消えた村人
連絡が途絶えた、小さな村。
ザイン、イリス、ノアの三人は、冒険者となって初めて共に調査任務へ向かう。
そこで待っていたのは――あまりにも静かな村だった。
翌朝。ザイン、イリス、ノアの三人は、連絡が途絶えた村へ向けて出発した。
「村までは?」
「このまま街道を進めば、昼前には着くと思います」
ノアは手元の地図を確認しながら答える。
「王都からそれほど離れてないんだね」
「はい。人口は百人前後。農業を中心に生活している小さな村です。王都との行き来もそれなりにあるみたいですよ」
「百人か……」
ザインが前を向いたまま呟く。
「それだけの人がいる村から三日も連絡がないなら、何かあったのは間違いなさそうだね」
「そうですね」
「全員が揃って連絡できなくなるような何か、ね」
イリスが腕を組む。
「魔物に襲われたなら、逃げてきた人間の一人くらいいてもおかしくないわ」
「盗賊だったとしても同じですね」
ノアが頷く。
「百人近くいれば、誰にも気付かれずに村全体を襲うなんて簡単じゃありません」
「……まあ」
ザインが遠くへ視線を向ける。
「ここで考えてても分からないね」
「そうね」
「着いたら慎重に調べよう。何がいるか分からないし」
「はい」
三人はそのまま街道を進んでいった。
◇
「見えてきました」
ノアが地図から顔を上げる。街道の先、木々の向こうに小さな村が見えてきた。畑が広がり、その奥にはいくつもの家屋が並んでいる。少し離れた場所には家畜小屋らしき建物も見えた。
ザインが目を細める。
「……普通だね」
「そう見えるわね」
イリスも村を見渡す。建物が壊れているわけでもない。畑が荒らされているわけでもない。柵もそのままだ。
「襲われたようには見えませんね」
ノアが言う。
「だからって、何もなかったとは限らない」
ザインが村を見たまま答える。
「行こう」
三人は村へ近づいていく。そして、村の入口へ足を踏み入れた。
「……」
三人の足が止まった。風が吹く。道端の草が揺れる。軒先に吊るされた看板が小さく軋む。それだけだった。
「……静かですね」
ノアが呟く。
「静かすぎる」
ザインが周囲を見渡す。人がいない。それだけではない。人の声がしない。畑仕事をする音も、家の中から聞こえる生活音も、子供たちの声も、何一つ聞こえない。百人近くが暮らしている村とは思えないほどの静けさだった。
「誰も出てこないわね」
イリスが道の先へ目を向ける。
「知らない人間が三人も入ってきたのにね」
ザインが答える。窓からこちらを覗く者すらいない。
「まず家を調べよう」
「ええ」
「はい」
三人は近くの家へ向かった。
◇
「すみません」
ザインが扉を叩く。返事はない。もう一度。やはり返事はなかった。ザインが扉へ手を掛ける。
「開いてる」
ゆっくりと扉を開く。三人が中へ入った。
「……誰もいない」
室内には人の姿がなかった。だが。
「……」
ノアが辺りを見回す。机、椅子、食器。棚には日用品が並んでいる。椅子には上着が掛けられたまま。
ザインも室内へ入り、周囲を確認する。
「荒らされてないね」
「ええ」
イリスが棚を見る。
「物色された形跡もなさそう」
「盗賊ではない……?」
ノアが呟く。
「少なくとも、普通の盗賊じゃなさそうだね」
ザインが机へ目を向ける。食器も残っている。家具もそのまま。床にも争ったような痕跡はない。
「……」
ザインが部屋の中央で立ち止まった。
「どうしました?」
「いや」
室内をもう一度見渡す。
「出ていった感じがしないなって」
「……」
ノアも周囲を見る。確かにそうだった。避難したのなら、食料、金、服。最低限の荷物くらいは持っていくはずだ。だが、それすらない。
「まるで」
イリスが静かに言う。
「生活だけ途中で置いていったみたいね」
三人は黙った。
「他も調べよう」
ザインが言った。
◇
それから三人は手分けして村を調べた。一軒、また一軒、さらに一軒。どこも同じだった。生活用品は残っている。家具もある。服もある。金品すら残されている。荒らされた形跡はない。争った痕跡もない。そして、人だけがいない。
◇
三人は再び村の中央へ集まった。
「どうだった?」
ザインが尋ねる。
「誰もいなかったわ」
イリスが答える。
「私が見た家は、どこも荒らされてなかった」
「こっちも同じ」
ザインが言う。二人の視線がノアへ向く。
「……僕の方もです」
ノアは村長の家や集会所を中心に調べていた。
「村の記録も確認しました。少なくとも、全員でどこかへ移動する予定があったようには見えません」
「やっぱり、自分たちで避難したわけじゃなさそうだね」
「そう思います」
ノアが頷く。
「緊急の避難だったとしても、百人近い人間が一斉に移動したなら何かしら痕跡が残るはずです」
「でも、それがない」
イリスが言う。
「はい」
「……」
ザインは静まり返った村を見渡した。家もある。畑もある。生活していた痕跡もある。なのに。
「人だけいなくなったのか」
「今のところは、そうとしか……」
ノアが答える。沈黙が落ちる。
「……」
ノアは考える。村人がここにいたことは間違いない。なら。
「……一つ」
ノアが顔を上げた。
「試してみてもいいですか?」
「何を?」
「魔力を探ってみます」
イリスがノアを見る。
「三日も経ってるのよ?」
「普通なら残っていません」
「なら、どうするの?」
「一人なら、です」
ノアは村を見渡した。
「この村には百人近い人がいました」
イリスがすぐに理解する。
「同じ場所を大勢が通っていたなら、重なった魔力が残っている可能性がある」
「はい」
ノアは目を閉じた。ゆっくりと呼吸を整える。意識を広げていく。人間は誰でも、程度の差こそあれ魔力を持っている。そして人がその場を離れた後も、魔力は僅かな痕跡を残す。三日、本来ならほとんど消えている。それでも、百人近い人間が同じ場所を通ったのなら。
「……」
ノアの意識が村全体へ広がっていく。風、土、木々。そこに存在する魔力。その中から、人間が残したものだけを拾っていく。
「……」
ザインとイリスは黙って待っていた。しばらくして。
「……あった」
ノアが呟く。
「見つけた?」
ザインが聞く。
「はい」
ノアは目を閉じたまま頷いた。
「かなり薄いですけど……間違いありません」
僅かだ。今にも消えてしまいそうなほど薄い。だが、一つではない。いくつもの魔力が重なった痕跡。それが村の中から、村の外へと続いている。
「……?」
ノアの眉が僅かに動いた。何か、変だ。さらに意識を集中させる。村人たちの魔力、その中に。
「……何だ、これ」
ノアが目を開けた。
「どうしたの?」
イイリスが尋ねる。
「別の魔力が混じってます」
「別の?」
「はい」
ノアは再び目を閉じる。間違いない。村人たちが残した微かな魔力、その中に何か違うものが混ざっている。
「魔物のもの?」
イリスが聞く。
「……分かりません」
「分からない?」
「魔物とも少し違うような……」
ノアは眉を寄せた。上手く説明できない。ただ。
「嫌な感じがします」
「嫌な感じ?」
ザインが聞く。
「はい」
ノアは胸元を押さえる。
「魔力を探っているだけなのに……身体が拒絶しているような」
触れてはいけないものへ、無理やり手を伸ばしているような。そんな感覚。
イリスも目を閉じる。周囲の魔力へ意識を向けた。
「……駄目ね」
目を開く。
「私には分からないわ」
「かなり薄いです。僕も集中しないと拾えません」
ザインは少し考える。
「村人の魔力と、その変な魔力が同じ場所に残ってるってこと?」
「……」
ノアがもう一度探る。そして、気付く。
「同じ場所どころか……」
ノアが村の外を見る。
「一緒に続いてます」
ザインの表情が変わった。
「同じ方向に?」
「はい」
村人たちが残した魔力。その中に混じる、正体の分からない異質な魔力。どちらも同じ方向へ続いている。
「それなら、偶然とは考えにくいね」
「僕もそう思います」
「追える?」
「やってみます」
ノアは頷いた。
◇
三人は村を出た。先頭を歩くのはノア。僅かに残った魔力を辿りながら進んでいく。最初は村から伸びる道だった。だが。
「……街道から外れてます」
三人の視線が森へ向く。魔力は街道を離れ、木々の奥へと続いていた。
「百人近くで、この森を?」
ザインが木々の奥を見る。
「みたいです」
「変ね」
イリスが言う。
「子供や老人もいたはずでしょう?」
「はい」
「それに」
ザインが足元へ目を向ける。
「百人近くが自分たちの意思で歩いてたなら、もう少しバラけてもよさそうだけど」
「……」
ノアは再び魔力を探る。
「残滓はほとんど同じ方向へ続いています」
「まるで全員が同じ場所を目指していたみたいね」
イリスが森の奥を見る。
「……行こう」
ザインが言う。
「何があるにせよ、この先なのは間違いなさそうだ」
三人は森へ入った。
◇
しばらく進むと、木々の向こうから光が差し込んだ。
「森を抜けます」
三人が木々の間を抜ける。そして。
「……」
目の前にそびえる巨大な岩壁。その中央、ぽっかりと巨大な穴が開いていた。人間など簡単に飲み込んでしまいそうなほどの大洞窟。
ザインが見上げる。
「……ここか」
ノアはその光景を見た瞬間、表情を変えた。
「ノア?」
「……この洞窟」
知っている。実際に訪れたことはない。だが、本で何度も見た。
「国内でも有名な大洞窟です」
「ここが?」
「はい。ギルドも過去に何度も調査隊を派遣しています」
ザインが洞窟を見る。
「なら、中の構造も分かってる?」
「途中までは」
「途中?」
ノアが頷く。
「現在確認されているだけでも、十層ほどあると言われています」
「十層……」
「ただ、最深部まで完全に調査されたことはありません」
イリスがノアを見る。
「どうして?」
「地竜です」
「……竜?」
ザインの目が僅かに細くなる。
「正確には地竜です。最下層付近を縄張りにしていると言われています」
ノアは洞窟を見る。
「かなり危険な魔物です。過去の調査も地竜の縄張りより先へ進むことができず、最深部がどうなっているのかは分かっていません」
「そんな場所に」
ザインが暗闇を見る。
「村人が百人近く入った?」
「……まだそうと決まったわけではありません」
ノアは目を閉じる。もう一度、魔力へ意識を集中させた。村から追ってきた、いくつもの微かな魔力。それは洞窟の入口へ。そして、さらに奥へ。
「……」
ノアが目を開ける。
「どう?」
ザインが聞いた。
「続いてます」
「村人たちの魔力が?」
「はい」
イリスが洞窟の暗闇を見る。
「つまり、少なくとも村人たちはここまで来た」
「そういうことになります」
「……あの魔力は?」
ザインが聞いた。ノアはもう一度意識を集中させる。そして、僅かに顔を歪めた。
「……あります」
あの嫌な魔力。村人たちの魔力に絡みつくように、洞窟の奥へ続いている。
「一緒に、この奥です」
「……」
三人は巨大な洞窟を見つめた。
「行こう」
ザインが剣の柄へ手を置く。
「ただし、深追いはしない」
二人がザインを見る。
「俺たちの仕事は調査だ。何かおかしいと思ったら、一度戻ってギルドに報告しよう」
「そうね」
イリスが頷く。
「村人を見つけることも大事だけど、私たちまで戻れなくなったら意味がないわ」
「分かりました」
ノアも頷いた。
三人は、巨大な洞窟へと足を踏み入れた。
◇
洞窟内部。外から差し込んでいた光は、進むにつれて弱くなっていく。イリスが小さな炎を浮かべた。淡い光が三人の周囲を照らす。
「ノア」
「はい」
「地図は?」
「あります」
ノアが鞄から紙を取り出す。
「ギルドが公開している第一層の地図です。上層についてはかなり詳しく調査されています」
「魔物は?」
「第一層では洞窟狼やゴブリンが多く確認されています」
「なら、そろそろ出てきてもおかしくない?」
「そうですね」
三人は警戒しながら進んでいく。だが。
「……」
何もいない。さらに進む。それでも、魔物の姿はない。
「静かね」
イリスが呟く。
「……うん」
ザインは周囲を見ながら歩く。しばらくして。
「待って」
ザインが足を止めた。
「どうしました?」
「ここ」
壁を指差す。ノアが近づく。岩肌には、何かに引っ掻かれたような傷が残っていた。
「……爪痕?」
「多分」
ノアが確認する。
「洞窟狼のものだと思います」
「でも」
ザインが傷へ指を近づける。
「新しくない」
「……」
ノアも確認する。
「そうですね」
かなり時間が経っている。
「つまり」
イリスが言う。
「以前はここにいた」
「はい」
ノアが地図を見る。
「記録とも一致します」
「じゃあ」
ザインが暗闇の先を見る。
「今はどこにいるんだろうね」
三人は再び歩き始めた。地図に記された洞窟狼の縄張り。誰もいない。さらに進む。ゴブリンの目撃地点。誰もいない。
「……おかしい」
ノアが呟く。
「記録が古いとか?」
ザインが聞く。
「多少の変化はあると思います。でも、ここまで何もいないのは……」
「普通じゃない?」
「はい」
ノアは地図から顔を上げる。
「この洞窟には、複数の魔物が生息していることが確認されています」
だが、今、目の前に広がっているのは、ただの静寂。
「……村だけじゃなく」
イリスが暗闇を見る。
「この洞窟まで静かになってるってこと?」
「……」
ノアは答えられなかった。
その時。
「止まって」
ザインの声。ノアとイリスが足を止める。ザインは暗闇を見ていた。剣へ手を掛ける。
「……何かいる」
ノアも目を凝らす。イリスの炎が揺れる。暗闇の向こう、何かが。ゆっくりと動いた。
「……」
低い、唸り声。ノアが地図から顔を上げる。
「洞窟狼……?」
だが、違う。暗闇から姿を現したそれを見て、ノアの表情が固まった。
「……何ですか、あれ」
四本の脚。獣のような身体。洞窟狼に似ている。だが、明らかに違う。記録されている個体よりも大きい。身体つきも、纏う雰囲気も、何もかもが。
「ノア」
ザインが剣を抜く。
「あれ、記録にある?」
「……ありません」
ノアが答える。
「少なくとも」
魔力を探る。その瞬間。
「……っ」
ノアの背筋に悪寒が走った。
「ノア?」
「この魔力……」
知っている。村で感じた。あの、身体が拒絶するような、嫌な感覚。
「……同じです」
「何が?」
ザインが魔物から目を逸らさず聞く。ノアは目の前の異形を見つめた。
「あの魔物から」
喉が鳴る。
「村で感じた、あの嫌な魔力がします」
魔物が低く身を沈める。ザインは剣を構えた。イリスの周囲に炎が浮かぶ。
そして、異形の魔物が、三人へ向かって地面を蹴った。
第12話をお読みいただきありがとうございます!
人だけが消えた村。
残された僅かな魔力。
そして、その先に待っていた大洞窟。
どうやら今回の依頼、ただの行方不明事件ではなさそうです。
次回、三人は洞窟の異変へと足を踏み入れていきます。
続きもよろしくお願いします!




