崩壊する幻想
中華人民共和国首都北京中南海中央軍事委員会会議室
会議室の空気が、完全に凍りついていた。
大型液晶モニターには、東シナ海の惨状がリアルタイムで映し出されていた。
人民解放軍海軍の主力水上戦闘群が、日本海軍連合艦隊の反撃を受け、灰色の煙と炎を上げて次々と沈没していく様子が、容赦なく流れ続けている。
中央軍事委員会副主席(上将)が、震える声で報告を上げた。
「主席……被害が確認されました。
日本海軍連合艦隊の三波攻撃により、我が艦隊は……駆逐艦・フリゲートの4割を一瞬にして失いました。
空母は無傷ですが、護衛艦艇の多くが沈没または大破しています。
戦略ミサイル軍と空軍の攻撃も、ほぼ全て迎撃されました……」
その報告が終わった瞬間、会議室に重い沈黙が落ちた。
趙建国国家主席は、モニターを凝視したまま、ゆっくりと立ち上がった。
その顔は、血の気を失い、目が大きく見開かれていた。
先ほどまでの余裕たっぷりの笑みは、完全に消え失せ、代わりに唇が小刻みに震えていた。
「……4割?」
彼の声は、低く、かすれていた。
「海軍の全兵力を集中させたというのに……日本にほとんど被害を与えられず、逆に駆逐艦とフリゲートの4割を失った……だと?」
趙建国は、突然、机を両手で叩きつけた。
その音が、会議室に激しく響き渡った。
「ふざけるな!!」
国家主席の怒声が、爆発した。
「1185発の極超音速ミサイルと、7隻の空母からの航空攻撃、戦略ミサイル軍の対艦弾道ミサイルを総動員したというのに……日本艦隊にほとんど被害を与えられなかったというのか!?
我々は世界最大の軍事大国だ!
空母7隻、艦艇総数ではアメリカを上回る!
それなのに……小さな島国に、こんな目に遭わされるなど……許さん!!」
彼の顔は、真っ赤に染まり、額には青筋が浮かんでいた。
これまで見せたことのない、激しい動揺と怒りが、露骨に表れていた。
自信に満ち溢れていた瞳は、今や血走り、唇の端からは唾が飛び散っていた。
「反撃だ! 即座に反撃を命じる!!
残りの全兵力を投入して、日本艦隊を海底に沈めろ!!
小日本など、すぐに全滅するはずだ!!」
しかし、その命令に対して、誰も即座に返事をしなかった。
東部戦区司令員が、苦渋の表情で口を開いた。
「主席……申し上げにくいのですが……
空母艦載機も水上艦艇も、既にミサイルをほぼ撃ち尽くしております。
次の大規模攻撃を行うには、再装填と再集結に時間が……」
趙建国は、目を血走らせて叫んだ。
「時間など必要ない!
今すぐ攻撃しろ!!
我々は世界最大の軍事力を持っているんだぞ!!
日本など、張り子の虎に過ぎん!!
すぐに叩き潰せ!!」
会議室は、重苦しい沈黙に包まれた。
将軍たちの多くは、目を伏せたまま言葉を失っていた。
現実が、国家主席の過剰な自信を、容赦なく打ち砕いていた。
趙建国は、荒い息を吐きながら、再びモニターを見つめた。
そこには、日本海軍連合艦隊が、ほとんど無傷のまま、整然とした陣形を保ち続けている姿が映っていた。
彼の拳が、机の上で強く握りしめられた。
指の関節が白くなり、震えていた。
「日本……よくも……」
国家主席の声は、もはや怒りを通り越して、かすかに怯えを含んだものに変わり始めていた。




