快楽と罪悪感
恋のライバル。フィクションでも現実でも、恋にはライバルがつきもの。そんな恋のライバルは突然現れた。
一年生のリンちゃん。可愛らしくて、元気で、とても良い子。聞けばカナタ君とは中学からの仲で、その時から好意を寄せてるとの事。同性の私から見ても、リンちゃんはとても魅力的な女の子だった。そんな子が未だカナタ君と付き合えないのは、カナタ君がリンちゃんを男の子だと勘違いしているからだ。正直それは無理がある勘違いだけど、カナタ君はリンちゃんを男の子として接している。
これは好都合だ。強力なライバルではあるけど、異性として見られていないのなら、私が有利。
「なんて考えたって……私も私だ……」
私はカナタ君に異性として見られているけど、既に相手がいると思われてる。実際そうなのだけど、あれは形だけ。しかし、私の事情を他人であるカナタ君に教えていいものか。教えて、私は何を期待してるんだろう。きっと迷惑がられるだけ。
自分の部屋に戻る際、リビングで両親が結婚式の式場を調べていたのを目にした。四十代の男女がクリスマスの子供のようにはしゃいでいる。自分達の事情の為なら、お金も娘の人生も惜しまない様子。私は、不幸な子供だ。
部屋のベッドで横になり、目を瞑った。思い浮かぶのは、私とアオの両家だけがいる式場。私とアオは強引に新婦と新郎に見立てられ、結婚の誓いを結ばされそうになる。そこへ、カナタ君が式場の扉を蹴破って登場。カナタ君はみんなを殴り飛ばして、私を抱き上げて外へと連れ出す。
「……その為にも、カナタ君をその気にさせないと」
その機会はすぐに訪れた。休日、たまたま公園でカナタ君を見かけた。ベンチに座って本を読んでいる。気付かれぬように後ろに立つと、どうやら恋愛物の漫画を読んでいるようだ。チャンス。カナタ君は今、恋愛に興味を示している。ここで私を意識づける。
「だ~れだ?」
目隠しをして、耳元で囁いた。
「普通に声を掛けろよ、リン」
心がざわついた。世界の全てが憎くなった。
どうしてあの子の名前を口にしたのだろう。私とあの子では、全然声が違うのに。こういう行為をよくしているの? だから【今回も】という安心感であの子の名前を口にしたの?
目隠しをしていた手を退かすと、カナタ君が私に振り返った。正体が私だった事に、カナタ君は意外そうな表情を浮かべ、何処か迷惑そうな雰囲気を漏らしていた。後ろから隣に移動すると、あからさまに迷惑そうにしていた。
「……近いよ」
「……駄目なの? リンちゃんとはあんなに距離が近いのに?」
「なんでアイツを―――というか、駄目な理由はただ一つ。君の恋人に悪いからだ。前にも言っただろ。親しき中にも礼儀ありって」
「……ごめん。そうだよね……ごめん……」
あぁ、本当に邪魔だな。もっと普通の親だったら、今頃カナタ君を私の物に出来たのに。こんな風に迷惑がられる事は無かったのに。
大体、カナタ君もカナタ君だ。すぐ傍に、私のような美人がいるのに、恋人がいるからと遠慮してさ。そんな事気にせず、私を襲っちゃえばいいのに。
カナタ君にとっての【酷い事】は、私にとって【良い事】なのに。
水に何も混ぜなければ水のままのように、私が何かやらないと何も変わらない。強引にでも、何か強いインパクトを―――
「―――え?」
あれ? なんで私、カナタ君を押し倒してるの? なんでカナタ君は唇を手で抑えて驚いてるの? なんで私の心は、こんなにも喜びで満ちているの?
「ハハ……! じゃ、じゃあ、また学校で!」
私は逃げ出した。逃げなければ、あそこから更にしていただろう。そういう嫌な確信が今の私にあった。
喜ぶべきか、悪いと思うべきか。事実として、私はカナタ君とキスをした。無意識にしたとはいえ、キスをしてしまった。私のファーストキス。多分、カナタ君もそうだと思う。
「……フフ……フフフ!! やった……! やったやったやったやった!! やれちゃった!!」
好きな人とのキス。それは想像以上の快楽を生んだ。危ない薬を摂取したかのようにテンションは高まり、キスをした唇には実感が色濃く残っている。
しかし、その快楽は長くは続かなかった。代わりに、深く酷い罪悪感が身を包んだ。
「……駄目……駄目だよ! こんなの……!」
カナタ君とのキス。それは個人的には喜ばしいものだけど、これがもしも親に知られてしまったら? 私の両親、そしてアオの両親も異常だ。自分達の障害になるカナタ君を酷い目に遭わせるかもしれない。私の所為で。私の身勝手な行為で。
一瞬たりとも忘れてはいけなかった。
私が誰かに恋をするという事は、その人を不幸にするキッカケになるのだと。




