生きて死ぬ
「恋の波動戦士! キューピット・トメ!」
二度言った。いや、唖然としてるだけで何も言わない俺が悪いのかもしれないけど。いや悪くないんだけど。年寄りが年甲斐もなくキャピキャピしてたら唖然とするんだけど。
「……恋の―――ゴホッ! ベフォッ!?」
「ば、婆ちゃーん!」
「へ、へへへ……! 体は老いても、心は老いやしない……! アタシは今もキューピット・トメ……お節介焼きのトラブルメーカーさね!」
「婆ちゃん! お節介焼きがトラブル起こしてたら、それはもう疫病神だよ!」
「そんな可愛くない二つ名はゴメンだよ! アタシに相応しい可愛い二つ名にしなさんな!」
「じゃ、じゃあ…………ドジ―――ッ子」
……。
「はぁ……まぁ、及第点かね」
マズい。今までいなかったタイプだ。いなかったっていうか、出会いたくなかったヤバい人だ。花咲さんの両親や、俺を監禁した水瀬さんが、今では薄味に思える。
「さぁ、話を戻そうじゃないか。アンタ、あの子とはいつ出逢ったんだい?」
「会話のキャッチボールしてくれない……剛速球ばかり放つピッチングマシーンだ……」
「恥ずかしいのかい? なら察するに……ラッキースケベ、じゃな」
「違います」
「ならさっさと本当の事を言わんかい! グズグズしてっと布団の上で強引に聞かせっぞ!?」
キューピットってより、大王だな。戦士って所とトラブルメーカーって所だけ二つ名通りだ。
言わなければ命に関わりそうなので、俺は全て話した。去年の春に花咲さんに一目惚れした事や、リンの事や、これまで起きたありとあらゆる事。婆さんは俺の話を遮る事無く、時折茶を飲んでは俺の話を真剣に聞いていた。
そして。
「ドラマか映画の話かい?」
「いや実体験です」
「そんなはずはないでしょうよ。だってお前さんの話の通りなら、好きになった人の家が特殊で、その内一つ下の後輩が実は女の子で、後輩の子と付き合ったかと思えば片想いしてた子に好かれて、そうしてる内に事件に巻き込まれ、無事解決したかと思えば今度は三角関係の問題で、それが終わる前にまた事件に巻き込まれて、友を殺した誘拐犯の最期を見届けて、自暴自棄になったお前さんはあの子を連れて旅をして、三途の川に立ち寄って、駅でボケたフリをしたアタシに会って、今に至るんじゃな?」
「えぇ、まぁ」
「ドラマか映画の話かい?」
「あれデジャヴ? いや、だから実体験ですって」
「そんなはず―――」
「なんで頑なに信じないんですか?」
それから数秒の沈黙の後、婆さんはゆっくりと茶を飲んだ。
そうして落ち着いた後、部屋にあるタンスの扉を開けた。そこには服ではなく、祭壇化されたハート形の女児向け玩具が置かれていて、その奥には五人の女性が映った写真が貼られていた。
「ヒメちゃん。ミキちゃん。リサちゃん。山田。良い土産話を持ってけそうだよ」
亡くなってしまった友人達の名前だろうか。あの祭壇から察するに、今挙げられた四名もこの婆さん同様、他人の色恋を主食とする化け物だったんだろう。
だが、素敵だな。亡くなった後もこうして思い出してもらえて、自分が死んでも同じ場所に行けると確信している。婆さんにとって、本当に大切な人達だったんだろう。それでいけば、どうして四人目だけが名字呼びだったのかは謎だけど。
「……風野カナタ、で合ってるね?」
「え、はい」
婆さんは俺に歩み寄ると、優しく抱きしめた。
「年寄りのアタシは今まで良い事も悪い事も経験してきた。忘れたくない思い出も、思い出したくない辛い出来事も。けれど、アンタはまだ子供の内に、たった二年の間に、そんな大変な思いをしてきたんだね」
頭を撫でる右手。背中をさする左手。耳元で優しく語りかけてくる囁き声。落ち着く匂い。
少しでも気を緩めると涙が出そうだ。今まで弱さを見せる事はあっても、後悔を吐露する事は無かった。それが今、出会ったばかりの婆さんに脅かされている。これはきっと、長い年月を生きてきた爺さん婆さんに身に着いた能力だ。
いや、そうじゃない。ただ単に俺は、大人に甘えたいんだ。
「カナタ君や。アンタにはまだアタシに話していない辛い過去があるんだろう。この先が不安なんだろう。それをアタシの言葉で変えてやる事は出来ない。けれどもね? ほんのちょっぴりだけ、前を向かせてやれる」
「前に……?」
「アンタは辛い体験をして、これからどうすればいいのか分からずにいる。生きたいのか、死にたいのかさえ考えてしまってる」
「……はい」
「カナタ君や。人間、大小なりとも悩みを抱えてる生き物さね。その悩みを抱えながら生きる者もいれば、その悩みに耐えかねて命を絶つ者もいる」
「……でも、俺は―――」
「だがの、カナタ君。生き死にで迷うのは、アンタにはまだ早い!」
突然、婆さんは俺の肩を掴み、俺を引き離した。
そうして見えた婆さんの顔は、今まで見たどんな人よりも、真っ直ぐで、弱みが無く、かっこよかった。
「アンタは十代の子供! 生きるか死ぬかなんて考えるよりも、まずは今! 目先の事に必死になれば良い!」
「目先の事……」
「そうじゃ。この先に不安を感じるのも、辛い過去に悩まされる事はたまにで良い。挑まなくて良い! アンタが挑むべきは、家族や友人や恋人との毎日をどう彩るか! どれだけ大切で大事な思い出を作るか!! 今は分からずとも、それがきっと、この先長い人生を生きていく上で必要不可欠なものなんだよ!!!」
婆さんの一言一句は、とても力強く、けれども優しかった。
【今を生きろ】
それが婆さんが俺に伝えたかった事。生きるか死ぬかの選択ではなく、生きて死ぬ事を望んでいた。
「……ありがとう。なんだか、ちょっと楽になれた気がする」
「これがアタシの―――いや、アタシ達が生きて知り得た事だよ」
そう言いながら、婆さんは祭壇の奥に貼られてある写真を眺めていた。化け物だなんてとんでもない。この人は、この人達は、憧れだ。
「それで、じゃ。アンタはどっちを嫁にするんだい?」
「ん? どっちって?」
「あの子とリンって子だよ! どっちじゃい! どっちを選ぶ!! どっちか選べないなんてぬかしたら、アタシは悪霊となってアンタを呪い殺すからね!!!」
あぁ、やっぱり化け物だ。




