自らの手で
中央指揮所の空気は、ますます重く張りつめていた。
モニターに映る連合艦隊の光点は、順調に進んでいた。
大野田喜美総理は、静かに腕を組み、皆の顔を見回した。
鈴本多香子外務大臣が、資料を軽く持ち上げながら口を開いた。
「総理、アメリカ合衆国からの回答が先ほど入りました。
アメリカ政府は、新たな『日米相互戦略同盟条約』に基づき、今回の戦争を政治・外交的に全面的に支持すると表明しました。
同時に、軍需物資の提供、最新情報の共有、後方支援を開始する準備が整っていると連絡がありました。」
大野田総理は小さく頷いたが、表情は変わらなかった。
ここで、鈴本外務大臣は少し声を低くして、条約の内容を改めて説明し始めた。
「この日米相互戦略同盟条約は、2032年に発効したものです。
従来の旧日米安全保障条約とは大きく異なり、対等な相互同盟へと移行したものです。
主なポイントは三つあります。
第一に、在日米軍の総引き揚げです。
横須賀、岩国、嘉手納、普天間など、すべての米軍基地を日本に完全返還し、新生日本軍がこれらの施設をそのまま利用しています。
在日米軍はグアムとハワイを中心に再配備されました。
第二に、支援義務の明確化です。
一方の国が戦争状態に入った場合、もう一方の国は自動参戦義務を負わず、政治・外交的な全面支持、軍需物資の提供、最新情報の共有、後方支援を行うことになっています。
ただし、参戦自体は『敵国が増え、状況が悪化した場合に判断する』という抑止力的な仕組みです。
第三に、日本側の主権が大幅に強化された点です。
日本は『自らの判断で』参戦する権利を明確に保留しており、米国に引きずられる形にはなりません。
まさに日露戦争当時の日英同盟に近い、緩やかでありながら戦略的な同盟関係と言えます。」
鈴本外務大臣の説明が終わると、指揮所に短い沈黙が落ちた。
大野田喜美総理は、ゆっくりと息を吸い、静かに、しかし力強く言った。
「……もう、アメリカ合衆国には頼らない。
私たちは、自分たちの手でやり抜く。」
その言葉は、指揮所にいる全員の胸に深く響いた。
大泉進太郎国防大臣は、静かに頷いた。
13年前、防衛大臣として護衛艦2隻の喪失と本土ミサイル着弾を目の当たりにした男の目には、静かな決意が宿っていた。
鈴本多香子外務大臣も、深く頷いた。
当時、民自党広報本部長としてSNS上で爆発する国民の怒りを必死に受け止め、世論を再軍備へと導いた彼女の表情も、固く引き締まっていた。
寿々木範和財務大臣も、静かに頭を下げた。
環境大臣として閣内にいた彼は、財務省の徹底改革を支え、GDP5%超の防衛費を現実のものとした一人だった。
大野田総理は、三人の顔をゆっくりと見回した。
「13年前……中市早苗美総理の下で、私たちは屈辱を味わいました。
台湾は中国の支配下に落ち、日本は本土にミサイルを受け、国際社会に見捨てられた。
あのときの無力感を、もう二度と繰り返さない。
私たちは、もう誰の傘にも頼らない。
極東の平和は、私たち日本軍と日本国民の手で守る。
それが、私たちが選んだ道です。」
その言葉に、大泉・鈴本・寿々木の三人は、再び深く頷いた。
13年前、中市内閣で同じ苦汁を舐めた者たちだけが共有できる、静かで強い決意が、そこにあった。
大野田総理は、最後にモニターに映る連合艦隊の光点を見つめ、静かに言った。
「続けましょう。
状況をさらに詳しく。」
中央指揮所の時計は、午前6時48分を示していた。
最後通牒を発してから、まだ半日も経っていない。
しかし、日本はすでに、自らの運命を自らの手で切り拓き始めていた。




