深層への道。
洞窟の異変をギルドへ報告するため、撤退を決めたザインたち。
しかし、帰路を塞ぐように現れたのは――またしても異常な魔力を宿した魔物だった。
三人は無事、洞窟を抜け出すことができるのか。
ズ……。
ズ……。
重い音が、暗闇の奥から近づいてくる。
ザインは剣を抜いたまま、その先を見つめていた。
「……来る」
イリスの周囲に炎が浮かぶ。
ノアも杖を握り締めた。
やがて。
暗闇の中に浮かんでいた二つの光が、ゆっくりと近づいてくる。
イリスの炎が照らした。
「……なによ、あれ」
巨大な身体。
四本の太い脚。
岩のような外皮に覆われた胴体。
その頭部からは、二本の巨大な角が伸びている。
通路の半分以上を塞ぐほどの巨体だった。
「ノア」
ザインが魔物から目を離さずに聞く。
「知ってる?」
「……似た魔物なら」
「似た?」
「岩角獣です。山岳地帯に生息する魔物で、突進力と硬い外皮が特徴です」
ノアは目の前の魔物を見る。
「でも……」
明らかに大きい。
記憶にある岩角獣とは、体格が違いすぎる。
「やっぱり、こいつも?」
ザインが聞く。
ノアは魔力を探る。
瞬間。
「……はい」
あの感覚。
身体が拒絶するような。
気味の悪い魔力。
「同じです」
「……そう」
ザインは剣を構え直した。
「帰らせてくれる気はなさそうだね」
「そのようね」
イリスも両手を構える。
「ノア。下がってて」
「はい!」
ノアが後方へ下がる。
直後。
「グォォォォッ!!」
岩角獣が咆哮した。
洞窟全体が震える。
そして。
巨体からは想像できない速度で。
地面を蹴った。
「散って!」
三人が左右へ飛ぶ。
直後。
岩角獣が先ほどまで三人がいた場所を通過した。
ドゴォン!!
「……っ!」
巨大な角が岩壁へ突き刺さる。
壁が砕け。
岩片が周囲へ飛び散った。
「冗談でしょ……」
イリスが顔をしかめる。
「洞窟ごと壊す気?」
「多分そこまで考えてないよ!」
ザインが岩角獣へ駆ける。
壁へ角が刺さっている。
今なら。
「――っ!」
ザインが剣を振り下ろした。
狙いは後脚。
ガキィン!
「……やっぱり!」
刃が弾かれる。
ザインはすぐに後方へ跳んだ。
直後。
岩角獣が脚を振り上げる。
ザインの目の前を巨大な蹄が通過した。
「硬すぎる!」
「岩角獣は元々硬い外皮を持っています!」
ノアが叫ぶ。
「ただ、普通ならザインさんの剣がここまで弾かれることはないはずです!」
「つまり、また強くなってるってことね!」
イリスが腕を振る。
炎が一直線に飛ぶ。
岩角獣の側面へ直撃。
爆発。
「グォォォッ!」
魔物が身体を振る。
「……効いてはいる!」
イリスが言う。
「でも決定打にはならないわ!」
「十分!」
ザインが炎の中へ飛び込む。
「ちょっと!」
イリスが声を上げる。
ザインは構わず距離を詰める。
炎で熱せられた外皮。
先ほどより僅かに色が変わっている。
「ここなら!」
剣を振るう。
ガッ!
今度は。
弾かれない。
刃が外皮へ食い込んだ。
「グァァァァッ!」
岩角獣が暴れる。
「ザインさん! 離れて!」
ノアの声。
ザインは剣を引き抜き、後ろへ跳ぶ。
直後。
巨大な尾が横薙ぎに振るわれた。
ザインの身体すれすれを通過。
そのまま。
岩壁へ。
ドゴォォン!!
再び壁が砕ける。
パラパラと。
天井から小石が落ちてきた。
「……。」
ノアが上を見る。
「まずい……」
「どうしたの?」
イリスが聞く。
「さっきから壁に攻撃が当たりすぎてます!」
ノアは天井を見る。
僅かだが。
亀裂が走っている。
「長引かせない方がいいです!」
「簡単に言うね!」
ザインが岩角獣の突進を横へ躱す。
ドゴォン!!
また。
岩壁が砕ける。
洞窟が揺れる。
「……っ!」
今度は。
明らかに大きな揺れだった。
「ザイン!」
「分かってる!」
ザインが走る。
「イリス!」
「今度は何!?」
「さっきと同じ!」
一瞬。
イリスがザインの意図を理解する。
「……本当に人使いが荒いわね!」
両手を向ける。
炎。
先ほどより強い。
だが。
洞窟を壊さないように。
威力を一点へ集中させる。
「ザイン! 場所は!?」
「右の前脚!」
「分かったわ!」
炎が放たれた。
一直線。
岩角獣の右前脚へ。
ドンッ!
「グォォォッ!」
外皮が熱せられる。
岩角獣がイリスへ顔を向けた。
「今!」
ザインが地面を蹴る。
一直線に。
右前脚へ。
「――っ!」
剣を振り抜いた。
ザンッ!
刃が。
外皮を突破する。
岩角獣の巨体が傾いた。
「グォォォォォッ!!」
怒り狂ったように暴れ始める。
「ザインさん!」
「まだ!」
ザインは止まらない。
傾いた身体。
その下。
外皮に覆われていない部分が見えた。
「ノア!」
「胸元です!」
即答。
「そこだけ外皮が薄い!」
「了解!」
ザインが踏み込む。
剣を両手で握る。
そして。
全身を使って。
突き出した。
「――っ!!」
刃が。
岩角獣の胸へ深く突き刺さる。
「グ――」
巨体が止まった。
ザインは剣を引き抜く。
一歩。
二歩。
後ろへ下がる。
岩角獣の脚が震えた。
そして。
ズゥン――。
巨大な身体が地面へ崩れ落ちた。
「……。」
ザインはしばらく剣を構えたまま待つ。
動かない。
「……倒した」
剣を下ろす。
「もう……」
イリスが息を吐く。
「帰るだけでなんでこんな目に遭うのよ」
「本当だね」
ザインも息を整える。
「早く戻りましょう」
ノアが二人へ近づく。
「これ以上ここにいるのは――」
ミシッ。
「……。」
三人が止まった。
「今の」
イリスが上を見る。
「何?」
ミシ。
ミシミシ。
ザインも天井を見る。
亀裂。
先ほどまでより。
明らかに広がっている。
「……走った方がいいね」
「賛成です!」
三人が走り出す。
その瞬間。
ドゴォォォォォン!!
「っ!?」
背後で天井が崩れた。
岩角獣の死体が。
巨大な岩に押し潰される。
「走って!」
ザインが叫ぶ。
三人は来た道へ向かって走る。
だが。
崩壊は止まらない。
天井。
壁。
次々と亀裂が広がっていく。
「まずいです!」
ノアが叫ぶ。
「崩落が連鎖してます!」
「出口まで!?」
「分かりません!」
「とにかく走る!」
ザインが先頭を走る。
イリス。
ノア。
三人が続く。
ドンッ!
岩が落ちる。
ザインが避ける。
「こっち!」
道を曲がる。
その時。
「きゃっ!」
イリスの声。
ザインが振り返る。
足元。
地面に亀裂が走っている。
「イリス!」
ザインが手を伸ばす。
イリスの腕を掴む。
「っ……!」
引き寄せる。
「大丈夫?」
「ええ!」
「ザインさん!」
ノアの声。
「下です!」
「え?」
ザインが足元を見る。
ミシッ。
三人の真下。
地面全体に。
巨大な亀裂が走っていた。
「……まずい」
次の瞬間。
地面が。
消えた。
「――っ!?」
三人の身体が宙へ投げ出される。
「ザイン!」
「ノア!」
手を伸ばす。
だが。
届かない。
三人は。
大量の岩石と共に。
暗闇の底へ落ちていった。
◇
「……。」
音がする。
水。
どこかで。
水滴が落ちている。
「……ん」
ザインが目を開けた。
暗い。
身体が重い。
「……痛い」
ゆっくり身体を起こす。
全身が痛む。
だが。
動く。
「……。」
ザインは周囲を見る。
「イリス?」
返事はない。
「ノア?」
立ち上がる。
暗闇。
「二人とも!」
「……うるさい」
「!」
少し離れた場所。
小さな炎が灯った。
イリスが岩へ手をつきながら立ち上がる。
「頭に響くわ」
「よかった」
「何がよ……全身痛いんだけど」
「生きてるから」
「……まあ、それはそうね」
「ノアは?」
「見てないわ」
二人が周囲を見る。
「ノア!」
「……こっち……です」
弱い声。
二人が振り向く。
岩の陰。
ノアが座り込んでいた。
「大丈夫?」
ザインが近づく。
「なんとか……」
「立てる?」
「はい」
ザインが手を差し出す。
ノアが掴む。
ゆっくりと立ち上がった。
「三人とも生きてるね」
「奇跡ね」
イリスが周囲を照らす。
「それより」
巨大な空間。
先ほどまでいた場所とは。
明らかに雰囲気が違う。
「ここ……どこ?」
「……。」
ノアが鞄を確認する。
「地図は?」
ザインが聞く。
「あります」
取り出す。
幸い。
破れてはいない。
ノアは現在地を確認しようとする。
「……。」
地図を見る。
周囲を見る。
また地図を見る。
「……ノア?」
「ちょっと待ってください」
歩く。
壁。
通路。
岩の形。
地図と照らし合わせる。
「……。」
ノアの表情が。
少しずつ険しくなっていく。
「どう?」
ザインが聞く。
「分かりません」
「……分からない?」
「はい」
ノアは地図を見る。
「少なくとも、僕が持っている地図には……」
周囲を見る。
「こんな場所は載っていません」
沈黙。
「じゃあ」
イリスが言う。
「何層まで落ちたの?」
「……それも分かりません」
ノアが上を見る。
当然。
落ちてきた穴は。
大量の岩で塞がれている。
「戻れそう?」
ザインが聞く。
「無理だと思います」
ノアは首を振った。
「崩落した場所を掘り返すのは危険すぎます。また崩れる可能性があります」
「……。」
ザインは周囲を見る。
前。
暗闇へ続く道。
後ろ。
崩れた岩。
「進むしかないね」
「そうなりますね」
イリスがため息を吐く。
「撤退するはずだったんだけど」
「仕方ないよ」
ザインが剣を確認する。
折れていない。
「出口を探そう」
「……待ってください」
ノアが言った。
「どうした?」
「魔力を確認します」
目を閉じる。
意識を集中。
まず。
周囲。
そして。
村から追ってきた。
あの魔力。
「……。」
薄い。
かなり薄くなっている。
だが。
「……ある」
「何が?」
ザインが聞く。
ノアが目を開けた。
「村人たちの魔力です」
「ここにも?」
「はい」
ノアは暗闇の先を見る。
「まだ続いてます」
「……。」
イリスの表情が変わる。
「つまり村人たちも、この辺りまで来てるってこと?」
「少なくとも魔力の残滓は」
「……。」
ザインは暗闇を見る。
「方向は?」
「こっちです」
ノアが。
洞窟の奥を指した。
誰も。
すぐには言葉を発しなかった。
撤退しようとしていた。
そのはずだった。
だが。
偶然なのか。
それとも。
何かに導かれているのか。
自分たちは。
村人たちの痕跡を追うように。
さらに洞窟の深くへ落ちてきた。
「……行こう」
ザインが剣を握る。
「出口を探すついでに、村の人たちも探せる」
「簡単に言うわね」
イリスが言う。
「他に道もないしね」
「……それもそうね」
ノアは地図をしまう。
「気をつけてください」
「うん」
「ここが何層なのか分かりません」
ノアは暗闇を見る。
「もし本当に深層まで落ちているなら……」
その先は。
言わなくても。
三人とも分かっていた。
この洞窟には。
ギルドですら。
完全には調査できていない領域がある。
そして。
その最深部には。
地竜がいる。
「なるべく会いたくないね」
ザインが呟く。
「珍しく意見が合うわね」
イリスが炎を少し大きくする。
三人は。
もう一度。
歩き始めた。
地図にも載っていない。
大洞窟の深層へ。
第13話をお読みいただきありがとうございます!
ようやく撤退――とはいきませんでした。
異常個体との戦闘によって崩れ始めた洞窟。
そして三人が落ちた先は、ギルドの地図にすら載っていない未知の領域でした。
それでも、村人たちの魔力はさらに奥へと続いている。
次回、三人は大洞窟の深層へ。
続きもよろしくお願いします!




