2.歓迎されざる者
「ここが……王都リングヴェルムか」
汽車が金切り声のような音を響かせながら停止する。その瞬間、ジーンは窓へ顔を近づけ、駅舎や街並みを食い入るように見つめた。
「すっげぇ……」
思わず漏れた声には、隠しきれない興奮が滲んでいる。
石造りの大きな駅。行き交う大勢の人々。空へ伸びる煙突。
村では見たこともないほど巨大な建物が並び、通りには馬車だけでなく魔導式の乗り物まで走っていた。
まるで別世界だった。
「何してるの。さっさと行くわよ」
感心しっぱなしのジーンを置いて、リゼアは手早くリュックを背負い立ち上がる。
「あ、おう!」
ジーンも慌てて荷物を抱えると、隣で固まっているナクトの背をぽんぽんと叩いた。
「ほら、行くぞ!」
「う、うん……」
おそらく同じ魔法学校へ向かうのだろう。自分たちと同年代の少年少女たちが、次々と汽車を降りていく。皆どこか緊張した面持ちをしながらも、期待を隠しきれていなかった。中には、ジーンのように目を輝かせて街を見回している者もいる。
「二人とも早く行くぞ!」
その光景を見た瞬間、ジーンは待ちきれないとばかりに飛び出していった。
「ちょ、ちょっと!」
リゼアは額へ手を当て、大きくため息を吐く。
「ナクト、追いかけるわよ。あの調子だと、一人でどこか行っちゃいそう」
「道、分かるのかな……」
「分かるわけないでしょ」
呆れたように言いながら、リゼアも汽車を降りる。ナクトも続いて外へ出た。
――その瞬間だった。
眩い光が視界へ飛び込んでくる。思わずナクトは足を止めた。高くそびえる建物。絶えず響く人々の声。店先に並ぶ見たこともない品々。村とは比べものにならないほど広い石畳の道。
生まれてからずっと、田畑に囲まれた小さな農村で育ってきたナクトにとって、その全てがあまりにも眩しかった。
「……ジーン、あっちよ!」
駅前広場で誰よりもはしゃいでいるジーンへ、リゼアが少し恥ずかしそうに声を張る。
「おう! あっちな!」
ジーンは地図も見ずに勢いよく駆け出した。まるで突風だった。
「あっ、ちょっとジーン!」
当然止まる気配はない。リゼアは再び深いため息を吐く。
「……大丈夫かな」
不安そうに呟くナクトへ、ヨルミアは肩をすくめた。
「知らないわよ。ほら、私たちも行くわ」
そう言ってリゼアは地図を広げ、歩き始める。
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しばらく街中を歩いていると、前方から聞き覚えのある大声が響いてきた。
「この剣くれよ!」
「あー……」
リゼアが露骨に嫌そうな顔をする。案の定、そこにいたのはジーンだった。
武器屋の店先で、大剣を両手に抱えながら店主へ食ってかかっている。
刃渡りはジーンの身長ほどもあり、今の彼には明らかに大きすぎた。
「あぁ? お前、金持ってんのか?」
筋骨隆々の店主がジーンを睨みつける。
「そいつは十万ギルムだぞ」
「じゅ、十万!?」
ジーンは目を見開いた。
だが次の瞬間には、どーんと胸を叩く。
「でも安心しろ! 未来の騎士団長が出世払いしてやるからよ!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。失せろガキ」
店主は吐き捨てるように言った。
「なんだよそれ! 将来後悔しても知らねぇぞ!」
ジーンも負けじと声を張り返す。完全に面倒な客だった。
武器屋の奥に壁に掛けられた古びた鎧。その兜の隙間から、誰かと目が合った気がした。
ナクトは思わず目を逸らす。次に見た時には、ただの鎧に戻っていた。
リゼアはジーンから視線を逸らし、そのまま他人のふりをして通り過ぎようとする。
だが。
「おっ、二人とも!」
ジーンに見つかった。
「あの剣、絶対おれに似合うと思うんだけど、どうよ?」
「どうって言われても……」
リゼアは若干引き気味のまま歩みを止めない。
「ナクト」
「えっ」
突然話を振られ、ナクトは慌てる。
「に、似合うんじゃないかな……」
苦し紛れに答えると、ジーンは満足そうに笑った。
「だよな!」
しかしナクトは思う。
――今のジーンじゃ、あの剣を振ることすら難しいだろう、と。
「ぜってぇ将来買ってやる……!」
未練たらしく武器屋を振り返りながら、ジーンはようやくリゼアの後ろへ戻った。おそらく道に迷っていたのだろう。
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「見えてきたわ」
リゼアが足を止める。
「あれが魔法学校よ」
リゼアの視線は、真っ直ぐ校舎の頂上を見ていた。まるで、何かを掴み取ろうとするみたいに。
その言葉にナクトは顔を上げ、息を呑む。
目の前にそびえ立っていたのは、まるで王族の城のような巨大建築だった。
高く積み上げられた石壁。空へ伸びる塔。巨大な両開きの門。四方は分厚い石造りの擁壁に囲まれており、簡単には侵入できそうにない。
門の両脇には、銀色の鎧を纏った兵士が二人。剣を地面へ突き立てたまま、微動だにせず立っていた。
その威圧感に、ナクトは思わず唾を呑み込む。
「……どうやって入るんだろ」
周囲を見回しながら呟くと、リゼアが小さく笑った。
「招待状。ちゃんと持ってきたわよね?」
リゼアはリュックを下ろし、封筒の中から一枚の紙を取り出した。
「ああ、これか。でも、これがあったところでどうするんだ?」
ジーンは不思議そうに招待状を太陽へかざす。
「……アンタ、本当に何も読んでないのね」
リゼアは呆れたようにため息を吐いた。
「これは入学許可証と身分証明を紐付けた魔導認証よ」
「まどう……?」
「簡単に言うと、“本人しか通れない鍵”みたいなもの」
リゼアはそう説明すると、招待状を門へ押し当てた。
次の瞬間。
紙の周囲が淡く発光する。
そして門の一部が、水面のように揺らぎ始めた。半透明の光が縦長に広がり、人ひとりが通れるほどの穴を作り出す。
「こうやって使うのよ」
リゼアは何事もないように、その中へ足を踏み入れた。すると身体はそのまま光へ溶け込むように消えていく。
「お、おいリゼア!」
ジーンが焦ったように声を上げる。
「先行ってるわよ」
門の向こうから聞こえた声に、ジーンはごくりと唾を呑み込んだ。
「……よし!」
覚悟を決めたように息を吐く。
「ナクト! おれたちも行くぞ!」
ジーンは勢いそのままに門へ飛び込んでいった。
「えっ、ちょ、ジーン……!」
一人取り残されそうになり、ナクトは慌てて招待状を押し当てる。すると同じように、門へ長方形の穴が開いた。しかし、ナクトのものには微かに紫色の文様が浮かんでいた。
ナクトは大きく息を吸い込む。そして恐る恐る、その中へ身体を滑り込ませた。
ジリジリジリ……ビリッ!!
門を通った瞬間、耳元で誰かが囁いた。
――来たか。
そして全身を強烈な痺れが駆け抜けた。
「うぁっ!」
視界が白く弾ける。
次の瞬間、ナクトは勢いよく門の内側へ転がり込んでいた。
「っ……!」
膝をつき、肩で荒く息をする。全身がまだ痺れていた。
「おいおい、大丈夫か?」
ジーンがしゃがみ込み、不思議そうに顔を覗き込む。
「私も特に何もなかったけど、まあ不思議な感覚よね」
リゼアは平然とした様子で言った。
「確かに魔法に触れるのは初めてだもんな」
二人は普通に会話を続けている。だがナクトだけは、未だに呼吸が乱れていた。
「……苦しかったよ、ぼくは」
ようやく痺れが収まり始め、ナクトはゆっくり立ち上がる。するとジーンは、いつものように笑った。
「全く、ナクトは弱っちいなぁ!」
その笑い声が、広い校庭へ明るく響いたが、
ナクトの心には微かだが不安が過った。




