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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
序章
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12/102

消えた村人

連絡が途絶えた、小さな村。


ザイン、イリス、ノアの三人は、冒険者となって初めて共に調査任務へ向かう。


そこで待っていたのは――あまりにも静かな村だった。

 翌朝。ザイン、イリス、ノアの三人は、連絡が途絶えた村へ向けて出発した。


「村までは?」


「このまま街道を進めば、昼前には着くと思います」


 ノアは手元の地図を確認しながら答える。


「王都からそれほど離れてないんだね」


「はい。人口は百人前後。農業を中心に生活している小さな村です。王都との行き来もそれなりにあるみたいですよ」


「百人か……」


 ザインが前を向いたまま呟く。


「それだけの人がいる村から三日も連絡がないなら、何かあったのは間違いなさそうだね」


「そうですね」


「全員が揃って連絡できなくなるような何か、ね」


 イリスが腕を組む。


「魔物に襲われたなら、逃げてきた人間の一人くらいいてもおかしくないわ」


「盗賊だったとしても同じですね」


 ノアが頷く。


「百人近くいれば、誰にも気付かれずに村全体を襲うなんて簡単じゃありません」


「……まあ」


 ザインが遠くへ視線を向ける。


「ここで考えてても分からないね」


「そうね」


「着いたら慎重に調べよう。何がいるか分からないし」


「はい」


 三人はそのまま街道を進んでいった。


◇


「見えてきました」


 ノアが地図から顔を上げる。街道の先、木々の向こうに小さな村が見えてきた。畑が広がり、その奥にはいくつもの家屋が並んでいる。少し離れた場所には家畜小屋らしき建物も見えた。


 ザインが目を細める。


「……普通だね」


「そう見えるわね」


 イリスも村を見渡す。建物が壊れているわけでもない。畑が荒らされているわけでもない。柵もそのままだ。


「襲われたようには見えませんね」


 ノアが言う。


「だからって、何もなかったとは限らない」


 ザインが村を見たまま答える。


「行こう」


 三人は村へ近づいていく。そして、村の入口へ足を踏み入れた。


「……」


 三人の足が止まった。風が吹く。道端の草が揺れる。軒先に吊るされた看板が小さく軋む。それだけだった。


「……静かですね」


 ノアが呟く。


「静かすぎる」


 ザインが周囲を見渡す。人がいない。それだけではない。人の声がしない。畑仕事をする音も、家の中から聞こえる生活音も、子供たちの声も、何一つ聞こえない。百人近くが暮らしている村とは思えないほどの静けさだった。


「誰も出てこないわね」


 イリスが道の先へ目を向ける。


「知らない人間が三人も入ってきたのにね」


 ザインが答える。窓からこちらを覗く者すらいない。


「まず家を調べよう」


「ええ」


「はい」


 三人は近くの家へ向かった。


◇


「すみません」


 ザインが扉を叩く。返事はない。もう一度。やはり返事はなかった。ザインが扉へ手を掛ける。


「開いてる」


 ゆっくりと扉を開く。三人が中へ入った。


「……誰もいない」


 室内には人の姿がなかった。だが。


「……」


 ノアが辺りを見回す。机、椅子、食器。棚には日用品が並んでいる。椅子には上着が掛けられたまま。


 ザインも室内へ入り、周囲を確認する。


「荒らされてないね」


「ええ」


 イリスが棚を見る。


「物色された形跡もなさそう」


「盗賊ではない……?」


 ノアが呟く。


「少なくとも、普通の盗賊じゃなさそうだね」


 ザインが机へ目を向ける。食器も残っている。家具もそのまま。床にも争ったような痕跡はない。


「……」


 ザインが部屋の中央で立ち止まった。


「どうしました?」


「いや」


 室内をもう一度見渡す。


「出ていった感じがしないなって」


「……」


 ノアも周囲を見る。確かにそうだった。避難したのなら、食料、金、服。最低限の荷物くらいは持っていくはずだ。だが、それすらない。


「まるで」


 イリスが静かに言う。


「生活だけ途中で置いていったみたいね」


 三人は黙った。


「他も調べよう」


 ザインが言った。


◇


 それから三人は手分けして村を調べた。一軒、また一軒、さらに一軒。どこも同じだった。生活用品は残っている。家具もある。服もある。金品すら残されている。荒らされた形跡はない。争った痕跡もない。そして、人だけがいない。


◇


 三人は再び村の中央へ集まった。


「どうだった?」


 ザインが尋ねる。


「誰もいなかったわ」


 イリスが答える。


「私が見た家は、どこも荒らされてなかった」


「こっちも同じ」


 ザインが言う。二人の視線がノアへ向く。


「……僕の方もです」


 ノアは村長の家や集会所を中心に調べていた。


「村の記録も確認しました。少なくとも、全員でどこかへ移動する予定があったようには見えません」


「やっぱり、自分たちで避難したわけじゃなさそうだね」


「そう思います」


 ノアが頷く。


「緊急の避難だったとしても、百人近い人間が一斉に移動したなら何かしら痕跡が残るはずです」


「でも、それがない」


 イリスが言う。


「はい」


「……」


 ザインは静まり返った村を見渡した。家もある。畑もある。生活していた痕跡もある。なのに。


「人だけいなくなったのか」


「今のところは、そうとしか……」


 ノアが答える。沈黙が落ちる。


「……」


 ノアは考える。村人がここにいたことは間違いない。なら。


「……一つ」


 ノアが顔を上げた。


「試してみてもいいですか?」


「何を?」


「魔力を探ってみます」


 イリスがノアを見る。


「三日も経ってるのよ?」


「普通なら残っていません」


「なら、どうするの?」


「一人なら、です」


 ノアは村を見渡した。


「この村には百人近い人がいました」


 イリスがすぐに理解する。


「同じ場所を大勢が通っていたなら、重なった魔力が残っている可能性がある」


「はい」


 ノアは目を閉じた。ゆっくりと呼吸を整える。意識を広げていく。人間は誰でも、程度の差こそあれ魔力を持っている。そして人がその場を離れた後も、魔力は僅かな痕跡を残す。三日、本来ならほとんど消えている。それでも、百人近い人間が同じ場所を通ったのなら。


「……」


 ノアの意識が村全体へ広がっていく。風、土、木々。そこに存在する魔力。その中から、人間が残したものだけを拾っていく。


「……」


 ザインとイリスは黙って待っていた。しばらくして。


「……あった」


 ノアが呟く。


「見つけた?」


 ザインが聞く。


「はい」


 ノアは目を閉じたまま頷いた。


「かなり薄いですけど……間違いありません」


 僅かだ。今にも消えてしまいそうなほど薄い。だが、一つではない。いくつもの魔力が重なった痕跡。それが村の中から、村の外へと続いている。


「……?」


 ノアの眉が僅かに動いた。何か、変だ。さらに意識を集中させる。村人たちの魔力、その中に。


「……何だ、これ」


 ノアが目を開けた。


「どうしたの?」


 イイリスが尋ねる。


「別の魔力が混じってます」


「別の?」


「はい」


 ノアは再び目を閉じる。間違いない。村人たちが残した微かな魔力、その中に何か違うものが混ざっている。


「魔物のもの?」


 イリスが聞く。


「……分かりません」


「分からない?」


「魔物とも少し違うような……」


 ノアは眉を寄せた。上手く説明できない。ただ。


「嫌な感じがします」


「嫌な感じ?」


 ザインが聞く。


「はい」


 ノアは胸元を押さえる。


「魔力を探っているだけなのに……身体が拒絶しているような」


 触れてはいけないものへ、無理やり手を伸ばしているような。そんな感覚。


 イリスも目を閉じる。周囲の魔力へ意識を向けた。


「……駄目ね」


 目を開く。


「私には分からないわ」


「かなり薄いです。僕も集中しないと拾えません」


 ザインは少し考える。


「村人の魔力と、その変な魔力が同じ場所に残ってるってこと?」


「……」


 ノアがもう一度探る。そして、気付く。


「同じ場所どころか……」


 ノアが村の外を見る。


「一緒に続いてます」


 ザインの表情が変わった。


「同じ方向に?」


「はい」


 村人たちが残した魔力。その中に混じる、正体の分からない異質な魔力。どちらも同じ方向へ続いている。


「それなら、偶然とは考えにくいね」


「僕もそう思います」


「追える?」


「やってみます」


 ノアは頷いた。


◇


 三人は村を出た。先頭を歩くのはノア。僅かに残った魔力を辿りながら進んでいく。最初は村から伸びる道だった。だが。


「……街道から外れてます」


 三人の視線が森へ向く。魔力は街道を離れ、木々の奥へと続いていた。


「百人近くで、この森を?」


 ザインが木々の奥を見る。


「みたいです」


「変ね」


 イリスが言う。


「子供や老人もいたはずでしょう?」


「はい」


「それに」


 ザインが足元へ目を向ける。


「百人近くが自分たちの意思で歩いてたなら、もう少しバラけてもよさそうだけど」


「……」


 ノアは再び魔力を探る。


「残滓はほとんど同じ方向へ続いています」


「まるで全員が同じ場所を目指していたみたいね」


 イリスが森の奥を見る。


「……行こう」


 ザインが言う。


「何があるにせよ、この先なのは間違いなさそうだ」


 三人は森へ入った。


◇


 しばらく進むと、木々の向こうから光が差し込んだ。


「森を抜けます」


 三人が木々の間を抜ける。そして。


「……」


 目の前にそびえる巨大な岩壁。その中央、ぽっかりと巨大な穴が開いていた。人間など簡単に飲み込んでしまいそうなほどの大洞窟。


 ザインが見上げる。


「……ここか」


 ノアはその光景を見た瞬間、表情を変えた。


「ノア?」


「……この洞窟」


 知っている。実際に訪れたことはない。だが、本で何度も見た。


「国内でも有名な大洞窟です」


「ここが?」


「はい。ギルドも過去に何度も調査隊を派遣しています」


 ザインが洞窟を見る。


「なら、中の構造も分かってる?」


「途中までは」


「途中?」


 ノアが頷く。


「現在確認されているだけでも、十層ほどあると言われています」


「十層……」


「ただ、最深部まで完全に調査されたことはありません」


 イリスがノアを見る。


「どうして?」


「地竜です」


「……竜?」


 ザインの目が僅かに細くなる。


「正確には地竜です。最下層付近を縄張りにしていると言われています」


 ノアは洞窟を見る。


「かなり危険な魔物です。過去の調査も地竜の縄張りより先へ進むことができず、最深部がどうなっているのかは分かっていません」


「そんな場所に」


 ザインが暗闇を見る。


「村人が百人近く入った?」


「……まだそうと決まったわけではありません」


 ノアは目を閉じる。もう一度、魔力へ意識を集中させた。村から追ってきた、いくつもの微かな魔力。それは洞窟の入口へ。そして、さらに奥へ。


「……」


 ノアが目を開ける。


「どう?」


 ザインが聞いた。


「続いてます」


「村人たちの魔力が?」


「はい」


 イリスが洞窟の暗闇を見る。


「つまり、少なくとも村人たちはここまで来た」


「そういうことになります」


「……あの魔力は?」


 ザインが聞いた。ノアはもう一度意識を集中させる。そして、僅かに顔を歪めた。


「……あります」


 あの嫌な魔力。村人たちの魔力に絡みつくように、洞窟の奥へ続いている。


「一緒に、この奥です」


「……」


 三人は巨大な洞窟を見つめた。


「行こう」


 ザインが剣の柄へ手を置く。


「ただし、深追いはしない」


 二人がザインを見る。


「俺たちの仕事は調査だ。何かおかしいと思ったら、一度戻ってギルドに報告しよう」


「そうね」


 イリスが頷く。


「村人を見つけることも大事だけど、私たちまで戻れなくなったら意味がないわ」


「分かりました」


 ノアも頷いた。


 三人は、巨大な洞窟へと足を踏み入れた。


◇


 洞窟内部。外から差し込んでいた光は、進むにつれて弱くなっていく。イリスが小さな炎を浮かべた。淡い光が三人の周囲を照らす。


「ノア」


「はい」


「地図は?」


「あります」


 ノアが鞄から紙を取り出す。


「ギルドが公開している第一層の地図です。上層についてはかなり詳しく調査されています」


「魔物は?」


「第一層では洞窟狼やゴブリンが多く確認されています」


「なら、そろそろ出てきてもおかしくない?」


「そうですね」


 三人は警戒しながら進んでいく。だが。


「……」


 何もいない。さらに進む。それでも、魔物の姿はない。


「静かね」


 イリスが呟く。


「……うん」


 ザインは周囲を見ながら歩く。しばらくして。


「待って」


 ザインが足を止めた。


「どうしました?」


「ここ」


 壁を指差す。ノアが近づく。岩肌には、何かに引っ掻かれたような傷が残っていた。


「……爪痕?」


「多分」


 ノアが確認する。


「洞窟狼のものだと思います」


「でも」


 ザインが傷へ指を近づける。


「新しくない」


「……」


 ノアも確認する。


「そうですね」


 かなり時間が経っている。


「つまり」


 イリスが言う。


「以前はここにいた」


「はい」


 ノアが地図を見る。


「記録とも一致します」


「じゃあ」


 ザインが暗闇の先を見る。


「今はどこにいるんだろうね」


 三人は再び歩き始めた。地図に記された洞窟狼の縄張り。誰もいない。さらに進む。ゴブリンの目撃地点。誰もいない。


「……おかしい」


 ノアが呟く。


「記録が古いとか?」


 ザインが聞く。


「多少の変化はあると思います。でも、ここまで何もいないのは……」


「普通じゃない?」


「はい」


 ノアは地図から顔を上げる。


「この洞窟には、複数の魔物が生息していることが確認されています」


 だが、今、目の前に広がっているのは、ただの静寂。


「……村だけじゃなく」


 イリスが暗闇を見る。


「この洞窟まで静かになってるってこと?」


「……」


 ノアは答えられなかった。


 その時。


「止まって」


 ザインの声。ノアとイリスが足を止める。ザインは暗闇を見ていた。剣へ手を掛ける。


「……何かいる」


 ノアも目を凝らす。イリスの炎が揺れる。暗闇の向こう、何かが。ゆっくりと動いた。


「……」


 低い、唸り声。ノアが地図から顔を上げる。


「洞窟狼……?」


 だが、違う。暗闇から姿を現したそれを見て、ノアの表情が固まった。


「……何ですか、あれ」


 四本の脚。獣のような身体。洞窟狼に似ている。だが、明らかに違う。記録されている個体よりも大きい。身体つきも、纏う雰囲気も、何もかもが。


「ノア」


 ザインが剣を抜く。


「あれ、記録にある?」


「……ありません」


 ノアが答える。


「少なくとも」


 魔力を探る。その瞬間。


「……っ」


 ノアの背筋に悪寒が走った。


「ノア?」


「この魔力……」


 知っている。村で感じた。あの、身体が拒絶するような、嫌な感覚。


「……同じです」


「何が?」


 ザインが魔物から目を逸らさず聞く。ノアは目の前の異形を見つめた。


「あの魔物から」


 喉が鳴る。


「村で感じた、あの嫌な魔力がします」


 魔物が低く身を沈める。ザインは剣を構えた。イリスの周囲に炎が浮かぶ。


 そして、異形の魔物が、三人へ向かって地面を蹴った。


第12話をお読みいただきありがとうございます!


人だけが消えた村。

残された僅かな魔力。

そして、その先に待っていた大洞窟。


どうやら今回の依頼、ただの行方不明事件ではなさそうです。


次回、三人は洞窟の異変へと足を踏み入れていきます。


続きもよろしくお願いします!

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