橋頭堡
2040年6月15日午後0時45分。台湾東部海岸水陸機動師団橋頭堡。
台湾東部海岸の砂浜は、激しい戦火の跡を残していた。日本陸軍の水陸機動師団による第一波上陸が、ついに完了した。
エアクッション型揚陸艇が波を蹴立てて次々と海岸に突入し、35式戦車が砂浜を力強く走り上がる。海軍連合艦隊の対地支援攻撃と空母打撃群からの航空支援が、周辺の中国人民解放軍陸軍部隊を圧倒的に制圧していたため、橋頭堡の確保は比較的迅速に行われた。
続々と第二波の上陸が開始されていた。
揚陸艇の列が途切れることなく海岸に到着し、重装備を運び上げる。台湾奪還作戦の成否を左右する、最も重要な局面だった。水陸機動師団師団長藤堂隆司中将は、橋頭堡に急造された仮設指揮テントの中で、地図を睨みながら立っていた。
彼は第二次世界大戦以来、再軍備後初めてとなる本格的な上陸作戦の指揮を、自ら第一波で上陸する形で押し通した。
部下たちから猛反対されたが、「この作戦の先頭に立つのが指揮官の務めだ」と一蹴したのだ。
テント内は緊張に満ちていた。
通信士官が次々と報告を上げる。
「第一波上陸部隊、橋頭堡を確保!35式戦車30両が展開完了!現在、第二波の揚陸を急いでいます!」
藤堂師団長は、厳しい表情で頷いた。
上陸兵力の全体計画は次の通りだった。第一段階として総軍直轄の水陸機動師団が、第二段階として総軍直轄の第1空挺団と特殊作戦群が航空宇宙軍輸送機により空輸され、第三段階として北部方面軍第7機甲師団と東部方面軍第1機械化歩兵師団が、第四段階として中部方面軍第14機甲師団と西部方面軍第4機械化歩兵師団が、それぞれ送り込まれ総上陸兵力は約11万8000名に達する大規模作戦だった。藤堂師団長は、テントの入口から海岸線を見渡した。
海軍連合艦隊の支援攻撃が、遠くで轟いている。原子力空母大和級4隻から発艦した烈風2型と桜嵐の群れが、台湾上空を制圧し、人民解放軍の反撃を抑え込んでいた。
「人民解放軍陸軍は、内陸部へ後退している模様です。現在は組織的な反撃は確認されていません。」
報告を聞いた藤堂中将は、静かに、しかし力強く命じた。
「早急に上陸を完了させ、内陸部への侵攻を開始する。台湾の同胞を、一日も早く解放する。それが我々の使命だ。」
橋頭堡周辺は、海軍と航空宇宙軍の圧倒的な火力支援により、比較的安定していた。しかし、誰もが知っていた。これはまだ序章に過ぎない。台湾内陸部には、中国人民解放軍の精鋭地上部隊が待ち構えており、本格的な地上戦がこれから始まるのだ。藤堂師団長は、ヘルメットを被り直し、テントの外へ出た。
砂浜では35式戦車がエンジンを唸らせ、次々と前進を開始している。その姿を見て、彼は静かに胸に誓った。
『13年前の屈辱を、必ずここで晴らす。』
台湾奪還作戦は、今、着実にその第一歩を踏み出していた。




