真相の主
大洞窟の最深部で、ついに地竜と遭遇したザインたち。
圧倒的な力を前に、攻撃はまともに通らない。
しかし、地竜の動きを観察していたノアはある違和感に気付く。
そして三人は、この洞窟で起きていた異変の真相へと辿り着く――。
咆哮が、大洞窟の最深部を震わせた。
「――っ!」
空気そのものが揺れる。ザインは思わず腕で顔を覆った。イリスの炎が激しく揺らぎ、周囲の岩肌から細かな石片が落ちてくる。
目の前にいるのは、地竜。ギルドの資料で、その存在だけは知られていた。この大洞窟の最深部に棲み、これまで幾度となく調査隊の進行を阻んできた魔物だった。
「……これ」
ザインが剣を構える。
「どうする?」
「どうするって……」
イリスが地竜を見上げた。
「逃げられると思う?」
「……無理そう」
地竜は完全に三人を捉えていた。巨大な瞳。荒い呼吸。口元から漏れる唸り声。そして。
「……?」
ザインが僅かに眉を寄せた。何か、おかしい。
地竜が突然、激しく頭を振った。前脚で地面を掻き、苦しむように首を岩壁へ擦りつける。
「なんだ……?」
「来ます!」
ノアが叫んだ。地竜が地面を蹴る。
「散って!」
三人が別方向へ飛ぶ。直後、巨大な前脚が地面へ叩きつけられた。ドゴォォン!!
「うわっ!」
衝撃だけでザインの身体が浮いた。地面を転がり、すぐに立ち上がる。
「……洒落にならないね」
「感想言ってる場合!?」
イリスが叫ぶ。地竜がザインへ顔を向けた。
「ザイン!」
「分かってる!」
巨大な顎が迫る。ザインは横へ跳んだ。牙が目の前を通過する。そのまま、ザインは地面を蹴った。地竜の前脚へ。
「――っ!」
剣を振り抜く。ガキィィン!!
「……!」
腕が痺れた。ザインの剣が、完全に弾かれた。
「硬すぎる……!」
今までの異常個体とは違う。刃が入らない。それどころか、傷一つついていない。
「退いて!」
イリスの声。ザインが地面を蹴る。直後、炎が地竜へ直撃した。ドォォン!! 巨大な爆発。炎が地竜の頭部を包む。
「これなら――」
炎の中から、巨大な影が動いた。
「嘘でしょ……」
地竜が、何事もなかったように顔を出した。鱗が僅かに焦げている。それだけ。
「グォォォォッ!!」
「効いてないじゃない!」
「少しは効いてる!」
「どこがよ!」
再び地竜が暴れ始める。ザインが避ける。イリスが炎を放つ。だが、止まらない。倒せない。それ以前に、まともに傷をつけられない。
「……。」
ノアは二人から離れた場所で、地竜を見ていた。自分には杖がない。先ほど試したように、今の状態では、まともに援護魔法すら使えない。だからこそ、見る。地竜の動きを。
「……?」
まただ。地竜が突然、ザインから視線を外した。頭を激しく振る。何もない岩壁へ牙を突き立て、自ら首を擦りつける。
「なんで……?」
攻撃ではない。ザインたちを狙っているわけでもない。まるで、何かを振り払おうとしている。
ノアは目を細めた。
「……まさか」
魔力。ここまで追ってきた、あの嫌な魔力。当然、目の前の地竜からも感じる。だが。
「違う……」
今までとは、何かが違う。ノアは意識を集中させる。魔力の流れを、もっと細かく。
「地竜からじゃない……?」
全身から感じるわけではない。一箇所、異常なほど魔力が集中している場所がある。
「どこ……」
目で追う。頭。胸。前脚。そして。
「……首?」
地竜が頭を振る。その瞬間、イリスの炎が首元を照らした。
「……!」
見えた。鱗の隙間。黒い何か。金属――いや、魔道具が、地竜の首へ食い込むように取り付けられている。
「ザインさん!!」
「何!?」
「首です!」
ザインが地竜の攻撃を避けながら叫び返す。
「首!?」
「あそこに何か付いてます!」
ザインが見る。だが。
「どこ!?」
「鱗の隙間! 黒いやつです!」
地竜が頭を振る。一瞬、見えた。
「……あれ?」
「そこからです!」
ノアが叫ぶ。
「あの嫌な魔力、地竜そのものから出てるんじゃありません!」
「じゃあ……」
ザインが地竜を見る。
「こいつがおかしいのって」
「分かりません!」
ノアは首を振る。
「でも、あの魔道具が関係してるはずです!」
「壊せばいい?」
「それも分かりません!」
「何も分からないじゃん!」
「仕方ないでしょう!」
「だったら――」
イリスが炎を浮かべる。
「試すしかないわね!」
「だね!」
ザインが剣を構え直す。倒す必要はない。狙うのは一点。
「イリス!」
「分かってる!」
炎が地竜の正面へ飛ぶ。爆発。地竜が頭を背ける。
「今!」
ザインが走る。前脚へ。地竜がザインに気付く。脚が持ち上がった。
「っ!」
ザインは横へ跳ぶ。地面へ前脚が落ちる。その脚へ、ザインが飛び乗った。
「なっ……!」
イリスが目を見開く。ザインは止まらない。巨大な鱗を足場に、地竜の身体を駆け上がる。前脚。肩。そして、首。
「見えた!」
黒い魔道具。ザインが剣を振り上げる。その瞬間、地竜が激しく身体を振った。
「うわっ!」
ザインの身体が宙へ投げ出される。
「ザイン!」
地面へ、叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「ザインさん!」
「……大丈夫!」
ザインはすぐに身体を起こした。
「全然大丈夫に見えないわよ!」
「動ける!」
地竜がザインへ向く。
「ノア!」
「はい!」
「もう一回!」
「待ってください!」
ノアが地竜を見る。同じやり方では、また振り落とされる。なら。
「イリスさん!」
「何!?」
「右目です!」
「は?」
「右側から攻撃してください!」
一瞬、イリスがノアを見る。そして。
「……なるほど」
右手を上げた。炎。収束。
「ザイン!」
「分かった!」
ザインが走る。
「行くわよ!」
イリスが炎を放った。地竜の右目。直撃する寸前、地竜が反射的に顔を左へ背けた。首が、ザインの正面へ向く。
「ザインさん!」
「見えてる!」
ザインが地面を蹴る。地竜の前脚へ。肩へ。駆け上がる。そして、首。魔道具。
「――っ!」
剣を振り下ろした。ガキィィィン!!
「硬っ……!」
壊れない。地竜が暴れる。ザインの足元が揺れる。
「ザイン!」
「まだ!」
二撃目。ガキンッ! 魔道具に、僅かな亀裂。
「もう一発!」
地竜が首を振り上げる。ザインの身体が浮く。
「――っ!」
足が離れる。それでも、剣を両手で握る。
「壊れろ!!」
三撃目。振り下ろした。バキィン!! 黒い魔道具が、砕け散った。
「グォォォォォォォォッ!!」
「うわっ!」
地竜が、今まで以上に激しく暴れた。ザインの身体が吹き飛ばされる。
「ザイン!」
イリスが駆ける。ザインが地面を転がる。
「いっ……た……」
「生きてる!?」
「なんとか……」
そして、地竜が大きく頭を振った。一歩、後ろへ。もう一歩。苦しむように咆哮を上げる。やがて。
「……。」
止まった。完全に静止した。
「……。」
三人も動かない。ノアが、ゆっくりと魔力を探る。
「……消えた」
「何が?」
ザインが聞く。
「あの魔力です」
「……。」
「地竜から、完全に消えました」
イリスが地竜を見る。
「じゃあ……」
ノアは頷く。
「操られていた……?」
その時。
『――壊しましたか』
「……!」
三人が、一斉に振り向いた。誰もいない。ザインが剣を構える。
「誰?」
『せっかく用意したというのに』
声。男なのか、女なのか。若いのか、老いているのか。それすら、よく分からない。ただ、声だけが、洞窟の中に響いている。
「姿を見せろ」
ザインが言う。
『それは難しいですね』
「……どこにいる?」
『どこ、と言われましても』
少し、楽しそうに。
『今は、この地竜を通してお話ししているだけですから』
ザインが地竜を見る。
「……お前がこいつを操ってた?」
『ええ』
あまりにも簡単に認めた。
『なかなか便利だったのですが』
「……。」
『壊されてしまいました』
ノアの顔色が変わる。
「この魔力……」
ザインが見る。
「何?」
「同じです」
「……何と?」
「今までの魔物たちです」
ノアが地竜を見る。
「魔道具から感じた魔力と、今まで戦ってきた異常個体から感じた魔力……全部同じです」
ザインの表情が変わる。
「……お前」
『はい?』
「何者?」
少し、沈黙。
『私ですか?』
声は、穏やかだった。
『私なんぞに、名前などありません』
「名前がない?」
『ええ。必要ありませんから』
「……。」
『ですが……そうですね』
考えるような、短い間。
『フィル……とでも名乗っておきましょうか』
「フィル……」
ノアが呟く。
『ええ。お好きにお呼びください』
ザインは剣を下ろさない。
「それで」
地竜を睨む。
「お前は何なんだ」
『何者か……ですか』
フィルは、少しだけ楽しそうに答えた。
『それについては、そちらの方が詳しいのでは?』
「どういう意味?」
『そちらでは――』
一拍。
『我らは〝魔人〟と呼ばれているらしいですよ』
「……!」
ノアの目が見開かれた。
「魔人……?」
『ええ』
フィルはその言葉に、誇りも、嫌悪も、何も込めていない。
『人間たちは、そう呼んでいるようですね』
「……。」
ノアは言葉を失っていた。魔人。書物でしか見たことがない。かつて人間と敵対していた存在。だが現在では、ほとんど確認されていない。
「なんで……」
ノアが呟く。
「魔人がこんなところに……」
『なぜ、と言われましても』
フィルは淡々と答える。
『我々にも、色々と事情があるのですよ』
「事情?」
『ええ』
少し、間。
『我々は、随分と減ってしまいましたから』
「減った……?」
『遠い昔』
フィルの声が響く。
『人間たちは、随分と我々を殺してくれました』
「……。」
『おかげで、今では探す方が難しいほどです』
その声に怒りはない。恨みもない。ただ、事実を語っている。そんな声だった。
『ですから』
「……?」
『増やすことにしたのですよ』
イリスが眉を寄せる。
「増やす?」
『ええ』
『我々を』
「……どうやって」
ノアが聞いた。少し、沈黙。
『人間を使って』
「……!」
『人間が魔物へ至ることは、それほど珍しい現象ではありません』
ザインの表情が変わる。脳裏に、あの男が浮かんだ。ガルド。力を求め、魔物の力を喰らい、最後には人の姿すら失った。
『ですが』
フィルは続ける。
『大抵は、そこで終わる』
『肉体に耐えられず死ぬか』
『理性を失い、ただの魔物となるか』
『しかし――』
声が、僅かに弾んだ。
『極稀に、適応する者がいる』
「……。」
『生来の肉体』
『魔力』
『そして、その者が持つ資質』
『それらが変化へ適応した時』
フィルは、淡々と言った。
『人間は、我々と同じ場所へ至る』
「……魔人に」
ノアが呟く。
『ええ』
「だから……」
ノアの顔色が変わる。
「人間を使って、実験してるんですか」
『実験』
フィルがその言葉を繰り返す。
『なるほど』
『人間の言葉なら、そう呼ぶのでしょうね』
「……。」
『どうすれば、より多くの人間がこちら側へ至れるのか』
『何が適応を左右するのか』
『まだ分からないことが多い』
『ですから』
『確かめているのですよ』
あまりにも当然のように言った。ザインの手に、力が入る。
「……村の人たちは?」
フィルの声が止まった。
『はい?』
「この洞窟に連れてきた人たち」
『……ああ』
思い出したような声。
『彼らですか』
「どこにいる」
『どこ、と言われましても』
フィルは、本当に質問の意味が分からないようだった。
『あなた方は――』
一拍。
『ここへ来る途中で、随分と魔物を殺したのでしょう?』
「……?」
ザインが眉を寄せる。イリスも、言葉の意味を理解できていない。ただ一人、ノアだけが。
「……。」
固まった。村。残された生活。人だけが消えた。村人の魔力。洞窟へ続いていた。そこに混ざっていた、嫌な魔力。洞窟狼。ゴブリンの消えた集落。本来いないはずの魔物。異常個体。そして、その全てから感じた、同じ魔力。
「……まさか」
ノアの声が震えた。
『おや』
フィルが言う。
『ようやく気付きましたか』
「……。」
「ノア?」
ザインが見る。ノアの顔から、血の気が引いていた。
「ザインさん……」
声が、震えている。
「僕たちが……」
『ええ』
フィルが答えた。
『あなた方がここへ来るまでに殺してきた魔物』
淡々と。
『それが、探していた村人たちですよ』
「……。」
誰も言葉を発さなかった。静寂。ノアの頭の中に、声が蘇る。
――首の下です!
――腹部です!
――そこだけ外皮が薄い!
自分が見つけた。自分が教えた。そして、ザインが。
「……僕が」
「ノア」
「僕が、弱点を……」
「ノア」
ザインが、もう一度呼んだ。ノアが顔を上げる。
「今は違う」
「でも……」
「違う」
ザインは、それ以上言わなかった。そして、地竜へ向き直る。声の主へ。
「……お前が」
『はい?』
「お前が、あの人たちを魔物にしたのか」
『ええ』
即答。ザインの手が、剣を強く握る。
「……なんで」
『先ほど説明したでしょう?』
「そういうこと聞いてんじゃない」
低い声。イリスが、ザインを見る。いつものザインとは、明らかに違う。
『……?』
フィルは、本当に分かっていないようだった。
『なぜ怒っているのです?』
「……。」
『彼らは、残念ながら適応できなかった』
『ただ、それだけのことでしょう』
ザインの目が、鋭くなる。
『むしろ』
フィルは続ける。
『あなた方が処分してくれたので、こちらとしては助かりましたよ』
「……っ!」
イリスの周囲に炎が浮かぶ。
「あなた……!」
『おや』
フィルの声は変わらない。
『何か気に障りましたか?』
「……。」
ザインが、ゆっくり息を吐く。
「どこにいる」
『私ですか?』
「今、どこにいる」
『それを教える理由はありませんね』
「……そう」
ザインは、地竜を見つめる。その向こうにいる、見えない何者かを。睨むように。
『さて』
フィルが言った。
『目的まで知られてしまいましたし』
『今回は引くとしましょう』
「待て」
『それに――』
ザインの言葉を無視して、フィルは続ける。
『今回は、人間どもが進化に失敗したらしいですし』
「……。」
『また別の方法を考えるとします』
「ふざけるな」
『ふざけてなどいませんよ』
淡々と返す。
『では』
あの嫌な魔力が、少しずつ薄れていく。
「待て!」
ザインが一歩前へ出る。
『焦らなくとも』
フィルの声が、遠ざかる。
『また会いましょう』
そして、消えた。
「……。」
完全に、何も感じない。ノアが魔力を探る。
「……いません」
「追える?」
ザインが聞く。
「無理です」
「……。」
「完全に消えました」
ザインは、しばらく何も言わなかった。剣を握ったまま、地面を見ている。
「……ザイン」
イリスが呼ぶ。
「うん」
ザインは顔を上げた。
「大丈夫」
大丈夫には、見えなかった。だが、今は、それ以上何も言わなかった。
「それより」
ザインが地竜を見る。
「こいつは?」
「魔道具は壊れました」
ノアが答える。
「フィルの魔力もありません」
「じゃあ」
ザインが地竜を見る。
「もう大丈夫?」
「おそらく……」
地竜の瞼が、動いた。
「……。」
三人が止まる。巨大な瞳が開いた。ゆっくり、地竜が、ザインを見る。次に、イリス。ノア。三人を順番に見る。
「……。」
ザインが、嫌な予感を覚える。
「ノア」
「はい?」
「正気に戻ったんだよね?」
「……はい」
「じゃあさ」
地竜が、ゆっくりと身体を起こす。
「正気に戻った地竜から見た俺たちって……」
「……。」
ノアの表情が、固まった。イリスも、気付く。
「……侵入者?」
地竜が、大きく息を吸った。
「……まずい」
次の瞬間。
「グォォォォォォォォォォッ!!」
咆哮。大洞窟全体が、激しく震えた。
「全員逃げろ!!」
ザインの声が、最深部に響き渡った。
第15話をお読みいただきありがとうございます!
ついに明らかになった、村人失踪事件の真相。
ザインたちが追っていた村人たちは、すでに魔物へと姿を変えられていました。
そして、そのすべてを引き起こしていた魔人――フィル。
彼の目的とは何なのか。
そして、魔人とは一体どのような存在なのか。
物語はここから、少しずつ大きく動き始めます。
……とはいえ、今はそれどころではありません。
正気を取り戻した地竜にとって、ザインたちはただの侵入者。
次回――全力で逃げます。
続きもよろしくお願いします!




