先制の許し
2040年6月15日 午前9時02分
東京都新宿区 国防省地下中央指揮所
中央指揮所の空気が、再び張りつめた。
担当通信士官が、突然声を上げった。
「総理! 原子力空母大和CICから秘匿暗号通信回線が開かれました!」
大野田喜美総理と大泉進太郎国防大臣は、瞬時に顔を見合わせた。
二人はほぼ同時に頷き、大泉国防大臣が短く指示を出した。
「大型液晶モニターに出してくれ。」
数秒後、指揮所のメインスクリーンに、原子力空母大和の戦闘情報センター(CIC)が映し出された。
中央に立つのは、大和空母打撃群司令官、黒崎 信一郎大将だった。
彼は画面越しに敬礼をし、落ち着いた声で切り出した。
「総理、国防大臣。
大和CICより緊急報告です。
本官は、原子力空母大和艦長、星野瑞穂大佐の意見具申を採用し、中国人民解放軍海軍に先制攻撃をさせることにしました。
現状、敵艦隊はまだ移動中であり、時間的余裕があります。
最高指揮官である総理と統合幕僚長の許可をいただきたく、通信いたしました。」
「先制攻撃をさせる」という言葉が、指揮所に重く響いた。
瞬間、中央指揮所は二つの反応に分かれた。
統合幕僚長以下、制服組の将官・佐官、そして大野田総理、大泉国防大臣、鈴本外務大臣、寿々木財務大臣、藤原国家特務情報庁長官は、ほとんど表情を変えなかった。
彼らは日本軍の練度と能力を深く理解していた。
13年前の台湾有事で直接経験した者も、再軍備以降にその成果を間近で見てきた者も、黒崎司令官の判断の意図を即座に読み取っていた。
しかし、残る官房長官以下の他の閣僚や背広組(文民官僚)は、明らかにざわめいた。
「先制攻撃をさせる?」という言葉に、驚きと戸惑いの声が漏れた。
大野田総理は、ゆっくりと立ち上がった。
彼女は机を力強く叩き、指揮所全体を一瞬で静めた。
その音は、まるで鉄の塊を叩いたように響いた。
「静かに!」
大野田総理の声は、怒りを露わにしながらも、冷徹なまでに明晰だった。
「後方の安全地帯にいるくせに、前線で命を懸ける軍人の判断にごちゃごちゃ言う権利はありません!
お望みなら、今すぐティルトジェットで大和まで移送しましょうか?
現場の判断を疑う前に、自分の無力を恥じなさい!」
指揮所が、水を打ったように静まり返った。
官房長官以下の閣僚や背広組は、ただただ沈黙した。
誰もが、大野田総理の眼光の強さに圧倒されていた。
大野田総理は、息を整え、スクリーンに映る黒崎司令官に向き直った。
彼女の声は、再び冷静で力強かった。
「司令官。
我が軍の練度と能力は、熟知しています。
わざと人民解放軍海軍に先制攻撃をさせて、それを徹底的に、完全に防御する。
そして航空宇宙軍の衛星コンステレーションによるリアルタイム映像で記録し、それを全世界に公表する——
それが目的ですね?」
黒崎信一郎大将と、隣に立つ星野瑞穂大佐は、画面越しに驚きの色を浮かべた。
何せ、総理の言葉は完全にその通りだったからだ。
黒崎大将は、深く敬礼をした。
「その通りです、総理。
台湾侵攻以後も覇権主義を掲げ、一大プロパガンダを続ける中国のプライドを、へし折るのです。」
その言葉に、中央指揮所の士気が一気に高まった。
中国を「あっと言わせる」ことができる——その実感が、指揮所全体に広がった。
大野田総理は、大きく頷いた。
「司令官、その作戦を日本軍最高指揮官として採用します。
宜しいですね、統合幕僚長?」
いきなり話を振られた統合幕僚長は、わずかに驚きながらも、力強く答えた。
「もちろんです、総理。」
大野田総理は、再び黒崎司令官に向き直った。
「司令官、人民解放軍海軍は未だに艦艇の移動に時間がかかるようです。
準備を万全に整えてください。
我々はここで、全力で支援します。」
黒崎大将は、画面越しに深く敬礼した。
「許可を頂き、ありがとうございます。
必ず成功させます。」
通信が切れた瞬間、中央指揮所は新たに気合いを入れ直していた。
誰もが、静かな興奮と決意に包まれていた。
大野田総理は、スクリーンを見つめたまま、静かに呟いた。
「さあ……始まりだ。」




