無力感
夏祭りがある今日。私とアオは夏祭りに行く事を義務付けられた。賄賂じみた小遣いをアオに渡して。
「分かってると思うけど、僕は僕で楽しむから」
夏祭り会場に向かう道中、アオは宣言した。その発言自体に意外性は無いけど、両親に見せる顔と本性とのギャップに毎度驚かされる。本当に同じ人間なのか疑ってしまうくらいに。
「お前さ、下手だよな」
「……何が」
「覆せない現状ならさ、それを受け入れて、バレないように頭を働かせるもんだ。つまりアイツらに良い顔をするだけでいいんだ。不満や愚痴を内面に押し込んで、平気なフリしてればいい。そうすれば、僕達は他の奴らと変わらない普通の人間だ」
「それを告げ口するかもよ、私」
「お前は無理だよ。口に出す勇気も無ければ、それを信じさせる信頼が無い。アイツらはお前が言う全てを疑ってるのさ」
返す言葉も無い。実際、私とアオとでは、両家の親からの信頼に雲泥の差がある。アオの虚言は真実として捉えられ、私が言う真実は虚言として断罪される。アオは愛想を良くすれば私も信頼を得られると考えてるけど、根本的に私はアオの付属品としか思われていない。
私が女だから。
夏祭り会場に着くと、アオは何も言わず私から離れていった。そうして入り口に一人取り残された私は、この人混みの中を一人で入る事に悩んだ。このまま会場を後にして、近場で時間を潰せる場所でアオの帰りを待つべき。踏み切れなり理由は、この夏祭り会場の何処かに、カナタ君がいる気がするから。
結局私は人混みの中を進んだ。その中でカナタ君の姿を捜そうとしたけど、そんな余裕は無かった。前へ前へと進む人ばかりで、少し足を止める事さえ出来ない。
人混みの中から抜け出し、ちょうど目の前にあった金魚すくいの屋台の傍で足を休ませた。屋台の人は傍にいる私が金魚すくいをしないのを不思議そうな目で見てきたけど、すぐに客の方へ意識を戻した。
あちこちから音が聞こえる。屋台で流してる音楽や、子供の楽しそうな声。人混みの中ではぐれないよう、父親が子供を肩車している。ただ物を食べるだけで親に褒められている。そういう子供を見ていると、やっぱり私の両親は異常なんだと再確認させられた。
『不満や愚痴を内面に押し込んで、平気なフリしてればいい。そうすれば、僕達は他の奴らと変わらない普通の人間だ』
「分かってないのはアオだよ……どうやっても、私達は普通の人生を送れない……」
「花咲さん」
声がした。私を呼ぶ声が。
「ッ!? カナタ君……!」
カナタ君が来てくれた。私を捜してなのか、そうでないのかなんてどうでもいい。この人混みの中、カナタ君は私を見つけてくれた。そして私のもとへ足を進めて、私を呼んでくれた。
ネガティブになってた事もあってか、カナタ君の左胸に触れてしまった。手の平から微かに感じるカナタ君の鼓動は少し早くて、私の行動に戸惑ってるみたい。
すると、カナタ君は私の手首を掴み、人混みの中へ連れていった。はぐれないように強く握られた私の手首は、痕が残りそうなくらい痛い。その痛みが今は落ち着く。叩かれる時も痛みは感じるのに、あっちの痛みとこの痛みは別物。この痛みは、私を引っ張ってくれる痛みだ。
「……カナタ君は、いつも私を見つけてくれるよね」
人混みの中を進み続けていくと、ベンチが並ぶ休憩所のような場所で解放された。私の手首を掴んでいたカナタ君の手が離れると、そこにはくっきりとカナタ君が握った痕が残されていた。
「あ、ごめん! やっぱり強く握り過ぎてたみたいだ」
「いいよ。これは、カナタ君が私を守ってくれた証だもん」
「……まさか、恋人に理由を聞かれた時もそう言うつもり?」
「どうかな~?」
カナタ君は困ったような表情を浮かべた。さっきまではカッコいいカナタ君だったのに、今は可愛く見える。まだカナタ君にとって私は友達止まりだけど、いつかはきっと私の事を求めてくれる。そういう予感がする。
そう思っていると、四人の女子を囲んだアオを見つけてしまった。顔の良さと口の上手さで手籠めにしたのだろう。複数の相手を同時に口説くなんて不潔だけど、ああも見事に口説ける手腕だけは少しだけ羨ましい。
「……私もアオみたいに出来たら」
そう呟いた後、アオなんかに憧れる自分が情けなくなった。
気付けば、夏祭り会場の外に出ていた。どうしようもなく悲しくなって、しゃがみこんだ体勢から戻れそうにない。
「花咲さん」
そんな私を見つけてくれたのは、やっぱりカナタ君だった。カナタ君は私に優しく語り掛けると、私を背に乗せて家まで送り届けてくれた。道中、カナタ君は何も喋らない。気遣う事も、間を埋める適当な会話も無い。騒がしかった夏祭りの音や声が遠くなっていく。
このまま何処か遠くへ連れて行ってほしい。




