3.資格を持つ者
門をくぐった先には、すでに大勢の少年少女たちが集められていた。
皆、目の前に広がる高貴な魔法学校の光景へ圧倒され、ざわざわと落ち着かない様子で周囲を見回している。
だが、それは行き先が分からないからではない。ここで待機するよう、事前に言い渡されていたのだ。
ナクトたちが校庭へ入った直後も、後方から何人もの少年少女が息を切らしながら駆け込んでくる。
その瞬間だった。
――バチィッ!!
空気を裂くような音が鳴り響く。
校庭を囲むように、半透明の巨大な結界が一瞬で展開された。
「っ!?」
ナクトは思わず肩を震わせる。門の外では、間に合わなかった者たちの悲鳴や嘆き声が響いていた。
「ま、待ってくれ!」
「まだ間に合うだろ!?」
しかし結界へ触れた瞬間、弾かれるように吹き飛ばされていく。どうやらこの結界は、先ほどの招待状による認証効果を打ち消す仕組みらしい。
ナクトは小さく息を吐いた。
――リゼアについてきてよかった。
もし自分一人なら、確実に間に合っていなかった。
そんなことを考えていると。
『歓迎します、新たな生徒たちよ』
突如、静寂を切り裂くように女の声が響いた。校庭の四方から聞こえてくるその声は、不思議なほど静かで、それでいて圧倒的な威圧感を持っていた。
『あなたたちはこれより三年間、この《テムリアーツ》で魔法を学びます』
『そして、国のために大いに貢献していただきます』
集められた四十人ほどの少年少女たちは、一斉に背筋を伸ばす。誰もが声の主を探すように辺りを見回していた。
『――しかし、その前に』
わずかに間が空く。
『適性検査を行います』
「きたきた……!」
ジーンが口元を吊り上げる。
「わくわくするな!」
嬉しそうに二人の顔を見るが、リゼアは視線を合わせようとしなかった。真っ直ぐ校舎の頂上を見つめ、静かに息を整えている。対照的に、ナクトは緊張で肩を強張らせていた。
『さあ、手元の招待状を確認してください』
その言葉に、全員が一斉に封筒を取り出す。
すると。
「あれ……?」
「なんだこれ……!」
驚きの声が次々と上がった。
ナクトも慌ててポケットから取り出し、そして目を見開く。
招待状だった紙が、見たこともない形へ変化していたのだ。
薄い金属板のような質感。中央には淡い光を放つ紋章。
まるで身分証のようだった。
『皆さん、招待状はありますか?』
冷たい声が響く。すると何人かが焦ったように叫び始めた。
「な、無くなってます!」
「さっきまで持ってたのに……!」
『招待状を保持できなかった者は失格です』
女の声はあまりにも淡々としていた。
『あなた方に用はありません。速やかに退出しなさい』
「ふざけるな!」
当然、反発する者たちが現れる。
「こんなことで何が分かるんですか!」
「納得できません!」
だが次の瞬間。
反抗していた少年少女たちの身体が、青白い光に包まれる。
「え――?」
声を上げる間もなく彼らはその場から跡形もなく消え去った。
校庭が静まり返る。先ほどまでのざわめきが嘘のようだった。
『――では、話を続けます』
何事もなかったかのように女の声が響く。
ナクトは喉を鳴らした。
震える手で、ジーンとリゼアの手元を見る。二人とも、招待状から変化した身分証をしっかり持っていた。
その瞬間、胸の奥に溜まっていた不安が少しだけ軽くなる。もし、自分だけが残って二人がいなくなっていたら。そう考えただけで、足が震えそうだった。
『さあ、資格を与えられた皆さん。前へ進みなさい。一人ずつ、どの属性の魔法を秘めているのかを見定めます』
その声を聞いた瞬間、ジーンが勢いよく前へ飛び出した。
「よし! おれが一番だ!」
残っていた二十人近い少年少女たちを掻き分け、真っ先に階段を駆け上がっていく。
「もう……」
リゼアは呆れたように腰へ手を当てた。
「まあ、こうなることは分かってたけど」
「ぼく、一番最後がいいな……」
ナクトが小さく呟くと、リゼアは苦笑しながら肩をすくめる。
「それも予想済み。私も最後まで残るから、一緒に待ちましょ」
「……うん」
ナクトはほっとしたように頷いた。
先頭へ立ったジーンは振り返り、満面の笑みで大きく手を振る。ナクトは目立たないよう、小さく振り返した。
『では順番に、その陣の中へ立ちなさい。そして目を閉じて』
「よっしゃ!」
ジーンは迷うことなく陣の中心へ飛び込む。腕を組み、堂々と胸を張った。
『……始めます』
その瞬間、校庭が静まり返った。
そして、陣が赤く発光する。さらに、その光は柱のように真上へ噴き上がり、五メートル近い高さまで伸びた。
「おおっ……!」
周囲から歓声が漏れる。数秒後、赤い光はゆっくり収まっていった。
「ん? 何が起こったんだ?」
ジーンが不思議そうに両手を見る。
――ボッ。
突如、その手のひらから炎が噴き上がった。
『炎属性』
女教師の静かな声が響く。
『それも、芯の通った珍しい炎です。あなたは将来、大きく伸びるでしょう』
確かに、ジーンの炎は普通ではなかった。揺らぎが少なく、まるで一本の剣のように真っ直ぐ天へ伸びている。
「ほんとか!? よっしゃあ!!」
ジーンは拳を突き上げ、豪快に笑った。
『次』
その後も、生徒たちは次々と陣へ入っていく。
風を操る者。水を生み出す者。土や岩石を動かす者。
様々な魔法が現れるたび、歓声や驚きの声が上がった。
「ナクト、先に行く?」
気づけば残っているのは、ナクトとリゼアだけだった。遠くではジーンが炎を出したり消したりしながら、嬉しそうにこちらへ手を振っている。
「えっと……リゼアが先でいいよ」
「そう。じゃあ行ってくるわね」
リゼアは静かに階段を上がり、陣の中心へ立った。
『始めます』
――瞬間。
白い光が溢れ出した。
眩い。あまりにも強い光だった。リゼアを中心に広がる光は、先ほどまでの誰よりも巨大で、神々しさすら感じさせる。
周囲からどよめきが起きる。
『……驚きました』
『これほど強力な光属性は数年に一人いるかどうか……。教師陣を含めても、ここまでの出力は滅多にありません』
「えっ……」
リゼア自身も驚いたように目を見開いていた。
だがナクトは違う。
――終わった、そう思った。
あんな凄まじい判定の後に、自分が行かなければならない。胃が締め付けられる。
「ナクト、おいで」
リゼアは周囲の視線など気にせず、ナクトへ手を振った。
「あ……う、うん」
足が重い。
たった五段の階段が、果てしなく長く感じた。
「ここだぞ、ナクト!」
ジーンが笑いながら背中を押す。
『さあ、最後のきみ。前へ』
どこか事務的な女教師の声に促され、ナクトは震える足で陣へ近づいた。
心臓が痛いほど鳴っている。皆、自分を見ている。
「ナクト、大丈夫だって!」
後ろからジーンが笑う。
「……無理しないでね」
リゼアも小さく頷いた。
ナクトは小さく息を吸う。
そして。恐る恐る、陣の中へ足を踏み入れた。
――瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
地面が震えた。
「……え?」
誰かの声が漏れる。
次の瞬間だった。
陣の中心から、黒紫色の光が噴き上がる。
それは炎でもない。光でもない。まるで“闇”そのものだった。
空気が重く沈み、空を覆っていた雲が不自然に渦を巻き始める。
「な、なんだこれ……!」
「うそ……!」
悲鳴が上がる。周囲の生徒たちが後ずさった。
黒い魔力は生き物のように脈打ちながら広がり、校庭全体を覆っていく。
『……馬鹿な』
初めてだった。あの冷徹な女教師の声が、明らかに動揺していた。
「ナクト!!」
ジーンとリゼアが同時に駆け出す。二人は陣へ飛び込み、ナクトの腕を掴んだ。
「逃げるわよ!」
「おい! しっかりしろ!」
だがその瞬間、ナクトがゆっくり振り返る。そして二人は息を呑んだ。
いつもは淡く濁って見える紫色の瞳。
だが今そこにあったのは。
底の見えない、“闇”だった。




