自らの決意
大野田喜美総理は、静かに中央指揮所を見回した。
大型モニターに映る連合艦隊の光点は、すでに沖縄近海へと向かう軌跡を描き始めている。
最後通牒の期限内である今、過度に緊張しすぎるのも良くない。
しかし、ここにいる全員の表情は、静かな覚悟に満ちていた。
秘書官がそっと近づき、小声で告げた。
「総理、国民向け記者会見の時間が近づいております。
首相官邸記者会見場へ移動の準備を……」
大野田総理は軽く頷きながらも、すぐに立ち上がらなかった。
彼女はもう一度、指揮所にいる面々をゆっくりと見渡した。
ここにいる人間のうち、先の2027年台湾有事に直接的に関与していたのは、約半数だった。
閣僚では、大野田総理自身、大泉進太郎国防大臣、鈴本多香子外務大臣、寿々木範和財務大臣くらいである。
彼らは当時、中市早苗美内閣でそれぞれの立場から、台湾侵攻の衝撃と本土被害を間近で受け止めた者たちだった。
藤原澪国家特務情報庁長官は、当時国家情報局のロシア連邦担当だったため、直接的な関与はなかった。
他の閣僚も、当時は各省の大臣や副大臣、政務官ですらなく、ただの与党議員に過ぎなかった。
中央指揮所の軍人たちも同様だった。
統合幕僚長、陸軍参謀総長、海軍軍令部総長、航空宇宙軍統合総長といった将官や佐官クラスの経験者が台湾有事の記憶を共有している一方で、残る多くの軍人は、再軍備後に導入された選抜徴兵制によって入隊した新世代の兵士たちだった。
だが、全員に共通しているものがあった。
それは、**「自分の国は自分で守る」**という、揺るぎない決意だった。
大野田総理は、心の中で静かに思い返した。
13年前、台湾有事のとき——
日本は存立危機事態を認定し、海上自衛隊を派遣した。
しかし、護衛艦2隻を失い、本土にミサイルが着弾し、827名の死傷者を出した。
その後、中国の白紙講和を受け入れざるを得なかったが、わずか3週間後に台湾は再侵攻され、完全制圧された。
アメリカとNATOは「これ以上の拡大をしなければ容認する」と表明し、日本を蚊帳の外にした。
あのときの無力感。
「梯子を外された」という国民の怒り。
ミュンヘン合意に匹敵する愚策だという非難の嵐。
あの屈辱が、すべてを変えた。
憲法改正。
再軍備。
選抜徴兵制。
国家特務情報庁による聖域なきスパイ狩り。
そして、原子力空母大和級、35式戦車、烈風、桜嵐、桜雹……
すべては、「もう二度と、他国に命運を委ねない」という、国民全体の固い決意から生まれたものだった。
大野田総理は、静かに息を吸った。
ここにいる誰もが、あのときの痛みを——直接経験した者も、後に学んだ者も——胸に刻んでいる。
経験の有無に関わらず、全員が同じ思いを抱いていた。
自分の国は、自分たちで守る。
閣僚も、将官も、佐官も、新兵も。
その一点において、誰もが完全に一致していた。
大野田総理は、改めて背筋を伸ばした。
日本軍の最高指揮官として、この場にいる全員の決意を、改めて感じ取った。
秘書官が再び促した。
「総理……」
「ええ、行きましょう」
大野田総理は、短く答えた。
彼女は中央指揮所の出口に向かいながら、心の中で静かに誓った。
——この決意を、絶対に裏切らない。
私たちは、もう誰にも頼らない。
極東の平和は、私たち自身の手で守る。
指揮所の重厚なドアが、静かに閉まった。
外では、国民向けの記者会見が待っていた。
最後通牒を発した日本が、今、国民に何を語るのか——
その瞬間が、刻一刻と近づいていた。




