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回り回って君に着く

 目を覚ますと、隣でリンが寝息を立てていた。昨夜はリンと花咲さんをベッドに寝かせて、俺は床で寝ていたのに。俺が寝てる間に、隣に来たのか。


 ベッドの方を見れば、花咲さんの姿が無い。立ち上がって周囲を見渡すと、テーブルに一枚の書き置きがあった。


【明後日、帰ってきます】


 俺が寝てる間に好き勝手な事ばかり。行き先ぐらい伝えてくれればいいものを。


 キッチンでコーヒーを淹れ、椅子をリンの方へズラし、未だ眠り続けているリンの寝顔を眺めながらコーヒーを飲んだ。彼女が起きたら、何をしよう。何をしてあげよう。あれだけ衰弱していれば、出来る事が少ない。


 不思議だ。リンと再会した時は、彼女の変わり果てた姿に自分を責めていたというのに、今は穏やかだ。風呂で清潔になったからか? 


 いや、目で確かめた事は関係ない。リンが俺に微笑んでくれて、荒んだ俺の心が癒えたんだ。それは俺の心が、リンを選んだという事。正真正銘、俺はリンを選んだんだ。


 なら、花咲さんはどうする。今はこうして気になってはいるが、リンを選んだ以上、時間と共に薄れいく。いずれ思い返すだけの存在になり果ててしまう。


 それで、いいのだろうか。


「……ん?」


 考え事に集中していた所為で、目を覚ましたリンが目の前に立っている事に遅れて気付いた。


「おはよう。花咲さん、もう行っちゃったみたい。行き先も教えてなくてさ、何処へ行くのやら……リン?」


 リンは何も言わず、俺をジッと見つめている。まだ声が万全でない事は分かっているが、無言で見つめられると不安になってしまう。


 すると、リンは花咲さんの書き置きを裏返し、言葉を書き始めた。


【今までどうしてたんですか?】


 当然の疑問だった。その疑問の答えを隠すつもりはない。


 俺は全て話した。友人であるアオを助ける為に向かった先で不意を突かれ、一ヵ月以上監禁され、それから昨日に至るまで花咲さんと旅をしていたと。


 話し終えた後、ギクリとした。聞かれたくない事や、言わなくていい事を口にしてしまった時の反応。


【どうして僕を連れて行ってくれなかったんですか?】


 その言葉を目にし、俺は何も言えなかった。


 いや、返答は既に決まっているが、それを口に出すのが嫌になったんだ。俺が旅に出る時、花咲さんを連れて行ったのは、彼女から俺の生き死にを見つける為。結果的に花咲さんから見つけたのではなく、旅の中で思い出した当たり前から知り得たのだが、問題はあの時の俺は花咲さんを選んだ事。  

 

 それなのに今更リンを選んだと言うのか。それでは言い訳のように聞こえるし、リンにも花咲さんにも悪い。他人の想いを尊重するなんて今更だが。


 本当に、今更な事ばかりだ。


「……リン。俺は今まで、自分の人生は他人に振り回されてばかりだと思ってた。でも実際は、俺が他人の人生を振り回してたんだ。お前の事も、花咲さんの事も。二人だけじゃない。もっと色んな人の人生を俺は……許してくれ、なんて言わない。嫌いになったって結構だ」


「ッ!?」


 パスンと音が鳴った。それは叩いたというより撫でたと言った方が正しい程の弱弱しいビンタ。


 リンが泣いていた。当然だ―――と思った矢先。


【どうして僕を信じてくれないんですか?】


 そう書き殴られたリンの言葉には、声色よりもハッキリと感情が乗っていた。


 信じる、とは? 俺はリンの何を信じていないんだ?


 そんな俺の疑問を察したかそうでないか、リンは俺にキスをしてきた。そのキスは忙しなく、まるで初めてキスするような仕方だ。肩を抑えていた手は徐々に上っていき、後ろ髪にしがみついたり、うなじに爪を立てたり。とにかく、滅茶苦茶だった。


 ただ、どうしてか押し退けられない。押し退けたいとも思わない。リンが俺を強く求めていると伝わってきたから。


 そうだ。そうだった。俺はいつからか、リンに愛想を尽かされても文句は言えないと諦めていた。仕方がない、そっちの方が良いと。いつの間にか、俺はリンの幸せばかりを気にして、リンからの好意を忘れてしまっていた。


 良いも悪いも総じて好き。その言葉通り、リンは俺の良いも悪いも総じて愛してくれていた。


「……ありがとう、リン。それから、ごめん。俺は、リンの事を気遣ったつもりでいたんだな」


 リンの片目を隠している前髪を手でどかした。


 そうしてちゃんと見つめ合った後、今度は俺の方から、リンに好意を伝えた。

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