その21
ガタガタとランジュの腕の中で震えるルルーシアは、
自分の髪を愛おしそうに撫で続ける彼を見て、
ふと昔の記憶を思い出す。
…………あの時も彼はこうやって、
わたしを自分の膝の上にのせて髪を撫でながら
優しい声で本を読んでくれていた。
でも突然、髪をひっぱられて…………。
『ルル。寝ちゃダメだって。
まだ話は終わってないし、返事しなくちゃ。』
「……………ルル。……………ルル?」
『ルルは、ボクとずっと一緒にいるんだよ?
この話に出てくる王子様とお姫様みたいに、
大きくなったら結婚して、一緒に暮らすんだよ?』
『ラっ、ランちゃん!痛い!離してっ。』
『ルルがちゃんとお返事できたら離してあげる。
………ほら、ちゃんとうんって返事して?
ボクと結婚して、ずっと一緒にいるんだよ?』
「……………ルル。返事して。」
「!!」
記憶の中の子供の頃の彼と、現実の彼が、
同じ言葉を自分に向かって言っている。
………あの時、わたしはなんて返事したのだろうか。
「ボーッとしてどうしたの?」
「なっ、………なんでもないです!
それよりどうして二人を行かせちゃったんですか?!
司書の話は殿下からの推薦なんですよね?!」
「まぁそうだけど。
アレがいなくても話は出来るよ。」
「ア、アレって………
公子はたしか殿下とご友人でしたよね?
今も仲良くされてるんですか?」
「………それなりに?
友人というよりは仕事の関係だけど。」
「…………仕事?
そういえば公子は今なにを…………。」
「ねぇ、ルル。…………いい加減に。」
ルルーシアの両頬をムニっと手で挟み、上を向かせると、
ランジュは彼女と視線を合わせる。
「ちゃんと名前で呼んで。
…………それとも、この前みたいにされたいの?」
「!!」
「………………返事は?」
「………………ふ、ふぁい。」
頬をムギュっとされているせいで、
はい。とうまく言えないルルーシアを
ランジュは笑って愛おしそうに見つめる。
…………この目は、怒っていない時の目だ。
昔も、常にいじわるされていたわけではなかった。
お菓子をくれたり、本を読んでくれたり、
自分が好きそうなぬいぐるみをプレゼントしてくれたりと、
優しい一面を見せることも多々あった。
もし"それだけ"だったなら、間違いなく自分の初恋は
ランジュだっただろう。
でもその優しさと同じくらい、彼は自分を痛めつけた。
自分が与えた優しさの、対価を支払わせるように。
「で?今なにしてるかって?」
「へっ?…………あ、えっと、
ベルロ、じゃなくて。ラ、ランジュ様は
今なにされてるのかなぁと思って。
殿下とは昔から一緒に勉強してましたよね?
今も一緒にお仕事でもされてるんですか?」
「主従関係だよ。
向こうが国王に即位したら、俺は宰相になるの。」
「はっ?」
「ベルロットの家はヒューゴが継ぐし、
ルルとの結婚を認めさせるには
それなりの立場が必要かと思って。
まぁいろいろと面倒なことばっかりだけど、
ルルに不自由な生活をさせるのは嫌だし。」
ヒューゴというのは、ランジュの兄の名前だ。
幼い頃に何度か遊んでもらった記憶があるが、
明るくて陽気な、
性格に難ありの弟とは真逆の優しい人だった。
「だから。
ちゃんと責任とって結婚してね、ルル。」
「な、なんでそうなる……………。」
「だってルルが言ったんだよ?
大きくなったら王子様と結婚したい。って。
でも俺が王子様になるのは不可能だし、
それならお姫様みたいな生活をさせてあげられるぐらい、
自分が頑張るしかないかあ。って考えてあげたのに。」
悲しそうな表情を浮かべ、
自分を見つめながらそう話すランジュを、
ルルーシアは困惑の眼差しで見つめ返す。
………王子様?お姫様?
それって、子供の頃にわたしが好きだった絵本のこと?
幼い女の子が絵本に出てくる王子様に憧れて、
将来はこんな人と結婚したい。と、夢見た話だ。
まさかその夢を叶える為に、
この人は今まで宰相となるべく
努力してきたとでもいうのだろうか?わたしの為に?
「そろそろ気づいて欲しいんだよね。
俺がどれだけキミだけを想って、
キミのためだけに頑張ってきたのか。」
うっすらと笑う彼の顔が、
ただ優しいだけのものじゃなくなっていることに
ルルーシアは嫌な予感がして眉間に皺を寄せる。
「愛してるよ、ルル。
俺にここまでさせた責任、とってよね?」
そう言って彼の顔が近づいてくるのを、
なぜかルルーシアは拒む事も、逃げる事もしなかった。




