北京の幻影
同時刻。中華人民共和国首都北京中南海中央軍事委員会会議室
会議室の空気は、熱気と緊張で重く淀んでいた。
巨大な円卓を囲む将軍たちの視線が、中央に座る男に集中している。
中華人民共和国国家主席、趙 建国は、ゆったりと背もたれに体を預け、満足げな笑みを浮かべていた。
彼の指先は、卓上に置かれた紅茶のカップを優雅に回していた。
「日本がようやく本気を出したようだな。」
趙建国は、低く笑いながら言った。
その声には、底知れぬ自信と、相手を小馬鹿にしたような響きがあった。
「小日本が事実上の戦争状態などと、随分と大きな口を叩くようになったものだ。
13年前に台湾を我々の手に収めたときも、結局は何もできなかったくせに……今度はどう出るつもりか、楽しみにさせてもらう。」
中央軍事委員会副主席(上将)が、硬い表情で報告を続けた。
「主席、現在、東部戦区所属艦隊の主力水上戦闘群は山東と福建の2隻の空母を中核に、駆逐艦・フリゲートなど総勢八十隻以上が出撃しています。
北部戦区所属艦隊は空母3隻を含む主力群が、南部戦区所属艦隊は空母2隻を含む主力群が、それぞれ移動を開始しており合流する予定です。
陸軍の機械化部隊と揚陸部隊も、東部・南部戦区で展開を急いでおります。
空軍の戦闘機・爆撃機は緊急展開を完了し、戦略ミサイル軍も移動式発射装置の燃料注入を進めています。」
趙建国は、ゆっくりと頷いた。
その顔には、獲物を前にした獣のような満足感が広がっていた。
「良いぞ。
日本がどれだけ軍拡をしようと、所詮は島国の浅知恵だ。
我が中華人民共和国海軍は空母7隻を擁し、艦艇総数では世界最大。
陸軍の兵力数は世界一、空軍の保有機数も世界一。
日本など、張子の虎に過ぎん。
海軍の7隻の空母で日本艦隊を海の藻屑とし、陸軍で台湾の二の舞を日本本土で演じてやる。」
彼は笑みを深め、将軍たちを見回した。
「諸君、安心したまえ。
我々はすでに勝利している。
日本は13年前に味わった屈辱を忘れられず、必死に牙を剥いているだけだ。
その牙など、我が軍の前ではただの玩具に等しい。」
会議室に、将軍たちの低い賛同の声が上がった。
しかし、その中には、わずかに表情を曇らせる者もいた。
東部戦区司令員(大将)は、報告書を握る手に力を込めながら、心の中で考えていた。
(……本当に、そうか?)
彼は、モニターに映る日本の連合艦隊の動きを、じっと見つめていた。
四隻の原子力空母大和級を先頭に、一糸乱れぬ完璧な艦隊機動。
灰色の鋼鉄の龍が、静かで力強い波を立てながら東シナ海へ進んでいる。
一方、中国海軍の艦隊は……規模こそ圧倒的だったが、所々に陣形の乱れが目立っていた。
大型空母を中心に集まった艦群は、動きに統一感がなく、ところどころで遅れや混乱が見える。
それは、単なる規模の差ではなく、練度と経験の差を如実に表していた。
東部戦区司令員は、台湾有事の記憶を思い出した。
あのとき、日本の海上自衛隊は、護衛艦2隻を失いながらも、中国海軍に予想外の打撃を与えた。
潜水艦の静かな戦い、精密なミサイル反撃——日本軍の質の高さは、すでに当時から明らかだった。
(我々は数では勝っている。
しかし……練度では? 経験では? 統率では?)
彼はちらりと国家主席の顔を見た。
趙建国はまだ、満足げな笑みを浮かべ続けていた。
その自信は、ほとんど揺るがないように見えた。
別の将軍が、控えめに口を挟んだ。
「主席……日本の新空母『大和級』は、原子力推進で電磁カタパルトを4基搭載していると報告されています。
我が軍の山東・福建は改装を終えていますが、通常動力型です。
持続力と航空運用効率で劣る可能性が……」
趙建国は、手を軽く振ってその言葉を遮った。
「心配するな。
数で圧倒すれば良い。
日本など、所詮は小さな島国だ。
我が軍の7隻の空母と、世界最大の陸軍・空軍があれば、十分に勝てる。
諸君はただ、命令に従い、敵を叩き潰せばいい。」
会議室に、再び低い賛同の声が上がった。
しかし、東部戦区司令員は、心の中で静かに息を吐いた。
(……本当に、そうだろうか。)
モニターに映る日本の連合艦隊は、依然として整然とした動きを続けていた。
その姿は、まるで静かな警告のように、会議室の空気に微かな影を落としていた。
趙建国は、紅茶を一口飲み、優雅に笑った。
「さあ、諸君。
日本が来るのを待つ必要はない。
我々から、迎え撃とうではないか。」
国家主席の言葉に、将軍たちは再び頷いた。
しかし、その瞳の奥には、わずかな——本当にわずかな——不安の色が、確かに浮かんでいた。




