第81話 何を差し入れる?
病院食以外で、どんなものが食べやすいか探してみると、飲み込みやすいもの、捨てやすいもの、個包装のものなどが挙げられた。
なるほど。
確かに、病院で食べるのだから、食べやすさだけでなく、後片付けのしやすさも大事なのだろう。
何を食べられるかわからないが、とりあえず栄養価も高そうなプリンとゼリーを百貨店で買うことにした。
せっかく差し入れるのだから、少しくらい良いものを買ってあげよう。
そう思って売り場を見て回ると、思った以上に種類が多い。
果物がたっぷり入ったゼリー。
なめらかな口当たりが売りのプリン。
高級そうな箱に入った詰め合わせ。
……うーん。
どれがいいんだろう。
そもそも、母は何が好きだっただろうか。
いや、好き嫌いでいえば、あの人は基本的に何でも食べる。
問題は、今の体調で食べられるかどうかだ。
結局、私はあえて箱に入っていない普通のプリンとゼリーを3つずつ購入した。
これなら、食欲がなくても少しは食べられるかもしれない。
箱に入っていないし、これならゴミも出にくいだろう。
我ながら、無難な選択をしたものだなと思いながら病院へ向かった。
病室に入ると、母はベッドの上で老眼鏡をしながらスマートフォンを難しそうな顔をして見ていた。
「お母さん、差し入れ買ってきたよ」
「おお、何?美味しいやつ?」
母はスマートフォンから顔を上げて、老眼鏡をくいっと下げた。
私は袋を持ち上げた。
「プリンとゼリー。食べられそうなものを買ってきた」
「へぇー」
母は袋の中をのぞき込んだ。
「おいしそうじゃない」
イントネーションが微妙だ。
「美味しそうじゃない」という否定的なニュアンスにも取れるが、良いように考えよう。
「食べられそうだったら食べてね。無理はしないでよ」
「はいはい」
母は袋からゼリーを取り出し、容器をくるりと回して表示を確認した。
そして、ひと言。
「ねぇ、これ、いつ食べていいの?」
「え? いつって……食べられるときでいいんじゃない?」
「でも、食事も出るでしょ?」
「ああ、まぁ、そうだね」
「じゃあ、食事の前に食べたら、ご飯が食べられなくなるじゃない」
……。
なるほど?
いや、でも、そこまで考えるなら、まず病院食をちゃんと食べてほしい。
「じゃあ、ご飯を食べたあとにすれば?」
「お腹いっぱいだったら食べられないじゃない」
「……そうですが。」
不毛すぎる。何だこの会話は。
せっかく食べやすそうなものを選んできたのに、食べるタイミングで悩み始めるとは思わなかった。
母は真剣な顔でゼリーを眺めている。
「まぁ、いいわ。あとで考える」
そう言って、ゼリーを袋に戻した。
それ、そんな重要ですか?と思ったが、口には出さないでおいた。
食べる気があるだけ、よしとしよう。
私はようやく椅子に腰を下ろした。
すると母が、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえばさ」
「何?」
「今度は、果物が食べたいわね」
……。
プリンとゼリーを買ってきたばかりなんですけどー。
私は母の顔を見た。
母は、にこにこと笑っていた。
この人は、病気になっても変わらない。
欲しいものは欲しいと言うし、思いついたことはすぐに口にする。
そして、それを叶えるために、娘がどれだけ頭を悩ませているかなど、たぶん気にしていない。
「はいはい。考えておきます」
私はそう答えた。
病院食以外のものを差し入れる。
ただそれだけのことなのに、なかなか簡単にはいかないものだ。
でも、次に来るときは、果物も買ってこよう。
食べられるものがあるうちに。
食べたいと思えるものがあるうちに。
母が「おいしい」と言える時間を、少しでも増やせたらいい。
そんなことを考えながら、私は母のベッド脇に座りながら外を眺めた。




