息苦しい
大学生の幼馴染のトウカから頼まれた海の家でのバイト。内容は変われど、毎年あるから、ほぼ行事みたいなものになってる。
そんな行事に、今年はカナタ君が手伝いに来てくれる。これを機に、もっとカナタ君と仲良くなって、カナタ君の心からリンちゃんを追い出す。悪いと思ってるけど、リンちゃんなら別の人とでも幸せになれる。私には、カナタ君しかいない。カナタ君以外でなんて考えられない。
「ハル。ちょっといい?」
支度が終わるかという時に、母が扉の向こうから問いかけてきた。声色からして、何か不審に感じているようだ。
「あの子。あの男の子。誰かしら?」
男の子……カナタ君? もう家に来たの? まさか、わざわざ今日の事を説明したんじゃ―――
「分かってると思うけど、あまり親密にならないでね? アナタには相応しい人がいるんだから。お父さんには内緒にしておく。アナタが傷物にされちゃ、向こうのご両親に迷惑ですもの」
「……うん」
「感謝は?」
「……ありがとう、ございます」
どうして感謝しなければいけないのだろう。母の事だから、どうせ後で父に伝える。どれだけ下手に出たって結局怒られる。
支度を終え、すぐに外へ出た。家の前ではカナタ君が待っていた。
「カナタ君。おはよう」
「おはよう。迎えの車っていつ頃来るのかな?」
「もう少ししたら来るよ。それまで、家の中で待ってない?」
「いや、外で待ってるよ。俺が家に上がると、ご両親があまり良い顔をしないだろ」
「……そうだったね」
気を遣わせてる。こんな気遣われ方、嫌だな。
それから、トウカが迎えに来るまで二人で待った。なんだか会話もぎこちなく、距離もある。嫌われた……というより、慎重になってる? 私の親が原因?
それとも、何か別の事が?
お互いに疑問を浮かべながら始まった一泊二日のバイトは、正直言って良い思い出にはならなかった。会話は盛り上がらず、距離を縮めるどころか離れて、以前よりも他人行儀にされた。
バイトから帰ると、両親が私を待ち構えていた。私が怒られるのを察したのか、トウカは車を発進させようとした。
「……いいよ」
「で、でも……!」
「トウカに迷惑を掛けられないよ……守ろうとしてくれて、ありがとう」
「……いつでも、頼ってくれていいからね?」
その言葉自体は心強いが、計画性の無いものだから脆い。ここでトウカが私を連れて車を走らせても、すぐに家に連れ戻されて、事態はもっと悪化する。
「じゃあね、トウカ」
車から降りて、不安に思わせないように笑顔で別れを告げた。トウカは納得のいっていない表情を浮かべていたけど、最終的には車を走らせて去っていった。残酷だけど、その程度の優しさなんだ。自分の全部を投げ捨ててまで私を救おうとする意志がトウカには無い。無くて良かった。
その後、私は長時間怒鳴りつけられた。どのくらい怒鳴られたか分からないけど、しばらく頭の中で父と母の声が再生される程度には、長く怒鳴られた。不幸中の幸いとして、暴力は加えられなかった。次は分からないけど。
それからの夏休みの過ごし方は、学校の宿題と花嫁修業の日々。外に出てストレスを発散したかったけど、バイトの件から両親が一層厳しくなり、アオが一緒じゃなければコンビニにも行けなくなった。こんな馬鹿みたいな制約を考えつく脳をしてるくせに、私の親を名乗る母と父が憎らしい。
そんな日々が続いたある日。アオが合宿から帰ってきた。アオの両親と私の両親も一緒になってアオを出迎えた。アオは言葉巧みに合宿でどれだけ頑張ったかを熱弁し、双方の親を感動させた。どうせ合宿先で見つけた女の子と遊んでばっかだったに違いないというのに。
しかし、そのおかげで家の外に出られる隙が生まれた。三十分程度の短い自由時間だけど、家の外に出たくて堪らなかった。
「……カナタ君」
何処へ行こうかと悩むよりも先に、カナタ君に会いたくなった。バイト代を渡す口実に、カナタ君の家を訪ねてみよう。
急いでカナタ君の家に行くと、誰も家にはいなかった。この間にも、両親が私がいなくなった事に気付くかもしれない。その前に、一目でもいいからカナタ君に会いたい。
そう願いながら家の前で待っていると。
「花咲さん……」
カナタ君が帰ってきた。嬉しさのあまり抱き着こうとする自分を抑え、会いに来た口実として用意していたバイト代をカナタ君に渡した。
「花咲さん。ちょっと待っててくれる? 荷物置いてきてから、花咲さんを家まで送るから」
「え? でも……」
「夜中に女の子一人帰らせるわけにもいかないでしょ」
「そっか……優しいね、カナタ君」
カナタ君は荷物を置きに家の中へ入っていった。
それとほぼ同時に、携帯に一件のメッセージが届いた。アオからのメッセージで【お前の両親が家に戻る】という報告。ありがたい報告だけど、嬉しくない報告だ。
「花咲さん。何かあったの?」
すると、いつの間にかカナタ君が外に出てきていた。私は急いで携帯の画面を隠し、誤魔化すように笑顔を作った。
けれど、カナタ君はきっと察する。何かは分からずとも、私が悩んでいる事を。事実、カナタ君はそれとなく聞いてきた。
「……何かあったの?」
ここで本当の事を話してしまえば、カナタ君はどうしてくれるんだろう? 私を守ってくれるのかな? でもそうしたら、カナタ君に迷惑が―――いいえ、迷惑が掛かるだけで済むならいいけど、もしかしたら痛い思いをするかもしれない。
「アオからメッセージが届いたんです。夏休みに入ってから、初めて」
咄嗟に出た嘘にしては、かなり信憑性がある。カナタ君は私とアオが付き合ってると信じ込んでるし、仲が良くない事も察してる。
カナタ君は言葉に詰まった様子で、慎重に言葉を選んで私を慰めてくれた。それが嬉しかった。どういう理由であれ、優しくしてくれるのが。
そんな優しさをもっと感じて、更にはそれを利用しようとしたところで、一件のメッセージが届いた。カナタ君に見られないように確認すると、母からの呼び出しだった。
その後、カナタ君に家まで送り届けられた後、母に頬を叩かれた。
「薄情な娘」
それだけ言うと、母は私を玄関に置き去りにして父のもとへ向かった。




