絵の中に閉じ込めて
花咲さんがリンを風呂に入れてる。俺がやると言ったが「女の子の体を洗うのは女の子じゃないと駄目」と花咲さんに却下されてしまった。口ではそう言ったが、本音は俺を気遣っての行動だ。現に俺は、服を着た状態のリンに罪悪感を感じてしまっている。服を脱いで、今のリンが全て露わになれば、俺はまた自分勝手に考え込んでしまう。花咲さんはその恐れを汲み取ってくれたんだ。
二人が戻ってくるまでの間、俺は部屋の掃除をする事にした。以前来た時とは雲泥の差で散らかった部屋を片付けていくと、所々にあるスケッチブックからリンの変化を知った。
あるスケッチブックには俺の絵が全ページに描かれていた。
あるスケッチブックには書き殴った文字が全ページを黒く塗り潰していた。
あるスケッチブックには描いては消してを繰り返した痕が残っていた。
時系列順に並べる事は出来ないが、最後に起こした奇行だけは分かった。リンは不安や恐怖をスケッチブックで発散していたのだろう。十冊ものスケッチブックを全て使い、発散先が無くなったリンは、最終的に狂った。服に絵の具の汚れが付いていたのに、スケッチブックの何処にも絵の具が使われた形跡が無い。あの絵の具の汚れは、絵を描いたから付いたのではない。
こういう理由だったんだ。
「……俺の願望は、こんなにも狂っていたのか」
脱ぎ捨てられた服の山には、どれも絵の具が付いていた。ただ付いたのではない。意図的に色が付いてある。ただ単に白から青に変える為ではなく、絵画的にさせる為。
リンは自分を絵にしようとしていた。花咲さんを作品化させたい俺の願望をただ心に留めるだけでなく、現実にやってみせたのだ。心を満たす為じゃなく、想いや感情から逃げる為。
だが、そんな事をしても人間は絵にはなれない。絵の具で自分を彩っても、それは絵の具が付いた人間でしかない。
あらかた部屋の片付けが終わり、この部屋の広さを痛感した。ここは一人で住むには広過ぎる。こんな場所でリンは一人で生活して、一人で俺を待ち続けていたのか。
もしも、リンが好きになったのが俺ではなく、タケシだったら。アイツだったら喧嘩をする事はあっても、こうはさせなかった。普通の恋愛が出来た。俺なんかが恋人だった所為で、リンを狂わせてしまったんだ。
「…………そうか。もう、現れないか」
どれだけ自虐しても、俺の姿形をした自己否定は現れない。あの暗い水底に沈んで消えてしまったんだ。
『さぁ、そろそろ目を覚ませ。不安に満ちた今の中で、確かにある明日を目指すんだ!』
自己否定が語った最期の言葉は、婆さんが語った【今を生きる】と同じだ。元々俺から生まれた存在が言ったという事は、俺はとっくの前からその事を知っていたんだ。考え事が増えて見えなくなっていただけで。
であれば、こうして悩むのは駄目だ。悩んだままでは意味が無い。
脱衣所に向かうと、浴室からシャワーの音と共に花咲さんの声が聞こえてくる。反響していて分かりづらいが、少なくとも悪口や小言の類では無い。
「リン」
俺がリンの名を呼ぶと、シャワーの音が止まり、浴室の扉が少し開いた。そこから顔を覗かせてきた花咲さんの表情には、何故か軽蔑があった。
「……カナタ君。リンちゃんが心配なのは分かる。分かるよ? でもさ、これは違うと思うよ」
「……じゃあ、どうすれば?」
「黙って待ってて。あ、そこじゃなくてリビングでね?」
「それじゃ俺の気が収まらない」
「どういう気持ち?」
「申し訳なさとか、後悔とか……とにかく、俺はリンと―――」
「カナタ君は女心を分かってない」
そう言われた後、浴室の扉を閉められた。
キッチンでコーヒーを淹れながら、花咲さんに言われた言葉を考えてみた。
「……いや、ん? え、女心関係あった?」
確かに俺は女心が分からない。だから、あの花咲さんの言葉にはきっと意味があって、俺はそれを分からないだけ。
だけど、テキトーに帰された感が拭えないのは、何故だろう。




