27.あの日の門
木陰で木に身を預けていたウルリカは、重たい瞼を擦りながらゆっくりと目を開けた。
「……あれ。私……」
身体を起こそうとする。
しかし、力が入らない。
「……っ」
ウルリカはふらつき、そのまま再び地面へ腰を落とした。
「やっと起きたか」
「……え?」
顔を上げる。
そこには、何事もなかったかのように立っているキールがいた。
「もしかして私……」
「そうだ。そのもしかしてだ」
キールは呆れたようにウルリカを見下ろす。
「情けないやつだな」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
「……まあ、思ったより目を覚ますのは早かったが」
キールはそう言って、わずかに視線を逸らした。
「え?」
ウルリカは眉をひそめる。
「……あ!」
突然、何かを思い出したように顔を上げた。
「ナクトは!?」
「そこだ」
キールが顎で示すその先には、木の根元に横たわるナクトの姿があった。
「ナクト!」
ウルリカは慌てて駆け寄る。
「ナクト! 起きて! ねえ!」
ナクトは仰向けになったまま、苦悶の表情を浮かべている。
「……っ」
「ナクト……」
ウルリカが肩に手を伸ばした。
「待て」
キールの声が飛んできた。
「え?」
「無理に起こすな」
キールはナクトを見つめる。
「今、あいつは自分の中にあるものと向き合っている」
「……どういうこと?」
「この樹海は、侵入した者の心に入り込む」
キールは淡々と続けた。
「恐怖や後悔から逃げれば逃げるほど、現実へ戻れなくなる」
「じゃあ……」
ウルリカはナクトを見つめた。
「ナクトは、まだ……」
「そうだ」
キールは短く答える。
「待つしかない」
「…………」
「こいつ自身が、自分の過去と決着をつけるまでな」
ウルリカはナクトの手をそっと握った。
「……ナクト」
返事はない。
「大丈夫だからね」
その声に、ナクトの指がほんのわずかに動いた。
ウルリカはそれに気づかない。
しかし――
キールだけは、その小さな変化を見逃さなかった。
「…………」
キールは黙ってナクトを見下ろす。
そして、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「……何をしている」
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「……ここは」
ナクトは暗闇の中に立っていた。
周囲には何もない。
樹海の木々も、風の音も、鳥の鳴き声も聞こえない。
ただ、どこまでも続く暗闇だけが広がっている。
「…………」
不思議と恐怖はなかった。
ナクトはゆっくりと歩き始める。
一歩。
また一歩。
自分がどこへ向かっているのかも分からない。
それなのに、足は迷うことなく前へ進んでいく。
やがて――
ナクトは、ぴたりと足を止めた。
「……っ」
頭の奥が、じりじりと痛み始める。
「この感じ……」
何かを思い出しそうだったが、記憶の輪郭はぼやけていて手を伸ばしても掴むことができない。
ナクトは眉を寄せた。
その時だった。
暗闇の向こうに、見覚えのある大きな門が浮かび上がった。
「……あ」
ナクトは目を見開いた。
「テムリアーツ……」
魔法学校テムリアーツ。
かつてナクトが、ジーンとリゼアと共に入学することを夢見ていた場所。
ナクトはゆっくりと門へ近づいていく。
その光景を見ているうちに、少しずつ記憶が蘇ってきた。
「……そうだ」
ナクトは小さく呟く。
「ぼく……ここに来たことがある」
入学が決まったあの日。
ナクトはジーンとリゼアと一緒に、この場所を訪れた。
三人で並んで、この門を見上げた。
これから始まる学校生活に胸を膨らませながら。
「ジーン……リゼア……」
ナクトの口から、二人の名前がこぼれた。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「三人で……ここで勉強するはずだったんだ」
魔法を学んで、くだらないことで笑って、時には喧嘩をして。
卒業して――
その先も、三人で。
そんな未来が、当たり前のように待っていると思っていた。
「…………」
ナクトは門の前で立ち止まる。
そして、自分の手元へ視線を落とした。
淡い光が集まり、そこに一枚の魔導証が現れる。
「……魔導証」
ナクトはそれを手に取った。
あの日も、これを使った。
「…………」
ナクトは魔導証を門へかざす。
シュー……。
小さな音が響き、重厚な門に人一人が通ることのできる穴が空いた、
ナクトは一歩、門の中へ入った。
その瞬間だった。
ビリッ!!
「……ッ!!」
全身を鋭い衝撃が駆け抜けた。
「……痛っ!」
ナクトは思わず胸元を押さえる。
この感覚、覚えている。
「……あの時と……同じ」
入学するため、初めてこの門をくぐった時。
他の二人は何ともなかった。
なのに、自分だけが感じた異様な痛み。
痛みが引いた後ナクトは立ち上がった。
懐かしい。
ここも、知っている。
あの日、ジーンとリゼアと一緒に試験を受けた場所。
初めて魔法に触れた場所。
そして――
「……あ」
ナクトは足を止めた。
視線の先に、広い中庭があった。
一面に広がるクローバー、風に揺れる緑の葉。
「ここ……」
ナクトはゆっくりと歩き出す。
「ここで……ジーンとリゼアと……」
「…………」
ナクトはゆっくりと顔を上げる。
誰もいない。
ジーンも、リゼアも。
二人の姿はどこにもない。
「……ジーン?」
返事はない。
「……リゼア?」
静寂だけが返ってくる。
ナクトは二人の名前を呼ぶことさえ怖くなった。
「…………」
胸の奥が痛い。
さっきの衝撃よりも。
「……なんで」
ナクトは俯いた。
「ぼくは……」
言葉が続かない。
その時――
「――来たか」
低い男の声が、中庭の奥から響いた。
「……っ」
ナクトの身体が強張る。
誰もいなかったはずの中庭の奥。
校舎の影から、ゆっくりと誰かが歩いてくる。
コツ……。
コツ……。
足音が近づいてくる。
ナクトは警戒しながら、男の姿を見つめた。
「……誰ですか」
男は答えない。
ただ、ナクトを見つめていた。
そして――
「待っていたぞ」
男は静かに口を開いた。




