11.小さな依頼
「やっと着いたぁ……!」
二人にとって初めて訪れる村を前に、ウルリカが嬉しそうに声を弾ませた。だがその後ろでは、ナクトが今にも倒れそうな足取りでふらふらと歩いている。
「ナクトー! 早く早く! 置いてっちゃうよー!」
村門の前で、ウルリカが落ち着きなく足踏みしながら手を振った。
「ま、待ってよウルリカ……はぁ、はぁ……」
ナクトは肩で息をしながら、ようやく門の前へ辿り着く。
「すごい活気だね……」
村の中では馬車が忙しなく行き交い、商人たちの呼び声が飛び交っていた。
荷物を抱えて走る人。
露店で値切る旅人。
笑い声を上げる子どもたち。
ウルリカの故郷とはまた違う、“商売の熱気”に満ちた村だった。
「そうそう。この村、商業が盛んなんだって」
ウルリカは青い瞳をきらきら輝かせる。
「いろいろ見て回ろうよ!」
そう言うなり、ナクトの腕を掴んで村の中へ駆け出した。
「わっ!?」
人混みへ引っ張られながら、ナクトは慌てて後を追う。
露店が並ぶ通りには、色とりどりの商品が所狭しと並べられていた。干し肉、香辛料、古びた剣、見たこともない果物。歩いているだけで、知らない世界へ迷い込んだ気分になる。
「ねえ、これ見て!」
突然、ウルリカが足を止めた。勢いよく前のめりになりながら、一つの露店を食い入るように見つめている。
「おお、お嬢ちゃん! お目が高いねぇ!」
店主が待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「そいつはこの辺じゃ採れない鉱石だ! 遠方から運ばれてきた逸品でねぇ!」
陽光を受けた鉱石は、淡い青色に輝いていた。
「ナクト! これ買おう!」
振り返ったウルリカの目は、鉱石以上に輝いている。だがナクトは、言いづらそうに小さな財布を開いた。
「えっと……すごく言いにくいんだけど……」
中には、わずかな硬貨しか入っていない。
「ぼくたち、お金ほとんどないよ」
「……」
ウルリカは真顔になった。
数秒間、ぴたりと動きが止まる。だが次の瞬間、ぱっと顔を上げた。
「――そうだ!」
ウルリカは勢いよく拳を握る。
「依頼受けてお金稼ごうよ! 私たち、冒険者なんだし!」
「冒険者……」
ナクトははっとする。冒険者とは、ただ旅をする人ではない。村や街で依頼を受け、魔物を倒し、人を助け、その報酬で旅を続けていく者たち。
でも、自分たちは少し違う。自分たちの目的は、“人助け”。けれど、それはあまりにも曖昧だった。依頼をこなしながら旅をすることこそ、本来の冒険者なのではないか。
ナクトは、鉱石を諦めきれずに依頼掲示板の方へ走っていくウルリカの背中を見つめる。
そして小さく首を傾げた。ぼくたちの旅って、何なんだろう。
村の喧騒の中で、そんな疑問が胸の奥に静かに沈んでいった。
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ウルリカの背を追って辿り着いたのは、村の中央に建つ大きな酒場だった。昼間だというのに、中からは男たちの豪快な笑い声が響いている。
「……ここ?」
ナクトは建物を見上げながら引きつった声を漏らした。
「……ここだって教えてもらったけど」
さっきまで意気揚々としていたウルリカも、さすがに少し気圧されたようだった。酒場の扉は半開きになっており、隙間から酒と煙草の臭いが漂ってくる。
時折、ガハハッという笑い声と共に机を叩く音まで聞こえた。
「きょ、今日はやめとこう?」
ナクトはそっと後ずさる。だがウルリカはぐっと拳を握った。
「だってお金ないんだもん!」
覚悟を決めたように、ずんずん前へ進んでいく。
「えっ、行くの!? ウルリカ!」
ナクトは慌てて後を追った。
コンコン――ガチャ。
ウルリカが先に扉を開ける。途端に、室内に充満していた酒と煙草の臭いが一気に流れ出してきた。
「うっ……」
ナクトは思わず顔をしかめる。
薄暗い店内には、荒くれ者のような男たちが何組も陣取り、昼間から酒を煽っていた。無精髭。傷だらけの腕。腰に差された武器。笑っているだけなのに、どこか喧嘩寸前の空気を感じる。
「…………」
ウルリカはごくりと唾を飲み込むと、ぎこちない足取りで店の奥――依頼受付らしきカウンターへ向かって歩き始めた。その後ろを、ナクトが目をぎゅっと瞑りながらついていく。
カウンターまでの距離は、本来ならほんの数歩しかないはずだった。
だが二人にとっては、それが妙に長く感じられた。
背後から聞こえる笑い声。
酒臭い空気。
こちらをじろじろと見てくる視線。
その全てが、二人の足を重くしていた。
ようやくカウンターの前へ辿り着くと、ウルリカは小さく深呼吸をする。
「あ、あのー……」
だが緊張のあまり、その先の言葉が続かない。
するとカウンターの奥から、重たい足音が近づいてきた。
ギシ、ギシ、と床板が軋む。
「……何か用か」
低く鈍い男の声だった。
ウルリカの肩がぴくりと跳ねる。
「え、えっと、その……」
「要件を言え。忙しいんだ」
男は面倒臭そうに眉をひそめた。
ウルリカはぎゅっと拳を握る。
そして勢いよく顔を上げた。
「わ、私たち冒険者なんです! 何か依頼をください!」
言い切った瞬間。
酒場の空気が、しんと静まり返った。
どこかで酒瓶を置く音だけが響く。
「……冒険者だと?」
受付の男が、値踏みするように二人を見る。
「あ……は、はい。一応……」
ウルリカは引きつった笑みを浮かべながら後ろを振り返った。
「だ、だよね!? ナクト!」
「わっ!?」
突然背中を押され、ナクトが前へ転がり出る。
受付の男はナクトを見るなり鼻で笑った。
「……どう見てもガキだな」
その一言で、張り詰めていた空気が崩れた。
「ハハハハ!」
酒場の男たちが一斉に笑い始める。
「お前らなんか魔物に瞬殺されるぞ!」
「子どもはチャンバラ遊びでもしてろ!」
「ママのところ帰んな!」
下品な笑い声が酒場中に響いた。
ナクトは肩を縮こませる。
だが――。
「う、うるさいっ!!」
ウルリカが顔を真っ赤にして叫んだ。
「この飲んだくれオヤジども!!」
そのまま勢いよく踵を返し、酒場を飛び出していく。
「あっ、ウルリカ! 待ってよー!」
ナクトも慌てて後を追った。
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外へ出ると、ウルリカが腕を組んだまま口をへの字に曲げて立っていた。
「……ウルリカ?」
「ごめんね、ナクト」
ウルリカは小さく息を吐く。
「怖い思いさせちゃった」
そう言って笑おうとしたが、少しだけ引きつっていた。
「今日は宿屋探して休もっか」
「うん」
ナクトは素直に頷く。
二人はそのまま村の通りを歩き始めた。
しばらくして。
「おや、見ない顔だねぇ」
家の前を掃除していた老婦人が、ほうきを止めて声をかけてきた。
「旅の人かい?」
「あ、えっと……」
ウルリカは一瞬言葉を詰まらせる。
それから少し視線を逸らして答えた。
「……私たち、冒険者です」
老婦人の顔がぱっと明るくなる。
「冒険者さんかい!」
「え?」
思わぬ反応にウルリカが目を瞬かせた。
だが老婦人はすぐ困ったように眉を下げる。
「ああ、でもねぇ……」
「どうしたんですか?」
ナクトが首を傾げた。
「飼ってた猫が帰ってこなくてねぇ。本気で探してくれる人を探してたんだけど、みんな面倒臭がっちゃって……」
「猫?」
ウルリカの耳がぴくりと動く。
「いつ頃からいなくなったんですか?」
「もう四か月くらいになるかねぇ」
「四か月……」
嫌な予感が脳に過った二人は顔を見合わせた。
「……すみません。私たち、もう次の街へ――」
「二万ギルム払うよ」
「やります!!!!」
ウルリカが即答した。
「私、猫大好きなので!!!!」
その目は、猫ではなく完全に報酬を見ていた。
隣でナクトは、そっと目を逸らした。




