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旅の終わり

 午前十時。帰りの電車がやってきた。


「あ、電車来た! それじゃあお婆ちゃん。昨日は本当にありがとう。今度、お礼の品を持ってまた来るね」


「お礼なんていいから、また顔を見せに来ておくれよ」


 花咲さんは見送りに来てくれた婆さんとハグをした。まるで祖母の家から帰る孫のようだ。


 婆さんは次に俺の前に立つと、手を広げた。どうやら俺からもハグをしてほしいようだ。一泊の恩とありがたい言葉を貰えたのもあって、それほど抵抗感も無く、婆さんとハグをした。


「どっちかを連れて来なかったら呪い殺すからね……!!」


 がなりを効かせた囁き声で脅された。結局昨日リンと花咲さんのどちらかを選べなかった俺は、次回に持ち越す形で許しを得た。なあなあのまま婆さんがポックリ逝けば良いと思っていたが、俺の考えが浅はかだった。


 電車に乗り込むと、案の定ガラガラだった。席に着くと、婆さんが窓を指で叩いた。窓を開けると、婆さんはとても穏やかな表情で語り始めた。


「お二人さん。これから楽しい事や苦しい事が沢山あると思うけど、元気でいなさいね。体の健康も大切だけど、心の健康も大事なんだから。特にその男の子は、少し考え過ぎな一面がある。だからアンタはその子が考える暇も無いほどに、毎日を楽しくさせてあげてね」                 


「うん。そのつもり!」


「ハハハ!! なんとも頼もしい返事じゃないか。なぁ、カナタ君や」


「……そうですね」


「約束、忘れずにな」


「……はい」


「約束?」


「約束っていうか、ほぼ脅―――」


「次は正式にお付き合いした関係で遊びに来るという約束じゃよ」


「え!? カ、カナタ君~! 今回は期待しちゃってもいいのかな~!」


「……ソダネ」


 電車が動き出すと、婆さんは映画のように追いかけず、その場から動かずにジッと俺達が座る席の方を見ていた。花咲さんは窓から身を乗り出し、見えなくなるまで婆さんに手を振り続けていた。


 やがて花咲さんが窓から離れると、向かいの席から俺の隣に来て、俺を窓に追い詰めてきた。 


「さっきのアレ、本当?」


「全然」


「だよね~」


 花咲さんは少し残念そうにしながら顔を引くと、俺の肩に頭を乗せてきた。


「でも、いいんだ。例え恋人になれなくても、カナタ君は私を一人にしないから」


「前向きだね?」


「なんかね、夢を見たの。カナタ君と一緒にいたんだけど、途中から突然カナタ君がいなくなっちゃって、辺りが真っ暗闇になってさ。それで一人で泣いてると、誰かが私の手に触れてきたの。姿は見えないし、声も出さなかったら、誰か分からない……分からないはずなのに、それがカナタ君だって分かったんだ。そしたら辺りが明るくなって、カナタ君だけじゃなく、トウカや、カナタ君のご両親や、リンちゃんやタケシ君。それでシート敷いてみんなでお弁当食べてさ、凄く幸せな夢になったんだ」


「……正夢になればいいね」


「なるよ。これから家に帰って、みんなを誘えばいい」


「その前にまず、リンにどう説明するかだね。説明次第で殺されるよ?」


「そこは……ほら……カナタ君のスマイルで、なんとか。ね?」


「えぇ……上手く笑えるかな?」 


 それから電車はいくつかの駅で停まっては発車を繰り返し、次がいよいよ降りる駅となった。電車内は誰もいなかった最初と比べると人が多くなり、誰かの話し声や新聞を捲る音なんかが聞こえてくる。花咲さんはというと、相変わらず俺の肩に頭を乗せていた。


 ただ、電車が駅で停まる度に、何かに怯えてるような反応を見せていた。


 次の駅に停まれば、俺達は電車から降りて家に帰る。それは旅の終わりを意味する。不便で楽しい事なんてほとんど無かった旅だったけど、ただ楽しいだけの旅行よりも、大切な思い出の一つになっていた。


「……次の駅、降りないでいようか」


「……そんな事言わないで……そうしたいけどさ……」


 次に停まる駅のアナウンスが鳴った。その瞬間、花咲さんは抱き着いていた俺の腕をギュッとした。腕をギュッとされたはずなのに、どうしてか胸が、心が締め付けられた気分だ。


 窓から見える景色は、人が造った建物ばかり。人の姿も当たり前に目にする。戻ってきたんだ、日常に。旅で得たものはあれど、俺自身に変化はあまり無い。


 だから俺は、旅で得たものを忘れずに、日常の中で変わらなければいけない。他人との関係だけでなく、自分自身とも向き合わなければ。

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