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 二杯目のコーヒーを飲んでいると、ようやく二人が風呂から出てきた。痩せ細った体に変わりないが、清潔にはなっていた。あのボサボサだった長い髪は真っ直ぐとなり、艶を取り戻していた。俺がやっていたら、ああはならなかっただろう。


「はい、カナタ君。可愛いリンちゃんが戻ってきたよ」


 花咲さんは少しからかい気味にリンを前に出した。前髪は片方に寄せられ、片目だけが露わになっている。近くに寄っても、あの酷い臭いはせず、シャンプーの良い匂いが香ってくる。弱さを見せず自信のあった顔が、今は不安で一杯。


 堪らず俺はリンを抱きしめた。最初は軽く抱きしめ、それからゆっくりと力を入れた。この痩せ細った体を感じていると、頭がおかしくなりそうだ。罪悪感で圧し潰されそうなのに、滅茶苦茶に愛したい気持ちが罪悪感の苦しみを消し去ってしまう。


「カナタ君。抱きしめたい気持ちは分かるけどさ、あんまり抱きしめてちゃ可哀想だよ。ほら、一旦離れて。ねぇ、離れて? ちょ、離れ―――離しなさいよ!!」


「リン。もう、お前の傍から離れない。離れてやるもんか!」


「いや離しなさいよ!? 今のリンちゃんは弱ってて、そんなに抱きしめてちゃ痛がるから!」


「ぁぁ……!」


「なーんでリンちゃんはリンちゃんで幸せそうな顔してんの!? 痛いでしょ!? 痛いから離れてほしいでしょ!?」


「花咲さん。色々ありがとう。もう大丈夫だから、帰って」


「何処に!?」


「どっかに」


「へ、へぇ~! そんな事言うんだ! 言っちゃうんだ! じゃあ帰る前に、リンちゃんに教えなきゃだね。カナタ君と旅をしていた間にアレコレした話をさ!!」


「ッ!?」


「花咲さん。デタラメ言ってリンを不安にさせないでよ。確かに一緒に旅をした仲だけどさ。花咲さんはナビっていうか、何というか……こう、無口の主人公の代わりに台詞が滅茶苦茶ある相棒枠じゃん」 


「相棒……だってさ、リンちゃん。カナタ君、私の事を相棒だと思ってるらしいよ?」


 リンに首筋を噛まれた。力が弱まってるから痛くも痒くも無いが、ますますキュンときた。リンを抱き上げてベッドに運び、リンを上に乗せて横になった。


「じゃあ花咲さん。俺ちょっとリンと夢の中でイチャイチャしてくるから。おやすみ」


「……うん。まぁ、一旦その方が良いかも。なんか今のカナタ君、馬鹿になってるから。おやすみ」


 俺の胸に顔を乗せているリンのつむじにキスをすると、リンは鼻息を荒くさせながらゆっくりと顔を近付けてきて、唇を押し付けてきた。最初こそ押し付ける感じだったが、段々思い出したかのようにキスになっていく。


 艶めかしい水音が部屋に響き渡る中、ふと目をベッド横へ向けると、まだ花咲さんが立っていた。酷く呆れた表情で、俺達を眺めている。そんな表情になるのなら、見なければいいのに。




 それから数分か数十分後。リンは俺の胸で眠った。


 そうして俺は正気を取り戻した。すぐ傍に花咲さんがいたのに、構わずリンとイチャイチャしていた自分が恥ずかしい。恥ずかしくて死にそうだと思ったのは、これが初めてだ。


「冷静になった?」


 そう言った花咲さんは、腕を組みながらニヤニヤ笑っている。


「……忘れてくれ」


「そうだね。恥ずかしいよね。あんなにチュッチュラブラブしてたのをずっと見られてたもんね」


「なんで見てたんだよ……」


「だって、悔しかったんだもん。昨日まではあんなに私を頼りにしてくれたのに、リンちゃんに会った途端、私を過去の女扱いしてさ。これはちょっとした仕返しだよ」


「全然ちょっとじゃない」


「あのね、カナタ君。なんか度々忘れてるけどさ、私って結構カナタ君の事が好きなんだからね? それこそ、一緒に死んでもいいくらいに。それなのに目の前でイチャつかれて用済み扱いされたら、普通は殺しちゃうくらい悔しいんだから」


「殺してくれなくてありがと。感謝してる」


「んー、どういたしまして!」


 花咲さんは子供扱いするように俺とリンの頭を撫でると、キッチンの方へ向かった。時刻は午後四時過ぎ。晩ご飯を作るのだろう。他人の家の物を勝手に使うのは駄目だが、家主がこの状態では仕方ない。


 こうしてリンを上に乗せて寝かせていると、改めて軽さが身に沁みる。少し強い突風が吹いただけで、何処か遠くまで飛んでいってしまいそうな危うさ。そうさせたのは、俺だ。


「……もう、何処にも行かないから」


 眠るリンに誓いを立て、彼女の背中を優しくさすった。


 こんな事で自分を許したつもりはない。罪悪感が無くなったわけでもない。


 なのに、少しだけ気が軽くなった。どうしてだろう?

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