第77話 病院でシャンパンは飲めるのか
「ねぇ、っていうか、あんた。これ、開けられる?」
母はシャンパンの瓶を持ち上げ、私に差し出した。
いや、開けられるかどうか以前に、病院でシャンパンを飲もうとしていることについて、もう少し考えてほしい。
「……お母さん、ここ病院だよ?」
「知ってるわよ」
まぁ確かに、当たり前のように言ってる。
感覚の違いだろう。
人によって、常識のレベルがここまで違うのかと圧倒される。
しかもそれが、自分の家族、実の母親、私の育ての親なのにここまで常識や価値観に違いがあるのだから、不思議なものである。
「はぁ…入院初日だよ?」
「だから何?」
うーん。私は母の顔を見た。
母はシャンパンの瓶を見た。
そして、もう一度、私の顔を見た。
「飲んじゃいけないの?飲んでいいと思ったから、あなたが買ったんじゃないの?」
「いや、私は最初から大反対じゃん。」
少なくとも、私はそう思っている。
そもそも、主治医に確認したのだろうか。飲んでいいかどうか、何も聞いていないはずだ。
「お医者さんに聞いた?」
「まだ」
「じゃあ、せめて聞いてからにしようよ」
「えー、せっかく買ってきたのに?」
せっかく買ってきたのに、じゃない。
買ってきたのは私なんですけど?
しかも、ただ酒屋に寄っただけではない。秋葉原で大人のおもちゃを買い、カフェで感傷に浸り、紙袋を忘れかけ、病院の入り口で警備員に止められ、看護師さんに怪しまれながら、ここまで来たのだ。
私の今日一日の苦労を、少しは考えてほしい。
……いや、考えたところで、母が何かを変えるとは思えない。
「じゃあ、看護師さんに聞いてくるね」
私は椅子から立ち上がった。
すると母が、シャンパンの瓶を抱えたまま言った。
「ちょっと待って」
何だろう。
ようやく思い直したのだろうか。
「佐伯さんって看護師さんには聞かないで。」
続けて言う。
「あの人は鬼だ。怖い。絶対ダメって言うからやめて。若い子にして。」
「若い子だって判断に困って、先輩に聞くでしょ。諦めなよ。」
そういうと、母は少女のように下唇を突き出した。




