先制の誘い
中華人民共和国首都北京中南海中央軍事委員会会議室
巨大な円卓を囲む将軍たちの視線が、一人の男に集中していた。
中華人民共和国国家主席、趙 建国は、ゆったりと背もたれに体を預け、口元に薄い、しかし満足げな笑みを浮かべていた。
大型液晶モニターには、人民解放軍海軍の艦隊がゆっくりと集結していく様子がリアルタイムで映し出されている。
趙建国は、低く笑いながら言った。
「日本が事実上の戦争状態に突入したと宣言したにもかかわらず……未だに攻撃を仕掛けてこない。
ふん、小日本のあの女は、所詮は口だけだな。何も行動していないじゃないか。」
その言葉に、会議室にいる将軍たちの何人かが、微かに頷いた。
国家主席の声には、相手を小馬鹿にしたような、底知れぬ自信が満ち溢れていた。
中央軍事委員会副主席(上将)が、硬い声で報告を続けた。
「主席、現在、東部戦区所属艦隊の集結が順調に進んでおります。
後1時間で主力水上戦闘群の集結が完了します。
空軍の戦闘機・爆撃機部隊も離陸体制に入り、戦略ミサイル軍も燃料注入が終わり、発射準備が完了しています。」
趙建国は、ゆっくりと頷きながら、モニターに映る自軍の動きを満足そうに眺めた。
彼の瞳には、まるで獲物を前にした獣のような、傲慢な輝きがあった。
「良い……。
小日本の張り子の虎を、叩き潰すんだ。
人民解放軍は、全ての準備が完了次第、海軍は空母艦載機と艦艇からの対艦ミサイル・巡航ミサイル、空軍は航空機、戦略ミサイル軍は対艦弾道ミサイルによる大規模飽和攻撃を実施する。
あの張り子の虎を海底に沈め、小日本に目にもの見せてやるのだ!!」
国家主席の声は、会議室に力強く響き渡った。
その言葉には、軍事大国としてのプライドと、相手を完全に侮った過剰な自信が、ありありと表れていた。
彼は拳を軽く握り、将軍たちを見回した。
「我が中華人民共和国は、世界最大の軍事力を持つ。
空母7隻、艦艇総数ではアメリカを上回る。
陸軍の兵力数は世界一、空軍の保有機数も世界一。
日本など、所詮は小さな島国が必死に軍拡をしただけだ。
その程度の力で、我々に勝てると思っているのか?
笑止千万だ。」
将軍たちの多くが、力強く頷いた。
一部の者は、静かに目を伏せたままだった。
東部戦区司令員(上将)は、胸の奥に底知れぬ不安を感じていた。
(……本当に、これで良いのか?)
彼は、モニターに映る日本の連合艦隊の動きを、じっと見つめていた。
四隻の原子力空母大和級を先頭に、一糸乱れぬ完璧な艦隊機動。
灰色の鋼鉄の龍は、静かで力強い波を立てながら、東シナ海を進んでいる。
日本は最後通牒を発し、戦争状態に突入したと宣言した。
それなのに、未だに攻撃を仕掛けてこない。
(こちらに先に手を出させるための罠ではないのか……?)
東部戦区司令員は、心の中で何度もその疑念を繰り返した。
しかし、国家主席の命令は絶対だった。
しかも、攻撃してこないのは事実であり、大規模飽和攻撃を実施して先制攻撃をする絶好の機会であるのも、また事実だった。
彼は、静かに息を吐いた。
「了解しました。
全軍に、攻撃準備を急がせます。」
趙建国は、再び満足げに笑った。
「そうだ。
小日本に、思い知らせるのだ。
中華人民共和国の前に、跪くしかないということを。」
会議室に、将軍たちの低い賛同の声が上がった。
しかし、東部戦区司令員の胸に広がる不安は、消えることはなかった。
モニターに映る日本の連合艦隊は、依然として整然とした動きを続けていた。
その姿は、まるで静かな誘いのように、会議室の空気に微かな影を落としていた。




