切ない恋 優しい愛
風呂から上がった後、婆さんと色々話をした。この村の事や、婆さんの昔の話。婆さんが子供の頃は、この村にも沢山の人がいて、子供も沢山いた。村の外に出ていく人もいたが、それでも村に残る人は多く、次の世代を継いでいく子供も残っていた。
だが、そこからは減る一方。今では婆さんの世代が三十人ほど残ってるだけで、介護士も決して若者とは言えない年齢の人ばかり。婆さんは「アタシらの代で村は終わってしまうんだろうね」と語った。そう語る婆さんは寂しそうではあったけど、何処か満足気にも見えた。
午後九時過ぎ。居間に布団を用意してもらい、婆さんは自分の部屋に戻った。布団は意外にも良い匂いがしていて、定期的に洗濯をしているようだった。
「お婆さん。本当に良い人だね」
「夜寝静まった後、研いだ包丁片手に居間へと向かい―――」
「ねぇ、やめて? 人間不信になっちゃう」
「まぁ、あの人は純粋な善意からくる親切だと思うよ。安心しなよ」
「不安にさせたのはカナタ君だよ?」
「……明日、電車に乗って帰るか」
「……旅はもういいの?」
「ハッキリと答えを出せたわけじゃない。でも、このまま旅をしても何も分からない。どんな絶景を眺めても、きっと無理なんだよ」
「私達がまだ子供だから? 私はともかく、カナタ君はもう結構大人びてる気がするけど」
「俺は子供だよ。知った気になってるだけで、何も知らずにいる。大人びてるってのは、リンみたいな奴の事さ」
「リンちゃん、か……覚悟しなきゃだね。私が二ヶ月も行方知れずになってたカナタ君と旅してたなんて。リンちゃん、絶対私達の事を殺しにかかるから」
「殺されるのは花咲さんだけでしょ?」
「え……」
リン。今思えば、旅をする前に一度会うべきだった。俺の事なんてキッパリ忘れて、別の人と幸せになっていてほしいけど、きっとリンにそんな余裕は無い。キッパリ忘れて、なんてのは、俺の浅はかな考え。中学の美術部の時から好きでいてくれて、俺と同じ高校に来て、俺の悪い所を見て知って尚好きでいてくれて、俺が花咲さんの事を好きな事も受け入れて、答えを出せずにいる俺を待ち続けてくれた。
考えれば考える程、俺はリンに相応しくない。楽しい思いよりも、悲しい思いをさせた方が多い。
それなのに、リンは変わらず俺を好きなまま待っててくれる。
「……ねぇ、花咲さん……花咲さん?」
見ると、花咲さんは既に眠っていた。今までちゃんとした場所で寝れていなかったのもあって、すぐに寝れたんだろう。
花咲さん。彼女が言う好きは、本当に恋愛の好きなのだろうか。俺が花咲さんを助けたのが一番のキッカケと本人は言ってたが、それは恩義を感じてるだけ。もっと言えば、俺を妄信してるんじゃないか?
神に願った願い事がたまたま叶って、それ以来神を信じるようになった。そんな風に、実感を得たから好きだと勘違いしてるのかもしれない。もし、花咲さんの家がマトモで、自由恋愛を許されていたら、花咲さんは俺の事を好きになっていないだろう。
「……カナタ君」
「なに? ……寝言か」
「……行かないで……置いてかないで……!」
「……」
例えばの話なんかしたって変わらない。キッカケなんかどうでもいい。
「大丈夫だよ。何処にも行かないから」
花咲さんの右手にソッと手を置くと、悲しそうに涙を流していた花咲さんは、徐々に笑みを浮かべていった。
「エヘ……エッヘヘヘ……! カ、カナタ君……! しょんな大胆な……!」
「忙しい夢だな。もう一生夢見てたらいいんじゃないかな、この人」
隣でこんな寝言を吐かれ続けては眠れそうにない。少し外に出ていよう。
上着を羽織って廊下に出ると、ちょうど婆さんと出くわした。
「おや。寝れないのかい?」
「ええ。彼女の寝言が、少し……」
「あらあら。それならちょっとだけ、アタシとお喋りでもしましょうか」
婆さんの睡眠時間を削ってもいいのかと思ったが、せっかくだから甘える事にした。布団で熟睡してる花咲さん同様、俺もここに居させてもらったおかげで、外の寒さが少し嫌になってた。
婆さんの部屋に招かれると、熱い茶を淹れてもらった。パックで作る緑茶と違い、茶葉から淹れたお茶は良い苦味が出ていた。
「単刀直入に聞いてもいいかしら?」
「なんです?」
「あの子とは、駆け落ちの真っ最中なのかい?」
「あー、違いますね」
「あら、そうなの? アタシはてっきり、親の反対を押し切って逃げて来た若いカップルとばかり」
「彼女―――花咲さんの事は好きですけど、恋人ではありません」
「あの子は恋人だと言ってたけれど?」
「口から出まかせとはまさにその事。俺には恋人がいます。いや、いるんですけど、待たせてるっていうか、我慢させてるっていうか……」
「あらあら。やっぱりアタシの勘は正しかったようだね~」
「勘?」
「駅でアナタ達を見かけた時『これは大恋愛の最中に違いない!』と思ってね! それでボケた婆さんのフリをして、アンタ達を家に連こ―――招いたというわけさね。アタシの恋愛センサーも、まだまだ現役なようだね~!」
「れ、セ、あ? あぁ?」
おかしい。親切な婆さんかと思ってたのに、今はとんでもない変人に思ってしまう。
いや、違う。
「さぁ、聞かせておくれ! アンタのこれまでを! この【恋の波動戦士 キューピット・トメ】に!」
この人化け物だ……。




