深層の主
落下の末、辿り着いたのは地図にも載っていない大洞窟の深層。
さらに落下の衝撃でノアの杖は折れ、三人は万全とは言えない状態に。
それでも村人たちの魔力を追い、ザインたちはさらに奥へと進んでいく。
そしてその先で待ち受けていたのは――。
地図にも載っていない、大洞窟の深層。三人はイリスの炎を頼りに、暗闇の中を進んでいた。
「……。」
先頭を歩くザインが、ふと足を止める。
「どうしたの?」
イリスが尋ねた。
「いや」
ザインは少し先の地面に目をやる。
「何か落ちてる」
三人が近づいてみると、そこには一本の杖が落ちていた。
「……あ」
ノアが声を漏らす。
「僕の……」
落下した時に手放してしまったのだろう。ノアは急いで駆け寄った。
「よかった……」
拾い上げようとした手が、途中で止まる。
「……。」
「ノア?」
ザインが覗き込む。
杖は、中央から大きく折れていた。
「……嘘」
ノアは二つに分かれた杖を拾い上げる。落下の衝撃だろう、魔力を通すために組み込まれていた術式も、完全に断たれていた。
「使えない?」
ザインが聞く。
「……多分」
ノアは杖を握り、魔力を流してみる。だが。
「っ……」
集まった魔力が、すぐに霧散した。
「駄目です」
ノアが小さく息を吐く。
「魔力を上手く収束できません」
イリスが首を傾げる。
「杖がないと魔法を使えないの?」
「使えないわけでは……ないです」
ノアは折れた杖を見つめた。
「でも、僕はずっと杖を媒介にして魔力を制御してきました。詠唱だけで魔力を完全に制御するのは……」
「できない?」
「……はい」
「そう」
イリスはそれだけ言うと、そのまま歩き出した。
「じゃあ帰ったら練習ね」
「……え?」
「杖なしで魔法を使う練習」
ノアが目を瞬く。
「いや、そんな簡単に……」
「簡単なんて言ってないわ」
イリスが振り返る。
「でも、できるようになった方がいいでしょう?」
「……。」
ノアはイリスの手を見た。杖など持っていない。それでも、イリスは当たり前のように魔法を使う。
「魔法は杖から出てるわけじゃないわ」
イリスが言った。
「あなたの魔力なんだから」
「……。」
「まあ」
ザインが口を挟む。
「帰れたらね」
「縁起でもないこと言わないでくれる?」
「だから帰るために進んでるんでしょ」
「分かってるわよ」
ノアは折れた杖をしばらく見つめ、少し迷ってから鞄へしまった。
「……行きましょう」
三人は再び歩き始めた。
◇
深層は、上層とは明らかに違っていた。
「……広いね」
ザインが呟く。天井が高く、イリスの炎でも上まで照らすことができない。もはや通路というより、巨大な地下空間だった。所々に巨大な岩柱が伸び、地面には見たことのない植物が生えている。
「この辺りは完全に未調査なのかしら」
「分かりません」
ノアが答える。
「少なくとも、僕が持っている地図にはありません」
「地図が使えないのは面倒ね」
「でも」
ザインが前を見る。
「ノアは村の人たちの魔力を追えるんでしょ?」
「……はい」
ノアは意識を集中させる。杖は必要ない。魔力を外へ放つ魔法とは違い、周囲の魔力を感じ取るだけなら問題なかった。
「まだあります」
「方向は?」
「あっちです」
ノアが指差す。暗闇の先を。
「じゃあ行こう」
三人は進む。しばらくして、ザインが再び足を止めた。
「……いる」
剣を抜く。イリスも構えた。
「どこ?」
「右」
岩柱の陰で、何かが動く。イリスが炎を向けると、光が届いた。
「……また?」
現れたのは獣型の魔物だった。だが、今まで見たものよりも、さらに大きい。
「ノア」
「……知っています」
ノアが魔物を見る。
「黒牙豹です」
「強い?」
「本来なら、中級程度の冒険者が複数人で討伐する魔物です」
「本来なら?」
「……。」
ノアが魔力を探る。すぐに、顔をしかめた。
「やっぱりあります」
「あの魔力ね」
イリスが言う。
「はい」
嫌な魔力。上層で遭遇した魔物たちと、同じものだった。だが。
「……濃い」
「何?」
「今までの個体より、かなり濃いです」
ザインが剣を構える。
「じゃあ」
黒牙豹が身体を沈める。
「かなり強いと思った方がよさそうだね」
次の瞬間、消えた。
「――っ!」
ザインが剣を横へ振る。ガキンッ! 何もなかったはずの場所で、剣と爪が衝突した。
「速っ……!」
ザインの身体が押される。黒牙豹が前脚を振り抜き、ザインが身を屈めると、頭上を爪が通過していく。
「ザイン!」
イリスの炎が飛ぶ。黒牙豹が跳び、岩柱へ着地する。そのまま、壁を蹴った。
「上!」
ザインが振り向く。黒牙豹が頭上から襲い掛かった。
「――っ!」
剣で受ける。衝撃で、ザインの膝が沈んだ。
「重い……!」
「ザインさん!」
ノアが杖へ手を伸ばす。
「――我が魔力よ……」
止まった。杖は、ない。
「……っ」
それでも、手をザインへ向ける。
「我が意に従い、彼の者へ――」
魔力を集める。手の中へ。集まれ。集まれ。
「――力を!」
魔力が、広がる。
「……え?」
散った。何も起こらない。
「くそ……!」
もう一度。
「我が――」
「ノア!」
「!」
ザインが黒牙豹を蹴り飛ばす。
「下がって!」
「でも!」
「大丈夫!」
ザインが剣を構える。
「こっちは二人いる!」
「……。」
ノアが歯を食いしばる。何もできない。
「イリス!」
「分かってる!」
炎が地面を走り、黒牙豹の進路を塞ぐ。黒牙豹が跳ぶと、ザインが追った。
「そっち!」
イリスが炎を放つ。黒牙豹が避けたその先に、ザインがいる。
「――っ!」
剣が、黒牙豹の身体を斬り裂く。
「グァァァッ!」
だが、浅い。
「硬い!」
「もう一発!」
イリスの炎。ザインが下がった直後、爆発が起こり、黒牙豹の身体が炎に包まれる。
「グルァァァァッ!」
それでも、飛び出してくる。
「しつこい!」
ザインが避ける。爪が頬を掠めた。
「ザイン!」
「大丈夫!」
ザインが地面を蹴る。黒牙豹も、ザインへ飛ぶ。正面で、ザインは剣を構えた。そして直前、身体を横へ滑らせる。黒牙豹の爪が空を切った。
ザインは、その懐へ潜り込んだ。
「――そこ!」
剣を下から振り上げる。刃が、黒牙豹の腹部を深く斬り裂いた。
「グ――」
そのまま、ザインは身体を回す。二撃目、首へ。一閃。黒牙豹の巨体が地面へ落ちた。
「……。」
ザインは剣を構えたまま、数秒待つ。動かない。
「……終わった」
剣を下ろす。
「手間取ったわね」
イリスが近づく。
「ノアの援護がないからね」
「……。」
ノアが俯いた。
「ごめんなさい」
「え?」
ザインが振り返る。
「僕が援護できていれば、もっと楽に倒せたはずです」
「なんで謝るの?」
「でも……」
「杖が折れたのはノアのせいじゃないでしょ」
「……。」
イリスも近づく。
「それに」
ノアを見る。
「いきなり杖なしで成功するなら、誰も苦労しないわ」
「イリスさん……」
「魔力を集めるところまでは出来てた」
「……え?」
「最後に制御を失ってるだけ」
イリスは自分の手を見る。
「杖は魔力を整えるための道具よ。今まで杖がやってくれていたことを、自分でやればいい」
「そんな簡単に……」
「だから」
イリスが言う。
「簡単だとは言ってないでしょう?」
「……。」
ザインが少し笑う。
「帰ったら特訓だね」
「ザインさんまで……」
「その前に帰らないとだけど」
「それ今言う必要あります?」
「あるよ」
「ないです」
イリスが即答した。
「……。」
三人の間に、少しだけ、いつもの空気が戻った。
◇
さらに奥へ、深く、深く。三人は進んだ。途中、何度か魔物と遭遇した。そのどれもが、異常な魔力を持っていた。そして、深く進むほど、強くなっている。
「……おかしいですね」
ノアが歩きながら呟く。
「何が?」
ザインが聞く。
「異質な魔力です」
「濃くなってる?」
「はい」
ノアは暗闇を見る。
「奥へ進むほど、魔物から感じる魔力が強くなっています」
「じゃあ」
イリスが言う。
「原因が近くにある可能性が高い?」
「……そうかもしれません」
ザインが前を見る。
「村の人たちの魔力は?」
「まだ先です」
「なら」
ザインが歩く。
「進むしかないね」
さらに、しばらく歩いた。そして。
「……。」
ザインが止まった。
「また?」
イリスが聞く。
「いや」
ザインは周囲を見る。
「逆」
「逆?」
「……何もいない」
静かだった。先ほどまで時折聞こえていた魔物の声、足音、何かが動く気配。それが、完全に消えている。
「確かに……」
ノアも周囲を探る。
「魔力反応がありません」
「さっきまであれだけいたのに?」
「はい」
ザインは剣へ手を掛けた。
「……嫌な感じだね」
三人は、さらに慎重に進む。やがて、通路の先に巨大な空間が現れた。
「……。」
イリスが炎を前へ飛ばす。光が、空間を照らしていく。広い。今までとは、比べ物にならない巨大な地下空間だった。
「……何ここ」
イリスが呟く。ザインも、何も言わず前を見る。そして、ノアが、何かに気付いた。
「……待ってください」
「どうした?」
「魔力が……」
ノアの顔色が変わる。
「何?」
「村人たちの魔力です」
「ここ?」
「はい」
ノアは目を閉じる。
「この先から……」
その時。ズン――。地面が、揺れた。
「……。」
三人が止まる。ズン――。もう一度。何かが、動いている。
イリスが炎を高く上げる。光が、奥へ届く。
「……。」
ザインの目が、ゆっくりと見開かれた。
最初は、巨大な岩だと思った。洞窟の奥、岩壁の前に、巨大な塊がある。だが、それが、動いた。ゆっくりと、頭が持ち上がる。
「……ノア」
ザインが小さく呼ぶ。
「……はい」
「あれ」
剣を抜く。
「知ってる?」
ノアは、答えなかった。いや、答えられなかった。
巨大な身体。岩のような鱗。太い四肢。そして、地面を這う巨大な尾。ノアの顔から、血の気が引いていく。
「……嘘」
地響き。巨大な生物が、完全に身体を起こした。その瞳が、三人を捉える。
「ノア」
ザインがもう一度聞く。
「あれ、何?」
ノアは、ようやく、声を絞り出した。
「……地竜です」
次の瞬間。地竜の咆哮が、大洞窟の最深部を震わせた。
第14話をお読みいただきありがとうございます!
ノアの杖が折れ、今まで当たり前だった援護魔法すら使えない状況に。
それでも三人は村人たちの痕跡を追い、ついに大洞窟の最深部へ辿り着きました。
そして現れたのは――地竜。
果たして三人は、この怪物を相手にどう立ち回るのか。
次回、地竜戦です!
続きもよろしくお願いします!




