朝鮮半島の沈黙
中央指揮所の緊張が少しだけ緩んだ瞬間、鈴本多香子外務大臣が再び口を開いた。
「総理、朝鮮半島情勢についての最新報告が入りました。」
大野田喜美総理は、軽く顎を引いて促した。
「教えてください、外務大臣。」
鈴本外務大臣は、資料を一瞥しながら、落ち着いた声で説明を始めた。
「はい。
まず、台湾有事から今日に至るまでの流れを、簡単に振り返っておきます。
2027年、中国が台湾に大規模侵攻を開始した際、日本は史上初の存立危機事態を認定し、海上自衛隊を派遣しました。しかし、護衛艦2隻の喪失と本土へのミサイル着弾(死傷者827名)を経て、中国の白紙講和を受け入れざるを得ませんでした。
そのわずか3週間後、中国は再侵攻を行い、台湾全土を支配下に置きました。
アメリカとNATOは『これ以上の拡大をしなければ容認する』と表明し、日本を事実上蚊帳の外にしました。
この『梯子を外された』経験が、国民世論を爆発させ、防衛費GDP5%超の緊急再軍備計画、そして82%という驚異的な支持率での憲法改正へとつながりました。
再軍備は2028年から本格化し、選抜徴兵制の導入、原子力空母大和級4隻、強襲揚陸艦紀伊級、ミサイル駆逐艦黒姫級、戦略型原子力潜水艦薩摩級など、かつてない規模の軍拡が進みました。
そして2040年6月、本日未明、日本は中国に対して最後通牒を発し、連合艦隊を出港させました。」
鈴本外務大臣はそこで一旦言葉を切り、朝鮮半島情勢の部分に焦点を移した。
「この一連の動きを受けて、朝鮮半島の反応は以下の通りです。
まず、韓国ですが、中国の軍事的な圧力と台湾完全制圧の衝撃から、日本寄りの支持を表明しています。
竹島は2033年に『棚上げ合意』が成立しており、現在も実効支配は我が国が続けていますが、韓国政府は公式に抗議しつつ、軍事的なエスカレートは避けています。
韓国政府は『日本の最後通牒を理解する』との声明を出し、中国の脅威を強く警戒する立場を明らかにしました。
ただし、直接的な軍事協力は行わず、『中立的な現実主義』を維持する方針です。」
大野田総理は静かに頷いた。
鈴本外務大臣は続けた。
「一方、北朝鮮については、我が国の戦略型原子力潜水艦薩摩級が日本海および太平洋上に常時展開していることが、最大の抑止力となっています。
拉致被害者問題は2032年にほぼ解決し、生存者87名を含む総計152名が返還されましたが、核・ミサイルの完全放棄には至っていません。
そして北朝鮮外務省は『日本の行動を注視する』との声明を出し、中立を表明しました。
中国の強い影響下にありながら、薩摩級の存在を強く警戒し、直接的な挑発は避ける姿勢を明確にしています。」
説明が終わると、指揮所に短い静けさが訪れた。
大野田総理は、ゆっくりと息を吐き、静かに言った。
「これで、朝鮮半島は……取り敢えず気にせずに済むわね。」
その言葉には、13年前の記憶と、再軍備を経て得た自信が込められていた。
大泉進太郎国防大臣が、静かに頷いた。
「はい。
韓国は中国脅威を優先し、北朝鮮は薩摩級を恐れて動けない。
今のところ、背後を心配する必要はありません。」
鈴本外務大臣も同意するように言った。
「国家特務情報庁からも、同じ見解が来ています。
影ノ者の報告では、北朝鮮内部でも『日本との正面衝突は自滅行為』という声が広がっているそうです。」
大野田総理は、モニターに映る連合艦隊の光点を見つめながら、静かに微笑んだ。
「良かった……
中国に集中できる。」
中央指揮所の時計は、午前7時を少し回ったところだった。
最後通牒を発してから、まだ半日も経っていない。
しかし、日本はすでに、周辺国との力関係を静かに、しかし確実に掌握し始めていた。




