。当然、目の前の地竜からも感じる。だが。


「違う……」


今までとは、何かが違う。ノアは意識を集中させる。魔力の流れを、もっと細かく。


「地竜からじゃない……?」


全身から感じるわけではない。一箇所、異常なほど魔力が集中している場所がある。


「どこ……」


目で追う。頭。胸。前脚。そして。


「……首?」


地竜が頭を振る。その瞬間、イリスの炎が首元を照らした。


「……!」


見えた。鱗の隙間。黒い何か。金属――いや、魔道具が、地竜の首へ食い込むように取り付けられている。


「ザインさん!!」


「何!?」


「首です!」


ザインが地竜の攻撃を避けながら叫び返す。


「首!?」


「あそこに何か付いてます!」


ザインが見る。だが。


「どこ!?」


「鱗の隙間! 黒いやつです!」


地竜が頭を振る。一瞬、見えた。


「……あれ?」


「そこからです!」


ノアが叫ぶ。


「あの嫌な魔力、地竜そのものから出てるんじゃありません!」


「じゃあ……」


ザインが地竜を見る。


「こいつがおかしいのって」


「分かりません!」


ノアは首を振る。


「でも、あの魔道具が関係してるはずです!」


「壊せばいい?」


「それも分かりません!」


「何も分からないじゃん!」


「仕方ないでしょう!」


「だったら――」


イリスが炎を浮かべる。


「試すしかないわね!」


「だね!」


ザインが剣を構え直す。倒す必要はない。狙うのは一点。


「イリス!」


「分かってる!」


炎が地竜の正面へ飛ぶ。爆発。地竜が頭を背ける。


「今!」


ザインが走る。前脚へ。地竜がザインに気付く。脚が持ち上がった。


「っ!」


ザインは横へ跳ぶ。地面へ前脚が落ちる。その脚へ、ザインが飛び乗った。


「なっ……!」


イリスが目を見開く。ザインは止まらない。巨大な鱗を足場に、地竜の身体を駆け上がる。前脚。肩。そして、首。


「見えた!」


黒い魔道具。ザインが剣を振り上げる。その瞬間、地竜が激しく身体を振った。


「うわっ!」


ザインの身体が宙へ投げ出される。


「ザイン!」


地面へ、叩きつけられた。


「ぐっ……!」


「ザインさん!」


「……大丈夫!」


ザインはすぐに身体を起こした。


「全然大丈夫に見えないわよ!」


「動ける!」


地竜がザインへ向く。


「ノア!」


「はい!」


「もう一回!」


「待ってください!」


ノアが地竜を見る。同じやり方では、また振り落とされる。なら。


「イリスさん!」


「何!?」


「右目です!」


「は?」


「右側から攻撃してください!」


一瞬、イリスがノアを見る。そして。


「……なるほど」


右手を上げた。炎。収束。


「ザイン!」


「分かった!」


ザインが走る。


「行くわよ!」


イリスが炎を放った。地竜の右目。直撃する寸前、地竜が反射的に顔を左へ背けた。首が、ザインの正面へ向く。


「ザインさん!」


「見えてる!」


ザインが地面を蹴る。地竜の前脚へ。肩へ。駆け上がる。そして、首。魔道具。


「――っ!」


剣を振り下ろした。ガキィィィン!!


「硬っ……!」


壊れない。地竜が暴れる。ザインの足元が揺れる。


「ザイン!」


「まだ!」


二撃目。ガキンッ! 魔道具に、僅かな亀裂。


「もう一発!」


地竜が首を振り上げる。ザインの身体が浮く。


「――っ!」


足が離れる。それでも、剣を両手で握る。


「壊れろ!!」


三撃目。振り下ろした。バキィン!! 黒い魔道具が、砕け散った。


「グォォォォォォォォッ!!」


「うわっ!」


地竜が、今まで以上に激しく暴れた。ザインの身体が吹き飛ばされる。


「ザイン!」


イリスが駆ける。ザインが地面を転がる。


「いっ……た……」


「生きてる!?」


「なんとか……」


そして、地竜が大きく頭を振った。一歩、後ろへ。もう一歩。苦しむように咆哮を上げる。やがて。


「……。」


止まった。完全に静止した。


「……。」


三人も動かない。ノアが、ゆっくりと魔力を探る。


「……消えた」


「何が?」


ザインが聞く。


「あの魔力です」


「……。」


「地竜から、完全に消えました」


イリスが地竜を見る。


「じゃあ……」


ノアは頷く。


「操られていた……?」


その時。


『――壊しましたか』


「……!」


三人が、一斉に振り向いた。誰もいない。ザインが剣を構える。


「誰?」


『せっかく用意したというのに』


声。男なのか、女なのか。若いのか、老いているのか。それすら、よく分からない。ただ、声だけが、洞窟の中に響いている。


「姿を見せろ」


ザインが言う。


『それは難しいですね』


「……どこにいる?」


『どこ、と言われましても』


少し、楽しそうに。


『今は、この地竜を通してお話ししているだけですから』


ザインが地竜を見る。


「……お前がこいつを操ってた?」


『ええ』


あまりにも簡単に認めた。


『なかなか便利だったのですが』


「……。」


『壊されてしまいました』


ノアの顔色が変わる。


「この魔力……」


ザインが見る。


「何?」


「同じです」


「……何と?」


「今までの魔物たちです」


ノアが地竜を見る。


「魔道具から感じた魔力と、今まで戦ってきた異常個体から感じた魔力……全部同じです」


ザインの表情が変わる。


「……お前」


『はい?』


「何者?」


少し、沈黙。


『私ですか?』


声は、穏やかだった。


『私なんぞに、名前などありません』


「名前がない?」


『ええ。必要ありませんから』


「……。」


『ですが……そうですね』


考えるような、短い間。


『フィル……とでも名乗っておきましょうか』


「フィル……」


ノアが呟く。


『ええ。お好きにお呼びください』


ザインは剣を下ろさない。


「それで」


地竜を睨む。


「お前は何なんだ」


『何者か……ですか』


フィルは、少しだけ楽しそうに答えた。


『それについては、そちらの方が詳しいのでは?』


「どういう意味?」


『そちらでは――』


一拍。


『我らは〝魔人〟と呼ばれているらしいですよ』


「……!」


ノアの目が見開かれた。


「魔人……?」


『ええ』


フィルはその言葉に、誇りも、嫌悪も、何も込めていない。


『人間たちは、そう呼んでいるようですね』


「……。」


ノアは言葉を失っていた。魔人。書物でしか見たことがない。かつて人間と敵対していた存在。だが現在では、ほとんど確認されていない。


「なんで……」


ノアが呟く。


「魔人がこんなところに……」


『なぜ、と言われましても』


フィルは淡々と答える。


『我々にも、色々と事情があるのですよ』


「事情?」


『ええ』


少し、間。


『我々は、随分と減ってしまいましたから』


「減った……?」


『遠い昔』


フィルの声が響く。


『人間たちは、随分と我々を殺してくれました』


「……。」


『おかげで、今では探す方が難しいほどです』


その声に怒りはない。恨みもない。ただ、事実を語っている。そんな声だった。


『ですから』


「……?」


『増やすことにしたのですよ』


イリスが眉を寄せる。


「増やす?」


『ええ』


『我々を』


「……どうやって」


ノアが聞いた。少し、沈黙。


『人間を使って』


「……!」


『人間が魔物へ至ることは、それほど珍しい現象ではありません』


ザインの表情が変わる。脳裏に、あの男が浮かんだ。ガルド。力を求め、魔物の力を喰らい、最後には人の姿すら失った。


『ですが』


フィルは続ける。


『大抵は、そこで終わる』


『肉体に耐えられず死ぬか』


『理性を失い、ただの魔物となるか』


『しかし――』


声が、僅かに弾んだ。


『極稀に、適応する者がいる』


「……。」


『生来の肉体』


『魔力』


『そして、その者が持つ資質』


『それらが変化へ適応した時』


フィルは、淡々と言った。


『人間は、我々と同じ場所へ至る』


「……魔人に」


ノアが呟く。


『ええ』


「だから……」


ノアの顔色が変わる。


「人間を使って、実験してるんですか」


『実験』


フィルがその言葉を繰り返す。


『なるほど』


『人間の言葉なら、そう呼ぶのでしょうね』


「……。」


『どうすれば、より多くの人間がこちら側へ至れるのか』


『何が適応を左右するのか』


『まだ分からないことが多い』


『ですから』


『確かめているのですよ』


あまりにも当然のように言った。ザインの手に、力が入る。


「……村の人たちは?」


フィルの声が止まった。


『はい?』


「この洞窟に連れてきた人たち」


『……ああ』


思い出したような声。


『彼らですか』


「どこにいる」


『どこ、と言われましても』


フィルは、本当に質問の意味が分からないようだった。


『あなた方は――』


一拍。


『ここへ来る途中で、随分と魔物を殺したのでしょう?』


「……?」


ザインが眉を寄せる。イリスも、言葉の意味を理解できていない。ただ一人、ノアだけが。


「……。」


固まった。村。残された生活。人だけが消えた。村人の魔力。洞窟へ続いていた。そこに混ざっていた、嫌な魔力。洞窟狼。ゴブリンの消えた集落。本来いないはずの魔物。異常個体。そして、その全てから感じた、同じ魔力。


「……まさか」


ノアの声が震えた。


『おや』


フィルが言う。


『ようやく気付きましたか』


「……。」


「ノア?」


ザインが見る。ノアの顔から、血の気が引いていた。


「ザインさん……」


声が、震えている。


「僕たちが……」


『ええ』


フィルが答えた。


『あなた方がここへ来るまでに殺してきた魔物』


淡々と。


『それが、探していた村人たちですよ』


「……。」


誰も言葉を発さなかった。静寂。ノアの頭の中に、声が蘇る。


――首の下です!


――腹部です!


――そこだけ外皮が薄い!


自分が見つけた。自分が教えた。そして、ザインが。


「……僕が」


「ノア」


「僕が、弱点を……」


「ノア」


ザインが、もう一度呼んだ。ノアが顔を上げる。


「今は違う」


「でも……」


「違う」


ザインは、それ以上言わなかった。そして、地竜へ向き直る。声の主へ。


「……お前が」


『はい?』


「お前が、あの人たちを魔物にしたのか」


『ええ』


即答。ザインの手が、剣を強く握る。


「……なんで」


『先ほど説明したでしょう?』


「そういうこと聞いてんじゃない」


低い声。イリスが、ザインを見る。いつものザインとは、明らかに違う。


『……?』


フィルは、本当に分かっていないようだった。


『なぜ怒っているのです?』


「……。」


『彼らは、残念ながら適応できなかった』


『ただ、それだけのことでしょう』


ザインの目が、鋭くなる。


『むしろ』


フィルは続ける。


『あなた方が処分してくれたので、こちらとしては助かりましたよ』


「……っ!」


イリスの周囲に炎が浮かぶ。


「あなた……!」


『おや』


フィルの声は変わらない。


『何か気に障りましたか?』


「……。」


ザインが、ゆっくり息を吐く。


「どこにいる」


『私ですか?』


「今、どこにいる」


『それを教える理由はありませんね』


「……そう」


ザインは、地竜を見つめる。その向こうにいる、見えない何者かを。睨むように。


『さて』


フィルが言った。


『目的まで知られてしまいましたし』


『今回は引くとしましょう』


「待て」


『それに――』


ザインの言葉を無視して、フィルは続ける。


『今回は、人間どもが進化に失敗したらしいですし』


「……。」


『また別の方法を考えるとします』


「ふざけるな」


『ふざけてなどいませんよ』


淡々と返す。


『では』


あの嫌な魔力が、少しずつ薄れていく。


「待て!」


ザインが一歩前へ出る。


『焦らなくとも』


フィルの声が、遠ざかる。


『また会いましょう』


そして、消えた。


「……。」


完全に、何も感じない。ノアが魔力を探る。


「……いません」


「追える?」


ザインが聞く。


「無理です」


「……。」


「完全に消えました」


ザインは、しばらく何も言わなかった。剣を握ったまま、地面を見ている。


「……ザイン」


イリスが呼ぶ。


「うん」


ザインは顔を上げた。


「大丈夫」


大丈夫には、見えなかった。だが、今は、それ以上何も言わなかった。


「それより」


ザインが地竜を見る。


「こいつは?」


「魔道具は壊れました」


ノアが答える。


「フィルの魔力もありません」


「じゃあ」


ザインが地竜を見る。


「もう大丈夫?」


「おそらく……」


地竜の瞼が、動いた。


「……。」


三人が止まる。巨大な瞳が開いた。ゆっくり、地竜が、ザインを見る。次に、イリス。ノア。三人を順番に見る。


「……。」


ザインが、嫌な予感を覚える。


「ノア」


「はい?」


「正気に戻ったんだよね?」


「……はい」


「じゃあさ」


地竜が、ゆっくりと身体を起こす。


「正気に戻った地竜から見た俺たちって……」


「……。」


ノアの表情が、固まった。イリスも、気付く。


「……侵入者?」


地竜が、大きく息を吸った。


「……まずい」


次の瞬間。


「グォォォォォォォォォォッ!!」


咆哮。大洞窟全体が、激しく震えた。


「全員逃げろ!!」


ザインの声が、最深部に響き渡った。


第15話をお読みいただきありがとうございます!


ついに明らかになった、村人失踪事件の真相。


ザインたちが追っていた村人たちは、すでに魔物へと姿を変えられていました。


そして、そのすべてを引き起こしていた魔人――フィル。


彼の目的とは何なのか。

そして、魔人とは一体どのような存在なのか。


物語はここから、少しずつ大きく動き始めます。


……とはいえ、今はそれどころではありません。


正気を取り戻した地竜にとって、ザインたちはただの侵入者。


次回――全力で逃げます。


続きもよろしくお願いします!

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