きっかけの雨02
カノンさんは、これまで多くの人が魔法目的で接近してきた事に対して快く思っていなかった。それはカノンさんと親密になりたいのではなく、魔法のみの利用価値しかないような捉え方に聞こえた。俺は慌てて否定した。
「い、いや、確かに俺は『利用』と言いましたが、そういう意味ではなく……」
「フフフ……わかっていますよ。アギトさんはエンパスを使える『私』を利用したいのではなく、エンパスそのものの『工程』を知りたいのですよね。私を利用して一儲けしようと思っていないのは、充分に理解していますよ」
「……確かに俺はカノンさんの魔法に対するアプローチに興味がありました。ですが、これまでカノンさんに近づいてきた連中と同じなのかもしれません。本当にすみません‼︎ すみません‼︎」
俺は慌ててベンチを立ち上がり、一歩下がり深々と頭を下げた。
……正直、自分のことで精一杯でカノンさんの事まで気が回らなかった。カノンさんに対して、大変失礼な事をしてしまった。
それに対し、カノンさんは小さく首をふった。
「いいえ、全く違います。彼らは自身の私欲の為に私を『人』ではなく『魔法の道具』として利用しようと近づいて来たのです。それに対しアギトさんは、私そのものを見てくれました。それはエンパスの恩恵ではなく、私の魔法に対する考え方、アプローチの方法を知りたいと言ってくれた。それは紛れもない私自身の価値観なのです。……やっぱりあなたは私が選んだ方ですよ」
表情が急に和らいだ。つまり、怒りが垣間見えた表情は『嘘』だったのか⁉︎……いやそうとも言い切れない。多くの人間観察を経て、カノンさんは洞察力がずば抜けているはずだ。でなければエンパスという強大な魔法に自らのメンタルが押しつぶされてしまう。どちらにせよ、カノンさんなりにエンパスのメリットとデメリットの狭間で苦しんでいるのは俺でもわかった。
「では、そろそろ本題に戻りましょうか」
「あ、はい」
カノンさんの話を聞いて、同時に懸念材料も増えた。俺たちラストリンカーの能力を狙う連中が、今後もっと増すであろうという可能性も視野に入れなければならないと自覚した。自称先輩⁉︎リンカーに狙われ、カノンさんも魔法利用として狙われたことが何度もある。……どうにも世の中がおかしい方向へ行っている気がしてならなかった。しかし、その疑問はとりあえず置いておいて、今は新魔法ヒントへのアプローチの方が優先だ。
「で、では改めて聞きます。どういうイメージでエンパスを捉えていますか⁉︎ それを『参考』にさせてください」
俺は言葉に気をつけて改めて質問すると、カノンさんは、ベンチからふと立ち上がり紅色の傘を差し、屋根の外に出て行った。当然、雨はまだ降り続いている。
「アギトさんもこちらへ」
俺も傘を差し、カノンさんの方へ近づいた。カノンさんは俺との距離を少し空け、説明をし始めた。
「今、地面をよく見るとこの雨が……正確には雨水の一粒一粒が地面にぶつかって波紋を出していますよね。
「……はい」
「この波紋はよく見ると等間隔で広がっていくんですよ。私のエンパスもそういうイメージなのです」
「つ、つまり、波紋の様に『輪っか』みたいな魔法を一定時間に一定間隔で全方向に放出しているですか⁉︎」
「だいたい合っています。しかし、それでは平面的な思考なのです」
「え⁉︎……平面的とは⁉︎」
「輪……つまり『円』では高さの情報がありません」
「あ‼︎」
「平面的ではなく空間的に波紋を出すには、雨を降らすようにエンパスをシャワー状に降らすのです」
「なるほど。……しかしなおさら、魔力の負荷は膨大になるのでは⁉︎ それを常時行うのは不可能なのでは⁉︎」
「さすがに、そんな魔法を常に出しっ放しは出来ませんよ」
「では、実際にはカノンさんはどうしているのですか⁉︎」
「省略するのです」
「省略⁉︎」
「降り注いだエンパスは、地面やその他に衝突した際にそれぞれが波紋を広げ対象物をサーチします。そして波紋が人物と接した場所から新規波紋が自動発生するのです」
「ま、まさか自動追尾ですか⁉︎」
「そうです。対人との衝撃で自動発生した波紋は対象人物にマーキングした時点で独立し、追跡波紋となるのです。その状態でようやく色を認識出来、その人の心理状態を読み解く事が出来ます」
「……」
「一定時間における一定空間への再魔法の必要性はこれで無くなります。なので、頻繁に魔法を打ち続けている訳ではないのです」
カノンさんの言いたいことはわかった。しかし結構、複雑な魔法処理をサラッと言っている。
「ということは……最初に大雑把に全体を把握して、そこからピンポイントに切り替える……そういう2段構えっていうことですか⁉︎」
質問しながら同時に俺は別な事を考えていた。もう少しで閃く気がするような……もう少しで確信に変わるところまで来ているような……そんなもどかしさの中で考えを巡らせていた。
「まぁ、だいたいそんな感じですね。どうですか。アギトさんの参考になりそうですか⁉︎」
失礼ながら、カノンさんのこの言葉は入ってこなかった。それより、俺の記憶魔法【レコード】とカノンさんのエンパスの共通点……省略……2段構え……
「アギトさん⁉︎ アギトさん⁉︎」
「……あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていました」
「考え込みすぎて、右肩が濡れていますよ。……そういえば、初めて会った時も、コップの水をこぼしてアギトさんにハンカチをお貸ししましたね。フフフ」
そう言って、今回はカノンさんがアギトの右肩の濡れている部分をハンカチで照れながら拭いてくれた。
「……今、肩……だけを拭いてくれましたよね⁉︎」
「え⁉︎……そうですけど、それが何か⁉︎」
……傘を差しているから全体は濡れない。
……でも、肩は濡れたから……拭いてくれた。
……一箇所だけ変更されたから、その部分の情報だけを再更新した。
「そうか‼︎」
モヤモヤとしていたイメージが俺の中で組み合わさった。ピントがあったような明確なビジョンが頭の中で再現出来た。
「やっと、わかったぁ〜‼︎」
俺は大喜びで、傘を宙に放り投げた。……が、投げた後で我に返った。
「あ‼︎」
俺の我に返ったような『あ』に対し、カノンさんが珍しく大きな声で笑った。
「フフフ。せっかく勇気を出して肩を拭いてあげたのに……全身びっしょりになってしまって。……台無しですわ」
「す、すみません」
「でも、心は晴れたようですね」
「はい。おかげさまでモヤモヤから解放されました。きっかけがわかりました。これもカノンさんのおかげです。魔法の仕組みを教えてくださってありがとうございます」
「いえいえ。私はただ雨の話をしただけですよ。フフフ」
「ありがとうカノンさん。俺を信じてくれて‼︎」
「どういたしまして」
俺は傘も拾わずに、興奮気味にカノンさんの手を握ってしまった。ここのところずっと悩んでいた反動か、喜びと感謝の気持ちが溢れ出てしまった故の行動だった。ただし、カノンさんの手を握った時点で自分の手がびしょびしょだった事にすぐ気づき、すぐ手を離した。




