沈黙の決断
中華人民共和国首都北京中南海中央軍事委員会会議室
沈黙が、会議室を支配していた。
趙建国国家主席は、両手で顔を覆ったまま、肩を小刻みに震わせていた。
先ほどまでの傲慢で自信に満ちた笑みは、完全に消え失せ、代わりに額には脂汗が浮かび、息遣いが荒くなっていた。
中央軍事委員会副主席(上将)は、静かに、しかしはっきりと言った。
「主席……日本海軍連合艦隊は、すでに我が艦隊を完全にロックオンしています。
神風巡航ミサイルの弾頭が戦略級FAE多弾頭システムである以上、一発でも命中すれば、艦内は瞬時に壊滅します。
さらに日本の戦略型原子力潜水艦薩摩級が日本海に展開している以上、我々が核攻撃を行えば、即座に報復を受けます。
中国本土は……壊滅状態に陥ります。」
趙建国は、ゆっくりと顔を上げた。
その目は血走り、唇は青ざめていた。
「……撤退を、認めるのか?
我々が……世界最大の軍事大国である我々が……小さな島国に、撤退を強いられるというのか?」
声は低く、かすれていた。
しかし、そこには明らかな動揺と、プライドが崩れ落ちる音が混じっていた。
東部戦区司令員が、苦渋を滲ませながら続けた。
「主席……現実を直視しなければなりません。
我々の艦隊は、すでに駆逐艦・フリゲートの4割を失っています。
残る艦艇も、護衛網が崩壊し、空母が露わになっています。
これ以上攻撃を続ければ……全滅は避けられません。」
会議室に、再び重い沈黙が落ちた。
誰もが、言葉を発することができなかった。
国家主席の過剰な自信が、現実の軍事力の差と、相互確証破壊の恐怖の前に、ゆっくりと、しかし確実に崩れていく様子を、全員が目の当たりにしていた。
趙建国は、震える手で紅茶のカップを握りしめた。
カップが、カチカチと音を立てて震える。
「……日本……」
彼は、かすれた声で呟いた。
「13年前、台湾を我々の手に収めたとき……日本は何もできなかったはずだ……
それが今……この程度の軍拡で、我々にここまで……」
国家主席の言葉は、途中で途切れた。
彼は、ゆっくりと目を閉じ、深く息を吐いた。
中央軍事委員会副主席が、最後に静かに言った。
「主席……撤退の判断を……お願いいたします。
これ以上犠牲を増やせば、中国の未来そのものが危うくなります。」
会議室は、完全な静寂に包まれた。
趙建国は、長い間、目を閉じたまま動かなかった。
その肩は、わずかに震えていた。
日本海軍連合艦隊は、東シナ海で静かに、次の命令を待っていた。
灰色の鋼鉄の龍は、まだ牙を完全に剥いていなかった。
北京の中南海では、最高指導者を含む全将軍が、苦悩と現実の前に、ただ沈黙するしかなかった。




