第78話 お咎めは……
シャンパンの瓶を持って病室を出ようとした、そのとき。
先生と看護師さんがやってきた。
「あぁ、どうも。主治医の養老です」
とても温厚そうな先生だった。
「あ、母がお世話になります」
私が挨拶をすると、先生はちらりと私の手元にあるシャンパンの瓶に目をやり、それから母を見た。
「身体の様子はいかがですか?」
「おかげさまで、元気です」
「まだ初日ですからね。こんな感じで、放射線と抗がん剤の治療を進めていきます。抗がん剤はいろいろな種類があって、毎日同じものを投与するわけではありません。もし身体に合わないようでしたら、すぐにおっしゃってくださいね」
「えーっ、そうなんですか。分かりました」
「明日は10時から放射線、午後から抗がん剤ですからね。では、どうぞよろしくお願いします」
そう言って、先生は軽く頭を下げた。
何気ない挨拶のようでいて、そこにはしっかりと敬意が感じられた。
患者を一人の人間として扱ってくれている。
そんな人格者のような印象を受けた。
「あ、お嬢さん。その瓶は何に使うのかな?」
先生はニコッと笑っていた。
ただし、目の奥は笑っていない。
「……あっ、あぁ。これは……花瓶です」
「お洒落ですねぇ。中身は水だけ?」
「液体だけですね」
我ながら、すごく絶妙な返しをした。
「水道水……かな?」
「まぁ……いろいろと」
先生は、にこやかな表情のまま私を見ていた。
「院内は禁酒ですからね。頼みます」
そう言って、先生はもう一度軽く頭を下げると、そのまま病室を後にした。




