過小評価
旅に出てから何日経ったかは分からないが、体感では随分長く感じる。それでも、自分の家までの道は憶えていた。
そうして自分の家に着くと、凄く立派な家だと感じた。実際そうだ。今までは特に考えもせずに住んでいたが、一軒家に住んでいるだけで恵まれている部類。親との交流が僅かなだけで、それ以外は心配する必要が無かった。
「なんか、改めて感謝しかないな」
個人的な感情を無視すれば、両親は素晴らしい人間だ。これを機に、今までの事は水に流し、一から関係を構築しなお―――ん?
「どうしたの? やっぱり緊張してる?」
「……鍵、掛かってる」
「あー、二人共お仕事か。あれ? でも今日って」
「日曜日。社会人だってよっぽどブラックじゃなきゃ休日だよ」
「じゃあ、二人でお出掛けとか」
「そうであってほしいけど、絶対そうじゃない」
「じゃあ―――」
「仕事に復帰しやがったんだよ……!」
「え、なんで怒ってんの?」
「あの二人が仕事って言ったらな、カニ漁みたいに平気で数ヵ月帰ってこなくなるんだよ! 結局アイツらは俺より仕事を愛してんだよ!!」
怒りに任せて扉を蹴った。それで何か変わるわけではないが、蹴らずにはいられなかった。一度荷物をまとめに戻ってきた時は、二人は仕事を休業して家に居た。あの時は旅に出る事だけを考えていたから実感出来なかったが、あの仕事人の二人が俺の為に仕事をずっと休んでいたんだ。
それなのに、俺達が旅に出てる間に仕事に復帰しやがった。仕事をしなければ生活は出来ないかもしれないが、どっちかは家に居るように変わっててほしかった。というかそうであるべきだ。
「合鍵で開けられないの?」
「合鍵? ああ、家の中にあるよ」
「それ、合鍵の意味なくない?」
「あーあ、どうしよっかなー。また旅出るかー?」
「いやいや。いやいやいや! 帰るって決めたのはカナタ君だよ!?」
「どうせ俺は二人が愛する仕事の邪魔でしかなかったんだよ!」
「うわぁ、めんどくさい拗れ方。え、でもどうする? 家に入れないんじゃ、何処に帰るの? お金だってもうほとんど無いよ?」
「当てはある。あるにはある。ただな~」
「……もしかして」
なんとなく花咲さんも察したようだ。俺としてはこんな形で再会するのは避けたいが、花咲さんの言う通り金銭面が頼りなく、他に行く当ても無い。
俺達はあまり期待せずに向かった。道中、何度か行くのを止めようかと思ったが、やはり他に行く当ても無い以上、頼らざるをえなかった。
マンションに着き、目的の部屋の前に立った。インターフォンのボタンを押そうとする指は震え、意を決してボタンを押した。
しばらく待っていると、ガチャリと扉が開いた。キーチェーンで止まった扉の隙間から顔を覗き込むと、部屋の主と目が合った。
「あ……アハハ……ひ、久しぶり……リン」
「……」
「え、えっとさ……色々言いたい事はあると思うけど、とりあえず中に―――」
バタンと扉を閉められた。拒絶されたかと思いきや、鍵が開く音が聞こえ、再び扉が開いた。
「あ、リンさん! お久―――ッ!?」
さっき扉の隙間から見た時は、中が暗い所為でリンの顔がよく見えなかった。扉が完全に開いて、リンの姿がハッキリとして、俺は絶句した。
長い髪はボサボサ。目の下には濃い隈が出来ていて、頬は痩せこけている。服はシワだらけで、乾いた絵の具の汚れで元が何色の服なのか分からない。長袖から少しだけ見える手首は骨と皮。風呂に入っていないのか体臭は酷く、顔をもう一度よく見れば、まつ毛や目の周りには目クソがついている。
一目で分かる程に、リンは異常になっていた。隣にいた花咲さんもリンの姿にショックを受けていると思う。
「ぁ、ぁ……!」
掠れた声と共に、リンは俺に抱き着いてきた。
いや、抱き着いてきたというより、倒れてきた。受け止めた感触は、皆無に等しい。人間だと思えない程に、軽過ぎる。
「ぁ……! ぁぁ……!」
顎の下から声が聞こえる。何を言っているのかは分からない。顔を下に向けるのが怖い。
予想外だった。俺がいなくなって多少ショックを受けはするが、リンなら大丈夫だと思ってた。リンの周りには沢山の人がいて、好きな絵描きが出来る環境もある。だから、俺がいなくなった程度の穴なんて、簡単に塞いでしまえると楽観視していた。
でも現実は、こうなってしまっている。
そうして俺は今更気付いた。俺は二ヶ月もの間、消息不明だった。あの両親が仕事を休業してまで俺を心配してた異常事態。そんな異常事態で、リンが平気でいられる訳がない。
俺は、自分自身を過小評価し過ぎていた。




